あと、最後の方でトゥがハルケギニアに呼ばれた理由について触れています。
中州に到着すると、ガリア側から罵声が飛んできた。
「なんだぁ!? 勝てぬからといって今度は二人か!」
「さすが臆病者のロマリア人だけのことあるな!」
この罵声に対して、ギーシュは不敵な笑みを浮かべた。
「僕たちは、トリスティン人だ! なに、お前たち無礼なガリア人に、多少の礼儀を教えてやろうと思ってね!」
「私は違うよ。」
しかしトゥの言葉は誰も聞いてなかった。
「トリスティン人だと?」
ソワッソンが言った。
「ロマリアの腰ぎんちゃくが、よおし、かかってこい! ガリア花壇騎士、ピエール・フラマンジュ・ド・ソワッソンが相手をしてやる!」
「副隊長。出番だ。」
「うん。」
「おや? これはこれは、随分とこの場に似つかわしくない美しいお嬢さんだ。しかしその立ち振る舞い…、素人ではないな。名乗れ。」
「トゥ。トリスティン王国水精霊騎士隊副隊長、トゥ・シュヴァリエ。」
「なんだと? アルビオンで七万の敵を相手にしたというあの…。」
「うん。私だよ。」
トゥは、にっこりと笑った。
そのあまりにも戦場に似つかわしくない無邪気な笑みに、ソワッソンは、口元をひくつかせた。本当にこの美しい女性がアルビオンで七万の敵を蹴散らしたというのかという疑問がソワッソンだけじゃなく、ガリア軍人達にも湧いた。
トゥが背中の大剣を抜くと、ガリア軍側がざわついた。
「その細身で…、そんな武器を軽々と…。」
「私、力持ちなの。」
「七万の敵を相手にしたというのは事実のようだな。非礼をお詫びする。」
「ううん。いいよ。」
「寛大な方だ。お相手出来て光栄至極。いざ!」
ソワッソンは、騎士としての礼を取り、それから笑みを消して杖を抜いた。
素早く詠唱を終え、風の刃をトゥに飛ばしてくるが、トゥはそれを大剣を盾にして防いだ。
トゥが大剣を軽々と振るうと、ソワッソンは、ふわりと浮いてそれを躱し、再び距離を取って風の刃を飛ばしてきた。
ガリアの騎士だけあり、その実力は相当なもののようだ。
しかし、数々の敵。とりわけメイジを相手にしてきたトゥは、メイジとの戦いをもう覚えていた。
ひらりひらりと、左右に揺れて風の刃を躱す。
やがてトゥは、中州の砂の部分に足を取られてよろけた。
「そこだ!」
ソワッソンは、すかさず光の矢を放ってきた。
「待ってた。」
「はっ?」
光の矢を放つ直前にトゥが微笑んでそう言ったため、ソワッソンは、一瞬間抜けな顔をした。
トゥは、腰にあるデルフリンガーを抜き、光の矢を吸い取った。
それにソワッソンが驚いている隙に一瞬にして間を詰めたトゥが大剣の刃でソワッソンの杖を破壊した。
剣の圧でソワッソンは、後ろにのけ反り尻餅とついた。
尻餅をついたソワッソンの股の間の地面にトゥは、大剣を突き立てたため、ソワッソンは、股座が縮こまる気持ちになった。
「私の勝ち。」
「ま…参った。」
眼前に立つトゥを見上げ、ソワッソンは、降参だと両手を上げた。
ロマリア側から歓声が上がった。
すかさず小舟に乗りこんでいた兵士がロマリアの旗を持ってきた。
しかしギーシュは、それを無視して、尻餅をついているソワッソンを縛りだした。
「ねえ、ギーシュ君…。本当にいいの?」
「いいのさ。」
「何をする!?」
「あなたは、彼女の捕虜だ。捕虜を大人しく帰す馬鹿がどこにいる。」
ギーシュは、悪い笑みを浮かべた。
そしてギーシュは、ソワッソンに身代金の交渉を持ち掛けだした。
ギーシュの案とは、金で目をくらませ、賭けと決闘による金品の巻き上げを行うというものだったのだ。
ギーシュは、千五百ほどの大金をソワッソンから巻き上げ、ソワッソンを解放したのだった。
「本当にこれでいいの?」
「時間も稼げて、更には儲かるんだ。こんなくだらない戦いに付き合わされているんだから何か得することでもしないとやってられないだろう?」
「そうかもしれないけど…。」
「なぁ、トゥ君。これから君は、金に目のくらんだ貴族共を相手にすることになるんだ。そいつらから巻き上げた金で、土地を買って僕らの城を手に入れよう。ついでにルイズに何かプレゼントでも買ってやったらどうだい?」
「ルイズに?」
「宝石なりドレスなり…。好きな物を買ってやるといい。」
「うーん。分かった。」
「よし!」
トゥがやる気を出してくれたので、ギーシュはガッツポーズを取った。ついでにガリア側にいる仲間達に手を振った。うまくいったことに、水精霊騎士隊の仲間達は歓声を上げた。
その後、トゥは、ガリアの貴族と何人も戦った。
まったく疲れを見せないトゥに、やけくそになったガリア側が何人も挑んできたが、全員倒された。
ギーシュ達は、手に入ったお金を見て、ほくほくしていた。あと少しで城が買えるとトゥに声援を送った。
「…飽きた。」
トゥが剣を下ろしてそう呟いた。
「トゥ君! あと一回! あと一回だ!」
「今賭け率は、三十対一がついてる! 君がここでリタイアしたら、僕たちは破産だから!」
「むぅ……。分かった。」
トゥは、渋々承諾した。
ガリア側は、次で最後だと聞くなり、俺がやる、いや俺だとギャーギャー揉めていた。
トゥがつまらなさそうに待っていると、やがて鉄仮面を被った粗末な格好の男がやってきた。マントがなければメイジだと分からないほど粗末な格好だった。
それを見てギーシュ達は、がっかりしたという顔をした。見るからに貧乏貴族だろうと決めてかかった。
しかし、トゥは、つまらなさそうにしていた体制を正した。
「……名前は?」
「名乗るほどの名前は持ち合わせていない。」
トゥが聞くと、そう返された。
トゥは、感じていた。
この人は…、ソワッソンよりもずっと強いと。
「トゥ君。そんな奴さっさと倒しちまえ。」
ロマリア側にいる仲間達がそう無責任なことを言って来た。
トゥは、剣を構え、相手と十メートルほど距離を保って睨みあった。
「来ないのならば、こちらから行く。」
「!」
来るっと感じた瞬間には、相手の呪文が完成していたらしく、ブレイドによる接近戦に持ち込まれた。
これまで戦って来たメイジのほとんどは、中距離か遠距離からの攻撃を主体としていた。だがこの男は違う。いきなり接近戦を仕掛けて来た。しかも鉄仮面で口が見えないので詠唱が分からないのだ。
ガキンッと鋭い音を立てて、相手のレイピアのような軍杖がトゥの大剣の刃とぶつかった。
ギリギリとつばぜり合いが起こる。
トゥは、力任せでは勝てないと判断し、デルフリンガーをもう片手で抜いて横から狙った。
次の瞬間には、つばぜり合いを続けていた男が横にそれ、受け流す様に大剣とデルフリンガーを避けた。
横に逸れた男を目で追うと、そこには男の姿はなかった。
トゥは、ハッとして大剣で自分の上を庇った。
次の瞬間、ガキーンっと振り下ろされた軍杖により火花が散った。
着地した男は、再びブレイドを使って斬りかかってきたため、トゥは、デルフリンガーで防いだ。またつばぜり合いになり、すると男が鉄仮面を被っている顔を近づけて来た。
「そのまま…つばぜり合いを続けろ。」
「…なに?」
「大きな声を出すな…。」
男は小声でトゥに語り掛けて来た。
トゥは、つばぜり合いを続けたまま男の言葉を聞いた。
男は、シャルロット…いや、タバサのことを知っているかと聞いて来た。
トゥは、小声でロマリアに来ていると答えた。
男は、後方に飛びのき、再び斬りかかってきた。
そしてトゥは大剣でそれを防いだ。
「…身代金と共に手紙を入れてある。お渡ししてくれ…。」
「…分かった。」
トゥの答えを聞くや否や、男は手の力を抜き、同時にトゥが大剣を振るって、彼の手に会った杖が弾き飛ばされ地面に刺さった。
「参った。」
男は、膝をついた。
「やったな、トゥ君!」
駆け寄ってきたギーシュ達に、トゥは、渡された革袋を見せた。
「なんだ、銅貨ばかりじゃないかい!」
貴族としての対面というものがあるだろうと叫ぶ彼を無視し、トゥは鉄仮面の男に、騎士の礼をした。立ち上がった男もガリア式の騎士の礼を奉じてくれた。
***
その夜。
水精霊騎士隊は、トゥが稼いだ身代金を当てに酒場で飲んでいた。
ルイズが来るとアクイレイアの巫女が来たぞ!っと叫び、椅子を引き、それから聖戦万歳!だの、ロマリア万歳だの、アクイレイアの巫女万歳だの叫んで顔を見合わせ、心にもないことを笑いあっている。
ルイズは、そんな彼らを冷ややかな目で見まわし、それからトゥがいないことに気付いた。
「トゥは?」
「ああ、彼女ならなんでもタバサに用があるって言っていなくなったよ。」
「タバサぁ?」
自分を放っておいて別の女のところに行くのかと、ルイズは嫉妬の気持ちがメラメラと湧いた。
なぜタバサ? 自分より小柄で胸もない子のところへ?
そういえば徐々に思い出してきたが、シエスタというティファニアほどじゃないが胸が立派なメイドがいた。彼女は思いっきりトゥに対して好意を向けていたが、タバサは違うはずだ。
……そうであってほしい。いや、そうでなければならない。
しかしふと思い出したが、タバサは、トゥをよく助けているし、イーヴァルディの勇者の本を勧めるなどしていた。
はて? なにか胸騒ぎを感じてしまうのはなぜか?
ルイズは、言いようのない不安にかられた。
「トゥは、私の物なんだからね!!」
周りのことなど気にせず叫び、ルイズは、駆けだした。
「…やれやれ、トゥ君も大変だ。」
「女の嫉妬心恐るべし。」
ギーシュとマリコヌルの呟きに、水精霊騎士隊の少年達は、ウンウンと頷き合った。
***
トゥは、タバサを探していた。
そして、カルカソンヌの寺院の階段に腰かけ、杖の明かりを頼りに本を読んでいるタバサを見つけた。
「タバサちゃん。見つけた。」
「!」
トゥに声を掛けられ驚いたタバサが顔を上げた。
トゥは、タバサのところに駆け寄り、小声で。
「渡したいものがあるの。」
「……なに?」
「ここじゃ人目があるから…、シルフィードちゃん、呼んでくれる?」
「…分かった。」
タバサは、立ち上がり口笛を吹いてシルフィードを呼んだ。
寺院の傍にいたロマリア兵達が驚いて、止めようと声をかけて来た。
「空のお散歩だよ。すぐ戻るね。」
「早めに戻ってくださいよ! 怒られますから!」
無邪気に笑って言うトゥに困った顔をしたロマリア兵はそう叫んだ。
シルフィードに乗った二人は空へと舞い上がった。
「えっとね…。これ、渡してほしいって言われたの。」
「誰から?」
「川の中州で一騎打ちしていた時にタバサちゃんに渡してくれって言われたの。」
トゥは、中州で戦った鉄仮面の貴族から渡された手紙をタバサに渡した。
封を切ったタバサは、手紙の内容に目を走らせた。
「…カステルモール。」
「知ってる人?」
トゥが聞くとタバサは頷いた。
「あれ? なんか聞いたことがあるなぁ…。あ! ガリアから帰る時に国境で私達を逃がしてくれた人だ!」
トゥは、パンッと手を叩いて思い出したと言った。
「それで、なんて書いてあったの?」
「……。」
「…読んでもいい?」
黙ってしまったタバサから手紙を受け取り、トゥは、内容を見た。
「…タバサちゃんが王様に?」
「……。」
「でもそしたら、ガリアはどうなっちゃうの? また戦争が始まっちゃうの?」
「分からない。なるかもしれないし、ならないかもしれない。」
「…タバサちゃんが危険な目にあうから…、あんまり賛成できないなぁ。今、アンリエッタ姫様が聖戦を止めるためにトリスティンに帰ってるから、私達大きなことできない。一騎打ちはしたけど…。ねえ、タバサちゃん。この件、とりあえず置いて置いた方がいいじゃないかな?」
「…分かった。」
「……ねえ、タバサちゃん。ジョゼフ王って人、虚無なの?」
「分からない。」
手紙の最後の一文に、ジョゼフが恐ろしい魔法を使うこと、そして寝室から中庭に一瞬で移動したということが書かれていたため、トゥは、確認のため聞いたがタバサは、分からないと首を振った。
「でも、可能性はある。」
「…そっか。」
「…あなたは、どうするの?」
「えっ?」
「このままじゃ…、あなたは…。違う。シルフィードじゃなくても、他の竜に食べられるつもり?」
タバサの問いかけに、トゥは、表情を消し、黙った。
「あなたの花は、とても危険。いや、危険なんてものじゃないのかもしれない。とにかく、この世にあってはならないもの。そうなの?」
「そうだね…。」
「あなたは…、なぜ、この世界に来たの?」
「分からない。でも呼ばれた。きっと…意味はある。」
「それが最強の竜を生み出すため?」
「そうかもしれない…。もしかしたら、違うかもしれない。でも、どっちでも結果は変わらないと思うの。」
「それはどういう意味?」
「……待ってる人がいる。」
「まってるひと?」
「ずーーっと、ずーーーーーーっと、昔から、待ち続けている人がいる。なんとなく、分かるの。」
「最強の竜を求めているのは、その人?」
「そうだと思う。」
「あなたは、この世界で死ぬために来たの?」
「………そう…なの…かな?」
トゥの目から光が消えた。
「しるふぃーど…ちゃん…。」
「きゅい!?」
「あなたが死んだら、ルイズが泣く。」
タバサがトゥの頬を叩いた。
「…ん? あれ?」
「気が付いた?」
「あれ? タバサちゃん、私…何してたの?」
「……ごめんなさい。」
「なんで、謝るの?」
申し訳なさそうに俯くタバサに、トゥは、首をかしげたのだった。
そんな二人の様子を、かなり上空の位置から追跡している一羽の黒いフクロウがその聴力を全開にして聞いていた。
ここで、花のことをヴィットーリオ達に知られていいものかと悩みました…。
辻妻を合わせるために書き直しをするかもしれません。
タバサは、トゥに対して、敵意があるわけじゃないです。ただ疑問を抱いて、その答えを知りたがっているだけです。