二番目の使い魔   作:蜜柑ブタ

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展開が思いつかなかったんだ…。


第六十九話  トゥと、ジョゼフ

 

 はるか南西に現れたガリア両用艦隊が、突然大きな火の玉に飲み込まれ、リネン川に敷かれていた両軍は言葉を失った。

 巨大な火の玉は、まるで太陽のように膨れ上がり、唐突に消えた。

 空に浮かんでいた数十隻の艦も、あたかたもなく消えた。

 燃え尽きたのだ。だがそれを皆が理解するには、どんな頭が良い人物でも数十秒を要した。

 両軍は、呆然としていた。何が起こったのか分からず、彼らが呆然としていると、数分後に先ほどよりも大きな火の玉が、生き残りの艦隊を余さず焼き尽くしたことで、やっと現実を理解し、恐慌が発生した。

 ロマリア、ガリアともに、算を乱して逃げ出し始めた。

 トゥは、呆けたように空の火球を見ていた。

「なんだよあれ…。」

 水精霊騎士隊の仲間達は、冗談と思いたくて半笑いになっていた。

 ルイズがトゥの肩を掴んで揺さぶった。

「虚無よ! あれはガリアの虚無! 間違いないわ!」

「違うと思うよ。」

「は?」

「きゅい! あれは、精霊の力の解放なのね!」

 そこへシルフィードが飛んできてそう叫んだ。

「おそらく火石が爆発したのね! 人間の魔法じゃ、手も足も出ないのね! きゅい!」

「シルフィードちゃん! 私を連れてって!」

「どこへなのね?」

「あそこにいる、ジョゼフ王様のところに!」

 トゥが指さした北東の遙か先には、一隻のフリゲート艦がいた。

「私も行くわ!」

「分かったのね!」

 シルフィードは、トゥとルイズを乗せて飛んだ。

 シルフィードの意を汲んだのか、混乱の中、ペガサスに跨がった聖堂騎士達が同じく空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 シルフィードのスピードにより、あっという間にフリゲート艦に接近すると、そこの甲板に信じられないものを見た。

「お姫様!」

 そこには、ジョゼフと思しき男と、隣にガーゴイルに掴まれて押さえ込まれているアンリエッタがいた。

 ペガサスに跨がった聖堂騎士達がミュズニトニルンことシェフィールドのガーゴイル達と交戦し始めた。

 ジョゼフが虚無の呪文を唱えようとした。それを見たルイズが素早く詠唱を終え、エクスプロージョンを唱えてそれを妨害した。

 爆発により船体が揺れ、ジョゼフの手から火石が転がる。揺れに乗じて自由になったアンリエッタが転がった火石を口にくわえ、その身を船から投げた。

「姫様!」

 落下するアンリエッタを見てルイズが叫び、シルフィードが急降下して口でアンリエッタをくわえようとしたとき、横から来たガーゴイルにアンリエッタが奪われた。

 ガーゴイルは、アンリエッタがくわえていた火石を奪うと、用済みだと言わんばかりにアンリエッタを捨てた。

 そしてやっとの思いでシルフィードがアンリエッタをくわえて、事なきを得た。

「ご無事ですか!?」

「わたくしよりも、早く、あの火石を!」

 アンリエッタは、蒼白な顔で叫んだ。

 ルイズは、頷きエクスプロージョンの詠唱を始めた。

 だが聖戦の最中に精神力を使いすぎていたルイズの詠唱は続かない。

 だがそれでも精神力を絞って詠唱を続ける。

 やがて聖堂騎士達でも押さえられなかったガーゴイル達が迫ってきた。

 トゥは、持ってきていたAK小銃を構え、ガーゴイルの数体を撃ち落とした。

 弾切れになるとAK小銃を捨て、トゥはデルフリンガーを抜き、接近際にガーゴイルを切り捨てた。

 それでもすべてのガーゴイルを倒しきれず、トゥが大きく息を吸おうとしたのを見て、ルイズはウタを使わせるわけにはいかないということで、エクスプロージョンを使い、周りにいたガーゴイルを爆発で吹き飛ばした。

「早く! ルイズ! あの狂った男を止めるのです! さもないと……、さもないと全てが灰になってしまいます!」

「私が行くよ。シルフィードちゃん、お願い。あの船に下ろして。」

「きゅい!」

 ひと鳴きしたシルフィードがフリゲート艦に接近した。

 その小さなフリゲート艦の上を通り過ぎる間際に、トゥが飛び降りた。

 虚無の詠唱を続けるジョゼブだけじゃなく、シェフィールドのガーゴイル達がいた。まるで悪魔のような…そんな姿をした不気味なガーゴイルだった。

 トゥは、すぐに背中の大剣を抜いた。

 そして襲いかかってくるガーゴイル達を切り捨てていった。

「?」

 しかし、切り倒されたガーゴイルは、時間をおくと上半身と下半身がくっつき、元通りになった。

「このガーゴイルはただのガーゴイルじゃない。水の力に特化されたんだよ。」

 シェフィールドが妖艶な笑みを浮かべて言った。

「ヨルムンガンドほどの力は無いけど、不死身に近い。どれだけ切り裂こうが、無駄というものさ。」

「……。」

「どうした! やはりあの奇妙な槍がないとまともに戦えないかい! 情けない話じゃな…。」

 ミュズニトニルンが言いかけた言葉は、トゥのウタ声によってかき消された。

 青い光をまとったトゥが一瞬にしてシェフィールドに接近したとき、何が起こったのか分からず、シェフィールドは、一瞬放心した。

 そしてデルフリンガーの切っ先がシェフィールドの肩を貫いた。

「な…。」

「別に…、槍なんていらないよ?」

 トゥは、デルフリンガーを引き抜きながらそう言った。

 肩を押さえ、うずくまったシェフィールド。それと同時に、周りにいたガーゴイル達が糸が切れた人形のように倒れていった。だが、空を飛んでいるガーゴイルは強力らしく、ミュズニトニルンからの魔力の供給が無くても動けるようだった。

 トゥは、シェフィールドから目を離し、ジョゼフに向き直った。

 ジョゼフは、トゥの剣戟から逃れ、後甲板の鐘楼の上で詠唱を続けていた。

 トゥが接近すると、ジョゼフは、詠唱を止めた。

「やあ、ガンダールヴ。」

「その石から手を離して。」

 大剣の切っ先を突きつけ、トゥが言った。

 だがジョゼフは、まったくその言葉を聞いていないように語り出す。

「まだ若いな。いくつだ?」

「……たぶん、十七。」

「美しいな…。その右目の花も、ずいぶんと個性的だ。」

「石から手を離してください。」

 かみ合わない会話を続けた。

 ジョゼブは、語る。

 自分にも己の中の正義がすべてを解決してくれると信じていた頃があった。

 大人になれば心の中の卑しい劣等感は消えると思っていた。

 そういったものが解決してくれると信じていた。

 だが、それはまったくの幻想で、年を取れば取るほど、澱のように沈殿していく。自分の手で摘み取ってしまった解決の手段が、いつまでも夢に出てきて、自分の心を虚無に染め上げる。まるで迷宮だと。

 そしてその出口は無いと、自分は知っているのに。

 トゥは、デルフリンガーが振るい、火石を握るジョゼブの手を狙った。

 だが次の瞬間ジョゼフがかき消えた。

「こんな技を、いくら使えたからといって、何の足しにもならぬ。」

 トゥの背後からジョゼフの声が聞こえた。

 トゥが反射的に振り返りながら大剣を後ろに振ったが、またもジョゼフの姿が消えた。

 今度は、マストの上に移動していた。

「この呪文は、“加速”というのだ。虚無の一つだ。なにゆえ神は俺にこんな呪文を託したのであろうな? 皮肉なものだ。まるで、急げと急かされているように感じるよ。」

「相棒。まずいぜ…。実にまずい。厄介な呪文を相手にしちまったね。」

「だいじょうぶ。」

 トゥが前を向いたまま、デルフリンガーを左方向に振り下ろした。

「ぐっ。」

 次の瞬間、トゥの前に左肩を押さえたジョゼフが現れた。

 彼の肩から僅かに出血していた。

「まさか、俺の加速が見えるのか?」

「うん。」

 ジョゼフの問いに、トゥはこともなげに頷いた。

 トゥの左目が微かに光をおびていた。ウタの力で視力を強化したのだ。

 二人の間に静寂が発生した。

 やがてジョゼフがおかしそうに笑い出した。

「面白い女だ。俺の虚無をやすやすと打ち破るとはな。これがウタウタイというものなのか。」

「……かもね。」

「なんだ不服そうだな? どうした? さっさと俺の首を切り落とせばいいだろう? その剣は飾りか?」

「……。」

『相棒?』

「……可哀想な人。」

「はっ?」

 トゥの左目からポロリッと涙が零れ、それを見たジョゼフはわけが分からないと声を漏らした。

「本当に、可哀想な人…。」

『おい、相棒! 哀れんでる場合じゃねぇんだぜ!』

「ここで、あなたを斬っても、あなたは救われない。」

「ふ…。こんな状況で敵に情けをかけるとは、おかしな女だ。その涙は、まさか俺のためだというのか?」

「そうだよ。」

『相棒…!』

 トゥは、持っていた大剣を背中に背負い直した。そしてデルフリンガーを鞘に収めた。

「この期に及んで敵意が無いと示すつもりじゃないだろうな?」

「……。」

 トゥは、黙ったまま、一歩ジョゼフに近寄った。

「ならば、そのまま守ることを放棄した者共の最後を見ながら絶望するがいい。」

 ジョゼフが杖を抜き、詠唱を開始するとまたトゥが一歩進んだ。

 もう、ジョゼフとの距離は目と鼻の先まで来ていた。

 すると、ジョゼフの指にはまっていた土のルビーが光り出した。

「ん?」

 ジョゼブがそれに気づいたとき、ジョゼフは、土のルビーからあふれた記憶による夢の世界に放り込まれた。

 そのためボーッと突っ立てているだけの状態になったジョゼフを、トゥは、ジッと見つめた。

 一体どれくらい時間が経っただろうか。実際にはそれほど時間はかかってないかもしれない。

 やがてジョゼフの手から火石が転がり落ち、ジョゼフは、両膝をついて両手で顔を覆って静かに泣き出した。

 トゥは、そんな彼を見つめていた。

「……可哀想な人たち…。」

 その目に哀れみの涙を浮かべて。

 




結局、ヴィットーリオのリコードで展開を進めました。
でもトゥにも土のルビーの記憶が伝わってて、それで泣いてます。

次回は、ジョゼフの最後。

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