二番目の使い魔   作:蜜柑ブタ

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トゥモデルにした劇で、トゥがトリスタニアで人気者になる編。

ド・オルニエールの領地をもらうのは、また次回ですね。

今回若干長め。


第七十三話  トゥ、人気者になる

 

「で? 結局決められなかったのね?」

「うん…。」

 ヴァイユに愛想尽かされてしまった後、トゥ達は、魅惑の妖精亭に来ていた。

 そこでスカロンに何があったのか話した。

 ルイズは、傍らで恥ずかしそうに俯いていた。

「ねえ、ルイズ。どうしてそんなにわがまま言うの?」

「私は、そんなに悪くないもん。」

「じゃあ、どういうお家ならいいの?」

「それは……。」

 ルイズは、言いずらそうにブツブツと言った。

 その様子を見てスカロンの隣にいたジェシカが、頷いて、そして言った。

「ようは、シエスタが一緒なのが気に入らないんでしょ。」

 途端、その場の空気が音を立てて固まったような気がした。

「えー?」

 トゥは、よく分からないと言いたげに首を傾げた。

「でも、最近二人とも仲良くなかったっけ?」

「トゥちゃん。」

 するとスカロンがポンポンとトゥの肩を叩いた。

「女心分かってないわねぇ。そんなの、今だけだからじゃないの?」

「えっ?」

「いざお屋敷を買うって事になったら、そこで本格的に生活が始まるってことじゃない。安心がほしいのよ。ルイズちゃんは。」

「安心…。」

「それはシエちゃんも同じね。」

 スカロンを見ていたトゥは、ふと気がついた。

 ルイズとシエスタから、じ~~っと見られている。

 二人の視線からは、何かの答えを求めているのが分かるが、トゥにはちょっと分からなかった。

 トゥが困っていると、スカロンが手を叩いた。

「さてと、じゃあ大人な解決。」

「大人な解決?」

「そうよ、このままじゃ結論なんて出ないでしょ? トゥちゃん、お屋敷を買う。ルイズちゃんと暮らす。シエちゃんも雇う。これで万事解決よ。」

「なんでよ!」

 スカロンの言葉にルイズが吠えた。

「あのね、ルイズちゃん。」

「なに!?」

「今やトゥちゃんは、救国の英雄様なのよ。」

「は?」

 ルイズは、一瞬わけが分からないと声を漏らしたが、すぐにハッとした。

 ここに来るまでに行き交う人々がトゥを見て足を止め、そして今も店の外では見物客達が集まっていることに。

 やがて見物客の中から、中年の男性が飛び出してきて、トゥの傍で膝を突いた。

「えっ?」

「あの…、あなた様は、もしや陛下の水精霊騎士隊副隊長、トゥ・シュヴァリエ様では……?」

「うん。そうだよ。」

「ああ、やはり!!」

 感激の声を上げる男性と同時に、見物客達がどよめきだした。

「お会いできて感激です! 平民出身ながら数々の大手柄! あなたは私達の太陽! ぜひぜひ、このこの名付け親になってくださいまし!」

 そんな風に叫ぶ男性の後ろから商人らしき男が飛び出してきて、トゥの手を握ったりした。

「アルビオンでの退却戦!」

「虎街道での大活躍!」

「そして、リネン川での百人抜き!」

「あなたの活躍を聞いて、我らトリスタニア市民はどれだけ勇気づけられたことか!」

「十人ぐらいだよ?」

「それでも大変なことです!」

「貴族を十人も抜くなんて…。いや! 今ではあなたさまも貴族なわけですが!」

「えー…。」

 口々にトゥを賞賛する声に、トゥ自身は困惑した。

 ルイズは、トゥの周りに集まる見物客に弾かれる格好なってしまった。そんなルイズにスカロンが囁く。

「ルイズちゃん。これで分かったでしょ? 今やトゥちゃんの人気はこのトリスタニアじゃすごいんだから。たぶん、一人じゃ街歩けないぐらいにね。」

「な、なんで、こんな急に人気に…。」

 すると、スカロンは、食堂の壁に貼られた広告を指さした。

「………アルビオンの花の剣士?」

 そこに書かれていたのは、そういう題名の演劇の公演を告げるモノだった。

 まるで神話の戦女神のような姿をした女剣士が、恐ろしい格好のアルビオンの兵達に立ち向かっている絵が描かれていた。

 しかし、髪型といい、格好といい、本物のトゥとは似ても似つかないが…。

「まさか……。」

「どうせだから、みんなで見に行く?」

 スカロンの言葉にルイズは冷や汗をかきながら頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それから、ルイズ達は、スカロン達と共に問題の演劇を見に行った。

『悪辣なアルビオン軍め! かかってくるがいい!』

 芝居がかった勇ましい声の青い髪(おそらくカツラ)の女優が剣士の格好をして、竜の着ぐるみや貴族の格好をした役者達を相手に立ち回りを行っていた。

「…敵…、七人だけしかいないよ?」

「そりゃ七万人なんて舞台に置けるわけないじゃない。」

 トゥの呟きにスカロンが答えた。

 演劇は…、まあ演劇なのだから仕方が無いのだが、想像と大げさな表現で彩られていた。

「花の剣士って…。」

「合ってるね。」

 トゥは、右目の花のことを指している思って頷いた。

 そういえば主役の女優の頭には、造花の花飾りがある。さすがに目に刺すなんてできないので、花という特徴は飾りで表現したらしい。

 ルイズは、トゥが花のことに触れて特に気にした様子がないことに驚いた。前なら確実に過剰に反応していただろう。

 やがて歌姫やらが登場して音楽と共に剣士を称える歌を歌い始め、その歌は大合唱になっていき、劇を盛り上げた。

「…酷いチャンバラ劇ね。」

「そう?」

「あれ、あんたを題材にしてるのよ?」

 げんなりするルイズとは逆に、悪い気はしていないトゥがそう答えたため、ルイズは呆れた。

 劇の盛上がりは、観客達を熱狂させた。スカロンが言うには、批評家からはえらい酷評だが、市民には大人気らしい。まあ、この熱狂ぶりを見れば分かる。

「ああ、トゥさんが出てますよ。ほら、ほらほらほら。やん……、私のトゥさんがとうとう舞台の上にまで出ちゃいましたわ。」

 シエスタが、頬を染めてトゥと劇場を交互に見てうっとりと言う。

「あれ、私じゃないよ?」

「かっこいい! あんな風にしてアルビオン軍をやっつけたんですね!」

 トゥの言葉をシエスタは聞いてなかった。

 舞台の上で、剣士の女優がついに最後の貴族を倒すと、観客席が割れんばかりの歓声が上がり席から立って喝采をあげる者達が続出した。

 ルイズから聞いたが、本来剣士が活躍する筋書きの劇は、このような大舞台では行われないのだとか。せいぜい人形劇ぐらいなもので、実際に人間が行うモノはないらしい。

 トゥが救国の英雄なので、この劇は、検閲を通ったのだろうとルイズは分析した。

 あまりの観客席の熱気に気圧される。

「す、すごいわね…。」

「分かったでしょう?」

「ええ…、確かにすごいわ…。」

「それだけじゃないわ。」

 スカロンが指さした先を、ルイズは見た。

 そこには、観客席の一角には、少なくない数の若い青少年達がいた。

「いやー、すごかったなぁ。戦女神のごとくメイジをやっつけるなんてなぁ。」

「けど、これって結局劇の話だろ?」

「何言ってるんだい? この劇の主役の剣士にはモデルがいるんだ。その彼女こそがトリスティン軍を救ったんだ。」

「しかも、今度はガリアでも華々しい武功を立てたとか。」

「ぜひ、一度お目にかかりたいものだなぁ…。」

「噂じゃ、とんでもない美女だってさ!」

「ああ! 僕達なんかじゃきっと手の届かない花の剣士様! 一度でいいからお会いできたら、いつ死んでもいい!」

 

 ここ(劇場の観客席)にいます。っとは…、絶対に言えない。

 ルイズが、必死になってトゥの口を手で塞いでいた。うっかりトゥが自分がここにいると言いかけたからだ。

 

「あとね…。」

 スカロンは、二階を指さした。

 そこは、ボックス席になっており、大貴族達が劇を鑑賞する場所だ。

 よく見ると、そこに座っている大貴族と思しき人物は、不快そうに顔を歪めていた。

 ルイズは、理解した。彼らは、平民出の剣士が活躍する筋書きが気に入らないのだ。

「ね? 分かったでしょ?」

 人気が出るということは、すなわち敵を作るということだ。

 知らない人間を雇ったりしたならば、いつ食事に毒を盛られるか分かったものじゃない。そこでシエスタだ。彼女以上に信頼がおける使用人はいないのだ。

 他に人を雇ったとき、何か良からぬ企みを企てていたならば、それをすぐに報告してくれる、そんな人材が必要なのだ。

 ルイズは、やっと、シエスタを雇うことを強く勧められた理由を理解した。

 シエスタならば、絶対にトゥを裏切ったりしないだろう。そう思うと、トゥの隣で、キャッキャッと劇を楽しんでいるシエスタがとてつもなく頼もしく見えてくる。

 ルイズが変心している一方で、トゥは、じーっと劇を見ていた。

 その横顔からは、何を考えているのか分からなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 劇場から出るとき、トゥの頭をマントですっぽりと隠した。

 周りは興奮冷めやらぬ市民達がいる。ここで劇の主役であるトゥがいるなんてことがバレたら一大事だ。

 頭をマントで隠されたトゥの周りをルイズ達が取り囲んでさらに隠す。

 しかし……、トラブルというのは時と場所を選んではくれない。

「おや! ルイズじゃないかい!」

 不幸にも水精霊騎士隊の仲間達と遭遇してしまったのだ。

 ルイズ達はこんなところで騒ぎになるわけにいかないので、ギーシュ達を振り切って逃げようとしたがそれより早くギーシュが動いた。

「どこに行くんだい! 聞きたいことがあるんだよ。トゥ君はどこへ行ったんだい? 今朝から姿が見えないんだけど。」

 ギーシュの大声によって、周りの市民の何人かが反応した。

「し、知らないわよ! そんな奴…。」

「何を言ってるんだい? もしや! また記憶を消したとか言わないよな? 忘れたなら僕達が思い出させてあげようじゃないか。アルビオンでの撤退戦! 誰かの代わりに立ちはだかった彼女のことを!」

「や、やめて!」

 ルイズの制止を聞かず、ギーシュの言葉に市民達が集まりだしていた。

 ギーシュは調子に乗りやすい。ましてや今、周りには観客がいる。ギーシュの演説はますます白熱して身振り手振りを交えて語り出した。

「彼女の武功はそれにとどまらず! リネン川での一騎打ち! 初手はガリアで天下無双の使い手と謳われるソワッソン男爵! だが、トゥ君はヒラリヒラリと逃げ回るソワッソン男爵に風のように飛びかかり、見事一刀でその杖を両断してのけた! 二番手もなかなかだった! だが僕ら水精霊騎士隊は、………もげっ!」

 熱く語り続けるギーシュの口をルイズが手で塞いだ。

「あんた、いい加減にしなさい!」

「な! どうしてだ! 彼女の活躍を話して何が悪い!」

「そうだそうだ!」

 っと、ヤジが飛ぶがそれどころじゃない。

 ギーシュの語りで、ただでさえ熱くなっている市民達がますます熱をおびておりかなりヤバい状況だった。

 スカロンとジェシカとシエスタが、こっそりとトゥをこの場から連れ出そうとしたとき。めざとくマリコルヌがトゥを見つけてしまった。

「おや! トゥ君! いるじゃないか、なんで顔を隠しているんだい?」

 そしてあろうことか、トゥの頭にかぶっていたマントを外してしまった。

 あらわになる青い髪と、右目の花。

 途端、集まっていた市民達が沸いた。

「こ、この方が、かの水精霊騎士隊の副隊長、トゥ・シュヴァリエ様で!?」

「いかにも!」

 マリコルヌが胸を張って答えた。

 そして市民達がトゥに群がりだした。

 その勢いと数たるや、魅惑の妖精亭の比じゃない。

「おや? どうしたんだい、これは?」

 まさか劇が作られているなど知らないギーシュ達は、目を丸くしたのだった。

「きゃー! やん、変なところ触らないでぇ!」

「トゥーー!!」

 市民にもみくちゃにされるトゥを助けようとルイズが動こうとしたが、市民の壁を越えることはできない。いっそエクスプロージョンをぶっ放そうかとも思ったが、すんでのところで踏みとどまった。罪のない市民に魔法をぶっ放すなどできない。

「おやおや、ずいぶんと人気者になったものだねぇ。」

「ところで、トゥ君! リネン川で稼いだ身代金があるだろう!」

「えっ? なに?」

 今度は、水精霊騎士隊の仲間達が詰め寄ってきた。

「屋敷だなんて寝ぼけたこと言わないで、城を買おうじゃないか! すごい物件を見つけたぜ! 六十アルパンの土地がついた、由緒ある古城だ! なに、ちょっと幽霊が出るらしいが、そんなもの僕達の勇気の前ではいささかのこともない!」

「でも、ギーシュ君達にもお金分けたよね?」

「ほんの二千エキューじゃないか!」

「財布出せ、財布!」

「きゃー!」

 トゥは、市民と水精霊騎士隊の仲間達に挟まれることとなった。

 もはやこれは人の津波だ。こうなっては、誰にも止められない。

 っと、思いきや…、この騒ぎを止められる人物が現れた。

 

 泣く子も黙る、女王陛下近衛隊、アニエスが隊を率いて登場したのだ。

 

 怒声と共と、脅しにより市民達は散り散りになって逃げていった。

「なんだ、お前達か。ちょうどいい。」

「へっ…、なんですかぁ?」

 もみくちゃにされてヘロヘロになって膝をついたトゥに、アニエスが書状を差し出した。

「陛下のお召しだ。直ちに宮廷に参内しろ。」

 

 渡された書状の内容は、アンリエッタからの召喚だった。

 




原作読んでて、ギーシュのバカヤローって思いました。

もうトゥの右目の花で、不気味がる人はいないと思います。

次回で、やっと領地をもらうことになるかな?

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