ツッコミ程度ですが、アンリエッタに厳しい言葉があります。
トゥ達が王宮に来たときには、すっかり外は夜になっていた。
アニエスに先導されてすぐにアンリエッタの執務室へと通された。
「ようこそいらしてくださいました。さあ、こちらへ。」
祖国の英雄を迎えるにはむさ苦しいところではありますが…っと、アンリエッタはトゥとルイズを出迎えた。
それからアンリエッタは、小姓にワインと料理を運んでくるよう頼んだ。
席に着いたトゥは、周りを見回した。
机と椅子、そして燭台と本棚など、なんというかこざっぱりしている。そういえばアルビオンとの戦いの時に消費してしまった国庫を潤すため家具を売り払ったと聞いていたが、ここまで何も無いとは…。
トゥの様子を見たアンリエッタは苦笑し、今宮廷には本当にお金が無いのだと語った。
「とんでもございません!」
「こじんまりした方がいいよ…。もう人混みはもうたくさん…。」
「あら? どうしたのですか?」
「実はですね…。」
そこからアニエスが面白おかしく、昼間にあった大騒動をアンリエッタに話した。
「まあ! トゥ殿が歌劇の主役! すっかり人気者になって、わたくしも誇らしいですわ。」
「勘弁してください…。」
トゥは、ぐったりと机に頬をのせて弱々しい声で言った。
そこへ料理が運ばれてきた。
お金が無いという割にはかなり豪華な内容であった。
***
ワインと料理が進み、やがて話題はガリアの戦のことに移っていった。
「本当に、恐ろしい炎の球でしたわ…。」
火石の爆発のことだ。
「あのような、恐ろしい魔法を使うエルフと争うなど、これ以上愚かしいことはありません。」
きっぱりとアンリエッタが言った。
「私もそう思います。」
ルイズが頷いた。
トゥは、首を傾げた。
「あの時…、お姫様、力で示すのも正義だってこと言ってたのに…。」
「トゥ!」
「いいのです。トゥ殿の言葉は事実ですから。あのときの私は本当に愚かでした…。」
アンリエッタは、悲痛な顔で目を閉じた。
「我々の急務は、ガリアがロマリアの意のままになること防ぐことです。」
目を開け、決意を新たにしたように表情を変えたアンリエッタが言った。
「でも、タバサちゃん…、そんなことしないはずですよ?」
「わたくしもそう思います。あなた方のご友人だったのでしょう?」
だが何が起こる分かったものじゃ無いのだと言った。
「あなた方を、ガリア王との交渉官に任命します。」
それがルイズとトゥが呼ばれた理由だった。
タバサとのパイプ役になってもらうため。それが目的だった。
「お願いできますか?」
「喜んでお受けしますわ。」
「よかった。断られたらどうしようと思っていたのです。」
アンリエッタは微笑んだ。
「さて、トゥ殿。」
「はい。」
「トゥ殿は一国の大使としては、お名前が短すぎるように思えるのです。」
「トゥ・シュヴァリエが?」
言われれば確かに短いかもしれない。
「ですから、わたくしとしてはそのお名前を、多少長くさせていただきたいのです。」
「っと、言うと?」
「あなたに領地を与えたいのです。」
「ひ、姫様!?」
ルイズが驚いて声を上げた。
トゥは、分からなくてキョトンとした。
「りょうち?」
「トリスタニアの西に、ド・オルニエールと呼ばれる土地があります。ほんの三十アルパンほどの狭い土地ですが…。」
「えっ? えっ?」
「落ち着きなさい、トゥ。」
混乱するトゥの肩をルイズが軽く叩いた。
ちなみに、三十アルパンは、だいたい十キロ四方ほどである。
「あなた方は、住むところを探しているのでしょう?」
「そ、それは…。」
ルイズは、赤面した。
「私は、こじんまりした小さいお家でいいんです。土地はいりません。」
「ですが、貴族というのはその称号に見合ったものが必要なのです。その一つが土地です。」
「でも…。」
「あのね、トゥ。」
ルイズは、トゥの肩を掴んで言った。
「あなた、ガリアとの戦でまだ何ももらってないでしょう?」
「うん。」
「つまり…、そういうことよ。」
「?」
「あー、もう分かりなさいよ! 姫殿下は、此度の戦の褒賞として、土地を与えるって言ってるのよ! つまりあんたは、その土地の王様になるって事よ!」
「私が…、王様…。」
「正直な話…、あんたには、不相応だと思うわ。」
「不相応なわけがありませぬ。」
ルイズの呟きにアンリエッタが答えた。
本来なら、男爵の位を与えたいくらいなのだと言った。
「男爵だなんて…!」
ルイズが驚愕した。
「ですから、いらぬ嫉妬を買ってはつまりませんから。今回はやめておきます。でも、良い土地ですよ。狭いながら、実入りは一万二千エキューにはなりましょうか。山に面した土地には、ブドウ畑もあって、ワインが年に百樽ほど取れるとか。」
はっきり言って、破格だ。今のトゥにとっては。
「ですが、トゥには、領地の経営なんてできるわけがありません!」
「前の世界じゃ、私、領主だったよ。」
「へっ?」
「砂の国ってところで、領主やってたの。でも経営とかお金のこととかは、人に任せてたよ。」
「そ、そうなの…。意外だわ…。」
「ならちょうど良いではありませんか。領地の管理の経験があるのなら、その経験を生かせばよいのです。」
「じゃあ、そうする。」
「あと、お屋敷もありますわよ。卒業したら、そこで暮らすのもいいんじゃないかしら? とにかく一度ゆっくり見てきてはいかが?」
「あれ? ってことは、お家探しの問題解決? ねえ、ルイズ。解決だよね?」
トゥがルイズの方を見ると、ルイズは、放心していた。
「ルイズー?」
「……ぁ。」
目の前を手でチラチラさせると、ルイズは我に返った。
「でー、これからどうしたらいいんですか?」
「受け取ってもらえますか?」
「はい。」
「よかった。あなたには、これぐらいのことをしなければ、わたくしの良心が痛みます。わたくしは、何より、恩知らずと呼ばれることが我慢できないのです。」
アンリエッタは、トゥからの良い返答に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがたく頂戴いたします。」
「では、あとで書類を届けさせますわ。」
二人の間で交わされる会話を脇に、ルイズは、また放心した。
***
ド・オルニエールの土地は、トリスタニアから馬で一時間ほどの距離にあった。
……ちょっと土地と、そこにある屋敷を見に行くはずだったのだが、トゥとルイズの他についてきた者達がいた。
まず、ギーシュを筆頭とした水精霊騎士隊の仲間達。
コルベールとキュルケ。
掃除用具を山ほど担いで来たシエスタ。
結果、ちょっとした大行列になってしまった。
「で? ド・オルニエールの土地ってどんなところなんだい?」
「さあ? 私も初めて行くから。」
「あがりは?」
「あがり?」
「年収は…?」
「えっと…、一万二千エキューだったっけ?」
「諸君! 僕は、トゥ君に我が隊の会計主任に推薦したいと思う!」
「あんた達…、トゥにたかろうって言うの?」
「いやいや…、そんなつもりは…。」
「目を見て言いなさい。」
ルイズにじとりと睨まれ、ギーシュは目を泳がせた。
「なあ、トゥ君…。実はおそろいの隊服を作ろう思うんだが……。」
「えっ? じゃあ、私が作ろうか?」
「そういうことなら、名門グラモン家のあんたがなんとかしなさいよ。」
トゥを遮ってルイズが言った。
「知ってるじゃないか! 僕んちは、遠征で金を使い果たして…。」
「じゃあ、知らないわ。勝手になさい。」
「でも…。」
「いいから。あんまり甘やかすと調子づくわよ?」
ギーシュを心配するトゥに、ルイズが厳しく言った。
トゥの財布のヒモがルイズに握られていると理解したギーシュ達は、がっかりした顔をした。
「でも、ルイズ。独り占めはよくないよ。ねえ、みんな、年収の何割かを隊に入れるって事で良い?」
「い、いくらくれるんだい!?」
レイナールが勢いよく聞いてきた。
「いくら欲しい?」
トゥが聞くと、水精霊騎士隊の仲間達は、顔を見合わせ、話し合った。
そして。
「五千エキュー。」
「じゃあ、それでいいよ。」
「うおおおおおおお!!」
水精霊騎士隊の仲間達が一斉にどよめいた。
「ちょっと! 年収の半分もじゃない! あんた何考えてるのよ!?」
「えー? だって、そんなに使わないでしょ?」
「近衛副隊長で、領地持ちなんてことになったら、色々とお金が出ていくんだから! ましてやあんたは、家柄も無い! 後ろ盾も無い! 成り上がりなのよ! 張る見栄はきちんと張っとかないと、馬鹿にされるじゃないの!」
「えー?」
「あら、ルイズ。お金の使い方に文句言うなんて、すっかりトゥちゃんの奥様気取りね?」
「! ち、ちが…。」
キュルケに言われてルイズは、赤面して狼狽えた。
「あ、あのね…、私は同居人として…。」
「あら? トゥちゃんのこと同居人程度にしか思ってなかったの?」
「ちがーう!」
「だって。ねえ、トゥちゃん。」
「あ…。」
「よかったわね。トゥちゃんは、今や救国の英雄。確かに成り上がりかも知れないけど、その成り上がりっぷりはまさに伝説級。だってこの国じゃ、平民が貴族になることさえほとんど不可能なんだし、近衛の副隊長になるわ、領地を下賜されるわ、おまけに劇まで作られちゃうわで、大変な騒ぎじゃないの。そんな有名人が結婚もしてないのに同性とはいえ、女の子と暮らしているなんてそっちの方がスキャンダルじゃない? 実は同性愛者ってデマが流れたとしても大スキャンダルよ。例えあんたが公爵令嬢でもね。」
「そうなの?」
「そうよ~。」
キョトンとするトゥの頭を、ニッコニコ笑っているキュルケがなで回した。
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!」
「わっかないわよ~? 英雄で土地持ちということになれば、是非うちの息子をって、言ってくる貴族がいるかもよ? 世の中何が起こるか分かんないんだから。」
跡継ぎになれない次男坊とか三男坊とかを入り婿させんとする貴族が現れるかも知れない。それを想像してしまったルイズは、顔を青くした。
トリスティンだけじゃなく、ゲルマニアやガリアから、例えばグルデンホルフのような大公国が目をつけて、婿を紹介してきたら?
血にこだわる貴族社会において、同性愛のような非産的なものは喜ばれない。
きっと世の中は、婿をと提唱するだろう。
ああ、どうして自分は女として生まれてしまったのだろう? どうしてトゥは女なのだろう? これで異性同士ならよかったのに…っと。
「うぅ~。」
ルイズは、ボロボロと泣き出していた。
「ちょ、泣くことないじゃない!」
「ルイズ、どうしたの?」
ルイズを慰めるため、足は止まり、ド・オルニエールの土地まで行くのに時間がかかった。
正直、アンリエッタには、何を今更言ってんの?っと思いました。
トゥは、もうだいたいのことは、思い出してます。