あと土くれのフーケ。
セントって、なに?っと言った日から、トゥは時折上の空になるようなった。
物思いにふけているとか、寝ぼけているとかそういう感じではない。
まるで召喚された時のような…、何もない、空虚な感じを思わせた。
そんな彼女を心配して、学院の平民達がこぞって声を掛けたり、食事時になればサービスだとデザートをあげたりしていた。
しかし中々治らず、今日も他の人の使い魔を抱っこして、上の空だった。使い魔が近寄れば、反射的なのか手が動き撫でたりしているし、膝の上に乗れば抱っこする。
「ねえ、トゥ。」
「……あ、ルイズ。」
ハッとしたトゥがルイズを見て言った。
「なぁに?」
「…息抜きさせてあげる。」
「いきぬき?」
「あんたがボーッとしてばっかりだから、次の虚無の日に城下町にでも行きましょう。」
「…分かった。」
トゥは、頷いた。そしてまた下を向いてボーッとしだした。
ルイズは、そんなトゥを見て溜息を吐いた。
もしかして自分の所為なのだろうかと思う反面、なんか調子を狂わされる気がしてならなかった。
***
そして、虚無の日を迎えた。
馬に乗って約3時間もかかる距離を馬で通い、駅に馬を残してルイズは、トゥを連れて城下町を歩いた。
道行く人たちが、特に男性がトゥを見る。
トゥの恰好がアレなので、ルイズは、ローブを貸し、隠させていたが、トゥの美貌に人々の目が集まった。
「ねえねえ、ルイズ。あれは何?」
「酒場よ。」
「あれは?」
「衛士の詰め所よ。」
「ねえねえ、あれ…。」
「あああ、もう! 鬱陶しいわね!」
ルイズが突然キレた。
ルイズは、立派な使い魔を召喚して、誰もが目を向けるような立派なメイジになりたいと願っていた。
だが現実はどうだ? 確かにある意味で立派であるが、向けられる目はすべて使い魔であるトゥに向けられている。それも邪な目がほとんどだ。
「えー? なんで怒るの?」
「……そういえば、あんた武器持ってきてないのね?」
「うん。置いてきた。」
「…買ってあげようか?」
「なにを?」
「剣…。」
「えっ? なんで?」
「あんな大きな剣を持って歩きまわれないでしょ? もうちょっと小さい剣があればいいんじゃない?」
「うーん。そうだね。」
「そうと決まれば行くわよ。」
「あっ、待ってよー。」
先を行くルイズを、トゥは追いかけた。
二人は路地裏に入り、武器屋に向かった。
「本当にここにあるの?」
「ええ…、えーと…、あっ、あったわ。」
武器屋をようやく見つけ店に入った。
薄暗い店内に入ると、店主が「らっしゃい」っと歓迎した。
「貴族の奥方様。こんなところに何用で?」
「剣を見せてくれる?」
「おったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」
そうわざとらしく店主は驚いていた。
トゥは、店に入るなりすぐに武器を物色しだしていた。
「ねえ、ルイズ、これがいい!」
そう言ってデカイ斧…、実用品というより部屋の飾りに使うような大きさのを軽々と持ち上げてルイズに言った。
「うお! そいつを持ち上げるのかい! あんたどんな力してんだ!?」
「ダメよ。それじゃああの剣を同じでしょ。もっと小さいのにしなさい。」
ルイズは、すぐに却下した。
トゥは、頬を膨らませ、斧を戻した。
『おでれーた。姉ちゃん、とんでもねー怪力だな。』
「? だれ、だれ?」
トゥは、声の主を探してキョロキョロと店内を見渡した。
『ここだ、ここ。ここだぜ。』
声の主は、乱雑に置かれた剣の束の中から聞こえた。
「やい、デル公。黙ってろ!」
『美人が来て鼻伸ばしてる奴が言ってんじゃねーよ。』
「あ、これだ。」
トゥが剣の束の中から、一本の剣を取り出した。
その剣は、錆びていて、お世辞にも見た目はよくない。
「ねえ、剣ちゃん、あなたが喋ってたの?」
『ちゃん付けすんじゃねーよ! 俺にはデルフリンガーって名前があんだよ! …お、おめー……、おでれーた、使い手かよ。おでれーた。こんなねーちゃんが…。』
剣は一人で喋って一人で納得しているようだった。
「でるふりんがー…、じゃあデルフって呼ぶね。びっくりした、デルフってお喋りできるんだね。」
『なあ、姉ちゃん、俺を買えよ。』
「えっ?」
『おまえさん使い手みたいだからよぉ…、あと……、いや言わない方がいいな。』
「?」
「トゥ、どうするの?」
「うーん…、じゃあこれにする。」
「いくら?」
「百で結構でさ。」
「あら、安いわね。」
「厄介払いみたいなもんでさ。」
そうしてお金を払い、鞘を貰って、トゥは、デルフリンガーを手に入れた。
「やったぁ。嬉しい!」
「そんな剣で本当によかったの?」
「えー、だって面白いじゃん。お喋りする剣だよ?」
「まあ、あんたがいいなら、別にいいけど…。」
「えへへ。」
トゥは、鞘に収まっているデルフリンガーを抱えてはしゃいでいた。
ここに来るまでに、トゥは、上の空にはならなかった。
やはり刺激を与えてよかったとルイズは思った。
***
デルフリンガーを手に入れてからのトゥは、上の空になることはなくなった。
デルフリンガーは、お喋りなトゥに付き合い授業中でもお喋りをしていた。それがうるさいとルイズが叱り、授業中はお喋りしないよう、デルフリンガーを鞘に納めておくことになった。
トゥは、当初それをつまらなそうにしていたが、他の使い魔達が心配してか、すり寄ってきて、遊ぶことで解消した。
「トゥさん、その剣、どうしたんですか?」
「えへへ、ルイズに買ってもらったの。お喋りするんだよ。」
「そうなんですか。珍しいですね。」
『見世物じゃねーぜ。』
「わ、本当に喋った!」
シエスタは、デルフリンガーの声に驚いた。
クスクス笑っていたトゥだが、ふと誰かの視線を感じた。
「?」
周りを見回しても誰もいなかった。
その夜、トゥは眠れなかった。
『おう。どーした?』
「なんだか誰かに見られているきがするの。」
『なんだって?』
「あっ!」
ふと窓を見た時、誰かが窓にいた。
トゥが見るのと同時に、その人物は、窓からいなくなった。
「待って!」
『おい、待てよ!』
「なに?」
『念のため武器持っていけ。』
「うん!」
トゥは、自分の大剣と、デルフリンガーを持って、窓から飛び降りた。
「……トゥ?」
窓から入る風で目を覚ましたルイズは、目をこすりながら起き上がった。
トゥは、宙を浮いて逃げる人物を追って走っていた。
やがてその人物は、本塔の壁に張り付くように立った。
すると。
「わっ!」
巨大なゴーレムが出現した。
「ご、ゴーレム?」
『おう、こりゃやべーぜ。』
「大丈夫!」
トゥは、大きく息を吸った。
「トゥ? トゥ、どこに行ったの?」
ルイズは、トゥを探して寮から出てきた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
トゥの声であろうか、絶叫にも近い声が聞こえて来た。
その声が聞こえた方に行くと、青く輝いたトゥが巨大なゴーレムを相手に戦っていた。
ゴーレムは、粉々に砕け、やがてトゥが、本塔に顔を向けた。
「アアアアアアアアアアアアアア!」
トゥの目の前に魔法陣のようなものが出現し、衝撃波のような光が本塔に向けて飛ばされた。
本塔に張り付いていた人物は、それをギリギリで避ける。
すると本塔の壁が衝撃波の光によって破壊された。
本塔に張り付いていた人物は、するりっと空いた穴に入り込んだ。
その間に、トゥは、元の姿に戻り、ふらりとして、片膝をついた。
「うう…。」
『ムチャしやがって!』
デルフリンガーがトゥを叱った。
「トゥ!」
「…ルイズ?」
「何やってるのよ!」
「さっき人が…、ゴーレムが…、あれ?」
トゥが見た時には、ゴーレムはただの土に戻っており、トゥを誘った人物の姿もなかった。
騒ぎに気付いた教師達が集まり、ルイズ達は囲まれた。
トゥが破壊した本塔の壁の中。宝物庫の壁に『ゼロの剣。確かに領収いたしました。土くれのフーケ』っと、書かれていた。
デルフは、トゥの中にある花のことになんとなく気付いています。
セントのことを忘れさせようとする補正により、狂気に堕ちた時のようなるトゥですが、息抜きのかいもあってなんとかなりました。