カーテンの隙間から射し込む光りを受けて、ベッドにくるまっていた少女はゆっくりと目を開けた。
寝ぼけ眼で虚空を見つめ、朝の身支度をすべく意識を起こし、ベッドから降りる。
「んー……、また同じ夢だったなぁ」
一人ポツリと呟くと、春とはいえまだ少し冷える朝の廊下を、少女、鹿目まどかは進んでいく。
◆
「……私が?」
「うん、そうなの。正確に言えば、皆なんだけど……」
朝。
普段通りに学校の教室へと到着し、朝のHRが始まるまでの時間、まどかは親友である暁美ほむらの席へと近付いた。
その近くではまた親友である美樹さやかが、必死にノートへと向けてペンを走らせていた。
まぁ、終わっていない課題を誰かに見せてもらっているのだろうが。
「転校してすぐくらいにも言っていたわね。それとは違うの?」
「ぅ、うん」
「そう……。具体的には、どんな?」
ほむらから問われ、まどかは説明する。夢の話であるため詳しく聞かれればぼんやりとしか答えられないが、それでも思い出しつつ話しきった。
それは、こんな夢。
一本道を歩く。まどか、さやか、ほむら。そしてこの場に居ない、巴まみと佐倉杏子。
しばらくは皆して歩いているが、突如動きを止めて身体が真っ黒に染まると、一人一人が“別人”になっているのだという。
姿背格好は同じ、声も、何もかも同じなのだが、“何か”が違うというのが、まどかからの話だった。
話を聞き終わって、全く掴めない概要にほむらは頭を捻った。その様子に苛立っていると思ったのか、まどかが慌てて言う。
「ご、ごめんね? でも、ここ数日ずっと同じ夢だったから、流石に気になっちゃって……」
「あぁ、気にしないで、まどか。別に怒っているわけではないから」
微かに微笑むほむらを見て、まどかは安心したようにホッとした。
その様子にクスリと笑って、ほむらが言う。
「それに、何かあれば相談してと言ったのは私の方よ。別にこの程度、迷惑でも何でもないわ」
「ほむらちゃん……、ありがとう!」
親友の頼りになる言葉に、まどかは笑顔で礼を言った。
〰〰
あー、可愛い、滅茶苦茶可愛い。
私の手を取ってくるまどかの笑顔を見て、私は内心そう爛れまくっていた。
思わず抱き締めたくなる衝動を抑え込みつつ、いつも通りのクールな雰囲気を漂わせる。
そこに、お邪魔虫が一匹。
「おーおー、朝から見せつけてくれやがりますねぇ、お二人さぁん……」
今の今までノートにペンを走らせていたさやかが、此方へとやさぐれた雰囲気で睨んでくる。あの様子だと、どうやら無事に終わったらしい。
「さ、さやかちゃん……」
「全く、人が大変な時だってのにさぁ、それを知ってか知らずかイチャイチャイチャイチャ……」
「…………」
「おいおい、お前ら百合百合しいなぁって。私に見せつけてんのかって」
「…………」
「…………」
「……そうね、世間は春だけれど、貴女は真冬真っ只中だものね」
「んだとぉーッ?!」
今にも飛び掛かりそうな様子のさやかと、他人事の様に欠伸をするほむら。その一触即発の状況に、間に居るまどかがオロオロとしていた。
その様子も可愛いので見ていたいが、このままなのも可哀想なので助けるとしよう。
「大体、美樹さやか。……貴女は愚かだわ」
「よーし、喧嘩売ってんだな、外に出ろ」
拳を鳴らし出したさやかに、片手でストップを掛けて止める。
ほむらの真面目な雰囲気に気圧されたのか、さやかは止まった。
「貴女がイライラしている理由は分かっているわ、男を親友に取られて、失恋したものね」
「ぐっ、そ、そうよ。それがどうかした?」
「そこが愚かしい所よ。……何故、何もしないの?」
〰〰
どうしよう。
親友同士の一触即発の空気に、まどかは焦っていた。
そもそもが、さやかとほむらは仲が良くない。嫌い同士ではないが、笑顔で話しているのを見たことがない。
何時もなら間にもう一人、志筑仁美が居るのだが、生憎と最近出来たらしい恋人と一緒に居るようだ。
友人の一歩進んだ男女関係に何やら大人な雰囲気を感じ、興味がそそられるが、それ以上に今はこの状況が優先である。
そして本題が、仁美の彼氏が、さやかの想い人だった言うことだ。
幼馴染の想い人という、恋愛ドラマではコテコテの設定であったが、奥手な上にヘタレであったさやかは、中々アピールすることが出来ていなかった。
いくつか話を聞いたまどかでも、押しが弱いと思うのがいくつもあった。というかほとんどだった。
「大体、貴女はヘタレよ。“クラシック聞いてる恭介の横顔が見れたら充分だから”って……」
「な、何よ。だって好きなんだもん、それで良いじゃん」
「甘いわ、この前貴女が作った不細工な玉子焼きより甘いわ!」
「殺ってやろうかコイツ」
「ま、まぁまぁ……」
静かに席をたったさやかを、まどかが何とか宥めた。そして、確かに前に作ってくれた玉子焼きは甘かったなぁ、と苦笑いして思い出す。
「恋というのは戦争よ。好きになったのならば、相手が誰であろうと関係ないわ」
「お、おぅ……」
「確かに貴女は、もはや彼女に負け、男を取られた。それは事実だわ」
「…………」
ほむらの言葉に、現実を思い出したのか、さやかの表情がだんだんと曇っていく。
あ、涙目になってる。
でも、と。ほむらはさやかに近付いて肩に手を置いた。始めて見せたといっても良いくらいの慈愛の笑みで、さやかへと口を開く。
「そんな貴女だからこそ出来る、次の手段があるの」
「そ、それは……?」
「――略奪愛よ」
「「りゃ、略奪愛……ッ?!」」
思わずさやかと同じく驚愕してしまった。親友が出した予想の斜め上をいく答えに、さやかも狼狽えている。
〰〰
略奪愛。
好きな人を、相手から奪い取るという恋愛手段。NTR。
これが原因で、幸せな家庭が崩壊したり、殺人、傷害事件にまで発展するとまで危惧される事。
世間的には非難される事だが、私はそうは思わない。
好きな人ならば、何をしてでも手に入れるのが、“恋愛”というものだ。
「貴女は敵に大切な物を奪われたのよ、美樹さやか。それを笑顔で許すの?許せないでしょう」
「…………」
「数年もの時を経て築いた関係が、ぽっと出の女に壊されたのよ、それを許せるの?」
「あの、ほむらちゃん? そのぽっと出の女って仁美ちゃんじゃないよね、ね?」
まどかが他所をチラリと見ながらそう言うのを見てそちらを見れば、例の恭介とイチャイチャしている仁美がそこに居た。
此方に意識が向いていないことを見るに、さっきの発言は聞かれていないらしい。
《――全く、朝から何を話しているの、貴女達は》
さやかをどう唆そうと考えていると、頭の中へ響くようにそう声が広がった。聞き覚えのある声だ、その人物の名を言う。
《巴先輩、お早うございます。今、美樹さんを励ましてる最中なんです。もう少しで終わりますよ、えぇ》
《鹿目さんから聞いた話だと、ろくでもない話って聞いたけど? あまり、人の事にちょっかい出すのは良い事だと思えないわよ》
巴マミからの話を聞いて、隣に立つまどかへと視線を移す。見れば、手首にマミの魔法で作られたであろう可愛らしいリボンが結ばれていた。
マミへの連絡手段としてまどかに持たせたのだろう、用意周到な事だ。
私だってまどかに持たせたいのに。今度作っておこう。
「まぁ、そんなことは置いといて。まどか、貴女の言っていた件については此方でもそれとなく調べてみるわ」
「う、うん。ありがとう、ほむらちゃん。でも、無理はしないでね?」
「えぇ、気を付けておくわ」
HR開始のチャイムが鳴るのを聞いて、ほむらは話を切り上げた。
それを聞いたまどかが礼を言って、自分の席へと帰っていく。
ふと視線を感じてそちらへ振り向けば、さやかが真面目な空気を出して此方を見ていた。視線で促すと、さやかが口を開く。
「ほむら、――略奪愛って、どうすれば良いの?」
――あぁ、そういえばそうだった。
さて、どう計画を練ろうか。と思いながら、ほむらはゆっくりと息を一つ吐いた。
◆
時間は変わって、放課後。
同じ学校の制服を着た学生が疎らに歩く中を、賑やかに話して歩く三人が居た。
マミの家へと続く道を、まどか、さやか、ほむらの三人は歩いていた。まどかの持つ小綺麗な箱からは、ほのかに甘い香りが漂っている。
その箱を上機嫌で掲げるまどかは、にんまりと笑顔を浮かべた。
「それにしても、買えて良かったよね~、一日30箱限定のマカロン。マミさん、喜んでくれるかなぁ」
「まどかからの贈り物なら、喜んで受けとるわよ、えぇ。私なんて特にそうだわ」
「いや、アンタに向けて言った訳じゃないでしょ……」
そんな風に和気藹々と談笑しながら歩いていると、マミの住むマンションが見えてきた。
一人暮らしというには少し広めのマンションは、まどか達“魔法少女関連”の話をするには都合の良い場所だった。
家主であるマミにしても、客をもてなすのが好きな性格なので、特に文句を言われた覚えもない。
――まぁ、彼女が寂しがり屋なのもあるのだろうが
マンションのエントランスが見えてきて、まどかの歩調が少し上がった。浮かれた顔をしたまどかを追い掛けるように、ほむらとさやかが、微笑ましいものを見るように歩調を上げる。
階段を上がり、オートロックのエントランスへと入ると、
――待機中のソウルジェムに、僅かに魔力反応が出た。
「ッ?!」
「え?!」
「え、どうしたの?」
指輪の状態から直ぐ様魔力を使い能力を使うと、ほむらは袖から抜くようにハンドガンを構えた。
魔法少女になりたてのさやかは少しもたついたが、特に非常事態が起きたという訳でもなく、問題なくサーベルを一本取り出した。
突然の事態に驚くまどかを中心として背中合わせになり、次にほむらは自身の装備である“盾”を構える。
「……まだ居るわね。結界に取り込まれないということは、相手ははぐれの使い魔かしら」
「ちょっと待って、使い魔って基本結界の中にしか居ないんじゃなかったっけ?」
「個体の力が上がれば、魔女と同等の能力を使えるのよ。……私が相手をするわ、貴女はまどかをお願い」
「了解っ」
そう言ってまどかをさやかへと任せ、ほむらは数歩前へと出た。
もう少しすれば上に居るマミも気付いて来るだろう、定刻通りであれば杏子も居るであろう時間だ。
大した実力ではない魔力反応だが、ここにはまどかの他にも一般市民が多く居る。余計な被害を出さないためにも、ここで始末を付けるのが一番だろう。
そう思案するほむらの耳に、段々と聞こえてくる音があった。
「な、何これ。鐘の音?」
「教会とかでよく聞く音だよね……?」
ガラァーン、ガラァーン。と低く響くその音は、ほむらの耳にも届いていた。音の出を聞くに、マンションのエントランス先から聞こえている。徐々に近付くその音に、構えたハンドガンの引き金に力が入った。
「…………来たわね」
通路の先から現れたそれは、簡単に言えば“天使”だった。彫刻や有名な絵画で出てきそうな、そんな 天使。
数匹で背中の羽をパタパタと動かして飛ぶその姿はどこかファンタジーを感じる物があったが、それも直ぐに消えた。
問題は、その手に持っている“モノ”。
――それは、ぐったりとして動かない、二人の子供の姿だった。
その子供の姿を確認した瞬間、ほむらは瞬時に“時間停止”を使用した。
時間を止めて、攻撃や移動に使え、その間相手には停止を強制させるというチート能力のような物だが、使っている本人は微妙と首を傾げるものだ。
その理由は、消費される魔力の量が多いのが原因だ。
長い間時間を止めると、その分ハイペースで消費されるために、出来れば連発はしたくない能力だ。
息を短く吐いて、子供を抱えている奴に向けて数発、弾を撃ち出す。時間停止によって当たる直前で弾丸が停止し、ほむらは他の天使へと銃口を向けると、同じように発砲した。
〰〰
「美樹さやか、この子達を!」
やっぱりコイツ、強い。
此方へと投げ渡された子供を何とかキャッチして、さやかは素直にそう思った。
“時間停止”という能力も強力だが、ほむら自体の経験も合わさっているため、無駄なく、自分のペースで戦闘を進めている。
ほむらの放った弾丸を受けて次々と倒れていく使い魔を見て、何も出来ない自分を歯痒く思うが、今はこの子達が優先だ。
見た目では特に怪我をしている様には見えないが、念のために治癒を施しておく。
それが自分の――美樹さやかの得意分野である“治癒”能力の使いどころだろうから。
「さやかちゃん」
対人への“治癒”の使用が不慣れな為、悪戦苦闘状態でわたわたしているさやかへと、まどかは気を失った少女の一部分を眺めながらそう声を上げた。
ほむらから流れた使い魔が此方へと来たのかと顔を上げたが、まどかの視線を辿って、さやかは目を見開く。
まどかが見ていた少女の箇所、そこは首筋。
そこには、繊細なタトゥーの様に見える、この状況ではあるはずのない物があった。
「これ、“魔女の口付け”……」
――響く鐘の音が、二人の鼓膜を叩いていた。
読んで下さりありがとうございました。