※第4巻にてミ帝にネームシップの概念は無い事が記されていました。今回登場するミスリルとゴールドは、1番艦に相当する艦の代名と考えてください。
異世界 神聖ミリシアル帝国 西側群島近海
太陽に照らされ、光り輝く海。その海を割きながら進む大小10数隻もの艦船。6隻の調査船を中心とした輪形陣を組み、軍艦がそれらを守るように外周を固める。軍艦には神聖ミリシアル帝国の旗が掲げられ、風が吹くごとに生き物の如く激しくはためく。船団が目指す先は、第零式魔導艦隊が壊滅した西側群島。
「司令、あと1時間ほどで目的地に到着します」
調査船団護衛艦隊の旗艦、ミスリル級魔導戦艦1番艦『ミスリル』の艦橋。船団の進む先をジッと見つめる1人の男の元に、彼の乗る船の艦長が報告する。
「分かった。ここから先はいたるところに島が点在しているからな…。各艦に陣形を変更するよう伝えよ!」
「了解!!」
報告を聞いた司令官は、視線のみ艦長に向けそう命令すると、再び視線を海に戻す。艦長は部下を通じ、迅速に命令を遂行する。
少ししてから、艦隊は輪形陣を解き、単縦陣へと組み直す。完全に陣形を組み終えたところで、群島エリアへの入り口が見えてきた。
「はぁ…、未だに信じられんな。あの世界最強と謳われた第零式魔導艦隊が、たかが文明圏外国の軍隊を前に全滅してしまうとは…」
司令官はため息をつく。第零式魔導艦隊はミリシアル海軍にとってまさに誇りとでもいうべき存在だった。それ故に同艦隊が全滅したという説明を受けたときは、彼を含む多くの海兵たちが多大な衝撃を受け、そして同艦隊に乗っていた同胞たちの戦死を深く悲しんだ。
「司令。グラ・バルカス帝国はその最強と謳われた第零式魔導艦隊を葬る程の実力があるという事です。他の文明圏外国家のように蛮族と侮ってはならないと私は思います」
「分かっておるわ艦長。だからこそ沈没した第零式魔導艦隊の各艦を詳しく調べに、今我々は同艦隊の沈没ポイントへ向かっているわけじゃないか」
司令は少しムッとしてから、隣に設置されていたシートに深く腰掛ける。
艦隊の最前列が、幅3キロにも満たない島と島の間に入る。
グラ・バルカス帝国海軍による港町カルトアルパス襲撃から数日後。ミリシアル海軍本部は、全世界に向けて宣戦布告したグラ・バルカス帝国との戦いに向けて、準備を進めていた。しかし、グラ・バルカスに関する情報が少なく、有効的な作戦を立てるためには、少しでも多くの情報が必要だった。
そこで海軍本部は、カルトアルパス防衛戦で沈んだ自国艦艇含む連合軍艦艇、そして襲撃を受け全滅した第零式魔導艦隊の各艦を調査する事に決定。どのような攻撃を受け、どれだけ船体が被害を受けたか調べ、同じような被害を出さないよう対策を立てる事にした。
彼が率いる戦艦2、重巡洋装甲艦1、小型艦5から成る艦隊は、第零式魔導艦隊の調査を命じられた船団の護衛役として、ここ西側群島へとやって来たのだ。
「……そういえばこの戦艦『ミスリル』。当代の第零式魔導艦隊旗艦の姉妹艦だったな」
ふと思い出したかのように話し始める司令。
「えぇ、戦艦『エクス』です。また所属艦艇に戦艦『カリバー』がいましたが、その艦も『ミスリル』の姉妹艦です」
艦長は司令を横目に頷く。
「……悲しんでるな」
「はい?」
司令の言葉が理解できず、首をかしげる艦長。
「この艦だよ、この艦。…その話を聞いてると、なんだかこの艦が悲しんでいるような気がしてな…」
悲しげな目つきで天井を見上げる司令。艦長も彼に同意する。
「…私もそんな気がします。…いえ、きっとそうなのでしょう。この子は妹を2人も失ったわけですから……」
それから暫く、到着後の事に関して話す司令と艦長。そんな彼らの後ろに1人の少女がぽつんと立っていた。本来なら軍艦にいる筈がないその少女に、艦橋にいる者は誰一人として気付かない。
それもそのはず、その少女は船魂だからである。
(……………)
少女――――ミスリル級魔導戦艦『ミスリル』の船魂は沈黙を保ったまま床を見る。ポニーテールに纏められた銀色の髪から覗くその目は死んでおり、やる気や覇気といったものが全く感じられなかった。
(…ミスリル)
ふと別の所から声が聞こえてくる。その声の主は、ミスリルのすぐ後ろを航行しているゴールド級魔導戦艦1番艦『ゴールド』の船魂だった。
(ミスリル、…聞こえてる?)
(…………)
ゴールドは前方を進むミスリルに声を掛けるが、彼女はまるで聞こえていないのか、全く反応しない。ゴールドは先ほどよりも少し大きい声で彼女を呼ぶ。
(ミスリル…!)
(………何、ゴールド姉?)
まるでやる気の感じられない声でようやく返事をするミスリル。ゴールドは安堵し、話を続ける。
(もうじき目的地に着くわよ)
(……そう。どうでもいいわ)
(どうでもよくないでしょ、あの子たちがなぜ沈んだのか確かめなきゃ)
(私たちは船魂よ。ただ見てるだけで何もする事はないわ。……第一確かめたところであの子たちが生き返るの?)
(………)
何も言い返せず、沈黙するゴールド。ミスリルはフンッと鼻を鳴らして、再度口を開いた。
(あの子たちが沈んだ所になんて行っても辛いだけよ。…ゴールド姉だってそうでしょ?バリ姉を奪われたんだから)
(……)
ゴールドの脳裏にバリアントと最後に会話するシーンが浮かぶ。泣き虫でちょっと頼りないけど、その心優しい性格で第零式魔導艦隊の後輩たちから慕われている妹。あんないい子がなぜ沈んだのだろうか?折角昨日まで散々泣いたのに、再び彼女の目に涙がたまる。
(…うっ……うぅっ…)
ゴールドの嗚咽を聞き、ミスリルは次第に怒りが静かに込み上げてくる。
(……こんな所にいるよりも、私はさっさとグラ・バルカスの軍艦に乗り込んで、その船魂をぼこぼこにしてやりたいわ。…エクスやカリバー、バリ姉達を奪った奴らを、……私は絶対に許さない)
ミスリルもその光の消えた目から涙を流し、グラ・バルカス帝国に対する憎悪の炎を燃やす。妹が2人とも沈んだと聞いて何日間も泣き続けたはずなのに、彼女の涙は枯れる事など全くなかった。
魔導戦艦『ミスリル』率いる艦隊と、その艦隊に護衛された調査船団が目的地に辿り着くまで、後10分足らずの時の話だった。
――――
神聖ミリシアル帝国 西側群島
船団は無事に第零式魔導艦隊の予想沈没海域に到達。早速調査が開始された。調査船団各船に搭載された潜水艇に調査員が数人ずつ乗り込む。
「じゃあ、行ってくる」
「あぁ、頼んだぞ」
リーダー格の男が船に残る同僚たちに手を振り潜水艇に乗り込む。各船の船長が指示を出し、クレーンに吊るされた潜水艇を海にゆっくりと下ろす。
海中深く潜っていくにつれ、海上からの太陽光は届かなくなり、しだいに周りは暗くなっていく。各潜水艇は光魔法を用いたライトで自分たちが進む先を照らすが、その光は海の底を主の如く支配する闇を相手にするには些か心もとなかった。
(救助された生存者の報告によれば、たしかこのあたりに戦艦『エクス』の残骸が沈んでいるはずだ…)
リーダー格の男は潜水艇の窓から外を窺い、戦艦『エクス』の残骸を探し出す。
「隊長、どうです?見えますか?」
一緒に乗っている調査員の一人が彼に話しかける。彼は首を横に振る。
「…いや、ダメだ。どうやらここには沈んでないらしい」
窓から見える範囲を隅々まで見るが、『エクス』の船体はおろか、その部品と思われる残骸も確認できなかった。止むおえず彼は上にいる船長たちに連絡し、探すポイントを変えるよう進言する。
船の位置を変え、再度潜航する潜水艇。しかし、このポイントでも沈没船の姿が確認できず、隊長はため息をついて上に報告する。それ以降何度も位置を変えて捜索を続けたが、『エクス』はおろか他の艦艇を発見する事も叶わず、今日の調査は終了した。
――――
その夜、調査船団と護衛艦隊は沈没予想海域に投錨し、そこで一夜を明かすことになった。
「……何?それは本当か?」
戦艦『ミスリル』の艦橋では、司令が艦長から今日の調査報告に耳を傾ける。
「…はい、間違いありません。どの潜水艇からも、第零式魔導艦隊の艦艇を発見できずとの報告がありました」
「生存者からの報告ではこのあたりに沈んだはずだが…?」
「えぇ、場所に間違いはないはずなんですが…。船のパーツと思われる物すらなかったと…」
「う~む、部品すら全く見当たらないのはおかしい…。一体何が…?」
司令は腕を組んで目をつむり、考える姿勢を取る。その側で二人の会話を聞いていたミスリルもまた、疑問を抱く。
(あの子たちの船体がない…?船が沈んでしばらくすると、それに宿った船魂は霧散して海に溶け込むように消えてしまうけど、亡骸である船体は残るはず…。そもそも船魂と違って実体のある船体が影も形もなく消えるなんて変よ…)
まぁ、どうせこいつらがきちんと探せてないだけだよね。そう考えたミスリルは会話中の司令たちを生気のない目で睨みつけると、艦橋から外に出る。
(…ミスリル、どこに行くつもり?)
同じく自分の船体から外に出ていたゴールドが、彼女の姿を確認し声を掛ける。ミスリルは少しめんどくさそうに口を開く。
(……ちょっとあの子たちの船体を確認しに行ってくる)
(…そう)
ゴールドはそう呟くと、体を浮かせて自分の船体から離れ、ミスリルの隣に降り立つ。
(…なら私も一緒に行くわ)
(……勝手にすれば?)
ミスリルはそれだけ言うと、彼女を置いて海へと飛び込む。当然船魂は水にも触れることは出来ないため、水しぶきも着水音も一切なく、文字通りすり抜けるように海へと入っていく。
(……変わってしまったわね、ミスリル。前のあなたは騒がしいほど明るい子だったのに。まるで私、あなたまで失ってしまったような気がするわ…)
喪失感に苛まれながら言葉を絞り出すゴールド。悲痛な面持ちで海面を見てから、彼女もミスリルの後を追った。
――――
ミスリルは闇と静寂に包まれる中、海の底へと降りて行く。船魂は人間と違い、闇の中でもある程度遠くまで見えるため、進行方向を間違えたりはしなかった。目指す先は調査隊が最初に調べたポイント。
(……ここね)
海の一番底に到着したミスリルは、移動しながら周りを見渡す。……どこかにあるであろう妹たちの生きた証を探すため。
だが、いくら探しても妹たちの船体が見つからない。
(なんで…?場所は間違いなくここのはずなのに…)
念のため他の場所も探してみるが、妹たちはおろか、第零式魔導艦隊のどの艦艇の姿も確認できなかった。それでも諦めず探し続けていると、ある違和感に気付く。
(おかしい…。結構な範囲を探したのに残骸一つも見つからないなんて…)
エクスたちの予想沈没ポイントを中心にまんべんなく見て回ったが、沈没船は一隻も存在していなかった。まるで始めから海戦などなかったかのように。
(どうなっているの…?まさか……)
ミスリルの心の中で、疑念と同時に希望が生まれる。もしかしたら妹たちは沈んではおらず、今もどこかにいるのではないかと。
そもそも自分たちは報告を聞いただけであり、妹たちが沈んだ所を直接見たわけではない。きっと報告した人は見間違いでもしたのだろう。もしくは嘘をついているのかも…。
そこまで考えたところで、ミスリルはハッとして首を振る。
(……何考えているんだろう私。そんな筈ないのに…)
本当に生きているのなら、彼女たちは必ず帰ってくる筈だ。あれからかなり時間が経っている。いつまでも音沙汰がないわけない。
(…エクス…カリバー……どうして私を残して沈んだの…。会いたいよ……)
二度と会えぬ妹たちを想い、暗い海の底で声を抑えるようにして涙を流すミスリル。そこへ辿り着いたゴールドが、泣いている彼女を見て優しく抱きしめた。
(……私は絶対に貴女の元から居なくならないから。…約束する)
(………ゴールド姉)
(だから貴女も私の前から居なくならないで…。これ以上……大好きな妹を失いたくない…)
ゴールドはバリアントの事を思い出し、涙を流しながら愛する”妹”の一人に懇願する。
皆で仲良く、そして幸せに過ごしていた日々。だがそれは、異界に絶望したとある帝国の暴走によって打ち壊され、もう二度と取り戻す事は出来ない。
(私…絶対居なくならないよ。ゴールド姉やフリルラ姉たちを悲しませたくないもの…)
(…ありがとう、ミスリル。…そろそろ帰ろっか)
(…うん)
まるで残された彼女たちの心を表しているかのような深い闇の世界を、2人の船魂は通って海上に戻っていく。
(…!!ゴールド姉!ちょっと待って!)
その時、ミスリルは何かに気付いたのか、ゴールドから離れ海底に戻る。
(み、ミスリル!どうしたの!?)
ゴールドは彼女の突然の行動に驚きつつも、自分も彼女の元へ向かう。
(見て、ゴールド姉。あそこ)
ミスリルが下を指さす。見下ろすと海底の一部に、積もった砂が船の形みたいに凹んでいる部分が確認できた。
(何あの凹み…?自然にできたものとは思えない)
(ゴールド姉、この深度を保ったままもう一度この海域の海底を見て回ろう)
(え、えぇ…)
何らかの違和感を抱いて提案するミスリルに、同じく疑問を抱いたゴールドは同意する。
その数十分後、先ほどと同じような凹みが大小合わせて16個確認できた。凹みの大きさとその数から、ある一つの可能性が生まれる。
(第零式魔導艦隊が……消えた?)
ミスリルにはなぜかそのような気がしてならなかった。もし仮にこの海底に造られた凹みが沈んだ第零式魔導艦隊のものならば、彼女たちの船体(からだ)は一体どこへ行ってしまったのだろうか。いくら考えたところで答えが出てくることは無かった。
その後、連日に渡って捜索が続けられたが、第零式魔導艦隊の艦艇はその痕跡すら発見されず、調査隊は任務を断念。何の成果も得られぬまま、船団は本土へと帰投した。
――――
『梶ヶ谷 真理恵』は知る由もなかった。彼女が失敗した魔法の影響は、彼女が思っている以上に大きく、結果として艦娘たちや日本国を危険に晒してしまう事に…。
To be continued...