「……どう?落ち着いたかしら?」
しばらくして泣き止んだエクスは、提督からゆっくりと離れる。
「…はい…お騒がせしました」
涙で濡れた顔を手で拭き終えてから、軽く頭を下げるエクスの姿を見てホッとする提督たち。
「本当は起きたらすぐにあなたから色々聞きたいことがあったんだけど……もうしばらく休んでからの方がいいかもしれないわね」
提督の言葉に鳳翔も同意する。
「そうですね。…じゃあ、後でまた来ますね」
「あ、あの……待ってください」
話を聞くのは後からでも問題ないだろう。そう判断し立ち去ろうとする提督たちを、エクスは呼び止める。
「私はもう大丈夫ですから、…今からでも構いません」
「あら?本当にいいの?」
「はい……私も皆さんに聞きたいことがありますので」
それに、と付け加えてから、エクスは目線を逸らし、少し恥ずかしがる様子で続きを言った。
「一人でいるよりも………皆さんと話をしていた方が落ち着きますので…」
「分かったわ。じゃあ、現状を説明する前に……まずは自己紹介と行きましょうか?まだお互いの事すらよく知らないしね。じゃあまず言いだしっぺの私から…」
エクスのその様子を見てクスリと笑った提督は、背筋を伸ばし、右手を額に当て敬礼の姿勢をとる。
「はじめまして、私はこの横須賀鎮守府の提督を務めている、『梶ヶ谷 真理恵(かじがや まりえ)』 です。階級は海軍少将、年は25、好きな食べ物は煮干しです!肩っ苦しいのは苦手だから、真理ちゃんとでも煮干し提督とでも好きなように呼んでね♪」
軍服を着ているため軍人であることは予想できたが、まさかこれほど若い女性がこの鎮守府のトップだという事実にエクスは驚愕する。彼女の祖国では、これほど上位の階級を持つ女性軍人など存在しないのだから、驚くのも無理はなかった。
だが、目の前の女性は海軍少将にしては随分とフランクな態度で接してきており、あまり威厳を感じられなかった。
(煮干し提督って……)
そんな呼び方されて本当に良いのか?とエクスは内心でつっこんだ。
「ささっ、次はあなたの番よ」
真理恵に促され、エクスは自己紹介を始める。
「あ、はいっ。…神聖ミリシアル帝国、『第零式魔導艦隊』旗艦、魔導戦艦『エクス』です。よろしくお願いします」
「エクスさんね、こちらこそよろしくね~」
聞きなれない言葉に真理恵の横にいた霞が顎に手を当て疑問を口にする。
「みりしある?だいぜろ?何それ?聞いたことない単語ね」
「そりゃ、そうよ。だって彼女は異世界から来たんだから」
「は?異世界?」
「!?」
『異世界』という単語にエクスは反応し、真理恵に尋ねようと言葉を発する。
「て……提督!異世界から来たとはどういう…」
「ちょっと待った!それについては後で詳しく説明してあげるから、先に彼女たちに自己紹介をさせてちょうだい。今説明すると時間がかかるから」
だが、真理恵はエクスの前に手を突き出し、その言葉を遮る。今すぐには質問に答えてくれないと判断したエクスは、しぶしぶ引き下がった。
「さっ、カスミン。次はあなたの番よ~」
「だからカスミンって呼ぶのやめなさいよ」
今度はすぐ横にいた霞がつんつんとした態度で自己紹介する。
「朝潮型駆逐艦、10番艦の『霞』よ。一応このクズの秘書艦をやっているわ。まぁ、よろしく」
「よ、よろしく……」
いきなり自分の上官をクズ呼ばわりした少女に、エクスは唖然とする。普通に考えれば不敬罪に問われてもおかしくない行為を、目の前の少女は平然とやってのけたのだ。
しかし、エクスがもっと驚いたのは、そんな暴言を受けていながら、怒るどころかまるで親しい友人を相手にするかのような声色で霞に文句を言う真理恵の方であった。
「む~、カスミンまた私の事クズって言った~!」
「好きに呼んでいいって言ったのはあんたよ。………鳳翔さん、どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
わざとらしく頬を膨らませながら文句を言う真理恵を無視して、霞は鳳翔に自己紹介を促す。
「私は航空母艦『鳳翔』と申します。よろしくお願いしますね、エクスさん」
「あっ、はい…よろしくお願いします」
母性溢れる笑顔を向けられ、エクスは少し顔を赤らめながら返事をする。
(なんだか、人間で言うお母さんか、新妻みたいな人だな……。包容力を感じる…)
その雰囲気にエクスは正直な感想を漏らす。
鳳翔は話を続ける。
「主な仕事は前線で戦う事ですが、他にも居酒屋を経営しています」
「居酒屋…?」
「はい、そこで皆さんにお酒やお料理を提供しています。エクスさんも是非いらしてくださいね」
「あっはい、ありがとうございます」
エクスは『居酒屋』というものがどんな店なのか興味を持ち、今度行ってみようと考えた。
鳳翔の自己紹介が終わったところで、提督が再び話し始めた。
「ここにいる鳳翔とカスミンは、あなたと同じ艦娘よ」
「…え?」
真理恵の言った『艦娘』という単語に、エクスはどんなものか気になった。
「あの…すいません、質問していいですか?」
「ん?何かしら?」
「さっき鳳翔さんも仰ってましたが、『艦娘』って何ですか?何かの役職でしょうか?」
「あら、知らないの?自分の事を戦艦と言っていたから、てっきり自分が艦娘である事を自覚していると思っていたけど」
「はい、私は船魂……軍艦に宿った魂だったので、自分が軍艦だった事は分かるのです」
「だったら不思議じゃないわ。あたし達もあんたと同じで、艦娘として生まれ変わる前は今あんたが言った軍艦の魂だったのよ」
「え!?そうだったのですか!?」
「えぇ、そうです。ですから私たちは軍艦だった頃の記憶も持っています」
霞や鳳翔の口から出た事実にエクスは衝撃を受ける。まさか目の前の女性たちが、かつては自分と同じ存在で、今の自分と似たような状況になっていたとは…。
そういえば鳳翔も霞も、そして清霜も、自分たちの事を空母や駆逐艦と名乗っていた。駆逐艦という船がどんな船かは分からないが、状況から考えて、おそらく軍艦の一種だろう。
軍艦が人と同じ姿になっているなどにわかに信じがたいが、そこでさらなる疑問が浮上する。
「あの…なぜ軍艦が艦娘として生まれ変わったのでしょうか?」
「それはね……」
質問を受けた真理恵は、エクスにこの世界で起きている異常事態について説明を始めた。
――――
今から遡ること2年前。
当時ハワイ近海を航行中の豪華客船で異変が起きた。豪華客船はハワイ出港から数時間後、「海中から化け物が…」という内容の通信を最後に消息を絶った。
その後、その船の通信が途絶えた海域の近くを通過する船が次々と行方不明になっていき、さらにそのような海域が次第に広がっていることが分かった。
事態を重く見た各国は今から約1年半前に国連軍を結成し、その海域へ艦隊を派遣した。
そこで彼らを待ち受けていたのは、海から這い上がってくるこの世のものとは思えない異形の軍団だった。異形たちは人並の大きさの魚の化物のような姿をしたものもいれば、人間の女性や少女の姿をしたものもいた。その数は数百にも達し、こちらを発見するや一斉に攻撃を仕掛けてきた。
その異形たちは一人々々がまるで軍艦かと思えるほど強大な攻撃力を持っており、先手をとられた艦隊は数隻の艦の撃沈を許してしまう。艦隊は即座に異形への反撃を開始したものの、相手は人間と大して変わらない大きさな上、現代戦としてはありえないほど近距離まで接近されていたため誘導兵器はほとんど役に立たず、光学照準の艦砲や機関銃で対応せざるを得なかった。
だが、艦砲を直撃させても大してダメージを与える事はできず、逆にこちらは的が大きいため次々と被弾、轟沈していった。
総勢90隻以上もの国連艦隊は、辛うじて離脱した数隻を除いて全滅。異形との大規模海戦は人類側の完全敗北となった。離脱した艦の記録映像が公開され、異形の存在と国連軍の大敗を知った全世界は、文字通り戦慄した。
「…その後、その大規模海戦に呼応するかのように世界中の海から異形が出現し、軍艦、民間船関係なく襲いかかってきた。わずか数週間で…人類は制海権の大半を奴らに奪われた。結果多くの国がほぼ孤立状態となり、特に資源を他国から輸入している国は輸入が途絶えたことで国が立ちいかなくなってしまったところもあるわ」
「……」
真理恵の口から語られるあまりにも壮大な話に、エクスは衝撃のあまり口を開いたまま唖然とする。
「人類は…その異形たちを『深海棲艦』と呼称した」
「深海…棲艦…?」
「誰かが言ったのよ。もしかしたら過去の戦争で沈んでいった英霊たちが怨霊となって現れたのかもしれないと…」
「過去の戦争?」
「今から70年近く前、世界中を巻き込んだ大規模な戦争があったのよ。……その戦争で何千万人もの人が亡くなったわ」
霞がエクスに過去に起きた戦争について簡単に説明する。軍艦だった当時の自分を思い出したのか、両手を強く握りしめながら顔を俯く。霞の心中を察した真理恵は、彼女の頭を優しく撫でながら話を続けた。
「…その深海棲艦により多くの人が亡くなり、多くの人が絶望した。でもそんな時、奴らと同じ海から希望が現れた……それがこの子たち、『艦娘』よ」
そう言って真理恵は、霞と鳳翔の二人を交互に見る。
「まるで深海棲艦に対抗し、人類を守るために現れた彼女たちは、自分達は過去の戦争で活躍した軍艦そのものだと言った。事実彼女たちの背負っている艤装は、彼女らと同じ名を持つ軍艦のそれと同じ特徴を持っていたわ」
人類は深海棲艦に対抗するための戦力を、艦娘たちは補給を必要としており、彼らがパートナーとなる事は始めから運命づけられていたようなものだった。世界各地で艦娘と彼女らを指揮する人間…『提督』の活動拠点たる専用施設が建設された。
日本でも自衛隊とは別に深海棲艦対策本部…通称「大本営」と呼ばれる組織を設立し、各地に専用施設=鎮守府を建設。かつて大日本帝国海軍の軍艦だった艦娘たちは、全員がここに所属して本格的な活動を開始した。
「彼女たちの奮闘によって、人類は少しずつだけど制海権を取り戻す事ができているわ」
「そんな事が……」
あまりにもスケールが大きすぎる話に、エクスは呆然とする。
――――
ここで真理恵は、先ほどエクスが質問した事について答える。
「さて、さっき私が言ってた「あなたが異世界から来た」事についてなんだけど…」
「…あっはい。どういう意味ですか?」
「まず艦娘が現れるパターンについて話す必要があるわ。艦娘は主に各海域で時々保護される場合(ドロップ)と、鎮守府の建造ドックで建造される場合の2種類が存在するの」
「け…建造…ですか?」
真理恵は頷く。
「えぇ、とある研究チームが開発した専用の建造機械で艦娘を造るの。この建造機械は船魂…船の魂を呼び寄せて、肉体と艤装を与える事で艦娘を造るみたい。…残念ながら詳しい原理とかは極秘事項になっているからこれ以上の事は分からないわ」
真理恵の説明を受け、エクスは先ほど会話した清霜という少女の事を思い出す。彼女はたしか…自分は建造ドックで気を失っていたと言った。それはつまり…。
「……つまり私はその機械で建造された…?」
「察しが良いね。そう、あなたは建造によって生まれた艦娘よ」
エクスの質問に、真理恵が頷く。
「ここでさっきの異世界云々の話とつながるわけだけど、私はあの時、強力な艦娘が欲しくて魔法を発動させながら建造を始めたのよ」
「魔法?ということは提督は魔導師ですか?」
魔法を使用した。その事に関してエクスは全くと言っていいほど驚いていない様子であった。この世界の一般人がこのような言葉を聞いたら大抵の者は正気を疑うだろう。
真理恵はその反応から、彼女がどのような世界から来たのか大体察しがついた。
「……その様子だと魔法が一般的に存在する世界から来たみたいね」
「…?どういう事です?」
「この世界では魔法は一般的には存在していないのよ」
「え!?嘘!?」
先ほどとは打って変わって驚愕するエクスに、今度は霞が話し始める。
「本当よ。魔法なんてものは存在しない、それがこの世界の常識よ。あたし達も実際に見せてもらうまで、そんなものは存在しないと思っていたわ」
「……そう…だったのですか」
この世界では、魔法が非常識なものである事がエクスには信じられなかった。彼女の世界では魔法の実在は当たり前。しかし、この世界では少なくとも一般的には存在しない事になっている。
自分がいつの間にかあの群島地帯から全く知らない場所にいる事や、先ほど話に出てきた『艦娘』や『深海棲艦』も元の世界では存在しない事を考えると、どうやら自分は本当に別の世界に来てしまったらしい……エクスはそう判断せざるを得なかった。
「おっと、話が脱線してしまったわね。…この魔法を発動してしばらく経った時、魔法陣中央に空間の歪みが発生したわけよ」
「空間の歪み…ですか?」
「えぇ、カスミンも見たでしょ?」
真理恵は視線を霞の方に移し、彼女に確認を取る。霞はドックで起きたあの爆発の直前の出来事を思い出し、ゆっくりと頷いた。
「えぇ、見たわ。あれがこいつがこの世界に来た原因というわけ?」
「そのとおりよ。あの歪みはこの世界と別の世界が繋がる時に起こる現象なの」
霞が聞くと真理恵はゆっくりと頷き、再びエクスの方を向いて説明する。
「この空間の歪みはね…主に召喚魔法を発動するときに見られるわ。この召喚魔法は対象の存在する場所から召喚主の元までの道を作り、対象をほぼ強制的に召喚主のところへ引き寄せるの。ただ稀に事故などが原因で発生することもあるわ」
ひと呼吸おいて、真理恵は再び話し始める。
「…つまり、魔法が失敗した影響で、偶然にもこの世界とあなたがいた世界が繋がり、そして繋がった先にこれまた偶然にも船魂だったあなたがいた。あなたは2つの世界を繋ぐ道を通ってこの世界、それも建造機械の中で”召喚”された上艦娘になった……これがあなたが今抱いている疑問の答えよ」
「……」
エクスはその事実を聞いて完全に言葉を失う。まさか、自分が事故で異世界に召喚されてしまったとは。だが、それならこの不可解な状況にも説明がつく。
「……ごめんなさいね、巻き込んでしまって」
エクスの様子を見た真理恵は、ばつの悪そうな顔をして彼女に頭を下げる。
「そ、そんな事…。私は巻き込まれたとか思っていません。気にしないでください」
「いいえ、そうもいかないわ。あなたがこのような状況に置かれてしまったのは、私の責任なんだから…。なんとかあなたを元の世界に帰してあげるから、それまでこの鎮守府で過ごすといいわ」
真理恵の話によると、召喚された者を元の世界へ帰すにはその世界の座標を特定する必要があるらしく、その座標が分からない以上エクスは今すぐ元の世界へ帰る事ができないという。
「必要なものはこちらで準備しておくから、とりあえず今日のところは医務室で休んでちょうだい。明日用意した部屋まで案内するわね」
「…あっはい、ありがとうございます」
エクスとしても元の世界へ帰れない以上、真理恵の提案を受け入れるべきと判断した。せっかくの機会なので、この世界について色々学ぶのも良いだろうと考えた彼女は、真理恵たちに頭を下げ礼を言う。
――――
「…それにしてもあの子遅いわね。何してるのかしら?」
先ほど用事があると言ってどこかへ行ってしまった清霜がいつまでたっても来ないのを心配した霞は、ドアの方をじっと見る。
(…?あの子?…清霜のことか?)
あの子という言葉を聞いたエクスは先ほど会話した清霜という少女の事を思い出し、彼女に尋ねようとした。
コンコンッ
「すいませーーん!」
その時、ドアをノックする音が聞こえ、少女の元気な声が聞こえてきた。
「あっ、やっと来たわね清霜。いるわよー、入ってきなさい」
「はい、失礼します!」
その声の主が清霜だと分かった霞が彼女に入室を促すと、彼女はさらに元気な声を上げて扉を開けた。
部屋に入ってきた彼女の両手には、何かがのっている大皿があった。
「ん?あんたどうしたのそれ?」
「あら、おむすびですね?」
「うん!エクスさんなんだか元気なかったから、おにぎり食べて元気になってもらおうと思って」
「おにぎり?」
聞いたことない言葉だったため、エクスはおかしな発音でその食べ物の名前を言う。清霜が持っている皿を見ると、そこには白い粒上の穀物が集まった丸い物体を、黒い紙のようなもので包んだ食べ物が10個ほどのっていた。
「あっ、そっか。外国の人っておにぎり食べた事ないんだっけ?これは”おにぎり”って言ってご飯を握って海苔で巻いた食べ物なんだ。とってもおいしいから、食べてみて!」
「あ、ありがとう…」
おにぎりについて説明を終えた清霜は、エクスの側に行き、無邪気な笑みでおにぎりが乗っている皿を彼女の前に差し出す。エクスはぎこちない声で礼を言いながら、その内の一つを取る。
(…そういえば『食べる』という行為もこれが初めてか…。けれど、こんな形の食べ物…初めて見る)
エクスは取ったおにぎりをまじまじと見つめる。
船だった頃に乗組員たちの食事を頻繁に見ていたが、出てきた料理はパンやスープ、サラダなどばかりで、今自分が手に持っている食べ物は全く見たことがなかった。
故にエクスはそれを食べるのにいささか抵抗を感じていた。
ぐ~~っ
黙っておにぎりを見つめていた時、突然自分のお腹の音が鳴り響く。
「………////」
「おや?」
「あらら」
「やっぱりお腹すいていたんだね。たくさんあるから、遠慮しないで一杯食べてくださいね!」
その音は4人にもはっきりと聞こえたようで、全員微笑ましそうにエクスを見る。
「…………い、いただきます!」
全員に自分の腹の虫の鳴き声を聞かれたエクスは無性に恥ずかしい気分になり、その恥ずかしさを打ち消そうとするかのごとく、思いっきりおにぎりにかぶり付く。
「……!!」
その瞬間、エクスの口の中を暖かくふんわりとしたものが触れる。それは噛むことでより旨味が増し、口の中全体に広がっていく。次の瞬間たがが外れたかのように、彼女はおにぎりにがっつく。
「……おいしい」
食べ進めていくうちに、しだいに幸福感に満たされていく。あっという間に1個食べ終え、もう一つ取って食べ始める。
「………おいしい」
先ほどまで散々泣いたはずなのに、目から再び大粒の涙が溢れてくる。
「…!?どうしたのエクスさん!おにぎりおいしくなかった?」
いきなり泣き出したエクスを見た清霜が心配になって声をかけるが、エクスは首を横に振り涙声で彼女に言う。
「……違うんだ。嬉しいんだ…。嬉しくてたまらないんだ」
そう、彼女は嬉しかった。『食べる』事の喜びを知れた事が、そして自分を元気づけようとしてくれた清霜の優しさが。2個目おにぎりを食べ終え、手の甲で溢れている涙を拭いてから、エクスは清霜の方を向く。
「……ありがとう、清霜。おにぎり、とってもおいしかった…。おかげで元気になれたよ」
「本当?よかったー」
清霜に礼を述べて笑いかけるエクスに、彼女も嬉しそうな笑顔を向ける。
「ほらエクスさん、遠慮しないでもっと食べて」
「あぁ、ありがとう」
「はい、司令官、霞ちゃん、鳳翔さん。みんなもお腹すいたでしょ?」
エクスが3個目のおにぎりを取るのを確認した清霜は、後ろにいた真理恵たちの方へくるりと向くと、彼女たちにもおにぎりののっている皿を差し出す。
「あら?いいの清霜?」
「うん、ご飯はみんなで食べた方がもっと楽しいから。みんなで食べようよ」
「ふふっ、ありがとうございますね」
「…ありがと。いただくわ」
真理恵も鳳翔も穏やかな笑みを浮かべながらおにぎりを一つずつ取る。霞も小声で礼を言ってからおにぎりを取る。
「も~、カスミン表情硬いわよ~。ほら、スマイルスマイル~!」
仏頂面のままな霞を見た真理恵は、持っていたおにぎりを一口で食べきってから彼女の前でしゃがむと、彼女の顔をいじくり回しむりやり笑顔にしようとする。
「ちょ!?何すんのよこのクズ!」
当然、霞は嫌がって真理恵を罵倒しながら必死に彼女を引き離そうとするが、抵抗虚しくされるがままだった。
それを見た清霜も傍の机に皿を置き、楽しそうな表情で真理恵と同じように霞の顔をいじくり回す。
「あっ、清霜もやるー!ほら、霞ちゃん、スマイルスマイルー!」
「カスミン、顔柔らかーい♪」
「あんたたち~!いい加減にしなさいよ!…え!?ちょっ…ひひ、く…くすぐら……ふひっ…ないで…」
霞はいつものごとく声を荒げるが二人には全く効果がなく、今度は二人からくすぐり攻撃を受け、表情を歪せる。
そんな彼女たちの様子を、エクスはかつての仲間たちとの交流シーンと重ね合わせながら見ていた。
(…カリバーたちとも、こんなふうに過ごしたっけな)
「エクスさん」
仲間との思い出に浸っていたところで、鳳翔がベッドに腰掛けているエクスに声をかけてきた。
「鳳翔…さん」
「となり、よろしいですか?」
「あっはい、どうぞ」
エクスの了解を得た鳳翔は、彼女の隣に座り、3人のやり取りを見て穏やかな笑みを浮かべる。
「ふふっ」
「………」
鳳翔が笑う姿を見たエクスは、ある疑問が浮上する。
「鳳翔さん、あの…一つ聞いて良いですか?」
「何でしょうか?」
「皆さんは全員世界を巻き込むほどの大戦争の頃の船だったと聞きましたが…」
「…はい、私たちの多くはその戦争で轟沈した人が大半です」
「…そう…だったんですか。……じゃあ」
「どうしてそんな辛い目に遭ったのに、そんなふうに笑うことができるの
か?」
「…!」
エクスが再度質問しようとした時、鳳翔はまるで彼女の心中を見透かしているかのように今から言おうとした質問の内容を答えた。鳳翔は驚くエクスからじゃれている3人(霞にそのつもりはない)へ視線を移す。
「だからこそ、ですよ」
「…え?」
「船だった頃、私たちはとても辛い経験をたくさんしました。だからこそ、こうして艦娘として生まれ変わった今、当時できなかった事をたくさんやろう、今度はたくさん笑おう…多くの艦娘がそう考えるようになったのです」
「……」
「だって…」
「…?」
鳳翔は再度視線をエクスへ向けて、続きを答える。
「生まれ変わった先で失ったはずの仲間や姉妹と再会できて、折角一緒に過ごす機会を得られたのに、いつまでも悲しいままでいたら……それってすごくもったいないでしょ?」
「……」
「それに、深海棲艦との戦いで再び親しい仲間が沈むかもしれない…。そうなってしまった時、あのとき悲しんでばかりいないでもっと楽しく過ごせばよかったなどと…後悔はしたくありませんから」
もちろん、誰も沈むつもりはないですし、沈ませるつもりもないですけどね?と鳳翔は笑顔でそう答え、持っていたおにぎりを食べ始める。
(…そうだ、目の前に”仲間と過ごす幸せ”があるのに、それを存分に満喫しなくてどうする?…………だけど…)
「…でも、鳳翔さん。私は仲間を全員失っている…。鳳翔さん達みたいに、仲間がそばにいません…」
だが、それは仲間がそばにいることが前提である。元からこの世界の住人である彼女たちはともかく、事故で別の世界から来てしまった自分はかつての仲間と再会できるはずがなかった。自分がこの世界では孤独な存在だと考えると、胸が締め付けられるような気持ちになる。
「…そんな事ありませんよ?」
「…え?」
鳳翔は俯いている彼女の手の上に、自分の手をゆっくりと乗せる。
「私たちがいるじゃないですか」
「でも……私たちは会ってからそれほど時間はたってないですよ…」
「エクス、時間とかそういう事は関係ないわよ」
いつから話を聞いていたのだろうか、真理恵は両手で霞をくすぐりながら、顔だけ向けてエクスに話しかける。その顔は普段とは違って真剣な表情をしていた。
「たしかにあなたは事故で私たちのところにやってきた。でもそれはあくまで切っ掛けに過ぎない。これからしばらく一緒に過ごす事になるというのに、そんな事言われたら寂しいわ。少なくともここにいる私たちは、もうあなたを仲間と見なしている。…ね?清霜、カスミン?」
「もち!エクスさんはもう清霜たちの仲間だよ!ねっ、霞ちゃん!」
「も、もちろん…ひひっ…だから……、も…もう…ひっ…ゆ…許して」
清霜が両手を上げて同意を示し、霞も笑うのを必死にこらえながら、肯定の言葉を発する。
「…ね?ひとりじゃないでしょ?」
「……」
エクスは沈黙したまま、自分を仲間として見てくれる4人の顔を順番に見る。
「…はい」
そして最後に穏やかな笑みを浮かべて鳳翔を見る。彼女の笑顔を見た鳳翔もまた笑顔を返す。
「え…エクス、ほ…ひっ…鳳翔…さん。た…ひひっ…助け…」
「ほら司令官さん、霞さんが苦しんでいますよ。いい加減やめてください」
さすがにこれ以上は霞が可哀想なので、鳳翔はベッドから立ち上がり、くすぐるのを止めようとしない真理恵を止めに入る。彼女と入れ替わるように、今度は清霜がエクスの隣に座る。
「エクスさん」
「何、清霜?」
清霜は最初にエクスと会った時と同じ満面の笑みを彼女に向ける。
「これからよろしくね!」
「あぁ、よろしく」
さっきも言ったけどなと内心でつっこんでから、エクスは手に持っていた3個目のおにぎりを食べる。すっかり冷めているはずなのに、なぜか身体がとても暖かくなるのを感じた。
To be continued...