零これ   作:Woudy

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性能試験②

「~~~♪」

 

エクスは口笛を吹きながら海を進む。横から青葉がカメラを向けてこちらの顔を撮影しているが、お構いなしに歌い続ける。

 

「エクスさん、とっても嬉しそうですね。なんだか青葉も嬉しくなってきました!」

 

「だって、海を走るってこんなにも気分が良い物だったなんて、……やっぱり私は船なんだなって、…そう思いました」

 

「あはは、その気持ちよく分かります。青葉も最初はそうでしたから」

 

青葉と話をしていると、艤装の中からピョコっと妖精たちが数匹出てきて風に当たる。

 

「みんなも風に当たりに来たんだな。艤装の方はどう?何か異常はない?」

 

エクスが尋ねると、妖精たちは口で答えられない代わりに魔導砲の上に乗り、ぴょんぴょんと跳ねる。

 

「あはは。そっか、問題なしか。教えてくれてありがとう」

 

その可愛らしい行動に思わず笑みを浮かべながら、彼女たちの頭を優しく撫でてお礼を言う。

 

「…本当に不思議ですね、この子たちは。言葉は話せないのになぜか何を伝えたいのか分かるのですから」

 

「この子たちは青葉たちの艤装の装備一つ一つに宿っている存在と言われています。いわば青葉たちの一部と言っても過言ではありません。だから何を言いたいのか分かるのだと思います」

 

「へぇ~、そうなんですか…」

 

「……おや?見えてきたようですね」

 

青葉の視線のはるか先には、海の上にぽつんと立っている赤い道路標識のような物の姿が確認できた。

 

「あれが、明石さんが仰っていた標的ですか?」

 

「はい、あれになります。あそこまでたどり着いたら次の指示があるまで待機でお願いしますね?」

 

「了解しました。…よし、あそこまでもうちょっと加速してみるか!」

 

「あっ、ちょっと待ってくださいエクスさん。マイペースにとは言われてますがあまり無理をするのもダメですよ!」

 

「分かってますって、ほんの少しだけですから。…さあ、みんな!しっかり掴まって!」

 

エクスの言葉を聞いた妖精たちは慌てた様子で艤装の中へ入っていった。機関出力を上げ、さらにスピードを上げる。速力は30ノットに達し、巡航速度で航行していた青葉をしだいに引き離していく。

 

「ああああぁ、エクスさん!スピード出し過ぎです!」

 

「あ…!?しまった通り過ぎ……あれ、止まらない!?わっ、わわっ!?」

 

船は急には止まれない。速度を下げてから完全に停止するまでかなり時間がかかる。艦娘は人間と同じ姿のため船だった頃と比べて一定のスピードまでなら急停止などもある程度可能だが、あまりに速く動いている場合は例外である。

案の定、エクスは標的があるポイントで止まることができず通過してしまい、慌てて止めようとしてバランスを崩し、海面に思いっきり尻餅をつく。

 

「いつつ…」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

慌てて青葉が近づき、転んだ彼女の腕を掴む。

 

「は、はい…。すいません」

 

エクスは涙目で彼女に礼を言いながら、ゆっくりと立ち上がる。今度は先ほどの半分以下までスピードを落としてから、目的地へと向かう。

 

「しかし、さっきはかなりの船速でしたね。ざっと30ノットくらいでしょうか?」

 

目的地への到着後、エクスと青葉の二人はそこで次の指示が入るまで雑談することにした。

 

「そうですね、体感的にはそれくらいだったと思います」

 

「おぉ!だとしたらエクスさんも金剛さんと同じ高速戦艦ですね!」

 

「コンゴウ?」

 

初めて聞く艦娘の名にエクスは首をかしげる。

 

「はい!エクスさんと同じ戦艦で、エクスさんが来るまではこの鎮守府唯一の戦艦娘だった人です。彼女も30ノットの高速で航行する事が出来るんですよ!」

 

「へぇ~、私以外の戦艦か~。会ってみたいですね」

 

「この性能試験が終わったら青葉が金剛さんの部屋まで案内しますよ。今日の彼女は非番ですから、部屋で紅茶を飲んでいると思いますし」

 

「ありがとうございます。その時はお願いしますね」

 

エクスは自分と同じ戦艦だと言う「金剛」という名の艦娘がどんな人物か思いを巡らす。

 

 

 

――――

 

 

 

横須賀鎮守府 工廠 制御室

 

 

「…見たところ機関部に異常はないみたいね」

 

真理恵は上空を飛ぶ航空機に装備されたカメラを通じ、目的地で雑談しながら待機しているエクスと青葉を見ながら明石に話しかける。明石は制御盤を操作しながらゆっくりと頷く。

 

「はい、途中から一気に加速していたみたいですが、それでも機関に何らかの問題があるようには見えませんでした。…まぁ、本人の感想を聞かないことはどうにもならないですけど」

 

「それもそうね。…次は舵の動作と機動性の確認だったかしら?」

 

「はい、今準備をしているところです。もう少しで終わります」

 

明石が制御盤のモニターのすぐ横に付いた黒いスイッチを押すと、エクスと青葉がいる地点から少し離れたところに棒に付けられた円形の的が多数、彼女らに対して縦一列に並べられるように海中から姿を現した。

 

『ひぅ…!…な、なんだ!?』

 

それに驚いたエクスが短い悲鳴を上げる。少し動揺している彼女と、その姿を撮り逃すまいと青葉が彼女に再びカメラを向ける場面を、真理恵は新しいおもちゃを見つけた子供のように無邪気な笑顔で見る。彼女は目をしいたけのように輝かせている。

 

「へぇ~、エクスちゃんって驚くとあんな可愛い声出すんだ~。よ~し、今から無線越しに『わっ!』って驚かしてもう一度あの子の可愛い悲鳴を聞いてみよっか~」

 

「やめてあげてください」

 

真理恵が無線機を掴もうとしたところで明石がそれを取り上げる。「む~、いいじゃな~い!ケチ!」とわざとらしく頬を膨らませながら文句を言う彼女を無視して、明石は無線のスイッチを入れる。

 

「エクスさん、聞こえますか?」

 

『はい、聞こえます』

 

「先ほどその地点まで移動しましたが、機関に何か違和感とかありませんでしたか?」

 

『大丈夫です、問題ありません』

 

「分かりました。では次に舵の動作と機動性の確認に入りますね。今海中から的が出てきたのを確認したと思いますが、あの並べられた的の間をジグザグに縫うように航行してください」

 

『了解しました』

 

指示を受けたエクスは機関出力を上げ、的のある方へと前進する。少しぎこちないが的の間を縫うように航行し、最後尾の的にたどり着いた。明石はそれを確認してから、今度は行きよりも速度を上げてジグザグ航行するよう彼女に指示を飛ばす。途中で転倒したもののすぐに起き上がり、無事に元いた地点にたどり着く。

 

「どうですかエクスさん、舵の利きは?」

 

『はい、問題なく動きます。機関の方もこれといって違和感はありませんでした』

 

「分かりました。ではこれにて機関部の動作確認は完了です。次の準備に入りますので、しばらくお待ちください」

 

明石は一度無線を切り、別の場所で待機している一人の艦娘に通信を繋いだ。

 

 

 

――――

 

 

 

横須賀鎮守府 埠頭

 

 

和服姿の女性が1人、出撃ドックから少し離れた埠頭に立っていた。女性は目の前に広がる海を見つめるように眺めながら、明石からの通信が入るのを待っていた。数十分前に開始を知らせる無線が入ったので、そろそろこちらにも指示が入る頃だろう。

 

すぐそばでタブレット端末を持っている少女が女性に話しかける。

 

「もうそろそろみたいですよ」

 

「えぇ」

 

話しかけられた鳳翔は重巡『古鷹』に顔を向け、短く返事をする。

 

 

 

今日は非番で暇だった古鷹は、気分転換に散歩でもしようと埠頭までやって来たところ、艤装を身に着けた鳳翔がそこで立っているのを見つけた。不思議に思った古鷹が理由を尋ねたところ、鳳翔は昨日建造された例の艦娘の艤装の性能試験を行うためにここで待機していると答えた。

 

(昨日建造された艦娘って……、あの赤髪の人ですよね…?)

 

その話を聞いて、古鷹は昨日の出来事を思い出した。

提督が魔法を発動しようとして失敗し、爆発で滅茶苦茶になった建造ドック。しかし建造自体はうまくいったらしく、壊れ掛けの建造機械の中には戦艦娘らしき赤髪ポニテの少女がいた。意識がなく救出された後は医務室へと運ばれていったが、一部を除いて面会謝絶となってしまったため、あの時以降多くの艦娘があの少女に会うことはできなかった。みんな彼女がどんな艦娘か気になり、昨日の夕食でもその話題で持ちきりとなった。

 

(やれ『未来から来た艦娘』だとか、そういった意見もありましたが…実際のところどうなんでしょう…)

 

食事中色々な意見が飛び交うことになった。上記のような荒唐無稽な意見が出てきた時には『どこの漫画の話ですか…』と内心呆れながらツッコんだが、古鷹も件の艦娘に対して好奇心を抱いていた。そのため彼女はその性能試験に強い関心を持ち、その様子を見ていこうと思った。

 

 

 

鳳翔から受け取ったタブレット端末の画面には、航空機のカメラを通して性能試験を受けているエクスの姿が映されている。実際には未来どころか全く違う世界からやって来た艦娘だという事を知ったとき、あまりにも非現実的な話ゆえに古鷹の思考は一瞬停止した。

 

「…まさか異世界からの艦娘だなんて……それも魔法が当たり前に存在する世界から来て、しかも彼女の艤装が魔法で動いているだなんて、…今だに信じられない気分ですよ」

 

古鷹は童話に出てくるお伽噺のような世界を想像する。

 

「ふふっ、私も最初は古鷹さんみたいな気持ちでしたよ。…なぜかあっさりと受け入れてしまいましたけど」

 

「え、どうしてです?」

 

「私たちは元々実体のない船魂。そんな私たちが今こうして艦娘として実体を持った存在になっている。……不思議だと思いません?霊的な存在を実体化させる事など、現代の人類の科学力でも不可能なはずだと私は思います」

 

「?じゃあなぜなんでしょう?」

 

「私たちの実体化……いえ、艦娘化という現象が、もし魔法という不思議な力によるものだとしたら?」

 

「私たちの実体化も魔法だと仰るのですか?それはさすがに………」

 

鳳翔の言っている事はあくまで仮説にすぎない。自分達は人類の全ての科学技術について把握できてるわけではないのだから。もしかしたら自分たちの知らない技術が使われているだけかもしれない。そう思ったがなぜか古鷹もその意見に納得してしまいそうになり、否定しようとする声が徐々に小さくなっていく。

 

「あくまで私の仮説ですよ?でも霊的な存在の私たちがこうして実体化できるのです。魔法が存在する異世界があっても何ら不思議なことではないかもしれません」

 

「う~ん…、たしかに言われてみればそうですけど…」

 

腕を組んで考える姿勢になる古鷹。そんな彼女を横目に鳳翔は自分の弓の調子が良いか触れて確かめる。

 

その時、無線にノイズが走った。どうやら時間になったらしい。

 

『こちら明石です。鳳翔さん、演習機の発艦をお願いします」

 

「分かりました」

 

指示を受けた鳳翔は即座に発艦準備に入る。彼女が背負っている筒の中には矢が複数本入っている。その中から黄色い矢羽が付いた矢を一本取り出し、矢筈を弦に引っ掛ける。

 

「妖精さん達、お願いしますね」

 

矢に向けてそう言ってから、鳳翔は弓矢を斜め上空へと向けて構える。その姿は普段のほんわかとした雰囲気が嘘のように消え失せ、凛々しさを感じさせる。突如吹いた風がそれを一層引き立たせる。そばで見ていた古鷹も、彼女のそんな姿に若干頬を赤らめながら感嘆の声を出す。

 

「行きますよ…。第1演習隊、発艦!」

 

掛け声とともに、蒼空へと矢が射出された。放たれた矢はしばらく風を切るように飛翔した後、突然閃光に包まれる。その閃光は6つに分裂し、6機の黄色い航空機に姿を変える。

 

「第2演習隊、発艦!」

 

鳳翔はさらにもう6機の演習機を発艦させる。合計12機の航空機は編隊を組み、プロペラによる轟音を響かせながらエクスがいる南方向へと向かう。

 

「さて……」

 

海風でたなびく自身の髪を右手で押さえる。

 

「異界の艦娘の実力……、見せてもらいますよ」

 

しだいに小さくなっていく艦載機たちを見ながら、鳳翔は不敵な笑みをこぼした。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「………レーダーに感あり。さっき言ってた演習機だな…」

 

エクスの頭に付いている魔力探知レーダーが、鎮守府のある北からこちらに向かって接近してくる演習機、それに搭乗している妖精の魔力を探知する。エクスは目標を捉えた方向の空を睨んだ。

 

次に行うのは武装の動作確認、もとい自身の戦闘能力の把握である。これは演習用の航空機を使用した対空戦闘と、先ほどジグザグ航行した的に対する主砲による砲撃に分けられる。今から行うのは前者の方である。つい先ほど通信してきた明石の説明によると、鎮守府で待機している鳳翔から発艦した演習用の黄色い航空機がこちらに向かって来ており、艤装の対空兵装を使用して演習機の編隊に撃墜判定を出してほしいとの事だった。

 

因みにこの演習機、工廠妖精と提督の協力もあって被弾すると実際に墜落はせず、撃墜判定を示すため機体の色が黄色から赤色に変化するという謎仕様になっており、また爆弾に見立てた煙幕入りの模擬弾を胴体下に装備して実戦さながらの急降下爆撃を行う事ができるという。

 

明石との通信を終えて、エクスはすぐさま魔力探知レーダーを起動させた。起動してしばらくすると、鎮守府からいくつもの輝点が現れる。

 

「…目標、方位角15°。…数12。…速度430km/h」

 

試験とはいえ、艦娘になってからの初の戦闘に緊張しながらも、エクスは捉えた目標の情報を口に出していく。レーダーに映っている目標の動きから、目標は編隊を6機ずつ2つに分けているようだ。先行の6機より少し後方に離れたところを、残りの6機が飛行している。

 

「よし、やるか!…対空戦闘用意!!」

 

鎮守府からここまでは大した距離ではない。航空機ならあっさり到達してしまう距離であり、のんびりしている時間はなかった。エクスは気合の入った掛け声とともに、対空戦闘の準備に入る。青葉は彼女の邪魔にならないよう、遠く離れたところからその様子を撮影する。

 

「対空魔光砲、魔力回路起動。呪文の自動詠唱および魔力充填開始。魔力の属性比率、雷15、風65、炎20」

 

艤装側面にハリネズミのごとく設置されている計26基の対空魔光砲―――アクタイオン25mm連装魔光砲―――が、その細長い砲身を接近中の編隊へと指向する。編隊は既に肉眼でもそのシルエットが確認できるほどに接近していた。演習機から発せられるプロペラの音が次第に大きくなり、エクスのいる場所にも聞こえてくる。

 

「…70%…90%……充填完了。…自動詠唱完了。射撃モード、『連射』に切替。……発射準備完了!」

 

発射口が赤く光輝き、小さく赤い粒子状の光が発射口に吸い込まれていく。既に編隊は対空魔光砲の射程内。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

エクスが号令を出すと同時に、対空魔光砲から膨大な数の光弾が高速で撃ち出される。多くの属性魔法を纏った魔導弾は、一瞬にして青い空を赤く染め、幻想的な風景を創り出す。

 

「わぁっ、すごいです!!こんなに真っ赤な弾幕は初めてです!」

 

その様子を撮影していた青葉は、今まで見た事ないほどの凄まじい弾幕に興奮を隠せない。

 

 

 

――――

 

 

 

横須賀鎮守府 埠頭

 

 

「………っ!!?」

 

古鷹もエクスが形成する真っ赤な弾幕に目を見開いて驚く。鳳翔は即座に航空隊を散開させ、対空魔光砲の射程外へと退避させる。だが1機だけが間に合わず被弾して爆発。爆発に巻き込まれたその航空機は傷一ついていなかったが、撃墜判定を受けて機体の色が赤に変わっしまったため離脱する。

 

(な、なんて凄まじい対空砲火なの!?すごすぎます!これはさすがに鳳翔さんの艦載機の子たちも……)

 

迂闊に近寄れない。そう思いながら古鷹は横にいる鳳翔の顔をちらりと見る。驚く古鷹とは対照的に、彼女は落ち着いた表情のままじっと海を見ていた。

 

(鳳翔さんはすごいな…。あれほどの攻撃を前に一瞬も怯まないで冷静に指示が出せるなんて…)

 

「……なるほど」

 

「……へ?」

 

唐突に何か納得したかのような声を出した鳳翔に、思わず間の抜けた声を出す古鷹。タブレットの画面に目を向けると、今まで対空砲の射程外で旋回していた演習機が次々と赤い弾幕へと突入していく。

 

「…確かにすごい弾幕ですね、エクスさん」

 

「……鳳翔さん?」

 

「……ですが」

 

一回言葉を切ってから、鳳翔は再び口を開く。

 

「どんなに見た目がすごくても、”そのような”弾幕では私の子達は落とせませんよ?」

 

鳳翔はここにはいないエクスへ語りかけながら、ふふっと笑う。古鷹にはその姿が強者の余裕とも見て取れた。

 

「不覚にも1機が撃墜判定を受けましたが、…次はもうありません」

 

 

 

――――

 

 

 

自分たちが沈められた時は200を超える数の航空機が相手だったが、今回はわずか12機。この程度の機数なら自分一人でも問題なく対処できるだろう、当初エクスはそう考えていた。

 

「…くっ、そんな!?全く当たらない…!?どうして…!?」

 

だが現実はそうはいかなかった。最初の1機に撃墜判定を与えることができたものの、残りの11機は散開し、弾幕をうまくすり抜けてこちらに接近してくる。これほどの弾幕密度を前に、彼らはまるで余裕とでも言わんばかりの動きで魔導弾をかわしてくる。言葉通り全く当たらない自分の攻撃に、エクスは焦りと苛立ちを覚え始める。

 

やがて最初の1機が爆弾投下地点まで到達し、エクスに向けて模擬弾を投下した。模擬弾の落下音が高音となって海上にこだまする。

 

「くっ…!!」

 

エクスは面舵をとってそれをかわす。海面に着弾した衝撃で水柱が上がり、水しぶきが体にかかる。艤装を着けているため濡れる事はなかったが、顔にかかった海水が一時的に彼女の視界を遮り士気を低下させる。

 

「…当たって!」

 

願いを込めて新たな25mm魔導弾を放つが、演習機たちは最低限の動きのみで全てかわし、模擬弾を次々と投下していく。どの方向に舵を切っても必ず被弾するように投下されたそれらを前に、彼女はなす術なく被弾していく。

 

「ぶはっ…!!」

 

模擬弾は直撃する瞬間に二つに割れる。中から出てきた白い煙幕が彼女の身体全体を包み込む。視界を遮られた彼女に、残りの機が容赦なく模擬弾を投下していった。

 

 

 

――――

 

 

 

制御室

 

 

「……あらら~、これは…」

 

エクスの対空戦闘の様子を見ていた真理恵は、何かに気付いたのかそのような言葉を発する。

 

「鳳翔さんの艦載機の子たちは本当にすごいですね…。あんなに凄まじい弾幕をかわしてしまうなんて…」

 

「遠くから見ればそう見えるだけよ」

 

「?どういうことです、提督?」

 

明石は彼女の言っていることが分からず、首をかしげる。

 

「…あの子は散開している演習機を全機まとめて撃ち落そうとしている。そのせいで1機あたりに使用している対空砲の数が少なくなっているの。その上一部の対空砲は一番近い敵機ではなく、遠くにいる敵機を相手にしている。だから命中率が著しく低くなっているわ。……それともう一つ要因があるけれど、明石はそれが何か分かるかしら?」

 

「え?他にも何かあるのですか?」

 

明石はモニターに映るエクスと演習機の様子を観察する。エクスの対空魔光砲から撃ち出された一発の魔導弾が演習機のすぐ横を掠め、そのまま爆発することもなく虚空の彼方へ消えていく。

 

「あの対空砲弾……近接信管でも時限信管でもない…?」

 

「…その通りよ。さっきの撃墜判定から考えて、あの対空砲弾はおそらく全部触発信管だと考えられるわ。つまり、きちんと当てなければ意味がない。確実に当てるためには何機かに攻撃をしぼって集中砲火した方が効果的なのに、まとめて撃ち落そうとするから1機あたりの弾幕密度が小さくなってしまった。結果ただでさえ練度が極めて高い鳳翔の飛行隊を撃ち落すことができず、被弾を許してしまったのよ」

 

でも、と言ってから、真理恵は再び口を開く。

 

「逆に言えばさっき言った通りの戦い方をすれば、相当数の敵機を撃ち落すことも可能だわ。まぁ、それでも鳳翔の艦載機たちを落とすのは容易ではないでしょうけど…。あの子の対空砲、炸裂魔法のおかげで高角砲並の威力を持つ砲弾を機関砲みたいに撃てるみたいだから、対地攻撃に使えば相当効果があるでしょうし、うまくやればかなり優秀な防空艦にもなれるわ」

 

「しかし提督、彼女はまだ深海棲艦と戦うことを了承してないですよ」

 

「分かってるわよ。もし彼女が一緒に戦ってくれればの話で言っただけだから。…そりゃできればそうして欲しいけど、私は無理強いするつもりはないし、そこは彼女の意思を尊重するわ」

 

モニターには最後の1機がエクスに対して模擬弾を投下し終え、離脱する様子が映されていた。

 

 

 

――――

 

 

 

攻撃を終えた演習機11機は、全機が鎮守府の方へと飛び去って行く。エクスが被弾した模擬弾は6発、対して撃墜判定を下す事ができたのはたったの1機。彼女の惨敗であった。

 

「………」

 

飛び去って行く航空機の音をBGMに、エクスは下を俯いたまま黙っていた。

 

「エクスさん…」

 

青葉が心配そうに近づいて声をかけたが、彼女は黙ったままだ。

 

(…悔しい。こんなに悔しい思いをしたのは初めてだ。まさか、こんなに自分の実力が低いとは思わなかった…)

 

顔を上げ、もはや小さな黒い点にしか見えない航空機をじっと見る。その目には強い光が宿っていた。

 

(…このままじゃダメだ。もっと自分を鍛えなきゃ…)

 

提督、霞、鳳翔、そして清霜。昨日来たばかりの自分を仲間と呼んで迎え入れてくれた彼女たちの事を考える。今回の戦闘で、今の自分の実力では到底彼女たちを守りきれないと痛感する。…だがむしろ自分の実力がどの程度なのか早い段階で分かってよかった。おかげで鍛えられる時間が増えるのだから。

 

「エクスさん?」

 

「大丈夫ですよ、青葉さん」

 

エクスは青葉の方へ顔を向け、笑みを浮かべる。

 

「次の私はもっと強くなっています。今回のようになるつもりはありませんから」

 

エクスはこの悔しさをバネに強くなることを決意する。あの時と違って今の自分には守るために必要な要素が揃っている。あとは自分がそれをどれだけ生かせるかだ。

 

「…そうですか」

 

青葉もエクスのその様子を見て笑みを浮かべる。

 

その時、明石から通信が入る。

 

『エクスさん、お疲れ様です。兵装は問題なく稼働していましたか?』

 

「はい、問題ありませんでいた。まあ、結局1機にしか当てられませんでしたが」

 

『あはは。まぁ、鳳翔さんの飛行隊は一騎当千の強者ぞろいですからね…。皆さん着任した時は今回のエクスさんのようにかなりしごかれていましたよ』

 

「あの航空機は鳳翔さんの艦載機だったのですか?」

 

『はい、そうです。ちなみに鳳翔さんは霞さんと並ぶ横須賀鎮守府最高練度の艦娘なんですよ』

 

エクスは先ほどの戦闘シーンを思い出す。あの時の演習機はこちらの弾幕を最低限の動きのみでかわしており、練度の高さがうかがえた。艦娘としての鳳翔がどれだけすごいのか、彼女は改めて痛感した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

制御室

 

 

「では最後に砲撃を行ってもらいます。主砲を使って海上に出ている的を全て攻撃してください」

 

『分かりました』

 

最後の試験に移り、エクスが主砲の発射準備に入ろうとしたその時だった。

 

ビーッビーッ!

 

突如けたたましいアラーム音が部屋じゅうに響き渡る。

 

「!これは、…緊急回線!?」

 

緊急回線とはその名の通り緊急事態が発生した時に使用される回線で、訓練以外で使用されたことは一度も無い。本日これを使用した訓練が行われる予定はなく、通信してきた相手に本当の危機が迫っていることを意味していた。

 

「明石、早く回線を開いて」

 

「は、はい!」

 

突然の事に動揺する明石に真理恵は冷静に指示を飛ばす。指示を受けた彼女は急いで回線を開く。

 

『繋がった!こちら天龍だ!まずいことになっちまった!』

 

通信相手は深夜から駆逐艦たちを率いて遠征に出ていた軽巡『天龍』だった。その声には焦りが混ざっている。

 

「こちら明石です。どうしましたか、天龍さん!?」

 

『帰投中に深海棲艦に見つかってしまった!戦艦ル級2隻含む艦隊6隻が俺たちをしつこく追尾してきている!』

 

「なんですって…!?深海棲艦が!?それも戦艦級の!?」

 

驚く明石。真理恵が天龍に指示を出す。

 

「天龍、遠征作戦は中止。担いでいるドラム缶は投棄して、駆逐艦の子たちを率いて全速力で敵艦隊を振り切りなさい。無理して戦ってはダメよ」

 

『…わりぃ、提督。清霜の機関に異常があってな、…25ノットしか出せねーんだ。あいつら30ノットで俺たちを追いかけてきている。振り切れねぇ!』

 

天龍は苦虫を噛み潰したような表情で答える。彼女たち遠征艦隊の現在位置は鎮守府から約40km。哨戒部隊や航空隊なら短時間で到達する距離だ。

 

「分かった。今からそちらに増援を送るから、それまでなんとか持ちこたえて」

 

『了解だ!』

 

一度通信を終了させ、真理恵は鎮守府全体に緊急放送を流す。

 

「緊急連絡。現在遠征部隊が戦艦ル級2隻含む深海棲艦の艦隊の追尾を受けているわ。金剛は非番のところ悪いけど出撃して、哨戒任務中の摩耶たちと合流し援護に向かって。龍驤、鳳翔は航空隊を発艦させて頂戴。他の子たちも艤装を着けていつでも出撃できるように待機しておいて!」

 

続いて真理恵は明石に、エクスと青葉へ通信を繋げさせる。

 

 

 

――――

 

 

 

『…というわけで、試験は中止よ。ごめんねエクスちゃん。…青葉、彼女を連れて一度鎮守府へ戻って来て頂戴』

 

「了解です!」

 

「……」

 

真理恵の説明を聞いたエクスの脳裏に、その遠征部隊にいる清霜の姿が浮かぶ。

 

(あの子が今……沈むかもしれない危機に直面している…?)

 

昨日自分を元気づけようと、おにぎりを作って持ってきてくれた清霜。あんな優していい子が、もしかしたら沈むかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなかった。

 

「エクスさん。話は聞いた通りです。鎮守府へ帰りましょう」

 

「……」

 

「…エクスさん?」

 

青葉がエクスに自分の後をついてくるように言うが、彼女は立ち止まったままだ。彼女は無線に手を当て、真理恵に話しかける。

 

「…提督、お願いがあります」

 

『……ダメよ、あなたはまだ艦娘としては素人。行ったところでみんなの足手まといになるわ』

 

真理恵はエクスの意図を察したのか、彼女に対して戦力外通告をする。だがそれでもエクスは諦めないで食い下がった。

 

「分かっています。さっきの戦闘でも自分の実力の低さを嫌というほど理解させられました。……でも嫌なんです。何もできずに…大切なものを失うのは…。またあの時みたいな事になるのが…」

 

あの日、グラ・バルカス帝国航空隊の猛攻で次々と沈められていった第零式魔導艦隊の仲間たち。あの時は何もできず、仲間が沈んでいく様子をただ見ていることしかできなかった。今度はこの世界で出会った新たな仲間たちが、彼女たちと同じ窮地に立たされている。…あの時のような悲劇が繰り返されるのはもうごめんだった。だからエクスは望む……清霜たち新たな仲間を守るために戦うことを。

 

「無理を承知でお願いします。私にも…彼らを助けさせてください!」

 

『………』

 

エクスは上空を飛ぶ航空機に付いたカメラに真剣な表情を向ける。偶然だろうか、彼女の目線は真理恵のそれと見事に重なっていた。しばらく沈黙が続いてから、真理恵はため息を吐く。

 

『…青葉、聞こえてるかしら』

 

「はい、司令官さん」

 

『悪いけど今からエクスと一緒に増援部隊と遠征艦隊の援護に行ってもらいたんだけど、…お願いできるかしら?』

 

「了解です!青葉、全然問題ありません!」

 

青葉はニッと笑ってカメラ付き航空機に向かって敬礼する。

 

「…!提督…!」

 

『ただし、あくまで他の子の援護だけよ。他の子より後方で戦うこと!決して無茶な戦いはしないように!これは頼みではなく提督としての命令だから!分かった?』

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

エクスの表情が明るくなる。

 

『提督、金剛さんが摩耶さんたちと合流、現在北上中の遠征部隊との合流のため南下していきました!遠征部隊との接触まで、後20分ほどだそうです』

 

『分かったわ明石。…エクス、青葉、聞いた通りよ。金剛たちは既に向かっているわ。増援にもう一人の艦娘がもうじき来るから、合流したらあなた達も急いで向かって頂戴』

 

「…増援?」

 

その言葉に首を傾げるエクス。その時、2人の元に1人の艦娘が手を振りながらやって来た。

 

「おーい!」

 

「あっ、古鷹さん!どうしてあなたが?」

 

「提督さんからエクスさんたちと一緒に支援に向かうようにと言われたのです。出撃ドックの近くにいたので、すぐ出撃できました!」

 

「え…?という事は提督さん、…最初から私を…?」

 

『あら~、何のことかしら~?』

 

エクスの疑問に対し、真理恵は普段の間伸びた口調で誤魔化した。古鷹はエクスへと向き直り、自己紹介する。

 

「はじめましてエクスさん。私は重巡『古鷹』と申します。よろしくお願いますね」

 

「エクスです。よろしくお願いします。…あのなぜ私の名前を…?」

 

「実は私も鳳翔さんと一緒にエクスさんの性能試験の様子を見ていたんですよ。昨日から話題になってた人に会えるなんて…私、嬉しいです!」

 

「そうでしたか…」

 

ここで真理恵が2人の会話に横槍を入れる。

 

『おしゃべりは無事に帰って来てからよ?今は急ぎなさい』

 

「了解です!急ぎましょうエクスさん!遠征隊のみんなを助けに!」

 

「はいっ!」

 

エクスは力強く頷き、機関出力を上げる。出力が上がった機関が大きな音を立て、スクリューの回転速度を上げる。艦隊は青葉を先頭に、古鷹、エクスの順で単縦陣を組み、30ノットの高速で南を目指す。

 

(待ってろ!今助けに行くから!どうかそれまで持ちこたえてくれ!)

 

エクスは清霜たちの無事を祈りながら2人の後をついていく。彼女たちが向かう先には島影も船影もなく、どこまでも青い海が広がっていた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

制御室

 

 

「…提督、エクスさんの事…、よろしかったのですか?」

 

「いい加減な動機で行くつもりなら、青葉と古鷹に無理やり連れて帰るように命令したわ」

 

明石の問いに真理恵は真剣な表情で答える。

 

「あの子は己の弱さを痛感し、それでもなお守りたいものを守ろうとしていた。……あの子、きっと強くなるわ」

 

モニターに映っているエクスの姿がしだいに小さくなっていく。

 

「必ず帰ってきなさい。みんなであなたを強くしてあげる」

 

彼女は笑みを浮かべながら、艦娘として初の実戦に赴く戦艦『エクス』を見送るのだった。

 

 

To be continued...




次回、エクスの艦娘としての初戦闘になります。
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