[けものフレンズ学園編] さよなら、ジャパリ学園   作:灰都とおり

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てんこうせい(その2)

「いよいよ対決だな……ライオン」

「おう、待たせたな、ヘラジカ」

 

 バッターボックスのライオンさんが悠然とバットを構える。

 マウンドを踏みしめるヘラジカさんがボールをグラブに叩きつけると、バン! と迫力ある音がぼくたちのいるベンチまで響く。

 

「はじめてグランドでお前をみたときから……ずっと全力で戦ってみたかった」

 

 ヘラジカさんはゆっくり両手を振りかぶる。堂々たるワインドアップ。大きな角が邪魔そうだ。

 

「かばんのおかげで、ようやく今日その夢が叶う」

 

 左足を上げ体をひねりながら、ヘラジカさんの顔はまっすぐライオンさんを見つめる。声だけが静まり返ったグランドに響く。

 ライオンさんの方を見ると、さっきまで浮かべていた微笑みも消え、ヘラジカさんの強烈な視線を正面から受け止めている。

 ベンチも、観客も、みんな固唾を飲んで見守っている。

 ぼくにはヘラジカさんの瞳がチラチラ燃えてるように見えた。

 

「いざ……」

 

 ヘラジカさんの左足が地面に戻ると同時に、右腕が一気に振り下ろされる。

 すさまじい剛速球がライオンさんめがけて飛び出し、ヘラジカさんの雄叫びがグランドを震わせた。

 

「勝負だっ!」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 あの大勝負のきっかけをつくったのは、ぼくだった……んだと思う。

 あの日の昼休み、ぼくは校内放送で職員室まで呼び出された。それが、はじまりだった。

 

「あっ、あたしも一緒に行くよっ」

 

 サーバルちゃんがそう言ってくれてほっとした。

 アライさん、フェネックさんと別れ、ぼくたちは職員室へ向かう。

 扉を恐る恐るあけると、奥に座っていた先生とちょうど目があった。

 

「かばんさん、こちらへいらして」

 

 あ、はい、なんて口元でつぶやきながら先生のそばまで歩く。

 職員室は広かったけど、先生たちの机にはノートやら教材やらが積まれ、割と手狭に見えた。

 

「呼び出して悪かったですわね。あら、サーバルさんも来てくれたのね」

 

 先生はこっちをうかがってるサーバルちゃんを手招きして、ぼくと一緒にイスに座らせた。どうやら、怒られるとかじゃないみたいだ。

 

「学校生活について、お話しておきたかったんですの。ひとまず授業を受けていただきましたけど、困ったことはありませんでした?」

 

 先生はぼくの方へ向きなおり、優しそうに切り出した。

 ぼくはちょっと目が泳いで、先生の机の上のコーヒーカップを見ながら「ええ……大丈夫です」と自信なさげな声を出す。

 

「かばんちゃんには、あたしがついてるから、平気だよ!」

 

 隣でサーバルちゃんが胸をはって答えた。

 

「うん、サーバルさんが面倒をみてくれるのはありがたいですわね。サーバルさん、先生お礼を言わせてもらいますわ」

「えっへん!」

「ですが……おっちょこちょいのサーバルさんだけに任せるわけにもいきませんので……」

「ええーっ!」

「まず先生から、この学校について説明させていただきますわね」

 

 それでぼくは先生から、学校のこと、寮のこと、日々の暮らしのことをいろいろ教えてもらう。

 なにか困ったことがあったらいつでも相談していいのよ、って言われてぼくはずいぶん安心できた。なにより学校が終わったら、「1年生寮」でサーバルちゃんたちと寝泊りできるのが楽しみだった。

 最後に先生はちょっとあらたまって話し始めた。

 

「部活……ですか」

 

 ぼくは先生の言葉を繰り返す。

 

「そう、部活ですの」

 

 サーバルちゃんが楽しそうに立ち上がる。

 

「そうそう、お昼のあとは部活の時間なんだよ! たっのしいんだから!」

「サーバルさんは陸上部ですわね」

「そう! 走るの大好き! ね、かばんちゃんも……」

 

 サーバルちゃんはぼくを見て、はっと気づいたように言いよどんだ。ぼくも食堂までの猛ダッシュを思い出して、えへへ……と苦笑い。陸上部にはあれくらい走れる子がたくさんいるんだろう。

 

「ジャパリ学園にはいろんな部活があって、好きなところに入ればいいんですの」

 

 先生の言う部活という言葉の意味を、ぼくは考えてた。

 

「むかしは陸上部くらいしかなかったんですけど、このごろは新しい部活もたくさん増えましたから、いろいろ選べると思いますわ。その分、部員の取り合いになってるようなところもあるみたいですけど……」

 

 先生の説明は丁寧だ。

 

「陸上部はいまでも一番たくさんのフレンズさんがいる部活ですの。走ったり飛び跳ねたりするのが好きなら、楽しくやっていけると思いますわ。かばんさんは、足が速いんですの?」

「あ、いえ……」

「じゃあ……泳げまして?」

「いえ……」

「空は飛べるんですの?」

「いえ……」

「そうなんですの……。ぴったりの部活があればいいんですけど」

 

 先生が心配そうに言うのを聞いて、サーバルちゃんが割って入る。

 

「大丈夫だよ! かばんちゃんがやりたいことをすればいいんだから」

 

 なんの心配なさそうなサーバルちゃんを見て、先生もふっと微笑む。

 

「そうですわね。サーバルさんみたいにおっちょこちょいでも、陸上部では意外に活躍してるようですし」

「意外じゃないよっ!」

「きっと、かばんさんがやりたいと思える部活がありますわ」

 

 口をとがらせるサーバルちゃんを尻目に先生が笑う。サーバルちゃんがいると、なんだかものごとが明るくなる。

 

「ただ……」

 

 ふと先生の声のトーンが下がる。

 

「ジャパリ学園のルールは、みんなで一緒に生きること。部活に入っていただくのは、まわりの子たちと関わりながら生きてもらいたいからなんですの」

 

 ぼくをまっすぐ見つめながら、先生が話す。

 一緒に生きること。

 まわりの子たちと関わるってこと。

 それは、大事なことなんだろうと思えた。だけどそのときはまだ、はっきりその意味は分からなかった。

 

「ですからほとんどのフレンズさんには、なにかしら部活に入ってもらってますの。はじめはなにができるか分からないかも知れませんが、かばんさんにもどこか、自分ががんばれる場所を見つけてもらいたいんですの」

 

 こんなぼくにできる部活があるのかな……という不安がちょっぴり浮かぶ。

 だけどそのときぼくは、先生の言葉に「はい」とはっきり答えていた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「じゃ、わたしがいろいろ案内するね!」

 

 部活選びの付き添い役と、ついでに学校の案内役とを引き受けて、サーバルちゃんは元気よく職員室を出る。

 ぼくも先生にお辞儀をしてから、あとをついていく。

 

「えっと、まずは……屋上に出よう!」

 

 そこからだと学校が見渡せるからだそうだ。

 案内役という誇りからか、いつもより手足を大きく振って堂々と階段をのぼるその後ろ姿が、ぼくの不安を飛ばしてくれた。

 

「ここが屋上だよ」

 

 3階の上に続く階段をのぼり、扉をあけてサーバルちゃんが外へ飛び出る。

 続いて出ると、まぶしい真昼の太陽と澄んだ青空が目に飛び込んできた。

 広々した屋上にはだれもいないようだ。

 風に帽子を飛ばされそうになって、あわててかぶりなおす。

 

「こっちこっち」

 

 屋上のまわりを囲む柵に寄りかかって、サーバルちゃんはぼくを手招きする。

 

「わぁ、いい眺めだね!」

 

 ぼくはそこに立って、しばらく屋上からの景観に見入っていた。

 学校のまわりは、緑の木々に囲まれている。

 正面には、湖らしい水面が左右にずっと広がっている。湖面の向こうには、そびえる山の頂きが見えた。

 学校のまわりの地形は、湖へ向かって傾斜している。

 近くに学校以外の建物はないようだったけど、右手のずっと向こうの方、木々の隙間に、白っぽい建物のようなものがちらりと見えた。それは、学校でひときわ高いあの塔のような建物にちょっと似ている。

 足下には校庭を川が横切り、さっきまでアライさんたちとお昼を食べていたテーブルも見えた。

 校庭に隣接して、土の色が少し違った(たぶんしっかり踏み固められているせいだろう)広い空間があって、背の高い金網で囲まれていた。

 

「あれが第1グランドだよ。あそこは陸上部が使ってるんだ」

 

 柵から身を乗り出すようにサーバルちゃんが指差す。声が得意げだ。

 そこにはかなりの数のフレンズさんが集まっているのが見えた。みんな思い思いに準備運動をしているみたいだ。

 

「もうすぐ部活の時間だからね。いつもだったら、あたしもあそこにいるんだ」

 

 その声から、グランドへ行きたくてうずうずしてるのが分かる。

 

「それから、あそこがプール、そっちが体育館。あと、あっちの校舎の向こう側にあるのが、第2グランドと第3グランドだよ。みんな、そこで部活をやってるんだ」

 

 サーバルちゃんがひとつずつ指さしながら教えてくれる。

 部活のための施設がたくさんあって、ちょっとびっくりだ。学校には1学年1クラスの3学級しかないみたいだけど、施設の規模が不釣り合いに大きい気がする。広々と使えていいだろうけど。

 

「向こうのグランドでは、どんな部活をやってるの?」

 

 第2、第3グランドは、遠くだったし校舎になかば隠れていて様子がよく分からなかった。

 

「えっとね、たしか野球部と、サッカー部……だったかな」

 

 それは最近できた部活らしく、サーバルちゃんもあんまり知らないようだった。

 

「3年生たちがはじめた部活なんだよ。でもみんな、あんまり近づかないみたい」

「え、どうして……?」

「ええと、なんでだったかな……」

 

 そのとき、突然近くからサイレンの音が――いや、ものすごく大きな声がとどろいた。

 

「わあっ!?」

 

 サーバルちゃんもぼくもびっくりしてうしろを振り返る。屋上の反対側の柵の上にだれかが立っていた。

 鳴り響くその声を聞くうち、ああこれは歌なんだってぼくには分かった。

 

 ――な~がま~を~ ざがじでる~♪

 

 おどろいたけど、歌声だとわかれば楽しい。

 隣のサーバルちゃんは絶句したまま頭をふらつかせていて、きっと声量に圧倒されてるんだろう。

 

 ――あ~あ~ ながま~……

 

 歌が終わったようなので、ぼくはおもむろにその子へ近づいて声をかけてみた。

 

「あら……」

 

 その子はちょっとおどろいたようだったけど、すぐ柵の上からこっちへふわりと飛び降りて、照れたように微笑んだ。

 

「聞いててくれてたのね。ありがとう」

 

 強烈な歌声とは違って、会話ではささやくようなかわいらしい声だ。

 白い装いに、すそもとの朱色がかったピンクがすごく映えてる。

 頭のあたりから二枚のちいさな羽根を生やしているので、ああもしかして、今朝空を飛んで登校していたあの子じゃないかって思った。

 

「わたしの歌、どうだった?」

 

 そう聞かれて、ぼくはすごいですね、というようなことを答える。

 歌そのものより、その子のふさふさしたきれいな羽根をほめるような返事になった気がするけど、その子はうれしそうに「うふふ……」と笑ってた。

 

「ありがとう。やっぱり、だれかに聞いてもらえるのって、いいわね」

 

 感激したようにぼくの手をとって言ったあと、気がついたように「あれ、あなたはもしかして……今日から来たっていう転校生、かしら」と優しく話す。

 

「はい。かばんです」

「はじめまして。わたしはトキ。2年生よ」

 

 お互い自己紹介したあと、トキさんはぼくの隣のサーバルちゃんに目をやる。

 

「あなたは1年生のサーバルね。わたしの歌、どうだった?」

「あ、えと……ち、ちからづよい……ね」

 

 

 

 

 

 

 ぼくたちは、屋上に建った四角い建物(ぼくたちはここから出てきた)の上に並んで腰掛け、眺望を楽しみながら話してた。

 トキさんは歌の練習のために屋上にいたらしい。もしかしてこれも部活なんだろうか。

 

「いいえ。部活として活動するには、わたしのほかにあとふたり、なかまをみつけないといけないの」

 

 ジャパリ学園では、3名以上のなかまがいれば、部活動として認められるそうだ。トキさんは歌をうたう「歌部(うたぶ)」のなかま集め中だと言う。

 

「じゃあトキさんは、いまは部活はしてないんですか?」

 

 ぼくは隣に座ったトキさんにたずねる。

 

「してるわ。バスケットボール部よ。鳥のフレンズは、だいたいそこに入ってるわね」

 

 トキさんがこっちを見て微笑む。

 バスケットボール……なんだか意外に思えたけど、鳥のフレンズさんたちがどんなプレーをするのか興味深い。

 

「やりたいことがあれば、部活は掛け持ちしたっていいんだよ!」

 

 トキさんの向こうに座ったサーバルちゃんが、こっちへ身をのりだすように言った。

 なるほど、好きなことがあればいくつも部活をしたり、新しくつくったりもできるんだ。

 

「あなたたちは、こんなところでなにしてたの?」

 

 ぼくは部活をさがしてることを伝えた。「歌部」に入るかどうかはまだなんとも言えなかったけど……。

 

「そうだ、あなたちょっとうたってみて」

「ええっ!?」

「あなた、なんだか歌にくわしそうだし」

 

 トキさんはふわりと立ち上がり、ぼくをのぞき込む。

 なんとなく勧誘されそうなオーラを感じて腰が引けたけど、トキさんは自分からうたい出して促すので、つられてぼくもうたいはじめる。

 

 ――学校の屋上がら~ うだうのは~ 気持ぢがいい~♪

「うたうのは~ 気持ちがいい~♪」

 

 トキさんに合わせて、ぼくがぎこちなくうたうのを、サーバルちゃんが微笑みながら見守ってる(トキさんの声に、やっぱりちょっとふらついてたけど)。うたってると楽しくなるもので、ぼくも最後には大きな声でうたえた気がする。

 

「おぉ……!」

 

 即興の合唱がおわると、トキさんはすっかり嬉しそうだった。

 

「やっぱり、あなたとってもうまい。なにか工夫ってあるの? 息のしかた、かしら」

 

 ええ、どうだろう……と考えながら、ぼくは「おなかのあたりで呼吸すると、いいのかも……」なんて口にしていた。

 トキさんは真剣な眼差しで、うん、うんとうなづいてる。

 

「トキさん、勉強熱心なんですね」

 

 トキさんの歌への思いに、素直に感動した。

 さっそくいろんなやり方で声を出しながら、またうたいはじめるトキさん。どうやらだれかを勧誘するより、自分の歌の練習に夢中らしい。

 

「さっきよりいい声になりましたよ!」

「たしかに、いつもよりうたいやすかったわ」

 

 ぼくとトキさんのやりとりを、サーバルちゃんが目を細めて見ながらつぶやく。

 

「なんだかふたり、嬉しそうでよかった」

「アンコール、ということかしら?」

 

 そのあとトキさんがまたひとしきりうたったのを聞いて、ぼくとサーバルちゃんは校舎へもどった。サーバルちゃんは心なしかぐったりしてた。

 トキさんは別れぎわに、ぜひ歌部に入ることを考えてみてって言ってくれた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 学校には部活のための「部室」もある。

 屋上から見たグランドや体育館だけでなく、部室で活動する部活もあるみたいだった。

 

「じゃ、さっそくいろんな部活を見てみよう!」

 

 サーバルちゃんが右手を振りかざして元気よく言うので、ぼくも「おーっ!」と声を合わせた。

 それから、ぼくの長い部活見学がはじまった。

 

 

 

 

 

 

 美術部の扉をあけると、油っぽい絵の具がにおった。

 大きなキャンバスに向かって絵を描く子がひとり。

 

「こんにちは……」

 

 ぼくの挨拶に振り返ったその子は、サーバルちゃんと同じネコ科のフレンズさんのようで、顔かたちもどこか似てた。

 事情を話すと、その子は顔を押し付けるほど興味津々で「転校生ってなに? どうして見学してるの?」なんて質問を重ねる。

 その好奇心旺盛っぷりに半歩下がりながらぼくが経緯を話し出すと、今度はあっという間に興味が薄れて、ふーんなるほどとそっけない。熱しやすく冷めやすいという言葉どおりのフレンズさん。それが美術部にいる2年生のスナネコさんだった。

 美術部の子は少なくて、いつも部室にいるのはスナネコさんくらいらしい。ということは、部室にたくさん並ぶ絵はほとんどスナネコさんが描いたんだろうか。

 

「どうぞ好きに見てってね」

 

 そう言って、スナネコさんはキャンバスに戻る。

 

「すっごーい! 美術部ってこんなにたくさんの絵を描いてたんだね!」

「どの絵も見てると楽しくなるね」

 

 サーバルちゃんとぼくは、並べられた絵をひととおり見せてもらう。それは果物だったり、森の景色だったり、だれかの顔だったりしたけど、見ていてちょっと気になることがあった。

 

「あれ……これってどれも、まだ完成してないんじゃ……」

 

 ぼくが振り返ると、スナネコさんは今しがたまで描いてた絵をそのままに、新しいキャンバスをイーゼルに固定するところだった。

 

「あれっ? また新しい絵を描くの?」

 

 サーバルちゃんもびっくりして振り返る。

 

「あなたたちを描きたくなっちゃって」

 

 そう言ってる間に、スナネコさんはぼくとサーバルちゃんを見つめながら筆を動かしはじめる。

 

「ぼく、気になること見つけるとすぐ夢中になっちゃうんだ」

「早すぎるよ!」とサーバルちゃん。

 

 どうやら絵が完成する前に、すぐ新しい対象を見つけちゃうみたいだ。

 でも、どの絵からも対象に夢中になのは伝わる気がした。それはそれで楽しいやり方かも知れない。

 

「またモデルになりに来てね」

 

 見学のお礼を言って別れるとき、スナネコさんはそう言った。だけど、その頃はきっと全然別の絵を描いてることだろうってぼくは思った。

 

 

 

 

 

 

 演劇部の扉をあけると、中は薄暗かった。衣装や芝居道具の物置スペースらしい。

 奥に大道具らしいベニヤ板が立っていて、向こうから灯りと声がもれている。

 

『――こんどは、キリンさんが見たんだそうです』

『ど、どんなでしたか……?』

『白くて、もやもやしていて……生きている感じがしなかった……。これは……怪事件だわ!』

「ストップ、ストップ!」

 

 ぼくとサーバルちゃんは、邪魔しないようそっとベニヤ板をまわり込んでのぞき見る。

 

「ちょっとちょっとキリン先生、怪事件だのと勝手なアドリブをはさまないでください!」

 

 向こう側では、机やイスをよけてつくられたスペースに、台本らしい紙の束を手にしたフレンズさんたちが集まっていた。

 場をとりしきる金髪ショートヘアの子がなにやら怒ってる。

 

「でもこの台本の流れだと、探偵役が出てこないとだわ」

 

 首に巻いた長いマフラーが印象的な、それがアミメキリン先生だってことは後から知った。1年生はキリン先生の授業を受ける機会は少なかったけど、思いついた発想をすぐ授業に取り入れるところに独特の面白さがある……らしい。

 

「このお話はロマンスなんです! 先生は恋敵役なんですから、幽霊のふりしたギンギツネにびっくりして逃げ出せばそれでいいんです。どうしてもって言うから役をあげたのに……ってあれ?」

 

 その子と、のぞいているぼくたちの目があった。

 

「なによ、あんたたち。いつの間に!?」

 

 あ、どうも……という言葉が、サーバルちゃんがもたれかかっていた大道具がゆっくり倒れる様子に飲み込まれる。

 

「みゃあ~~!?」

 

 

 

 

 

 

 ……だれも下敷きにならず、大道具がゆがんだ程度で済んだのは運が良かった(ぼくたちふたりは正座して謝った)。

 見学の話をしたら、指示を出してた金髪の子が快くOKをくれた。それが演劇部の部長、3年生のマーゲイさんだ。

 この子もネコ科のフレンズさんで(この学校にはやけに多い!)、黒縁メガネの奥に利発そうな目が光る。

 

「見学はいいけど、いまは来月の準備で忙しいから邪魔しないでね」

 

 そう言うマーゲイさんは、演出家として舞台をつくりあげるのがもっぱらの役割で、脚本から演技指導までこなすらしい。読み合わせてたのも、マーゲイさん書き下ろしの台本だ。

 

「それじゃ次、キタキツネからね。さ、薄幸のお嬢様らしく」

「あたし、キリンさんのところへいくわ……」

「そう! はぁ~完璧な美少女っぷりだわ! あとはもうちょっと悲しそうなに、『あたし、キリンさんのところへいくわ……』って感じで……」

 

 キタキツネちゃんは1年生クラスで見た気がする。たしかに可愛かったけど棒読み過ぎるような……。

 ところがそのあと、マーゲイさんの声色がキタキツネちゃんそっくりになったので、部室のはしっこで見学しながら思わずサーバルちゃんに話しかけた。

 

「そうだね! マーゲイはたしか声を真似するのが得意なんだって。すっごいねー」

「あんなにそっくりなら、舞台でも代わりに声を出したりできそうだね」

 

 ぼくがそうつぶやくと、マーゲイさんが一瞬こっちを見て「ふーん、面白いこと言う子ね」とつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

「いやあ、みんな、すっごいね!」

 

 いろんな部室をまわりながら、サーバルちゃんがあらためて気づいたように言う。

 

「あたし陸上部しか知らなかったから、かばんちゃんといろんな部活をのぞくのすっごく楽しいよ!」

 

 ぼくより学校に慣れてるはずのサーバルちゃんも、どんな部活があってどんな活動をしてるかなんて、あんまり知らないみたいだった。だからぼくたちは一緒に部活めぐりを楽しめた。

 

「あれっ?」

 

 廊下を歩いていると、扉が開きっぱなしになった部屋が目に入った。なかは暗かったけど機械のようなものが見える。

 

「サーバルちゃん、あれはなんの部屋なの?」

 

 ぼくは歩きながらたずねた。

 

「ああ、あそこは……なんだっけ。先生が使う部屋なんだけど……」

 

 ぼくはちょっと興味をひかれて部屋をのぞき込んでみた。

 

「お邪魔します……」

 

 ライトがついてなかったので部屋は真っ暗だったけど、サーバルちゃんは気にする様子もなく歩きまわる。

 ぼくは手探りでスイッチをさがしながら、そこにあった機械らしいものに目を凝らしていた。おおむね四角いかたちで、胸元くらいまでの高さがある。同じものが4台並んでるようだ。

 

「それは、コピー機だよ」

 

 突然うしろから声がしてぼくは飛び上がった。

 同時にパチっと音がして、部屋に灯りがつく。

 

「あっ、オオカミ先生!」

「やあサーバル、こんにちは。そっちの子は、転校生のかばんちゃんだね。こんにちは」

 

 ハスキーがかった落ち着いた声。毛先がクセっぽくはねた豊かな黒髪がかっこいい。

 それがオオカミ先生こと、タイリクオオカミさんとの最初の出会いだった。

 

「ごめんごめん、おどろかせちゃったかな?」

「す、すみません、勝手に入ったりして」

「いいんだよ。印刷室になにか用かい?」

 

 オオカミ先生が優しそうに話してくれるので、ぼくはほっとした。

 そのときぼくはまだ先生の授業を受けてなかったけど、いろいろ面白そうなことを知ってそうな理知的な雰囲気は最初から感じとれた。

 

「オオカミ先生、コピー機ってなんなの?」

 

 サーバルちゃんが好奇心に満ちた目でその機械を見つめながらたずねる。

 

「紙に書いたことを、何十枚にも写してくれるんだ。そうすれば、学校じゅうの子たちに簡単になにかを伝えられるからね。むかしは学校新聞なんてのもあったし、授業で配る資料をつくるにも便利なんだよ。この頃はめったに使わないけどね」

 

 オオカミ先生がコピー機のそばまで来て、丁寧に教えてくれる。

 サーバルちゃんはすごーいっておどろいてたけど、ぼくは「めったに使わない」そのコピー機がなぜ4台もあるのか、ちょっとだけ気になった。

 だけど、口をついて出たのはなぜかこんな言葉だった。

 

「これを使えば、本もつくれそうですね」

「おぉ!」

 

 オオカミ先生が目を輝かせる。

 

「キミ、すごじゃないか。そうだよ、たとえば自分で書いたお話も、コピー機で増やしてたくさんの本にすればいろんな子たちに見てもらえるんだ」

 

 印刷室の棚に並ぶ薄い冊子が目に入ったので、そんなことを言ったんだと思う。たぶんあれはみんなコピー機でつくった本なんだ。

 

「もしコピー機を使いたければ、私のところまで来るといいよ。実は私も私用で使わせてもらってるんだ」

「先生の用事ってなんなの?」

 

 サーバルちゃんは、珍しそうにコピー機を触りながらたずねる。

 

「私は趣味で物語をつくっているからね。かばんちゃんの言うように、それを本にしているんだよ。ちょうど今日もそれで使うために準備してたんだ」

「へぇーっ、オオカミ先生ってすごいんだね!」

 

 サーバルちゃんと会話をしながら、オオカミ先生はぼくに微笑みかける。

 

「そう言えばカバ先生に聞いたけど、かばんちゃんはいま部活を選んでるところなんだろう? キミはなんだか才能がありそうだ。どうだい、私と文芸部をつくらないか?」

「文芸部……ですか?」

「そうだよ。まあほかにもやりたい子を見つけないといけないけど……まずは同好会からはじめればいい」

 

 トキさんの歌部につづき、またしても新しい部活へのお誘い。文芸部がなんなのかよく分からなかったけど、ぼくはちょっと興味をひかれた。

 

「それって、なにする部活なのー?」

 

 サーバルちゃんが、コピー機のフタのような部分を開けたり閉じたりしながら、不思議そうにオオカミ先生にたずねる。

 

「そうだね……。たとえばサーバル、こんな話を知ってるかい? キミがいま触ってるそのコピー機は、深夜突然ひとりでに動き出してうなり声をあげるんだ……」

「えええーっ!」

 

 サーバルちゃんは、はじかれたようにコピー機からぴょんと離れる。

 

「そいつは学校に残ってるフレンズを引き寄せて、そのコピーをとっちゃうらしいんだ」

 

 話し続ける声色がどんどん低くなり、ぼくもすーっと血の気が引いていく。

 

「コピーをとられた子は魂も取られちゃうから、どんどんやせ細り……そのうち最後には……」

「わ――っ!」

 

 サーバルちゃんとぼくが一緒に叫んだ途端、オオカミ先生が笑い出した。

 

「うっふっふ、うそうそ、冗談だよ。そいつは安全な機械さ」

「ええ~~っ」 

 

 一気に体の力が抜けた。

 

「ごめんごめん。いやね、たとえばこんな風にお話を考えて、それを本にするのが文芸部だよ」

 

 

 

 

 

 

「……ひどいや! 本気でびっくりしちゃったじゃない!」

 

 印刷室を出てからもサーバルちゃんはちょっと怒ってた。

 ぼくも怖かったけど、オオカミ先生の話には気をひかれるものがあったのも確かだ。

 文芸部へのお誘いには、考えておきます、とだけ返事をしたけど、オオカミ先生は特に残念がるようすもなく、笑って見送ってくれた。

 ぼくはあとで、先生の書いた物語を読ませてもらおうと思った。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「わあーっ、外はあっかるいねー!」

 外に出ると、サーバルちゃんは両手をあげて伸びをした。

 まだ午後の早い時刻で、校庭は晴れ渡った青空のもとでまぶしかった。

 

「それじゃ、次はグランドや体育館を見てまわろう!」

 

 いよいよ大好きなグランドに行けるからか、サーバルちゃんは元気いっぱいだ。

 ふたりで歩き出したちょうどそのとき、遠くからだれかが走ってくる声が聞こえてきた。

 

「えっほ、えっほ、えっほ」

「アライさーん、ファイトだよー」

 

 走り込みをしているらしい、相変わらず元気いっぱいのアライさんと、そのうしろをメガホン片手に自転車で追いかけるフェネックさんだ。

 校庭の反対側から第1グランドの方へ走っていく。どうやら学校じゅうを走ってるみたいだ。

 

「アライさんたちだ! みんなも陸上部なの?」

「そうだよ! アライさんは障害物競争が得意なんだ」

「すごいね、トレーニングがんばってるんだね」

 

 ぼくがそう言うと、サーバルちゃんがちょっと不思議そうに笑った。

 

「トレーニング……っていうか」

 

 あれ、違うのかな。サーバルちゃんは楽しそうに言葉を続ける。

 

「アライさんは走り回るのが大好きなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 アライさんのようにグランドを飛び出しちゃう子は珍しいみたいで、第1グランドにはちゃんと部員が集まり、それぞれ走ったり、飛び跳ねたりしていた。

 それが陸上部だった。

 ジャパリ学園で、最初にできた部活。

 こうして記録をつけている今、ぼくはジャパリ学園のフレンズさんたちがなぜ部活をするようになったのか、よく分かる。

 それはもちろん、会長たちの計画でもあっただろう。

 でもきっとそれだけじゃない。

 ぼくたちは、サバンナやジャングルで気ままに生きてるわけじゃない。学校に集まって、みんなで生きてるんだ。

 

「楽しいねー!」

 

 サーバルちゃんは、ぼくと部活を回りながらよくそう言ってた。

 楽しいことを見つけたら、だれかにそう伝えたい。

 だから、ひとりでやるんじゃない。みんなでやる。部活として。

 そこでアライさんみたいに、その枠をぴょんと飛び越えちゃう子がいると、その輪がまた広がったりするんだ。

 陸上部は、だから一番ジャパリ学園らしい部活だった。

 

 

 

 

 

 

「ふえぇぇ……っ」

 

 とはいえ陸上部を見学してたあのときは、もちろんそんなことを考える余裕なんてなくて、ぼくは情けない声をあげながらいろんな「競技」を試していた。

 サーバルちゃんとやった走り高跳び。

 トムソンガゼルちゃんとの短距離走。

 アクシスジカさんに教わった走り幅跳び。

 やってはみたけど、結果は散々だった。やる前からなんとなく分かってはいたけど……。

 陸上部にいる子の多くは1年生クラスのみんなだったからいろいろ話しやすかったけど、その分ぼくは自分のどんくささが気恥ずかしかった。

 

「ごめんね、サーバルちゃん。一緒に陸上部に入れたらって思ったけど、ぼくはこういうのうまくできないみたい」

 

 まわりで楽しそうに部活をやってるみんなを見ながら、ぼくはグランドの片すみにへたり込んでいた。

 

「ううん、こっちこそ、無理につきあわせちゃった?」

 

 サーバルちゃんはちょっと申し訳なさそうに微笑みながら、かがみ腰になって話しかけてくれる。

 でも、そのときぼくは自分のことでせいいっぱいだった。

 

「ぼくはなんの動物なんだろう。よっぽど得意なことのない動物だったんだね」

 

 あんまり恥ずかしいと弱音をはいてしまう。

 

「そんなことないよ」

 

 サーバルちゃんは背筋をのばして、はげますように笑った。

 

「かばんちゃんって、いろんなことに気づくし、ほかの子にないものの見方ができるよね。だからあたし、かばんちゃんといろんな部活を見て回るの、とっても楽しいよ」

 

 思いもよらない言葉。

 たぶんぼくは、学校を仮の居場所だと思ってた。だけどサーバルちゃんはぼくを、最初から学校に通うなかまとして見てくれてた。ぼくよりも、ぼくのことを見ててくれた。

 

「……うん、ありがとうサーバルちゃん」

 

 ぼくはサーバルちゃんを、みんなを見てただろうか。

 そう思ってあらためてグランドを見回すと、どの子も気負いとかがむしゃらさとか、そういうものがないのに気がつく。

 「競技」といっても競いあってる感じがない。みんな好きに体を動かしてる。

 のんびりくつろいでるような子もけっこういる。

 ジャパリまんをくわえてグランドをとことこ歩いてるのは、1年生クラスにいた黒髪のマレーバクちゃんだ。

 

「マレーバクは木登りが好きなんだけど、いつもあんな感じでのんびりしてるんだよね」

 

 サーバルちゃんは笑ってた。

 

「おい、おまえ……大丈夫か?」

 

 そのとき、しゃがみ込んでたぼくへ声をかけてくれたのは、やっぱり1年生クラスのキングコブラさんだった。蛇の子だと分かる大きなフードの下で、凛としたツリ目が心配そうにこっちを見つめてる。

 

「あ、大丈夫です。すみません」

「さっき見てたけど、張りきり過ぎじゃないか? 無理はするなよ」

 

 キングコブラさんがそう言いながら手渡してくれた水筒に少し口をつけて、ぼくはようやく立ち上がった。へたった後の水は美味しかった。

 

「ありがとうございます」

「なにか頼みたいことがあったら、いつでも言っていいんだぞ」

 

 そう言い残し、キングコブラさんはほかの子の様子も見まわしながらグランドを歩いていった。クールな雰囲気とは裏腹にずいぶん親切な子みたいだ。

 

「キングコブラはね、陸上部の部長なんだ。いつも、みんなの体調管理は私の役目だ、って言って面倒見てくれるんだよ」

 

 水が美味しかったせいか、さっきまでの疲れが消えていた。

 

「とうちゃくなのだー!」

「やー、アライさん今日は早かったねー」

 

 グランドの入口から聴き慣れた声がするのを耳にしながら、そのときぼくは、陸上部に入ってもきっと楽しくやれるって思った。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 プールでは水泳部。

 体育館ではバスケットボール部。

 そして学校に流れる川をさかのぼったところでは、アスレチック部が活動していた。

 水泳部では、部長のジャガーさんが楽々と泳ぐ姿にすっかり見とれてた。ぼくは全然うまく泳げなかったけど、部員のフレンズさんたちと一緒に水遊びをするの楽しかった。

 鳥の子たちの「バスケットボール」は、飛びながらボールをコートへ投げる玉入れみたいなもので、想像とは違っていた。副部長のハシビロコウさんの鋭すぎる眼光はちょっと怖かったけど、話してみればすごくいい子で、試しに空からボールを投げさせてくれた。ハシビロコウさんがぼくの体を持ち上げて、飛んでくれたんだ。

 アスレチック部では、アメリカビーバーさんとオグロプレーリードッグさんがつくった木製遊具で遊ばせてもらった。

 

「かばんちゃーん、楽しいねーっ」

 

 サーバルちゃんも大はしゃぎで、ぼくたちは部活選びのことも忘れてた。

 結局どこでも、サーバルちゃんに比べるとうまく動けなかったけど、別にそれでもかまわなかった。ぼくなりにやればなんだって楽しかったから。

 ぼくは部活ってなんなのか、ようやく分かった気がした。

 

 

 

 

 

 

「ね、サーバルちゃん。ぼくも……」

 

 ……部活を見て回るの、楽しいよ。

 ぼくはそう伝えようとした。

 そのときぼくたちは、次の部活を見るために校舎ぞいを歩いていた。

 ちょうど、そのとき。

 

 ――ガン!

 

 近くで、ものすごい音がした。

 なにかがぼくの顔をかすめたらしかった。

 ほほがチリチリするのを感じて、ぼくは腰が抜けた。

 

「ふえぇ……?」

 

 悲鳴をあげるタイミングを逃したまま、ゆっくりまわりを見回すと、すぐ近くの校舎の壁にボールがめり込んでいる。

 

「かばんちゃん! 大丈夫!?」

 

 サーバルちゃんがびっくりして駆け寄ってくる。

 

「う、うん、大丈夫……」

 

 ぼくはサーバルちゃんの差し出す手をつかんで、なんとか立ち上がった。

 ほほに手をやる。

 怪我はないみたいだ。

 

「オ――――イッ!!」

 

 そのとき吠えるような大声が響いて、遠くから駆け寄ってくるふたりの姿があった。

 第2グランドからだ。

 ぼくたちが次に見学しようしていた、野球部のグランドからだった。

 

 

 

 

 

 




>次回:てんこうせい(その3)
 学校じゅうを巻き込む大勝負の末に、かばんちゃんの長い転校初日がようやく幕を閉じます。かばんちゃんが最後に選んだ部活とは……。「てんこうせい」完。
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