光源のない薄暗い路地裏で一人の男が必死に走っていた。腕と脚を必死に振りながら男は時折後方を確認する為に振り向く。まるでそれは何かに怯えるみたいに逃げているようだ。
男はもつれそうになる脚を懸命に動かしながら路地裏を右に左にと駆けていく。静寂だった路地裏に男が蹴っ飛ばしたゴミが壁に当たった事で音が生まれる。それを気にする暇もない位に男は追い詰められていた。
(なんだあいつは。なんなんだ)
男の頭の中で後悔が次々に生まれていく。あれをこうしていれば、あそこはああしていればこのような事態にはならなかったんじゃないか。それは人間誰しもが考える、選択した未来への後悔だが唯一違う点があるとすれば男が今直面している事態は命に関わる事態だという事だった。
男は喰種だった。それも喰種管理局から危険度認定されている程度には腕の立つ喰種。
その日も空腹になったので餌を探しに外へ出て人間を食う予定だった。背後から自慢の赫子でぶっすりと獲物を串刺しにする。そして後は物言わぬ死体になった獲物を咀嚼するだけ。そこまでは順調だったのだ。男にとって不運だったとすればその現場に偶々喰種捜査官であろう三人組が通りかかった事だった。
黒髪の大柄な体格の青年。白髪の頬がこけた妖怪のようにも見える壮年の男性。最後にこの場に似つかわしくない十代後半であろう若い少年。前者二人は銀色のアタッシュケースを手に持っており、それが喰種捜査官御用達であるクインケだという事は一目で分かった。
「おやおや、こんな場所でクズと鉢合わせるとはどうやら神も私達にゴミ掃除をしろと言っているようだね」
「別件で来ましたがこれは見逃せませんね、真戸さん」
アタッシュケースを持った二人が男と見るも無残な死体へと変わった被害者を見ながら会話をする。
男はそれを聞きながらどうするかを思案する。喰種捜査官自体は過去に何度か交戦経験がありそのこと如くを生き延びてきた。だがだからといって自分が強いなどと男は己惚れてはいない。過去の交戦では捜査官とはどれもが一対一だったし、相手の捜査官も階級がそこまで高くないであろう事は理解していたからだ。その経験から男は今この場での勝算を弾きだそうとしていた。
(……大柄の方はいけそうだ、経験もあるだろうがどうにも直情型のような節がある。そこを突いてやれば難しくはないだろう。真戸と呼ばれた白髪の方は……厳しいか、一対一ならどうにかなりそうだが連携されると厄介だな)
勝負か逃げか男が選んだのはそのどちらもであった。ある程度相手をし、大柄の青年の方へ集中的に攻撃をしかけ隙を付いて逃走する。喰種捜査官から幾度も生きのびてきた手練れならではの判断だった。だが男にとってただ一つ気にかかるとすればそれは捜査官二人の後ろでパーカーのポケットに両手を突っ込んでいるまま微動だにしない少年だ。フードのせいでその表情を伺い知る事も叶いそうにない。
(現場に連れて来られた研修生ってところか。彼を上手く使えば楽に逃げおおせれるか?)
「ふん、クズ風情が一丁前に赫子を出して私達とやる気か。いいだろう、貴様の赫子も私のコレクションに加えてやろう」
「真戸さん、本部のデータベースへと照会したところ奴のレートはA〜です。油断は出来ません」
男が自身の赫子を両腕に巻き付けると同時に捜査官二人もアタッシュケースを構え臨戦態勢へと入る。会話をする者がいなくなった事で辺りに静寂が訪れる。男の喰種と捜査官二人は緊張感で張り詰めている空間の中何時でも動けるように注意を相手の一挙手一投足へと向ける。注意を逸らしてしまえば、どちらもが生きて帰られないという事を理解しているからだ。だがその静寂を打ち破る者がこの場にはいた。
「あのー真戸さん、こいつは俺が相手をしてもいいですか?許せないんですよ、人を食い物にしている喰種は」
それは男にとって取るに足らないであろうと思っていた少年の声だった。しかしその内容自体は取るに足らないものではなかった。まるで少年一人で自分を相手にして勝てるような物言いだったからだ。
「うーん、確かに丸手からは君を現場で使えと言われたが相手はクズといえどAレート以上の相手だ。三人で事に当たるのが当然じゃないかね?」
「真戸さんの言う通りだ!一人では危険過ぎる」
捜査官二人も同じ事を思ったようで少年へと捲し立てる。大柄の青年に至っては語気が荒くなっていた。その事から男は自身が判断した、青年は直情型であるという推理が外れてなかった事を確信する。
「亜門さん、真戸さん、確かに三人で戦った方が確実なのは分かってますが俺の戦い方丸手さんに聞いてますよね?正直巻き込まない自信がないんで下がっていてくれた方が助かります」
「しかし!」
「ふー、そこまで言うならやらせてみようじゃないか。亜門君」
「真戸さんまでそんな事を!?彼はまだ未成年ですよ!もしもがあったら―――」
男は三人が言い争っている時にもその言動一つ一つを吟味していく。喰種にとって人間は生きた教本であると知人が言っていた事を思い出す。その人物とは長らく会ってないがその意見には賛同出来るところがあると男は思っていた。喰種には考える事を放棄している者が多いが人間はその考える力によって喰種へと対抗できる武器『クインケ』を生み出したのだ。だとしたらその言動一つ一つにも発した者の人格、教養等様々な情報があると男は考えていた。よって男は相手の行動の意味全てを考えてきた、それ故に男は喰種管理局から危険度認定されるまでにもなったのだ。
「亜門さんは心配しすぎなんですよ、まぁ心配してくれるのは嬉しいですけど」
「ぐっ……分かった。但し危険だと思ったら直ぐ助けに入るからな」
「あざっす」
話が終わったのか、少年が捜査官二人よりも前へと出てくる。そして被っていたフードを取り外した。
そこにあったのはなんて事はない平凡な少年の顔だった、少し逆立った黒髪の短髪に彫りの浅い顔。男はフードを取り外すまで緊張していた自分が馬鹿らしくなった。もしかしてフードの下には歴戦の猛者のような顔が、それこそ喰種捜査官の中でも指折りの実力を持った特等捜査官のような奴が隠れているのではと少年の言動から考えていたからだ。だがそれは自身の杞憂だった事に安堵した。
「子供だとて容赦はしないぞ、こちらも命がかかっているんでな」
「一般人を殺しておいてよく言うよ、あんたは許さない」
警告のつもりで発した言葉だったがどうやら少年の気を逆撫でした様だった。男だって好き好んで人間を殺していない、生きる為に仕方なくやっているだけだ。だけどそれを言い訳にするつもりもない、所詮人間と喰種分かり合えるなどとは思っていないからだ。
少年が閉じていたパーカーのジッパーを下へと降ろす。男の表情が怪訝なものへと変わった。少年の腰辺りに見た事もない機械のようなベルトが巻き付いていたからだ。バイクのレバーの様な物が左右に二つとレンズ、それこそ生き物の顔のように見える奇妙なベルトだった。
「容赦なんてしなくていいよ、あんたは――」
少年が左手で左のレバーを掴みバイクのアクセルのように捻る。
『γ』
ベルトから無機質な機械音声が流れ、辺りに児玉する。
「――殺す、アマゾン!」
少年が叫んだ瞬間その体が蒸気に覆われ一瞬で爆発するように四散した。
男は自身の体に大量の汗が浮かんできた事を感じた。そして少年の姿を見る前に男は本能に従った。古来より動物が圧倒的強者の前にする行動、すなわち逃走であった。男は感じてしまったのだ、今までも多少感じた事はあったが今回は違う。それは明確な―――
(やばい、あれはやばい。捜査官なんて目じゃない位にあいつは駄目だ)
――死の予感だった。
そして話は冒頭へと戻る。男は喰種特有の身体能力を使い必死に裏路地へと逃げ込み、追跡されないよう痕跡を消しながら走っていた。幾ら喰種捜査官がその道のプロと言えど喰種が本気を出して逃走を図れば追ってこられる人間などまずいない。それは喰種捜査官とて変わりはない。
「はぁはぁ、ここまで来れば白鳩でも―――ギッ」
そう、前提として相手が純粋な人間であるならばだが。
前のめりで地面へと顔から倒れてしまい拍子に苦悶の声が滲み出る。男は何故そのような事になっているのか理解が出来なかった、いきなりつっかえ棒を失ったように身体が傾いたからだ。しかし程なくして理由が追い付いてくる。
「ガっ、あ、足がぁああああああ!!?」
膝から下の両脚が消失していた。まるで鋭すぎる刃物に切断されたように断面は綺麗で、余りの鋭さから痛みが遅れてやってきたのだと男は悟った。
膝を手で抑えながら男は自身の消失した両脚を荒い息を吐きながら探す。個人差はあれど喰種ならばたとえ胴体と下半身が切断されようとすぐさま断面同士を付け合わせれば再生する事が出来るからだ。上下左右見渡してある一点で視点が止まる。両脚は路地裏の交差点付近に落ちていた。
(……何故、あんな場所に俺の脚が?)
無事自身の脚が見つかった事に安堵した男だったが、すぐさまそれを疑問が埋め尽くした。
喰種の身体は並大抵の刃物では切断しきることなどまず出来ない、それこそ喰種捜査官の持っている対喰種専用武器『クインケ』ですら物によっては不可能な場合もあるのだ。しかも男は身体の硬さには喰種一倍の自信を誇っていた。赫子のタイプが甲赫なのも作用してなのか自身の身体は並のクインケなど通さない。男がこれまでの捜査官との戦いを生き残ってこれたのも大部分はその硬さのお陰だった。
(……人間、いや喰種の匂いか?)
男は嗅覚が捉えた匂いに反応した。自身の脚がある交差点の直ぐ傍に誰かがいるのを感じたのだ。しかしその匂いがおかしい。人間ならば人間の匂い、喰種ならば喰種の匂い、それらははっきりと区別出来る筈なのだ。だが交差点付近にいる人物の匂いはまるで二つを混ぜ合わせたように歪な匂いを放っていた。
「そこにいるのは誰だ!姿を見せろ!!」
十中八九そこにいる人物が脚を切断せしめた人物だと推測した男は苛立ちにより交差点へと向け声を荒げた。両脚を早々に回復させたいが這いずって取りにいった瞬間を狙われてやられたのではたまったものではない。幸いな事に喰種は脚を切断された位では機動力が落ちる程度で赫子を脚代わりにすれば動けない訳ではない。それよりも件の人物を排除する方がいいと男の直感が囁いていた。
そして交差点にいた人物が姿を現した。
「な、なんだお前。喰種……なのか?」
異様。交差点から現れた人物を表現するならばその一言に尽きた。人間には見えない、かといって男にはその人物が自身と同じ喰種とも思えなかった。男の頭の中で警報が五月蠅い程に鳴り響く。逃げろ、逃げろと逃走本能が頭を埋め尽くす。しかし気付く、それは幾ばくも経っていない先刻にも感じた圧倒的恐怖だと。
「……言った筈だ。あんたは殺すと」
少年の声。それを聞いた瞬間男は腰から生えた二つの赫子を地面へと突き刺し相手へと向かって跳躍した。相手が捜査官と一緒にいた少年なのかは確かめようがない、ただただ男はここで殺さなければ殺されると本能的に感じたのだ。
空中へと身を投げ出した男は限界までRC細胞を活性化させ赫子を巨大化させる。赫子の大きさを自在に変更出来るのが男の最大の強みだった。それも男は甲赫、大抵の捜査官はその巨大化した赫子を突破することが出来ずに命を散らしていった。
「死ねぇぇぇええええ!」
男の赫子が相手を捉える。その時点で男は勝利を確信した。今まで男が苦戦してきた捜査官は甲赫タイプの喰種が苦手な羽赫のように速度重視の戦法をとってくる捜査官しかいなかった。だからまともに自身の赫子を食らって無事でいられるのは特等捜査官や喰種の中でも極めて稀にしかいない赫者位の者だと常々思っていた。
「……は?」
男の口から呆けた声が漏れた。
相手はあの巨大な赫子の嵐ともいうべき中を平然と立っていた。ただ違うとするならば片腕を上げて肘部分についているヒレともいうべきナニかをこちらに向けていた。
理解できなかった、いやしたくなかったのだ。よもや自身の自慢の赫子の半ばから先が消失しているなんて。その切断面は両脚の断面と同じように男には見えた。この相手は肘から腕にかけて突出しているヒレのような物で両脚と赫子を切断したのか?そんな馬鹿なと焦燥が男の頭の中を駆け巡る。
「ヒ…こっちへ来るな、来ないでくれ」
「ターゲット確認」
相手がこちらへ歩いて来るのを見て男は尻餅をついた状態で手で後退しながら命乞いをするが無機質な返答が返ってくるのみ。その無感情な声が男に何とも言えぬ不気味さを感じさせていた。男は赫子が切断されたのを理解して即座に戦法を変えた。相手の油断を突きそこに全戦力をかけると。
「こっちへ来るなぁぁああああああ」
相手が間合いに入った瞬間、男は怯えている振りを解いて片腕にドリル状に巻き付かせた赫子を前へと突き出した。今できる男の全力の抵抗だった。
だが抵抗は虚しく無へと帰した。男の視界が不意にぐらりと傾いていく。なにが起きたのか理解できなかった。傾いていく視界の中相手の顔へ焦点が合う。
「ターゲット沈黙」
フルフェイスの仮面に不気味に光る青色の眼光。それは男にとって自身を刈る死神の姿に見えた。そして視線が地面へと落ちた、そこで初めて首を切断されたのだと男は理解した。これではまるで本物の死神のようだと感じた刹那男の意識は暗転した。
初めまして、Pa10rushと申します。
ハーメルンに投稿事態は初になります、冒頭にも書いた通り笛口ママが可哀想過ぎたので生きているルートも見たいと思って書いてしまいました。
しかも仮面ライダー要素を足して(汗)純粋な原作を見たい方はすいません。でもアマゾンズは特撮だけど大人向けドラマなので是非見てください、作者のお勧めです。但しネット版はちょいグロなのでそういうのに耐性がない人は見ない方がいいです。
投稿頻度としましては多分週一になると思います。