田中太郎 IN HUNTER×HUNTER(改訂版) 作:まめちゃたろう
遠くから僅かに聞こえてくる話し声に刺激され、意識がゆっくりと浮上する。瞼を開けると少し灰色がかった天井が見え、周囲に視線を移すと、光源である丸いランプの横にスープ皿と可愛らしいカゴに入ったバケットが置かれていた。
そのままボーっとランプの光を眺めていると脳裏にじわじわとリーシャンさん……俺より遥か年下に見える師匠に抱き付き、泣き喚いた記憶が蘇ってきた。
「恥ずかしすぎる……っ!」
三十路に足を突っ込んだいい年した男が情けない。いくら安堵したからといってあれはないだろう。
羞恥心で顔が暑くなった顔を枕に押し付け、なんとか忘れようと必死に努力を繰り返すが上手くいかない。
「あーー、もう!」
両頬をパンッと叩いて黒歴史を胸の奥底に厳重に鍵をかけて封印し、勢いよくベットから飛び出す。
泣きすぎたせいで目が腫れぼったく、ヒリヒリする。
顔を洗ってすっきりしようと洗面所に入りジャケットを脱いでYシャツの袖を捲り上げた。
「これ……」
ダナさんに痛めつけられた腕に包帯が巻いてあった。きっと師匠が手当してくれたのだろう。
試しに腕を捻ったり回したり動かしてみるが、あの時の様に激痛が走ることはない。
包帯を少しずらしてみると少し紫に変色していた。
気持ち悪い色だが幸いヒビも入ってなかったようで、この分だと完治はすぐだろう。
包帯を元に戻して蛇口をひねり、何度も勢いよく顔を洗うとだいぶん目の腫れと痛みがましになってきた。
水滴を軽く払い、タオルを手に取り顔を上げると鏡の中の自分と目が合った。
「ん……?」
違和感を感じた。いつもの自分の顔と何か違う。ゆっくり指で顔を上から下へとたどるとつるりとした肌の感触。
――――髭がない?
一つ、違和感を見つけると急速に焦点が合っていく。
目尻や眉間にあった皺はどこにいった? それにこの歯はなんだ……タバコのせいでどんなに磨いても僅かに黄色がかっていたのに、どうしてこんなに真っ白なんだ。
慌ててYシャツの袖を戻すと拳が隠れるくらい長い。ズボンもよく見れば引きずる程余っている。
一歩後ろに下がり鏡に全身を写すと、そこには高校生くらいにまで縮んだ己の姿があった。
子供扱いの原因はコレか……。
肩を落としてふとバスルームの小さな丸窓に目をやると、遠くにある町並みの輪郭がはっきり見えている。
眼鏡が無ければ手元の物さえぼやけていたはずなのに……これはあれか、ネット小説でよくあるトリップ特典というやつか。
もしかして筋力とかも上がってるんだろうか。
とりあえず試してみよう。
結果、腕立て伏せ5回。腹筋にいたっては1回が限界でした……。
どう考えても身体能力特典はない。
「わかってたよ……わかってたんだ」
己の過去を振り返れば当然の結果なのだ。
学生時代から本の虫で完全なインドア野郎だったし、体育の授業はサボれる限りサボっていた。
社会人になってからも運動と言えば家と会社の往復くらい。しかも階段が大嫌いで2階に上がる時でさえ、エレベーターやエスカレーターを使っていた生粋のもやしっ子である。
でも視力なんて眼鏡やコンタクトでどうとでもなるんだから、特典をつけてくれるなら筋力の方がよかったよ……。
どうしよう……この世界を生き抜けるのか自信がなくなってきた。
肩を落としてしょぼくれているとお腹がグーっと悲鳴を上げた。
そういえば起きてから何も食べてなかったのを思い出した。
こんな状況でも食欲が出るなんて俺は意外と図太いのかもしれない。
寝起きに見た食事を思い出しテーブルに近づくと、スープ皿の脇にハンター文字らしき物で書かれたメモが置かれていた。
たぶん俺へのメッセージだろう。ハンター文字が読めないので推測だけど。
食べていいものか少し迷ったが空腹に負け、ラップを外して添えられたスプーンを手に取った。
スープは大きな具がゴロゴロ入ったクリームシチュー。バケットと一緒に口に入れると信じられないくらい美味しかった。
皿を舐める勢いで完食しスプーンを置いた所でノックと共に師匠が部屋に入ってきた。
「体調はどうですか?」
相変わらずの優しい声。
「はい、大丈夫です」
「食事は口にあったようですね。これから飛行船は4次試験会場に到着します。僕の試験はもう終わっているのですが、試験官は最終まで試験に拘束されます」
師匠は向かいの席に座りゆっくりと俺の頭を撫でた。
「最後まで試験について行かければならないというだけで特に仕事はもうありません。タロー君、僕と少しお話しましょうか」
「わかりました」
まるで幼稚園児にでもなったみたいだ。師匠の目には俺は何歳くらいに見えているんだろうか。
気になるが怖くてまだ聞けない。
師匠はいくつくらいなのだろう? 容姿だけ見れば少年の様だけど、言葉遣いは丁寧で雰囲気が落ち着いていて貫禄がある。もしかして念の影響で若く見えているだけなのかもしれない。
「僕に聞きたいことはありますか? 何でもいいですよ」
何でもいいが一番困る……色々あるが、とりあえず切羽詰まったハンター文字かな?
「あの、これが読めなくて」
「崩しすぎて読めませんでしたか? この食事はタロー君の為に用意した物なので気にせず食べてください。それから部屋の外には気が立った受験者も一緒に乗っているので、部屋から出ないようにして下さいと書いてあります」
「あの……この文字が読めないんです。よろしければ教えてもらえませんか?」
「あの本の文字が読めてハンター文字が読めないんですか?」
師匠の目がスッと探るように細まった。
怪しまれるのはわかっていた。でも独学では日本語との対応表なしでは覚えられそうにないし、これも戸籍と一緒ですぐにバレる問題だ。
だったら正直に教えを乞う方がいいと思ったが……手のひらを返されて放り出される可能性もある事に気づいた。
困って言い訳を考え始めると師匠の表情がゆるんだ。
「何を心配しているのかわかりますが、タロー君は僕が面倒をみると決めました。僕は一旦決めたことは覆しませんよ?」
「ありがとうございます!」
「ではまず、読み書きから勉強しましょう」
「はい!」
師匠に拾ってもらえて本当に良かった。
俺はこれから先一生師匠に頭が上がらないに違いない。
それから試験が終わるまで付きっ切りでハンター文字を教えてもらった。
あいうえお順なので読む方は比較的簡単に出来るようになったが、書く方が難しい。書きなれた日本語と違い記号の様なハンター文字は、たった一文字書き取るだけでも驚くほど時間がかかった。
とにかく数を書いて覚えるしかない。
寝る間も惜しんで書き取りをする俺に師匠はずっと傍にいて、丁寧にアドバイスをくれた。
だいたい出来てくると次は文字数の少ない詩集のコピーを渡された。
小学生の教科書に出てくる『さくら、さくら、さくらがさいた』みたいな内容だ。
ハンター文字の横に日本語の書き込みが出来るように、わざわざコピーした物を用意してくれたらしい。
ありがたすぎて涙が出そうだ。
1か月ほどたち、読み書きがほぼ完璧になった頃になってもハンター試験は終わらなかった。
俺が拾われたのは3次試験の時だ。
ここまでかかるものなのかと疑問を投げかけると
「5次試験担当のバカが全員合格とかやらかしたせいで長引いちゃってね」
そう言って笑った師匠は顔は笑っているのに目が笑っていなくて怖かった。
師匠はかなりのイケメンなので怒ると一般人と違って迫力がある。
それから更に数日たってようやく試験が終わった。
まずは買い物に行くと言う師匠に手を引かれ協会近くのデパートに向かった。
「何を買うんですか?」
「タロー君の着替えや身の回りの物です。何も持ってないでしょう?」
「あ、そっか」
飛行船の中ではホテルのように毎日タオルやハブラシやら補充されていたから、すっかり忘れていた。
着のみ着のまま飛ばされたので、服はスーツしかない。試験中は師匠の服を借りて着ていたけどいつまでもそのままじゃやっぱり不都合だ。
師匠の服でも少し引きずるんだよね……。
最低限、寝間着と普段着が2着づつ。それからハブラシに靴下があればいけるだろう。
支払いは師匠持ちなのでなるべく安くそろえたい。
そう思っていたのだが、デパートについた師匠の買い物は凄まじいの一言だった。
金銭感覚が狂っているどころかぶっ壊れているとしか思えない。
値札を見ないのは当たり前で、サイズさえ合っていれば服でも靴でも鞄でも片っ端からカゴに入れていく。
どんどん積み上げられていくカゴに焦ってそんなにいらない、少しあれば着まわすからと止めたのだが、
「お金の事は気にしないように」
とニッコリ笑って取り合わない。
せめてもの抵抗にカゴから商品を棚に戻したりもしたのだが、商魂たくましい売り場店員に邪魔をされ、カゴが床に置かれると同時にレジに運ばれていくようになったので諦めた。
つか、ショッキングピンクのズボンなんて絶対着ませんよ……。
精神が荒むばかりだったデパートの買い物で、一つだけ嬉しいことがあった。
真っ黒な分厚い日記帳を買ってもらったことだ。
「長く使うものですから、自分で選んできなさい」
そう言われて放り込まれた文具コーナーでガラスケースに入った分厚い日記帳に一目ぼれしたのだ。
日記帳の大きさはA4くらい。黒一色の装丁で右下にシルバーの小さな猫が埋め込まれている。デザインも好みだったが、何より気に入ったのが指紋認証キーがついていたことだ。
これになら他に漏らせない原作知識を書き留めておける。そう思った。
会計の時に見えたゼロの数に少し気が遠くなったけれども。
俺の月収3か月分か……。
笑いの止まらない店員さん達に見送られ、ようやく到着した師匠の自宅はヨークシンの郊外に建つ一軒家だった。
「誰にもばれていない家ですから安心ですよ」
若干怖いセリフを聞きながら玄関の扉をくぐる。
心配になったので恐る恐る聞いてみた。
「師匠は誰かに狙われているんですか?」
「僕は古書ハンターですから希少な本をかなり所持しているんですよ。本が好きな人は偏執的な方が結構多いですからね」
それはもしかして、どこぞの団長とか団長とか団長だろうか……。
聞きたいが何で知っているんだと突っ込まれると困るので聞けない。
「タロー君は本は好きですか?」
「大好きです!」
「気が合いますね。では僕の自慢の書庫に案内しましょう」
さらっと話題を変えられた気がするが、書庫と聞くと見てみたくてしょうがない。
案内されるまま2Fへ続く階段を昇るとなんとワンフロア全てが書庫になっていた。
「タロー君も読みたいものがあったら好きに読んで下さいね。ただし読んだ本は元に戻すこと、鍵のかかった本棚には決して近づかないこと。それだけは守ってください」
「わかりました」
「とりあえず何冊か持っていきましょうか。このあたりの物語は比較的読みやすいですよ」
師匠お勧めの本棚で何冊か本を選ぶ。
本は全てジャンル別に分けられ、あいうえお順に並んでいる。傷まないようにブックカバーがつけられ、背表紙には本棚の番号と何段目に入っているかを現す数字を書いたシールが貼ってあった。
うーん、師匠具現化系かな? 神経質で几帳面。この本棚を見るとそうとしか思えない。
師匠に拾われてから1年はゆっくりと時間が過ぎていった。
生活は穏やかそのもので、ハンターの弟子になったとは思えないほどだ。というかハンター世界にいる気すらしなくなってきている。
師匠と出かける時以外はずっと家に籠りっぱなしで外にはほとんど出ない。
たまに仕事で師匠が家を開けるときもあるが、たいていは1週間ほどで帰ってきた。
「お金はありますからあくせく働く必要はないんですよ」
そう、師匠は笑いながら話した。
勉強は古代文明文字や歴史、経済、数学に機器類の操作、プログラムの組み方、果てはハッキング方法まで浅く広く教えてもらっている。
神字を習った時はかなり興奮した。
念のことは一言も話さなかったが、こういう文字もあるんですよとまるで他の古代言語と同じように教えてくれた。
どんな教科でも師匠の教え方は丁寧でわかりやすい。俺の覚えが悪くてイライラする時もあるだろうに常に優しくゆっくりと根気よく教えてくれる
習うこと全てが新鮮で目新しく、毎日が楽しい。
しばらく経ってから俺はいったい何歳に見えるのかと聞いてみたが、
「14歳でしょう」
と凹みたくなるような年齢を返された。
さすがにそれはないと抗議したが、戸籍を14歳で作りましたから14歳で決定ですとびっくり発言をかまされた。誕生日は俺が話した日付になっているらしい。
というか戸籍って作れる物なのか……ハンターの権力すげえ。
師匠の年齢はというと、
「タロー君の3倍以上は生きてますよ。数えてないので正確にはわかりませんね」
更なるびっくり発言が飛び出した。
その見た目で42歳以上……男版ビスケですか。妙齢の女性が聞いたら卒倒しそうだ。
そう言えば、師匠と出会ったハンター試験は第276期だったようだ。ゴンが受けた試験が第287期。
あの試験から1年経っているので今は原作から丁度10年前にあたる。
今の目標は原作キャラを見に行くことだ。いや、だってせっかく飛ばされたんだしやっぱり生で見たいよ。
正直言えば会って話もしてみたいが、それは流石に怖い。
狙うポイントは天空闘技場。ゴン、キルアが確実に見れるのはここだけだろう。 ヒソカもいるが、見向きもされない自信があるので問題ない。
その前はハンター試験にゾルディック、その後は蜘蛛にGI、そして蟻だ。
興味本位で行ったら死にそうな所ばかりだ。
その点、天空闘技場なら心配ない。もし現地に行けなかったとしてもあそこならテレビ中継もあるし。200階以上は追加料金が必要だけど、頑張れば十分払える金額だ。
安全と安心の為に腹筋と腕立て伏せは毎日続けている。空中プロテインはやはり実在したのか、一桁だった回数が夢の3ケタまで出来るようになった。
念の方はとりあえず起床後、就寝前に10分程度づつ点を続けている。
1年たってもオーラの気配すら分からないが気長にやるつもりだ。
まあ、最悪10年後までに使えるようになればいいや。