田中太郎 IN HUNTER×HUNTER(改訂版)   作:まめちゃたろう

3 / 8
第三話 【原作前】

 

「師匠、携帯電話が欲しいです」

「電話はもうありますよ」

 

 いや、そういう意味じゃなくて。心の中で突っ込みつつ、プリントアウトしたヨークシンアルバイト情報を渡す。

 

「生活費くらい稼ごうかなと。ピッキングスタッフか検品スタッフなら俺でも出来そうなので応募したいんですよね」

 

 師匠に拾われて1年と少し。俺の状況を一言で言うならばおんぶにだっこ、衣食住全て師匠に頼り切っている。

 正直、今の状況はぬるま湯に使っている様で心地よいけれども30歳を越えた男がこれじゃいけない。受けた恩は返す目途は立たないけれど、使わせたお金ならば少しづつ返せる。

 

 お金返すのが目的なのに携帯を強請るなんて本末転倒だけど、師匠の家は特殊すぎて1人だと中に入れないのだ。

 多数の罠が張り巡らされているらしく、もし一人で外出することがあったら門の前で待ってなさいときつく言い含められている。勝手に入ろうとすると数秒で死体になるらしい。

 この家はいつからゾルディックになったんだ……。

 

「帰る時に連絡するので」

「なるほど、それで携帯ですか。理由は理解できましたが許可はできませんね」

「どうしてですか?!」

「タローは僕の弟子です。弟子の本分は技術を継承することにあります。アルバイトをする暇があるなら勉強なさい」

「うっ……」

 

 ぐうの音も出ない。全くもって正論である。でも、ここで負けたら独り立ちまでこの状況が続いてしまう。

 新たな言い訳と共に口を開こうとすると師匠の手が遮った。

 

「タロー、よく聞きなさい」

「はい」

「僕は古代文字の専門家です」

「知ってますけど……?」

「大学で講義してくれとうるさい位依頼がきます」

 

 師匠の知識は深く幅広いし、教え方も上手い上にイケメンだ。そりゃ殺到するだろう。簡単に予想できる事実だ。

 一体何が言いたいのか首を傾げていると師匠はニッコリとほほ笑んだ。

 

「僕の講義は1時間3億です」

「はっ?」

「タローは1日8時間講義を受けていますね」

 

 俺の顔が衝撃に染まった。

 

「1日24億……!?」

「ええ、1週間で168億ですね」

 

 あまりの事実に力尽き床に倒れこんだ。

 燃え尽きたぜ……真っ白にな…………。

 どうすんだよ、すでに8千億ジェニーを超えてるよ。

 まあ、俺が金、金とうるさいから諦めさせる為の冗談なんだろうが……ちらりと横目で師匠を見るともうこの話題は眼中にないのか、本を読み始めている。

 やっぱり気にしているのは俺ばかりってことだな。

 うだうだ考えているとふと天啓が下った。

 ほふく前進でにじり寄り師匠と本の間に割り込む。

 

「……師匠、ハンターになりたいです」

「いきなりですね」

 

 怪訝な顔をする師匠に畳みかける。

 

「ハンターになって稼いで師匠に返します!」

「それは構いませんが、受け取りませんよ?」

「わかってます。ですから、師匠の口座をハントするハンターになります!!」

「え?」

 

 珍しく師匠が困惑しているが気にせず腕を組みつつ得意げに考えを披露していく。

 ハンターに必要なもの……武力にハンター証、他にも色々あるけれどもその一つが銀行口座だと俺は思う。

 ハンター達が何かをする度でかい金が動く。一々銀行まで行って下ろして……なんてまだるっこしいことやってられるはずがない。そもそも億以上の金を持ち運ぶなんて不便だ。

 つまり、口座を持ってないハンターなんていない。

 師匠が受け取ってくれないならば口座を調べて無理やり振り込めばいいのだ。

 

「これならどうです!」

「理論は間違ってはいないですが……タローの思考はたまに突拍子もない方向にいきますね。」

「俺はごく普通の思考回路しかもってません」

「普通だったらハンターを目指すはずないでしょう。全く、そんな理由でハンターになりたいだなんて他の志望者が聞いたら激怒しますよ」

 

 こんなふざけた理由はダメか……俺自身は結構真剣なんだけど。

 未練がましく師匠をジッと見つめていると師匠は溜息をついて本を閉じた。

 

「まあ、いいでしょう。夜中にこそこそやっていたようですし」

「ほ、本当に?! ってか、腕立てやってたのバレてたんですか」

「この家の中で僕にわからないことなんてないですよ」

 

 そりゃそうか、円とかあるもんな。

 

 

 

 

「今日はもう遅いからそろそろ寝なさい」

 

 そう言われたが、ワクワクしすぎてなかなか寝付けなかった。

 

 次の日、朝起きてすぐに動きやすいジャージに着替え、師匠の元へ行くとダイニングのど真ん中に素朴な木の机と椅子が置かれていた。

 

「まずはこの机と椅子を修行場まで運んで下さい」

 

 素直に椅子と机を持ち、中庭へ運ぼうとすると待ったをかけられた。

 

「何か忘れ物でも?」

「どうして外に出るんですか。こっちに修行場がありますのでついてきてください」

 

 さすがは師匠、徹底的にインドアである。

 ダイニングを抜け、いつもは使ってない小部屋へ入ると師匠が壁にあるパネルを操作し始める。

 ウィーンと機械音が聞こえ、しばらく待つと床がどんどんずれ階段が出来上がった。

 

「いつもタローが寝た後にこの下で自己鍛錬しているんですよ」

「なんか秘密基地みたいですね」

 

 師匠と話しつつ下に降りるとそこはかなり天井の高い体育館のようなドでかい部屋になっていた。

 書庫と広さも高さも同じくらいなんだそうだが本棚がないのと、照明が眩しいくらい明るいので印象が全然違う。

 しばらくポカンと修行場を見ていた俺だが師匠に椅子を真ん中に持っていくよう声をかけられ我に返った。

 

 軽い準備体操の後、まずは柔軟からと背中を押されたが俺の体は岩のようにガッチガチだった。

 

「痛い! 痛いです!! これ以上曲がらないぃーーーー!!」

「ハハハ、タローは大袈裟ですね」

「違うから! ホントに痛いから!!」

 

 筋が切れるかと思うほど俺の背中を押す師匠の顔は今までで一番輝いていた。俺が痛がれば痛がるほどキラキラしていく師匠の笑顔。絶対ドSの血が入っている。

 柔軟だけで魂が抜けそうになったが、苦難の時間はすぐに終わりようやく修行と相成った。

 

「では端から端まで全力で走ってみなさい」

「はい」

 

 端から端までといってもゆうに200mはある。以前のもやしな俺なら走りきったら息が上がっただろうが、毎日続けた筋力作りのおかげか無様をさらすことはなかった。

 だが――――。

 

「そうですね。今日はまず走り方から勉強しましょうか」

 

 走り方ですか……まずはそこからですか。

 

「タローの走り方には無駄が多い。変な癖がついていますね」

「うぅ……」

「大丈夫ですよ最初からできるような人間はいません。気を落とさず基本中の基本から学んでいきましょう」

 

 そうだよなあ……外で走り回った記憶なんて体育の授業だけだ。それさえこっそりサボっていたし、会社に遅刻しそうな時でも優雅に歩いていた。

 スローモーションのようにフォームを作りながら進み、その度師匠から修正が入る。

 

「地を蹴った足はもう少し上に。腕はこの位置です。そう、そのまま頭を揺らしてはいけません」

 

 その日は1日中、朝から昼食をはさみ夜まで走り方を徹底的に仕込まれた。

 動作がゆっくりだから楽だと思いきや、かなり筋肉にきいている。

 修行が終わった後、気になっていつもやっている腕立て伏せと腹筋を見てもらったが、それも体勢がおかしかったらしい。

 早速正しいやり方でやってみたが、2つとも80回が限界だった。

 俺の1年って何だったんだろう。

 それに追加で足首に錘をつけ椅子に座ったまま足を上げて行うトレーニングも新たに組み込まれた。

 

 初めての修行から1週間は初日の内容の繰り返し。

 準備体操に柔軟、軽く走りながらの走り方の矯正。途中で休憩や食事を挟みつつ最後に筋力トレーニング。

 俺が走ってる時、並走している師匠は歩いてるんけど……マジハンターってどうなってんの。

 しかし時折師匠のドSの血が見えるものの、翌日にひどい筋肉痛になるようなこともなく俺のペースに合わせて鍛えてくれた。

 正直な所、ハンターになる為の本格的な修行と言われていたので血反吐を吐くような修行かと思いきや、内容はそこそここなし易い。

 もちろん、全メニューが終わった後は全身汗だくだけれども。

 

 

 超初心者用メニューが終わる頃には走り方もちゃんとしたものになり、次の段階へ移ることになった。

 次のメニューからようやく基本的な体力作りである。

 いつもの体操柔軟が終わった後、

 

「限界までマラソンしなさい」

 

 そう師匠は指示すると俺が初日に持ってきた机に筆記用具を広げ、お仕事モードに突入してしまった。

 放置っすか……目頭がちょっと熱くなってしまったが、仕事なら仕方ない。

 とりあえず指示通り走り始める。

 走り始めて2時間ほどで額にうっすらと汗が滲んだ。こんなに走れるようになったのか……以前とは全く違う自分に驚く。

 さらに1時間走ると少し息が上がってきた。

 

「全力疾走に切り替えなさい」

 

 マラソンペースだったからこそ3時間耐えれたのである。

 全力疾走ではわずか10分で手足が上手く動かせなくなり、息も絶え絶えだ。

 だが師匠に

 

「だめだと思ったらやめていいんですよ」

 

 そういわれると条件反射でまだ大丈夫だと返事を返してしまう。

 もちろんただのやせ我慢だが、止めていいと言われればつい意地になって続けてしまうのが男の子である。いや、見た目だけだけど。

 結局床に倒れこみ動けなくなるまで走るはめになった。

 

 その後、昼食をとることになったが自力で上まで上がっていけず、抱えて連れて行かれることになり俺の残り少ないプライドは砕け散った。

 

 午後は夕方まで座学の授業。

 内容は俺の希望を入れてか、プログラムやハッキングに関する知識や論文解釈に重点をおかれるようになった。今日の課題は師匠が作ったウィルスを駆逐するアンチソフトを作り上げる事。

 試行錯誤しているうちに3台のパソコンがおしゃかになった。

 嗚呼、数十万ジェニーが飛んでいく……。

 

 夕方以降は筋力作り。

 いつもの3種類各100回を1セットとし、休憩をはさみつつ3セット。

 最後は10分間の瞑想を指示された。

 終わったらもう動く気力もなくシャワーを浴びてベットにダイブ。

 そんなこんなでそれからさらに1年ほどかけて一般人以下のもやしっ子から一般人より少し上程度のレベルまでいくことができた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。