田中太郎 IN HUNTER×HUNTER(改訂版)   作:まめちゃたろう

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第七話 【原作前】

 パドキア共和国西海岸に位置する港街。

 建国当時から海の玄関口として利用されてきたこの街は、近代の発展に伴い鉄道や空港が近隣に整備され、今では世界有数の貿易港として知られていた。

 埠頭には国内各所から運ばれてきたコンテナがうず高く積まれ、岸壁に設置されたクレーンが忙しなく荷を運んでいる。

 

 停泊している幾多の貨物船。その内の一つを預かるこの道40年のベテラン、船員から親父と親しげに呼ばれる船長は、会社から回されてきた書類を前に途方に暮れていた。

 

「親父、どうしました?」

 

 心配になった航海士が問いかけると、船長は無言で持っていた書類を渡す。

 出向前に必ず渡される運行計画書。そのページをめくる航海士の眉根が寄った。

 通常ならば国名が記されるべき場所にはカンマで区切られた数字が並んでいる。

 

「座標……?」

「ああ、そこに持ってけだとさ」

 

 大きな海図を広げ指示された場所を指で追う。

 

「海のど真ん中じゃないですか!」

 

 大声を張り上げる航海士に船長は淡々と返事を返す。

 

「わかってる」

「何かの間違いじゃ? 大至急確認を……」

「もうやった。上は間違えてないの一点張りだ」

「どうやって荷卸しするんです?」

「知らん。受取人がやるそうだ」

「……裏の仕事はごめんですよ」

 

 コンテナの重量は一番軽い物で2t、荷卸しにはトラックかクレーンが必須だ。海上で荷を移すなど非効率だし、意味もない。そんなマネをするなら最初から相手の船がこの港までくればいい話だ。

 出来ない理由は一つしか思いつかない。だが、船長は首を振って否定した。

 

「荷は税関の検査を通ってる」

「じゃあ……」

「わからん。だが行けというなら行くしかない」

 

 船長と言っても海運会社に雇われる身だ。おかしな依頼だからといって拒否できる立場ではない。

 

「エンジンに火を入れろ。さっさと済ませて戻るぞ」

「了解」

 

 肩をすくめて航海士が持ち場に戻ると船長はじっと前を見据えた。

 巨大なコンテナと乗組員の不安を乗せ、貨物船は大海原へ滑り出していった。

 

 

 翌朝、定刻通りに到着した貨物船を待っていたのは船ではなく、波間に漂う2人の少年だった。

 すわ、遭難者かとにわかに甲板が慌しくなり、浮き輪のついたロープが投げられ暖かな毛布が何枚も用意された。

 

 浮き輪を手繰り寄せた黒髪の少年は引き上げる間もなく、するすると器用にロープを伝い甲板へ上がった。

 大丈夫か? 怪我はないのか? そう問いかける乗組員に笑顔を返しながら黒髪の少年はスウェットスーツの隙間からビニールに包まれた書類を取り出した。

 

「荷物を受け取りに来ました」

「荷物?」

「はい、この船で合ってますよね?」

 

 差し出された書類を確認する。

 

「お前が受取人……?! ちょっと待て。船はどこだ? 難破でもしたのか?!」

「船? えっと、言っている意味がよく……荷物はこのまま持っていくつもりですけど」

「船ごと持っていく気か!」

 

 運べと言われたのはコンテナだけだ、船は渡さん。そう荒い息を吐く船長に少年は困ったように首を傾げた。

 

「あの、俺たちだけで運びますから船は必要ないです」

「は?」

「だから、俺たちだけで運ぶんです」

「いや、無理だろ」

「問題ないです。カイト! ワイヤー投げて」

 

 頑丈そうなワイヤーを受け取った黒髪の少年はコンテナのフックにワイヤー引っ掛け、軽々と持ち上げた。

 

「いっくよー」

「いいぞー」

 

 そんな気の抜けそうな掛け声と共にコンテナを海へ放り投げた。

 

「危ねえ!!」

 

 慌てて縁から覗き込むと、カイトと呼ばれた少年は片手でそっと受け止め、海中へ沈めていく。

 

「大丈夫ですよ。彼、頑丈なんで」

 

 そういう問題じゃないだろ。心の中で突っ込みをいれた船長と乗組員を尻目にコンテナは次々投げられ海に消える。

 人外の域にある怪力、もしやハンターなのかと船長が問いかけると少年は肩を竦めた。

 

「まさか! 目指してますけどね。まだまだ未熟な見習いです」

「……み、未熟?」

「ええ、もっと鍛えないと試験合格なんて夢のまた夢です」

「そ、そう……なのか……」

 

 どうやら本気でそう思っているらしい少年は少し落ち込んだ表情を見せた。

 

 やがて全てのコンテナを沈めると2人は海中へ消えていった。

 残されたのは困惑した乗組員だけ。微妙な空気が流れる中、誰かがポツリと呟いた。

 

「親父……」

「なんだ」

「あれでハンターになれないんですか……?」

「らしいな」

「親父……」

「今度はなんだ!」

「あいつら何で浮かんでこないんですかね?」

「俺が知るか!!」

 

 やけくそのような船長の叫びが辺りに木霊した。

 

 

 

 

 

 

 海底に沈んだコンテナを回収する作業は骨が折れた。

 ワイヤーで繋がっているから壁の中から引っ張ればいい。そう安易に試した結果、途中でワイヤーが切れ、最後の数個は暗闇の中、円だけを頼りに探し回るハメになった。

 急がば回れ。先人の残したことわざはやはり正しかった。

 

「疲れたーーーー!」

「タローはいつもそれだな」

「ピンピンしてるカイトがおかしいだけだから」

 

 堅をしながら円を広げるという訳のわからない高等技術を即興でやれされ、オーラも体力も限界に近かった。

 倉庫に運び込んだコンテナの一つを背もたれ代わりにして座りこみ愚痴をこぼす。

 

「お前は堅にオーラを回し過ぎなんだ。あと3割は減らせるだろ」

「あー……」

「組手の時も思ったが、攻撃はともかく防御となると必要以上にオーラを込める癖があるな」

「た、確かに」

 

 否定するには思い当たる節が多すぎた。

 傷つきたくないし、痛いのは嫌いだ。考えるまでもなく、それが原因だろう。

 

「理屈はわかるんだけど、難しいんだよ」

「どこがだ? 相殺すればいいだけだろ」

 

 的外れなアドバイスに乾いた笑みが漏れた。簡単にできれば苦労していない。

 

「円は俺の何倍も広いくせに」

「得意分野だからね。形も自由自在だよ」

 

 そういうと広げたオーラの形を次々に変化させる。

 ハートに星形、猫に犬。最後は羽のはえた馬まで。

 

「ほら見て! ペガサスー!!」

 

 そう言って変化させたペガサスの羽をはためかせると、カイトは額を抑えてうめいた。

 

「そっちの方がよっぽど高等技術だろ……」

「俺にはこっちのが簡単なんだよ」

 

 頭でイメージを作って変われと念じるだけなのだ。たったそれだけ。

 だが、堅の方は違う。これ以上オーラを減らせば相手の攻撃が貫通する。そのギリギリを狙うなんて……目算を間違えたら大怪我するじゃないか。

 

「間違えなきゃいいだけだろ」

「いや、だからさー……」

「2人ともごめーん!」

 

 甲高い声が倉庫内に響いた。会話を中断し扉に視線を移す。

 そこにあったのは一人の女性の姿。よほど急いできたのか、呼吸が乱れ肩で大きく息をしている。

 

「はあ、はあ……遅れちゃって本当にごめん」

「大丈夫ですよ、レインさん。俺たちもトラブルがあって運ぶの遅かったですから」

 

 この女性の名はアメリア・レイン。この発掘事業の補給や国家への手続きなどの事務作業を一手に担っている人だ。

 身長は俺より低く150cmを僅かに超えるくらい。ウェービーな茶色のロングヘアを一つに束ね、いつも目の下にクマを作っているのが印象的な人だ。

 事務作業にかけては右に出る者がいない実力者だがハンターではない。というか以前の俺と同じもやしっ子だ。

 

「今日到着した潜水艦にジャーナリストが潜り込んでたのよー。口止めやら情報ルートの特定やらで時間食ちゃって……」

「アハハ、ご愁傷さまです」

 

 潜水艦。そうなのだ。実は泳いでここに来た人間はジンさんにカイト、師匠と俺だけで、他の人たちはこのレインさんが手配した深海調査用の潜水艦に乗ってきたのだ。

 この話を聞いた時、初めて師匠を殴りたいと思った。

 俺の苦労は何だったのかと……まあ、今ではすっかり泳いで往復する生活になれてしまったが。

 

「これが今月の補給物資ね」

「はい、納品書です」

 

 船長から受け取っていた書類を手渡すとレインさんは素早く注文書と照らし合わせた。

 

「頼んだ分は全部着てるわね。じゃあ、仕分けていきましょうか」

「了解です」

 

 仕分け作業といってもコンテナから物資を出して、食料品は冷蔵庫にその他の物品は種別ごとに並べるだけ。特に難しいことは何もない。

 レインさんの指示は的確で小一時間もすればコンテナの中身はすっかり空になった。

 これで俺たちに任された仕事は終わり。だったはずなのだが……。

 飯でも食おうと倉庫を出ようとした俺の腕にレインさんのそれが絡まった。

 柔らかい感触を肌に感じ、顔に熱が集まる。

 

「ど、どうしたんです?」

「タロー君は行っちゃダメ」

「え?」

 

 もしやデートのお誘いかとぬか喜びした俺に分厚い書類の束が渡された。

 ふ……そうだよな。ええ、わかってましたとも。

 ここに来たばかりの頃、紙に埋もれる彼女を見るに見かねて仕事を手伝ったのだが、それ以来、事あるごとに呼び出されこき使われている。

 

「タロー君がいてくれて本当に助かるわ。一緒に夜明けのコーヒーを飲みましょうね」

「ベットの上なら喜んで」

「そのセリフ、10年早いわ」

 

 口説き文句は軽くあしらわれ、更に書類の束が両腕に乗せられた。

 この量をこなす頃には本当に朝になりそうだ。

 カイトにも手伝って貰おう。そう思って周りを見渡すがすでに逃げたのか、影も形もなかった。

 

「タロー君専用の事務机とパソコンも手配済みよ」

「ぬかりないですね……もちろん、お手伝いさせて頂きますとも」

 

 正直な所、遺跡の調査や古代文字の解読などと違って、役に立てると自信を持って言える分野である。

 雪崩を起こしそうになった書類を抱え直し、素直にレインさんの後ろを追った。

 

 

 

 

 

 

 カタカタとキーボードを打つ音が響く薄暗い室内。時折ライターの着火音が聞こえるくらいで驚くほど静かだ。

 入力が終わった書類を脇へ置き、ディスプレイから顔を上げる。

 凝った筋肉をほぐすために首を軽く回すと関節が小気味いい音をたてた。

 横を見るとこの部屋に入った時から高さの変わらない紙の束が見える。

 

「レインさん、また勝手に乗せましたね……」

「気のせいよ」

「絶対違うと思います」

 

 すでに12時間が過ぎているが解放される気配はない。

 処理する速度より積み上げられる方が早く、終わりが見えない作業に少しうんざりしていた。

 

「一旦、宿舎に戻っていいですか?」

 

 そう願い出ると、レインさんは咥えタバコのまま振り返った。

 

「一緒に地獄を見ましょうよ」

「お断りします」

 

 ハッキリ、キッパリ断ると両手を祈るように胸の前で組み上目遣いでこちらを見つめた。

 

「私を1人にしないで?」

 

 からかわれている、完全にからかわれている。

 わかっているのに谷間に目がいってしまう。

 

「……誤解されるような言い方は止めて下さい。お腹もすいたし、シャワーも浴びたいんですよ」

「マメな子ね。私なんて2日はお風呂に入ってないわ」

「貴方、本当に女性ですか……?」

「タロー君は女に夢を見過ぎ。実態なんて皆こんなもんよ」

「レインさんだけが特殊なんだと思わせて下さいよ……」

「うん、隠してるだけ。また忙しくなったらお願いね」

 

 師匠は解読で忙しく、修行を見てもらえないので手伝うのは一向に構わないのだが、レインさんといると俺の中の女性像がガラガラと崩れていくのが問題だった。

 

 頼みますから、胡坐をかいてタバコを吸うのは止めて下さい。後、仮にも男が同じ部屋にいるんですから化粧くらいして下さい。マジでお願いします。

 レインさん、男だったら完全にオヤジですよ……。

 

 痛む頭を押さえつつ、とにかく許しは貰えたとマウスを操作してパソコンの電源を落とす。 

 だが帰るべく一歩踏み出した所で呼び止められた。

 うんざりした顔を向けるとレインさんはニコリと笑って封筒を差し出す。

 

「帰るついでにジンにサイン貰ってきて」

 

 宿舎とジンさんが入りびたる中心部は正反対の方角だ。どこがついでなのだろうか。

 突き返したい気持ちで一杯だったが相手は女性。憤りを飲み込みながら封筒を受け取り、急いで部屋を出た。

 これ以上用事を言いつけられてはたまらない。

 

 

 手伝いの間に体力はともかくオーラは満タン近くまで回復している。

 足先にオーラを集め建物の間をリズムよく縫って中心部へ向かう。全力で飛ばしたおかげで5分も立たないうちに地面に開いた大穴が見えた。

 壁に取り付けられたライトのおかげで底までくっきりと明るい。

 移動用に設置されたエレベーターへ近づくと、地下に向かう人たちで長い行列ができていた。

 一度に乗れる人数は5人ほど。ざっと見ただけで待ち時間は1時間を切ることはなさそうだ。

 いつもなら素直に並んだだろうが、今はさっさとサインを貰ってご飯を食べたい気持ちで一杯だ。

 列の横を通り抜け、エレベーター側面に手をかけるとそのまま一気に滑り降りた。

 落下速度はぐんぐん上がり、地表が近づく。

 目測100mを切った所で握る力を強め、ブレーキを掛ける。

 

 無事大地に足を降ろすと目前には細長い……所謂オベリスクのような青い塔がひときわ高くそびえ立つ中心部を囲うように並んでいる。

 壁面はデコボコした石材で作られ、泳ぎながらモリで魚を突き刺している人間の壁画がいくつも描かれていた。

 塔の足元では何人もの人たちがチームを組み、小さな刷毛やピンセットで壁画の目地に詰まった砂粒を取り除いている。

 

 気の遠くなるような作業を横目で見ながら歩き、中心部の塔の扉をくぐる。

 辺りを見回し、限界まで円を広げて探してみたがジンさんの気配はなかった。

 

「困ったな」

 

 絶対にここにいる思ったのに……外の作業員に訪ねてみるかと踵を返し、再び扉をくぐった所で上空から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 ハッとして頭上を仰ぐと、円錐形に尖った塔の頂上からジンさんが俺に手招きしていた。

 

「まさか……来いと?」

 

 小さく呟いた言葉は何故かジンさんの耳に届いたらしく、大きく頷いた。

 

「マジか……」

 

 この塔に階段は存在せず、あの場所まで行くには壁を伝うしか方法がない。

 何でこうジンさんが関わると、ありとあらゆる事が命がけになってしまうのだろう? 今回だって書類にサインを貰うだけなのに。

 だいたい、塔に彫られた壁画は学術的に貴重な物だろう。足蹴にしていいはずがない。

 壁を傷つけずに登るとか器用なことは絶対俺には無理だよ……。

 

「まあ、いいか。いざとなったら責任とるのはジンさんだし」

 

 靴を脱いで裸足になり、手足に砂を擦り付ける。滑り止めの代わりだ。

 息を整え、小刻みにジャンプを繰り返し、最後に深くしゃがんで垂直に飛び上って塔へ取り付いた。

 

「うわわわわっ――」

 

 予想より滑る、滑る、滑る。

 四肢に力を入れカエルのように張り付くとようやく落下が止まった。

 一瞬見えた地表にキモが冷えた。

 石と石のつなぎ目に爪を立て少しづつ、だが着実に登っていく。

 途中、爪を引っかけそこねヒヤリとする場面はあったものの、何とか頂上までたどり着いた。

 俺は頑張った。物凄く頑張った。それなのにジンさんの第一声は非道だった。

 

「おっせーな。この程度に30分もかけるんじゃねーよ。次は15分で登ってこい」

「ジンさん……アンタやっぱ鬼だ」

 

 少しは労りの言葉も欲しい。

 涙が枯れ果てそうだ。

 折れそうな心を気合いで補強して懐の封筒を差し出す。

 

「サイン下さい」

「お前……これのために登ってきたのか?」

「ええ、レインさんに頼まれたんで」

「なんだよ、俺はてっきり……」

 

 ジンさんの歯切れが悪い。明日は雨かアラレか、それとも嵐か。

 

「てっきり?」

「中を見に来たのかと思ったんだよ!」

 

 そう言うやいなや、腕を捕まれ塔に向かって放り投げられた。

 何故? どうして? 疑問符が脳内で渦巻き、気付いた時にはもう壁が目前にまで迫っていた。

 受け身を取ることさえできず、ただ衝撃を弱めるためだけに丸めた身体は――

 

「え……?」

 

 壁の中へと吸い込まれていった。

 


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