田中太郎 IN HUNTER×HUNTER(改訂版) 作:まめちゃたろう
通り抜けた瞬間、眩い光が瞳を焼いた。思わず、目をきつく閉じ両手で覆う。
痛い……という程ではないが、薄暗い人工の明かりに慣れた瞳には少しきつい。
手のひらで光を遮りながら薄目を開けると、幻想的な光景が広がっていた。
それほど広くはない室内のど真ん中、空中に浮かんだ丸い物体。それが光の正体だった。
くるくると自転しながら青い壁を、天井を、照らす球体の姿はまるで太陽のようで。
自分が海の上に立っているかのごとく錯覚してしまいそうになる。
非現実的な光景にゲームの世界にでも迷い込んだのかと一瞬、本気で考えてしまった程だ。
「どうだ? すげーだろ」
かけられた声に振り返ると、ジンさんが我がことのように自慢げに胸を張っていた。
罪悪感など全くないようすに呆れながらも頷く。
「これは何なんですか?」
「バーカ、それが知りたいから調べてんだろーが。たぶん、遺跡の心臓部だとは思うが」
苦々しい表情で漏らすジンさんは心底悔しそうだった。
この人でもこんな顔をするのか。意外に思いながら辺りを見渡していると、球体の下に四角い台座があるのが目についた。
近寄って観察すると石碑か何かなのか、表面にびっしりと古代文字が彫られている。
何を目的にした施設なのか、そしてこの文字の意味は。好奇心が湧きあがり、指でそっと文字をなぞった……瞬間、触れた文字が白く光を放ち始めた。
驚いて指を離すと文字は光を失い、元の姿に戻った。
安心してホッと一息をつくが、興奮したジンさんに襟元を掴まれガクガクと前後に揺すられる。
「お前、何やった?!」
「さ、触っただけですよ!!」
「俺の時は何も起こらなかったんだぞ!」
「知りませんよ! ってか、苦しいです。ギブギブ!」
ジンさんの二の腕を強く叩き、抗議するとようやく喉元の圧迫がなくなった。
「……特殊な一族の血でも引いてんのか?」
「ないない」
速攻、手を左右に振って否定する。
特殊と言えば特殊だけど、それを言うならジンさんのがよっぽど特殊だ。
この遺跡に日本的な感性は欠片も感じない。遥か以前に飛ばされた日本人が作ったと言う仮説は無理がありすぎる。
古代ヨーロッパ文明の方がよほど似てるだろう。
俺の返事を聞いたジンさんは口で何事かを呟きながら考え込んだ。
「じゃあ、俺とお前の違いは何だ?」
「さっぱりわからないです」
「うーん……」
空間全体を彷徨っていたジンさんの視線が俺で止まった。
瞳が大きく見開かれたかと思うと頭を思いっきり叩かれた。
「何すんですか!」
「違いあるじゃねーか! 凝してみろ、このバカ!」
言われるがままオーラを集め、ジンさんと己を交互に見つめる。
「あ……っ」
すぐに気付いた。
ジンさんのオーラは垂れ流し、一方、俺のオーラは危険度マックスな状態が続いたため、無意識に練をしていたようだ。
「見てろよ」
そう言うとジンさんは薄いオーラの膜を張った指先で石碑をなぞる。
次々と浮かんでは消える白い光にジンさんの顔も楽しげに輝いていく。
ジンさんが楽しいのは結構だが、ここの文字はまだ解読されていないのだ。
この空間が作られた目的も、文字が表す意味も分からないのに、そこまで弄繰り回していいものだろうか……。
不安にかられ、声をかける。
「ジンさん、そろそろ止めときましょうよ」
「冗談いうな。いいか、もっとよく見てみろ」
そういうジンさんに促され手元を覗きこむ。
同じようになぞっているのに、光る文字と光らない文字があることに気が付いた。
「発光しない文字は恐らく接続詞や副詞みたいなもんだろ。形が4種類しかないだろ?」
「ほんとだ……」
接続詞とは文と文、節と節、句と句、単語と単語を繋ぐ記号だ。『〜だから〜である』みたいな単体では意味をなさない言葉や文字のこと。
やっぱりジンさんは興味があることに関しての知識は凄い。難しい単語がぽんぽんでてくる。聞き役が俺じゃなくて、ゴンだったら確実に頭が爆発してるだろうな。
「つまりだ。発光した文字は品詞ってことだ」
なるほど、何か意味のある文字列ということか。
難航していた解読にはずみがつくな。
「ははあ……じゃあ、師匠を呼んできますね。後、レインさんにも警告しないと」
「リーシャンはともかく、レインは何でだ?」
「だって弄った結果、外の壁がなくなりでもしたら大災害ですよ?」
俺たち4人以外は、壁がなくなれば即死だ。
遺跡はともかく、ここに集まった人たちは各分野のトップも多い。失われるであろう人的損害はとてつもないレベルになるはずだ。
それに、ジンさんの興味ごときで水没して溺れ死ぬとか、死んでも死にきれないに違いない。
「レインさんと相談して待機する潜水艦の数を増やして、作業員の人たちも一旦中断で宿舎に戻ってもらいます。そうだ。万が一の場合のパニックを抑えるための避難訓練も行わないといけないですね……」
「やりすぎじゃないか? 潜水艦だけでいいだろ」
「ダメです。これだけの人数が一斉にパニックを起こしたら、それだけで死人がでます」
「んな根性のない奴らを集めたつもりはねーぞ」
「それでもです」
押し問答を何度も続けた結果、俺が折れる気がないとわかったのか、ジンさんが珍しく両手を上げた。
「好きにしろ」
「そうします」
勝った。
拳をグッと握り、初勝利を密かに祝う。
「準備があるので俺は戻りますね」
「おう、リーシャンを呼ぶのを忘れんなよ」
「わかってます。あ、それと最低でも潜水艦が揃うまでは触るの禁止ですよ」
「……おう」
一呼吸置いた返事に不安になった。
早く、師匠を呼んでジンさんを見張ってもらわなければ……。
封筒を受け取り、宿舎へ急いだ。
■
その後、はやりジンさんの推測通りだったようで、難航するあまり暗かった師匠の雰囲気も生き生きとした物になり、日々着実に解読が進んでいる。
一方、俺はと言えば、安全のための手配や補給が終わった後は、レインさんを手伝ったり、カイトと一緒に深海を探検して未確認生物を発見したり……。
働いて、遊んで、怒って、笑って。
1日中ヘトヘトになるまで動き回り、気づけば夜になっている……そんな毎日。
日がな一日読書に励むだけだった俺が、こんな健康的な日々を送れるなんて冗談みたいだ。両親が聞いたら目をむくに違いない。
――と思考にふける俺へ抗議か、カイトの右ストレートが迫った。
慌てて飛びのいて距離を取る。
「よそ見をするな」
「ごめん」
「随分、余裕だな。なら、もっとスピード上げてくぞ」
「それは勘弁して下さい」
速攻で土下座して許しを請う。
実は今、カイトに修行をつけてもらっていたのだ。応用技や系統別訓練は自主練でも何とかなるのだが、オーラの攻防だけは一人では出来ない。
頭を振って雑念を振り払い、腕を構える。
攻防の練習なので向かってくる攻撃のスピードはそれ程早くはない。
凝でしっかり見極め、必要な分のオーラだけを回している……つもりなのだが。
「お前、ギリギリの意味わかってんのか?」
「わかってますってば……」
やはり多めにこめてしまうオーラにカイトの苛立ちが蓄積していく。
頭ではわかっているのに身体がついていかず焦りがつのった。
思いとは裏腹にどんどん頭と身体の連携は悪くなる一方で……。
攻防組手を初めて1時間も経つ頃には、カイトのイライラは頂点に達した。
「……わかった。タローは攻防よりも、痛みに慣れる方が先だな」
「は?」
いつもとは違う冷たい声色に驚いて問いかけるがカイトは答えず、膨大なオーラを練り上げ始めた。
ピンと張りつめた空気が辺りを支配し、冷汗が背中を伝う。
「本気で行く。無制限一本勝負だ」
「ちょっ!」
一本って何!? そう聞き返す暇もなく、嵐のような拳の連打が襲いかかった。
カイトの本気。そんな攻撃を受け切れるはずもなく、腕が足が、防御に使った部位が悲鳴を上げる。
「カイト……カイトさん! 落ち着こう。俺、死んじゃうよ!?」
「喋る余裕があるなら問題ない」
「いやいやいや、んなわけないでしょ」
問題ありまくりである。
「一本獲ったら終わるんだ。気合い入れろ」
完全に趣旨から外れている。
一本の意味はもしかしたら骨のことなのかもしれない……そんな恐ろしい考えが頭をよぎった。
もう道は一つしかない。逃げるのだ。
脳を必死に回転させて方策を探る。
逃げるには隙を突くしかないが、カイトにそんな物があろうはずもなく、何とかして作り出すしかない。
考える間にも連打の雨が止むことはなく、作戦がまとまった頃には両腕は真っ赤にはれ上がっていた。
作戦名は肉を切らせて逃げを打つ。
これしかない。骨を断つと言いたい所だが、んなマネしたら確実に俺の命が断たれる。
残り少ないオーラで前方にだけ堅を張る。
防御を捨てた脇の部分にカイトの拳が掠り、皮膚が切れる嫌な感触を感じた。が、歯を喰いしばって円を広げる要領で堅の塊を一気に放出した。
迫りくる分厚いオーラの層に流石のカイトもわずかに怯んだ。
その隙を逃さず、後方に1回転。
距離にしてほんの10m。だが、逃げるには十分なはずだ。
「ごめん、カイト」
捨て台詞を残して人気の多い寄宿舎の方角へ飛んだ……はずだった。
「いい攻撃だったな。次いこうか?」
何故か、俺の足首をガッチリ掴んでいる手。万力のように強力なその手は見る見る間に締める力を強めていく。
そのまま力任せに引きずられ、元の場所へと戻される。
俺に出来るのは白旗をあげ、謝り倒すことだけだった。
■
「さっきのはタローの発なのか?」
俺のオーラをボロ雑巾のように絞り取り、ようやく気が晴れたのかカイトが動きを止め、そんな疑問を投げかけてきた。
「違うよ。候補ではあるけどね」
師匠に言われた1年の開発禁止期間はとっくに過ぎた今、欲望を抑えきれなくなった俺はちまちまと暇を見つけては能力開発の実験を行っている。
小説やアニメを元に、役に立ちそうな能力を色々と手帳に書き留めてはいたのだが、実現させるとなると制約が多くなりそうだったり、そもそも実現方法が思いつかなかったりと、いまいち上手くいっていない。
「どんな候補があるんだ?」
「そういうのってマナー違反じゃないんだっけ?」
「いいじゃないか、候補なんだろ? まだ」
「ま、いいけどね」
俺はカイトの能力を知ってる訳だし。
「さっきのは昔見たアニメに出てきた技から考えたやつで、オーラを分厚い壁っぽいものに変化させて身を守る能力」
「お前らしいな」
「お褒め頂き、ありがとう」
「他には?」
続きを促すカイトに手帳の内容を思い浮かべながら、次々と能力候補たちを上げていく。
最初はワクワクとした表情で聞いていたカイトだったが、だんだん険しくなり最後には頭を抱えた。
「お前な……強い能力が欲しいのはわかるが、無茶苦茶だ。特に何だ、サテライトトンボとかいうのは。具現、操作、放出とか系統無視にもほどがある」
いや、実際に未来で作られる能力なんですけど。そう言いたいのをグッと堪え、反論を唱える。
「そこは制約と誓約で何とかならないかなー……と」
「なるわけあるか!」
「ですよねー」
トンボと混じったからこそ出来た能力なのだろう。それにしても、考えた能力を全否定とは酷い。まあ、ほとんどパクリまくった物だけど。
能力の第一条件は、身を守れる力があること。逃げるとか防御するとか、そんな感じだ。
第二条件は、お金を稼げそうな能力であること。
要らないと言われても、やっぱり生活費くらいは返すのが筋だと思っている。
でも念を覚えた今では、会社勤めをする気にはなれないので、出来れば能力を使って食っていきたい。
この条件を話すと、カイトは顎に手をあてて考え込んだ。
「難しい条件ではないと思うが、メインは何系なんだ? 候補とか言うのは系統がバラバラで想像がつかん」
痛い所を突かれ、そっぽを向いた。
「あー……実はさ、俺、自分の系統知らないんだよね」
「はあ?!」
いや、だって師匠が水見式をしようって言ってくれないから。
何故知っているかと聞かれると困るから自分で言い出せる訳もなく、隠れてコッソリやる度胸もなく。ずるずるとそのまま来てしまっている。
「バカだな。お前、本当にバカだな」
「それはもう重々承知しております……」
正座させられ、こんこんと説教を受けさせられる。
もちろん反論や異論があるはずもない
「順序が逆だ。まずは系統を調べて、それから能力だろうが!」
「全く持って仰る通りで……」
「――――ったく、行くぞ」
「どこに?」
「リーさんの所だ。俺が調べてもいいが筋違いだからな」
そう言うとカイトはくるりと背を向けて歩き出した。
慌てて後を追いながら、師匠になんと説明したものか頭を捻った。
■
突然、師匠の宿舎を訪ねた俺たちに師匠は怪訝な顔を隠さなかった。
俺は毎日来ているが、カイトが師匠の部屋まで来るのは相当珍しいので、またトラブルでも起きたのかと思ったらしい。
俺の系統を調べたいとカイトが単刀直入に切り出すと、師匠の目が大きく見開かれた。
「それは構いませんが……いきなりどうしたんです?」
困惑する師匠の答えは至極もっともなことで。
俺は出来ればオブラートを何重にも重ねて柔らかい表現で説明したかったのだが、カイトは俺が系統も調べずに能力開発をやっていたと、言い訳のしようもない事実を話してしまった。
「タロー……」
「す、すいません」
師匠の鋭くなった眼光に、恐怖で身を縮めカイトの影に隠れた……が、許されるはずもなく、師匠の指がソファを指した。
「そこに座りなさい」
説教第二弾の到来である。正座でない分、師匠の方がカイトより優しいが連続は堪えた。
1時間以上に及ぶお叱りを受けた後、精神はどん底まで落ち込んでいた。
いや、俺が悪いんだけどさ。
「タローも反省したようですし、やりましょうか」
ヘロヘロになってソファに崩れ落ちた俺の目の前に、緑の葉っぱが浮かんだガラスのコップが置かれた。
意味を理解した途端、現金な俺の気分は一気に急上昇。顔が緩み、笑顔が零れた。
「お前な……」
呆れたカイトの声も今は気にもならない。
待てをされた犬のようにコップの前で背筋を伸ばし、師匠の命令を待つ。
俺に尻尾があるならぶんぶんと振られていること間違いなしだ。
「さて、何系統でしょうね?」
「俺は具現化がいいです!」
「あのな、希望通りになるとは限らないんだぞ」
「わかってるよ、そんなこと。カイトはどう思う?」
「変化だろ。あのやたら精密な技術から考えて」
「師匠は?」
「タローは放出が苦手ですから……変化か、具現か、特質でしょうね」
「リーさん、一つに絞らないと予想になりませんよ」
「では、弟子の希望を入れて具現にしておきましょう」
「勝った! 2対1!!」
「多数決で決まるわけないだろ」
「俺のこと一番知ってる師匠がそう言ってるんだよ?」
ぎゃいぎゃいと始まった言い合いを師匠が軽く頭を叩いて止める。
「すぐにわかるんですから……ほら、コップに練をしなさい」
ヨシの合図と共に今までにないスピードでオーラを練り上げ、コップへ傾ける。
わくわくとした気持ちでコップをジッと見つめていると、白い塊が次々と水中に浮かんだ。
結果はもちろん――。
「具現化系ですね」
「ヨッシャ――――!!」
願望通りの結果に、盛大にガッツポーズを決めた。
「サテライトトンボはダメだぞ」
大喜びではしゃぎ回る俺にカイトが水を差した。
「わかってるって」
「じゃあ、どんなのにするんだ? あの何とかってポケットか?」
「ポケットとは何です?」
「タローが考えた能力で4次元空間に色んな物を詰める能力だそうです」
「便利そうですが、何故ポケットなんです?」
漫画の設定だからです。とは言えず、適当にごまかす。
こっちドラ○もんないんだよね……。
確かに便利ではあるが、中から未来道具が出てくるはずもない。そう考えるとノブの4次元マンションの方がよほど凡庸性がある。
というか、あれがそのまま欲しいくらいだ。
向こうにいる時の欲しい能力ナンバーワンだったし。ちなみに次点は梟のファンファンクロスだ。
流石に原作をそのまま持ってくると、もし本人に会った時に言い訳のしようがないので、そのまま流用する気はないが。
色々な案が脳裏に浮かんでは消える。
「師匠、質問があるんですけど……」
「何です?」
「具現化と特質が隣り合わせなのは、具現化した物体が特質系の能力を持ちやすいからなんですよね?」
「ええ、操作にも言えますが、具現化が一番その傾向が強いですね。あくまで、具現化した物体に可能な範囲と注釈がつきますが」
「可能な範囲……」
シズクの掃除機が物を吸い込む機能がついているのが当たり前だし、梟の風呂敷も包めて当り前……つまり、俺が欲しい能力が出来て当たり前な具現化物を選べばいいわけか。
とすると――……ピコーンと脳内の豆電球に明かりが灯った。
「いい物を思いつきました!」
「まて」
早速、修行に入ろうと席を立った俺の首根っこをカイトが掴んだ。
こういう所はジンさんにそっくりである。
またもや引きずられてソファに逆戻りさせられた。
「いいか、作る前に必ずリーさんに相談しろ」
「は?」
「は、じゃない。お前1人で作らせるのは不安だ」
どうやら俺の候補がよほど気に要らなかったようだ。候補は候補であって、系統もわかった今、メインの具現化から離れた能力にするつもりはない。
「大丈夫、大丈夫。部屋に行って取ってくるからここで待っててよ。師匠とカイトに反対されたら諦めるし」
「ならいいが……」
不満そうなカイトと裏腹に俺の気分は絶叫調だった。ルンルン気分でスキップをしながら自室がある宿舎へ向かい、持ってきた荷物を漁る。
元々、着替え以外の荷物はそう多くはない。数分で見つけ出したそれを手に大急ぎで元来た道を戻って行った。