「どう?侑哉君、ハンバーグの味は」
「お、おいしいです!」
「そう、良かった。これなら、今日出すハンバーグも大丈夫ね」
おいしそうにハンバーグを食べる侑哉を嬉しそうに見つめている。
1時間前に大学から帰ってきた明日奈は急いで晩御飯を作ってくれた。
カフェ開店まであと30分で、急いで食べなければならないのが残念だ。
「それにしても、直葉ちゃんはどうしたのかしら。今日は一緒に晩ご飯を食べる予定だったのに…」
先に食べ終えた明日奈は心配そうにつぶやく。
両親が共働きで、一日中家を空けることがあるため、その日はここでご飯を食べることになっている。
場合によってはそのまま明日奈の部屋に泊まることだってある。
しかし、今日は体調がすぐれないという理由で断られた。
「誠君、直葉ちゃんに何かあったの?」
「分からない。最近様子がおかしくなって…」
「ああ、その直葉っていうのは…?」
「誠君の幼馴染で、近くに住んでるの。この女の子よ」
カウンターに置かれている写真立てを持ってきた明日奈は侑哉に写真に写っている直葉を見せた。
ちょうどこれは高校受験合格記念のパーティーの時の集合写真だ。
「へぇー、誠君にはこんな可愛い幼馴染がいるのか…誠君はこの直葉ってこの子のことが好きなの?」
「えっ…!ちょ、ちょっと侑哉君!いきなり何言い出すのさ!」
侑哉の突拍子のない質問に、誠は慌てふためき赤面する。
その様子が面白いのか、侑哉はからかうようにさらに言葉を紡ぐ。
「ほぅ、その反応から見るに図星かな?」
「もう!からかわないでよ!」
「ははっ、ごめんごめん……それにしても、直葉さんのことは心配だな、明日辺りにでも様子を見に行った方が良いんじゃないか?俺も付き添うからさ」
侑哉はそう言って、心配そうな表情を浮かべる。
どうやら、先ほど誠をからかったのは彼なりの気遣いだったようで、本題はこちらのようだ。
まぁ、もしかしたら、からかうという目的も半分ぐらいはあったかもしれないが。
「うん、そうだね…」
「そうそう、そうした方が良いって!まぁ、初対面の俺が行っても効果はない気もするけどな…」
侑哉は苦笑しながらそう呟く。
そんな侑哉と誠の様子を見ていた明日奈は笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「ふふっ、ありがとう…侑哉君」
「いえいえ、お礼を言われることではないですよ…俺も直葉さんのことは心配ですし」
明日奈のお礼の言葉に侑哉は少し照れた様子でそう答える。
実際、侑哉からしても直葉のことは心配であり、その様子を見に行くというのは当たり前ではあった。
「…おっと、早くハンバーグを食べないと…こんなにおいしいものを残すなんて勿体ないしな…誠君の言ってた通り本当においしいな!明日奈さんの料理」
侑哉はそう言いながら、次から次へとハンバーグを口に運ぶ。
本当においしそうに料理を食べる侑哉を見ながら、明日奈と、誠は笑みを浮かべた。
「様子を見に行く…か…」
夕食を終え、部屋に戻った誠は先ほど侑哉が言っていたことを思い出す。
幸い、明日は土曜日で学校は休みなうえ、剣道部の予定も入っていないらしい。
明日奈は明日のために、直葉の分のハンバーグも用意してくれた。
「本当に何があって…!?」
気晴らしにカードを見ようとした誠だが、急に本日2度目の頭痛が起こる。
(来た…この感覚、精霊の…!!)
眼を閉じ、痛みに耐えながら流れ込んでくる光景を見るのに集中する。
見えてきたのは駅前にできた新しいネットカフェで、なぜかそこには赤い髪をした、ローブを着た女性のような雰囲気のステージ2の姿があり、やっていることとしたら人を襲うのではなく、ネットゲームだった。
痛みが消え、見えた光景が人が襲われる、物が破壊されると言ったものではないことに誠は疑問を浮かべる。
「ええっと、これって…僕の勘違いなのかな?ステージ2が…ネットカフェで遊んでるって…」
「はぁ?なんだそりゃ!?」
「と、とにかく…相談してみないと…」
判断できない誠はスマホで菊岡に電話をする。
4回コール音が鳴った後で、菊岡が電話に出た。
「もしもし、菊岡さん?結城誠です」
「誠君か。ステージ2のことか?」
「はい、その…ステージ2が…駅前のネットカフェで遊んでいるようで…」
その一言を聞いた後、周囲が静寂に包まれる。
菊岡もまさかステージ2がそのような行動を起こすとは思わなかったようで、どうすればいいか迷っているのかもしれない。
「ええっと…私の聞き間違いかな?その…ステージ2がネットカフェで遊んでいると…?」
「は、はい…」
「うーん、そういうのは初めて見るな…。よし、君は現地へ行って、本当かどうか確かめてみると言い」
「わ、分かりました。それから、もう1つ、今日の調査の結果ですが…」
侑哉とのデュエルからここで晩御飯を食べるまで、誠はすっかりこのことを菊岡に報告するのを失念していた。
簡潔ではあるが、菊岡に馬廻神社のお堂で侑哉が別の世界から転移してきたこと、そして彼はリンク召喚だけでなく、エクシーズやペンデュラムなどの精霊しか使えないはずの召喚法を使っていたことを伝える。
「なるほど…興味深いな。彼も、そしてあのお堂も…。よし、私はこれから同じような事件が起こらなかったか調査をしてみる。明日、時間を見つけて彼と病院まで来てくれ」
「分かりました。失礼します」
スマホを切った誠は念のため、左腕にデュエルディスクを装着する。
そして、1階にいる侑哉に菊岡から聞いたこと、そして先ほど頭痛の中で見た光景を伝えるために降りて行った。
「侑哉君、ちょっと来て!」
「うん?どうしたんだよ急に…」
「聞いてほしいことがあるんだ」
「…わけありみたいだな、わかった…そっちに行くよ」
1階へと降りてきた誠の様子を見て、何かが起きたのだろうと考えた侑哉は誠に促されるまま彼の部屋へと歩を進める。
そして、誠の部屋へと入り、状況の説明を求めた。
「それで、どうしたんだ?何かあったのか?」
「実は――」
そうして誠は先ほど頭痛の中で見た光景を侑哉へと伝えた。
「えっと…俺の聞き間違いか?ステージ2がネットカフェで遊んでるって…?ステージ2って確か、人を襲ったりするんじゃなかったけ?」
誠の話しを聞いた侑哉は誠や菊岡と同じような反応を返す。
実際、侑哉も誠から大まかに精霊の説明を受けていたため、ネットカフェで遊ぶステージ2が居るということに驚きを隠せなかった。
「僕も勘違いかと思ったよ…まさか、そんなステージ2が居るなんて思ってもいなかったし…」
「確かに、精霊について詳しく知らない俺でもそう思うぐらいだしな…誠君からしたら尚更だよな…」
「うん…あ、そうだ!明日、僕と一緒に病院に来てほしいんだけど大丈夫かな?」
自分の見た光景について話した誠は、今度は菊岡から聞いたことを話し始める。
「良いけど…どうして病院に行かなきゃならないんだ?」
「僕の知り合いの人が、用事があるみたいでさ…」
「知り合いの人…?」
「菊岡さんっていう人で、僕に精霊について教えてくれた人なんだ」
「菊岡さん…か」
菊岡の名前を聞いた侑哉は困惑したような様子でそう呟く。
(まさか、菊岡さんまで居るとは…ということはキリトもこの世界に居るんだろうか?)
侑哉はそんなふうに思いながら、続きの言葉を口にする。
「…わかったよ、明日は病院に行くとしようか…それで、ステージ2の方はどうするんだ?」
「僕は今から、現地に向かってさっき見た光景が本当かどうか確かめてくるよ」
「それなら、俺も行くよ…ネットカフェで遊んでるステージ2がどんなやつか気になるしな」
侑哉は楽しげな様子でそう呟く。
実際、ネットカフェで遊ぶステージ2というのは誠や菊岡ですら見たことがないため、どんな精霊なのか見当もつかない。
それ故に、そのステージ2の存在は侑哉の好奇心をくすぐった。
「わかった、それじゃあ案内するから着いてきて!」
「了解!」
そうして、侑哉と誠は目的地へと向かっていった。
誠が見た光景を確かめるために。
馬廻駅にあるVRクラブ馬廻。
最近になって田舎である霧山城市にもネットカフェができてきて、ここは一番最初にできたネットカフェだ。
侑哉には移動手段がないことから、菊岡が手配してくれたタクシーでここまで移動した。
「侑哉君は外で待ってて。ここは身分証明しないと入れないから」
異世界の住人である侑哉は当然、この世界での身分証明書を持ち合わせていない。
仮にその世界のものを使ったとしても、それが有効かどうかは不透明だ。
「分かった。何かわかったら、連絡頼むな」
「うん」
うなずいた誠は外階段を上り、2階にある入り口に入った。
「いらっしゃいませ。会員の方でいらっしゃいますか?」
カウンターの前に立つと、Yシャツの上にサスペンダーをつけた従業員がやってきて、マニュアルの通りに誠達に対応する。
「いいえ」
「かしこまりました。恐れ入りますがご本人様確認をさせていただく必要がございますので、学生証か保険証をお見せいただければと思います」
ためらいなく、誠は学生証を見せる。
「高校生の方ですね…。申し訳ございませんが、K県の条例により、ご利用は午後10時半までとなりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
その後、会員登録を済ませ、オレンジ色の会員カードを受け取る。
そして、席を決めた後で記憶を頼りに中へと進んでいく。
(確か、あの光景では利用しているのは…)
3階に上がった誠は322の部屋の前に立つ。
フルフラットの席で、部屋指定の時に見たパソコンでは確かに使用中になっていた。
この中に、あの光景で見たステージ2がいる。
ゴクリと唾を飲み、誠はドアを開ける。
その中には、あの光景で見たステージ2の姿があり、彼女はヘッドフォンをつけてパソコンで妖精の世界を舞台としたオンラインゲームで遊んでいた。
そのためか、戸を開けた音に気付いていない。
一度戸を閉めた誠はその階にある携帯電話コーナーに入り、そこで侑哉に電話をする。
「もしもし、侑哉君!ステージ2がいた。今、3階の322号室でオンラインゲームをしてる!」
「わかった…俺も今からそっちに行くよ」
「了解、でもどうやってこっちに来るの?」
侑哉はこの世界での身分証明書をもっていないため、誠のようにこの店に入ることはできない。
そのため、侑哉がこの店に入る方法はほとんどない。
入る方法としては侵入という方法が考えられるがリスクが高すぎる。
「大丈夫、考えがあるから」
「考え…?それって不法侵入とかじゃないよね?」
「安心してくれ、そういうのじゃないから…それじゃあ、誠君はそこで待っててくれ」
「…わかった、そういうことならここで待ってるよ」
「あぁ、よろしくな」
侑哉は最後にそう言って、通話を終了した。
「さて、行きますか…うまくいけば良いんだけど」
侑哉はそう呟きながら、店の中へと歩を進める。
「いらっしゃいませ。会員の方でいらっしゃいますか?」
侑哉が店の中に入りカウンターに立つと、従業員が先ほど誠が店に入った時と同じようにマニュアル通りの対応をする。
「いえ、今日はネットカフェを利用しに来たわけじゃないんです」
「…では、どのようなご用件でご来店なさったのでしょうか?」
「実は、ネットカフェに籠ったきりに全然帰って来ない友人がいまして…さすがに、その友人の両親が心配していたんで、俺が迎えに来たんです…友人を説得できたら、すぐに帰るので店に入れて貰えないでしょうか?」
侑哉の発言に従業員は少し、考えるような仕草をしてから、こう答えた。
「…わかりました、そういうことでしたら、どうぞご入店ください」
「すみません、ありがとうございます…!恩に着ます!」
「いえいえ、ご友人の説得頑張ってください」
「はい!ありがとうございます!」
そう言って、侑哉は丁寧にお辞儀をしてから誠の待つ場所へと走っていった。
「侑哉君…!どうやら、うまく入れたみたいだね…」
「あぁ…あの従業員の人、めちゃくちゃ良い人だった!あの人の為にもステージ2が何でここに来たのかを確かめて、必要ならデュエルで倒さないとな…」
「そうだね…ところで、どうやってここに入ったの?」
「それは、後で説明するよ…今はここにいるステージ2について調べるのが先だ」
そう言って、侑哉はステージ2がいる322号室へと向かう。
誠は侑哉がどうやってここに入ったのかを疑問に思いつつもその後に続いた。
「いくよ…?」
「ああ…!」
再びドアを開け、オンラインゲームをしている彼女に目を向ける。
どうやら、オンライン上で仲間と協力しながらボスと戦っているようで、画面に映る金髪のポニーテールで緑と白をベースとした、胸元を強調した服装の少女が彼女の使っているキャラのようだ。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
人がいることから、どうにか穏便に外へ出そうと小声で彼女の尋ねる。
しかし、やはりオンラインゲームに夢中でまったくこちらに顔を向けようとしない。
「そんな声じゃ、聞こえるわけねえだろ!?腕伸ばして、引っ張りだしゃあ…」
「え…うわ!!」
勝手に右手が動き出し、ステージ2の肩をつかみ、引っ張ってしまう。
引っ張られた瞬間、そばに置かれていたコップが傾き、中に入っていたコーラが彼女の膝にかかってしまう。
更にコントローラーを離してしまい、操作できなくなっている間にボスの攻撃が彼女のキャラクターに命中し、ゲームオーバーになってしまった。
「え…今、何が…??」
なぜか右腕が言うことが聞かなくなった、というよりもシャドーの支配下に置かれてしまっていた。
今は自分で動かすことができるが、まさかのことに驚きが隠せなかった。
なお、シャドー自身もこうなるとは思わなかったようで、驚きが隠せないでいる。
「嘘だろ…??」
「マ、マスター…」
後ろにいたレイが怖くなってきたのか、プルプル震えながら侑哉の背後に回る。
「どうしたんだよ?レイ」
「マスター…すっごく、嫌な予感がします!」
「え、ええっと…その…」
結果的に自分のせいでこのようなことになってしまったため、コミュニケーションが取れるかどうかわからないが一言謝ろうとする。
だが、ステージ2はヘッドフォンを外し、ゆっくりと誠に目を向ける。
「…な…」
「え?」
「私のゲームの…私の遊びの邪魔をしたぁぁぁ!!」
ヒステリーを起こしたかのような叫びをあげ、彼女の体が赤黒いオーラに包まれていく。
同時に、誠が念力を駆けられたかのように浮かび始めた。
「な、な、な…」
「私の自由の邪魔をする奴…消えろぉぉぉぉ!!!」
一番敵意が向いている誠はそのまま大きく吹き飛ばされる。
窓を突き破り、そのまま真っ逆さまに落ちようとしていた。
「ちっ…虎の尾を踏んじまったな!!」
「他人事のように言わないでよ!変身!!」
おそらく、こうなった最大の原因であるシャドーに対して抗議するように叫ぶとともに、誠は変身する。
変身したおかげで身体能力が高まり、路上にうまく両足で、衝撃を全身から逃がして着地した。
そして、そこから大きくジャンプして割れた窓からもう1度3階に入った。
「誠君!くっ…!」
誠が窓から落ちた様子を見た侑哉はステージ2の方へと向かう。
彼女は未だに、ヒステリーを起こしていて、近づくのも難しい。
(どうすれば…?うん、あのゲームは…!)
侑哉は視界に入ったゲームに目を向ける、そのゲームに侑哉はどこか既視感を覚えた。
「このゲーム、どこかで見たことがあるような…なぁ、このゲームってどんなゲームなんだ?」
侑哉は彼女へとそう問いかける。
すると、彼女は急に憑き物が落ちたような表情を浮かべて侑哉へと声をかける。
「やって…みる?」
「…えっと、良いのか?」
急に様子が変わったステージ2に侑哉は困惑しながら、そう尋ねる。
「うん…!やり方は私が教えてあげる!」
「そ、そっか…それじゃあプレイさせてもらおうかな…?」
「うん…!」
彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら侑哉の手を引き、部屋へと連れ込んだ。
『マスター…これは一体どういうことなんでしょうか?』
「わからない…だけど、落ち着いてくれたみたいだし、多分大丈夫じゃないかな?」
侑哉とレイはそう小声で会話しながら、部屋へと入っていった。
「そこまでだよ、ステージ2!ってこれは一体…」
それからしばらくして、3階に入ってきた誠の目の前に予想だにしていない光景が広がる。
「へぇー、こんなゲームがあるんだ…操作方法ってどんな感じなんだ?」
「えっとね、これをこうしてっと…ほら、こんな感じ」
「なるほどな、ちょっとプレイしてみても良いか?このゲームがどんな内容なのか気になるし」
「良いよ!」
目の前に広がる光景は何故か、仲が良さそうに侑哉とステージ2がゲームに勤しんでいる光景だった。
一体、自分が来るまでに何があったのかと思いながら誠は侑哉に状況を尋ねる。
「ええっと、侑哉君…これは一体…?」
「見ての通り、ステージ2にゲームについて教えてもらっているところだよ」
「いやいや、それは見ればわかるっての!俺達が聞きたいのは何でステージ2とこんなに仲良くなってるのかってことだ!」
侑哉の答えにシャドーが声を荒げる。
『それについては私から説明します』
侑哉のデュエルディスクから姿を現したレイが説明を始める。
『実は、誠さん達が吹き飛ばされた後、マスターが彼女のプレイしていたゲームに興味を示したんです…そしたら、さっきまでの様子が嘘のように嬉しそうな様子でマスターに自分のプレイしたゲームの操作方法を教え始めたというわけなんです』
レイの説明にますます誠達は困惑する。
さっきまで、ヒステリーを起こしたかのような様子だったステージ2が今では、侑哉にゲームを教えている。
その様子の変わりように驚きを隠せない。
『恐らくですが、このステージ2は誰にも邪魔されずにゲームをしたかっただけなんだと思います…そして、自分のプレイしているゲームに興味を示してくれたマスターには好意的な印象を受けた、ということだと思います』
レイはステージ2の様子の変化をまとめながら、そう口にする。
「なるほど…だから、あんなふうに仲良くなれたんだ…」
誠は侑哉とステージ2の様子を見ながらそう呟く。
事情を知らない他の人が見れば、恐らく、あの二人はただの友人にしか見えない、もしかしたら、恋人同士と勘違いされるかもしれない。
そう思うほどに侑哉とステージ2は楽しげな様子だった。
「…とにかく、これで安全に外に連れ出せそうだね」
誠はそう呟きながら、変身を解除して侑哉達へと近づいていった。
「ああーーー!面白かった!」
時間ぎりぎりまでゲームをしたステージ2は誠達と一緒に満足げに店を出る。
誠の手には2人分のルーム料金及び食事代の領収書が握られていた。
なお、侑哉については友人の説得のために店に入ったという理由からルーム料金は無料になった。
「すごい代金…これ、菊岡さん立て替えてくれるかな…?」
精霊がらみの事件については、誠に経済的な負担がかからないように菊岡がその分の代金を支払ってくれることになっている。
しかし、今回はステージ2と侑哉と一緒にネットゲームだけでなく、漫画や料理まで満喫してしまった。
それプラス自分が吹っ飛ばされたことで壊れた窓の修理代。
その分についてはどう説明するか考えるが、今はその結論は出ない。
「じゃ、次はカラオケ!!カラオケに行こう!!朝まで歌いまくろーーー!!」
まだ満足していないステージ2はもっと遊ぼうと周囲を見渡し、カラオケを探し始める。
「ああ、でももう帰らないと条例に…?」
「条例?んもー、誠君ってこの子の言う通り、どこか真面目で固いわよねー」
「…え?なんで、僕の名前を…??」
「それは…!?」
「いけませんね。《アカシック・マジシャン》、精霊界の掟に逆らってここに来るとは…」
上から声が聞こえ、その声を聞いた彼女の動きが止まってしまう。
「誠…上だ!?」
「上!?」
上を見ると、そこには緑色のバイザーをつけ、白いスーツに身を包んだ男性のステージ2が浮かんでいて、その手には緑色の念動力の球体を握っていた。
「ステージ2が2体!?でも…なんで!?」
あの時の頭痛では、確かに《アカシック・マジシャン》のステージ2の姿しか見えなかった。
あの超能力者のステージ2のことは何も見えなかった。
「ああ…対策として、私についてはプロテクトをかけておいたのだ。それから、私だけを見ていていいのかな?」
「何…うわ!!」
「うわああああ!!」
眼が緑色の光った《アカシック・マジシャン》のステージ2は誠にとびかかる。
そして、彼の首に両手をかけて絞め始めた。
「あ、ああ…!!」
「君ごとき人間に用はない。君の中の精霊から奪われたものを返してもらうだけだ」
「く…るせえ!俺が…何を奪ったって…!?」
誠の苦しみと連動するかのように、シャドーも息苦しさを感じ始めていた。
記憶を失った彼にはそんなことについて皆目見当もつかない。
「くっ…!誠君!《アカシック・マジシャン》!やめろ!」
そう言って、侑哉は《アカシック・マジシャン》へと飛び掛かり、彼女を押し倒す。
その衝撃で、誠は首締めから解放される。
「けほっ、けほっ…シャドー、大丈夫…?」
「あぁ…なんとかな…」
解放された誠はシャドーの安否を確認しつつ、侑哉の方へと視線を移す。
「《アカシック・マジシャン》!目を覚ませ!君はこんなことをする奴じゃないはずだ!この後、一緒にカラオケに行くんだろ?こんなところで油を売ってたら、歌いたい曲も歌えなくなるぞ?」
「う、うぅ…わ、私は…」
侑哉の言葉に《アカシック・マジシャン》がそんな反応を返す。
その様子を見た侑哉は彼女が目を覚ます可能性を感じ、さらに言葉を紡ぐ。
「ネットカフェで一緒に遊べて楽しかったよな、君は色々とネットゲームを知っててさ…久しぶりにあんなにゲームをしたよ、だけど、俺もまだまだ遊び足りないんだ…だから、早く目を覚まして一緒に遊びの続きをしよう!」
「…う、うぅ…侑哉、君?」
侑哉の言葉に《アカシック・マジシャン》は確かな反応を返す。
そのことに侑哉は安堵するが、すぐに、もう一人のステージ2の声が響く。
「まさか…私の精神制御が解けかかっているのか!?厄介な人間だ…先に始末しておこうか」
そう言って超能力者のステージ2は侑哉に向けて念動力の球を投げつける。
「…っ!侑哉君!危ない!」
「え…?」
侑哉に接近する念動力の球にいち早く気づいた、《アカシック・マジシャン》が侑哉を庇うように前に出る。
そして、侑哉に対して放たれた攻撃を自身の体で受け止めた。
「《アカシック・マジシャン》!?大丈夫か?」
「ぐっ…うぅ、よ、良かった…無事だった…」
消え入りそうな声で、《アカシック・マジシャン》がそう呟く。
「ありがとね…私と一緒に遊んでくれて…すごく楽しかったよ…」
そう言って、《アカシック・マジシャン》は満足そうに笑ってから、意識を手放した。
「おい、しっかりしろよ!起きてくれ!」
そう言って、侑哉はすぐさま、彼女が生きているかを確かめる。
(…良かった、呼吸はある…心臓もちゃんと動いてる)
「ふぅ…とりあえずは生きてて良かった…!」
侑哉はそう呟いて、安堵のため息を溢す。
そして、すぐに超能力者のステージ2を睨み付ける。
「な、何だ…この人間は?」
睨み付けられた超能力者のステージ2は目の前の人間の様子の変化に驚きを隠せない。
それもそのはず…彼を睨み付ける侑哉の眼は片方の眼だけが金色に変わっていたからだ。
「これは、一体…それに何だ?このプレッシャーは…」
超能力者のステージ2は目の前の少年の力に底知れぬ恐怖を感じる。
(これが、ただの人間が放つプレッシャーだと言うのか?くっ…これでは少々、分が悪いか)
今の侑哉と戦うのは危険だと判断したステージ2は他の人間に精神制御を施し、侑哉達の元へと向かわせる。
「…っ!侑哉、あれを見て!」
「…これは、どういうことだ?」
誠に促されるまま、その方向に視線を移すと誠に襲い掛かった時の《アカシック・マジシャン》と同じように眼が緑色に光っている人達がこちらへと向かってきていた。
中にはネットカフェの客や店員もいた。
「…なるほど…どうやら、あのステージ2は複数の人間を操ることができるみたいだ…」
「複数の人間を…!?」
「その通りだ…ここは退かせてもらう、君たちは私が精神制御を施した人間達と戦っているといい」
そう言って、超能力者のステージ2は指を鳴らすと、ふわりと《アカシック・マジシャン》のステージ2が宙に浮かぶ。
そして、彼女と共にどこかへと消えていった。
「くそっ、待て!」
「侑哉君…今は、操られている人達をなんとかするのが先だよ!」
「……あぁ、そうだな」
侑哉は悔しそうな表情をしながら、デュエルディスクを構える。
あのステージ2によって操られた人達を元に戻すために。
変身した誠は客の、侑哉は店員の前に立つ。
「「デュエル!!」」
誠
手札5
LP4000
スレイヴA
手札5
ライフ4000
「僕の先攻!僕は手札から魔法カード《テイク・オーバー5》を発動!デッキの上から5枚のカードを墓地へ送る!」
デッキから墓地へ送られたカード
・C.C.ウルフ
・リミッター解除
・C.C.トラッシュ
・くず鉄のかかし
・聖天使の施し
2枚のC.C.が墓地に落ちたが、魔法・罠カードが3枚墓地へ落ちた。
特に、《リミッター解除》が墓地に行ったのは痛いものの、今はそれを気にしている場合ではない。
「そして、手札から《C.C.フェニックス》を召喚!」
C.C.フェニックス レベル4 攻撃1600(2)
「このカードの召喚に成功したとき、墓地からレベル4以下のC.C.1体を特殊召喚できる。僕は墓地から《C.C.トラッシュ》を特殊召喚!」
C.C.トラッシュ レベル4 攻撃500(5)
「現れろ、星を繋ぐサーキット!!アローヘッド確認!召喚条件はC.C.モンスター1体以上!僕は《フェニックス》と《トラッシュ》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!現れろ、《C.C.ガンレオン》!」
C.C.ガンレオン リンク2 攻撃2000(EX1)
「更に、カードを2枚伏せて、ターンエンド!そして、《トラッシュ》の効果。このカードがC.C.リンクモンスターのリンク素材として墓地へ送られたターン終了時、デッキからカードを1枚ドローする!」
誠
手札5→3
LP4000
場 C.C.ガンレオン リンク2 攻撃2000(EX1)
伏せカード1(3)
スレイヴA
手札5
ライフ4000
場 なし
「…ドロー」
スレイヴA
手札5→6
「手札から…《クレボンス》を召喚」
クレボンス レベル2 攻撃1200(チューナー)(1)
「チューナーモンスター…!?」
「手札から速攻魔法…《緊急テレポート》発動…。手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター1体を特殊召喚…。《沈黙のサイコプリースト》特殊召喚」
沈黙のサイコプリースト レベル3 守備2100(5)
「チューナーモンスター…ということは!!」
「洗脳だけじゃなくて、そのデュエリストのデッキも書き換えやがったか!?」
「レベル3の《サイコプリースト》にレベル2の《クレボンス》をチューニング…シンクロ召喚。《マジカル・アンドロイド》」
マジカル・アンドロイド レベル5 攻撃2400(4)
「更に…手札からフィールド魔法《脳開発研究所》を発動…。このカードの上にサイコカウンターを1つ置くことで、1ターンに1度だけ、手札のサイキック族モンスターを追加で召喚できる…」
「更にシンクロ召喚するつもりなら…僕はカウンター罠《オディッセイヤ・カウンター》を発動!僕のエクストラモンスターゾーンにC.C.リンクモンスターが存在するとき、相手の魔法・罠カードの発動を無効にし、デッキに戻す!」
《C.C.ガンレオン》は2丁のくい打ち銃を手にし、それを《脳開発研究所》のソリッドビジョンに向けて発射する。
杭が次々と貫通し、そのソリッドビジョンが消滅すると、スレイヴAはそのカードをデッキに戻した。
オディッセイヤ・カウンター
カウンター罠カード
(1):自分EXモンスターゾーンに「C.C.」リンクモンスターが存在し、相手が魔法・罠カードを発動したときに発動できる。その発動を無効にし、そのカードを持ち主のデッキに戻す。
「バトル…《マジカル・アンドロイド》で《ガンレオン》を攻撃…」
《マジカル・アンドロイド》が杖から緑色のビームを発射する。
「けれど、《ガンレオン》とこのカードのリンク先に存在するC.C.リンクモンスターは1ターンに1度、戦闘・効果では破壊されない!ぐ…!」
《C.C.ガンレオン》は巨大なスパナを盾にして身を守るが、攻撃の余波が誠に及ぶ。
誠
LP4000→3600
「ぐうう…手札から魔法カード《最古式念導》発動…。私のフィールドにサイキック族モンスターが存在するとき、ライフを1000支払うことで、フィールド上のカード1枚を破壊…。《ガンレオン》を破壊…」
《最古式念導》から発射される念導力の球体が《C.C.ガンレオン》の前で爆発し、獅子の姿をした人型兵器が消滅する。
「カードを1枚伏せ、ターンエンド…。《マジカル・アンドロイド》の効果。ターン終了時、私のフィールドのサイキック族モンスターの数×600ライフ回復…」
誠
手札3
LP3600
場 なし
スレイヴA
手札6→2
ライフ4000→3000→3600
場 マジカル・アンドロイド(4)
伏せカード1(3)
「僕のターン、ドロー!!」
誠
手札3→4
ドローしたカードを見た誠はいいタイミングで来てくれたそのカードに感謝しつつ、相手に見せる。
「更に墓地の《テイク・オーバー5》を除外して、カードを1枚ドロー。このカードは僕のフィールドにモンスターが存在せず、相手フィールドに特殊召喚されたモンスターが存在するとき、手札から特殊召喚できる。《C.C.インディア》を特殊召喚!」
C.C.インディア レベル5 攻撃2000(3)
「現れろ、星を繋ぐサーキット!アローヘッド確認!召喚条件はC.C.モンスター1体。僕は《インディア》をリンクマーカーにセット!リンク召喚!現れろ、《C.C.ジ・インサー》!」
C.C.ジ・インサー リンク1 攻撃0(EX1)
「《インディア》の効果発動!僕のフィールドに存在するモンスターがEXモンスターゾーンのリンクモンスター1体のみの時、このカードを墓地から除外することで、墓地に存在するレベル4以下のC.C.2体を効果を無効にし、攻撃力・守備力を0にして特殊召喚する。僕は《C.C.ウルフ》と《C.C.トラッシュ》を特殊召喚!」
C.C.ウルフ レベル3 攻撃1000→0(5)
C.C.トラッシュ レベル4 攻撃500→0(4)
「更に、《ジ・インサー》の効果発動!1度だけ墓地のC.C.1体をこのカードのリンク先に特殊召喚できる。僕は墓地の《ガンレオン》を特殊召喚!」
C.C.ガンレオン リンク2 攻撃2000(2)
「現れろ、星を繋ぐサーキット!アローヘッド確認!召喚条件はC.C.モンスター2体以上!僕は《ジ・インサー》、《ウルフ》、《トラッシュ》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!《C.C.ジェニオン》!」
C.C.ジェニオン リンク3 攻撃2500(EX1)
「そして、手札から装備魔法《スターライト・コード》を《ジェニオン》に装備!《ジェニオン》とこのカードと相互リンクしているC.C.リンクモンスターの攻撃力を800アップさせる!」
C.C.ジェニオン リンク3 攻撃2500→3300(EX1)
C.C.ガンレオン リンク2 攻撃2000→2800(2)
「更に、手札から《C.C.クロック》を召喚!」
C.C.クロック レベル2 攻撃1200(3)
「そして、《ジェニオン》の効果発動!このカードのリンク先に存在するモンスターの数だけ、このカードの上にバリアカウンターを乗せる」
C.C.ジェニオン リンク3 バリアカウンター0→2(EX1)
「更に、バトルフェイズ開始時に《ジェニオン》の効果発動!このターン、このカードはこのカードのリンク先に存在するモンスターの数だけ追加で攻撃できる。《ジェニオン》で3回連続攻撃!アクセルグレイブ!!」
バックパックから出た長刀を手にした《C.C.ジェニオン》はスラスターを噴かせ、高速で相手フィールドに接近する。
そして、そのスピードを維持したまま長刀で何度も《マジカル・アンドロイド》を切り裂き、撃破した。
スレイヴA
LP3600→3500→1000→0
「悪いな、このデュエルは、速攻で終わらせる!」
「「デュエル!!」」
スレイヴB
手札5
LP4000
侑哉
手札5
LP4000
「私の先攻…私は、《クレボンス》を召喚…さらに手札から魔法カード、《緊急テレポート》を発動…その効果により手札・デッキからレベル3以下のサイキック族モンスターを特殊召喚する…私はデッキから《沈黙のサイコプリースト》を特殊召喚…そして、《サイコプリースト》に《クレボンス》をチューニング…シンクロ召喚。《マジカル・アンドロイド》」
マジカル・アンドロイド レベル5 攻撃2400(EX1)
「カードを1枚伏せて、ターンを終了…この瞬間、《マジカル・アンドロイド》の効果、私のフィールドのサイキック族モンスターの数×600ポイントライフを回復」
スレイヴB
手札5→2
LP4000→4600
場 マジカル・アンドロイド レベル5 攻撃2400(EX1)
伏せ1
侑哉
手札5
LP4000
場 なし
「俺のターン、ドロー!まずは、手札から魔法カード、《ナイトショット》を発動!このカードの効果で君の伏せカードを発動させずに破壊するよ!」
ナイトショットの効果により伏せカードが破壊され、消えていった。
「さらに、魔法カード、《閃刀術式-アフターバーナー》を発動!このカードは自分のメインモンスターゾーンにモンスターがいない時に発動できる!フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する!俺は《マジカル・アンドロイド》を破壊する!」
《閃刀術式-アフターバーナー》の効果により《マジカル・アンドロイド》が破壊され、スレイヴの場はがら空きとなった。
「よし、これで準備は整った!俺はスケール1の《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》とスケール8の《EMオッドアイズ・ユニコーン》でペンデュラムスケールをセッティング!揺れろ!運命の振り子!迫り来る時を刻み、未来と過去を行き交え!ペンデュラム召喚!来い!俺のモンスター達!手札から《閃刀姫-レイ》、そして、《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》!!」
閃刀姫-レイ レベル4 攻撃1500(2)
オッドアイズ・ファントム・ドラゴン レベル7 攻撃2500(3)
『お待たせしました!マスター!さぁ、操られている人達を助けましょう!』
「あぁ!いくよ!バトル!まずは、《閃刀姫-レイ》でダイレクトアタック!」
『いきます!はぁぁぁ!せいっ!』
レイは自らの手に握っている刀剣を構え、相手プレイヤーへと斬撃を浴びせる。
スレイヴB LP4600→3100
「ぐぅぅ…」
「そして、《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》でダイレクトアタック!夢幻のスパイラルフレイム!」
レイの攻撃に続き、オッドアイズが相手プレイヤーに渦巻く炎を放つ、そして、その炎は相手プレイヤーに直撃する。
スレイヴB
LP3100→600
「そして、この瞬間!《オッドアイズ・ファントム・ドラゴン》の効果発動!ペンデュラム召喚したこのカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、Pゾーンのオッドアイズモンスターの数×1200ポイントのダメージを相手に与える!俺のPゾーンには2体のオッドアイズがいる、よって、君に2400ポイントのダメージを与える!喰らえ!幻視の力アトミックフォース!」
《オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン》と《EMオッドアイズ・ユニコーン》の力を受けた、《ファントム・ドラゴン》が口に炎を貯め始める。
その炎は徐々に大きくなっていき、その炎を極限まで蓄えてから、それを相手に放った。
スレイヴB
LP600→0
「あと、3人…!?」
「いや、これで全滅だ。《ダンバイン》、《ボチューン》、《ビルバイン》でダイレクトアタック」
残りのスレイヴが菊岡が召喚した3体の昆虫騎士リンクモンスター達の一撃でライフが0になり、左腕にデュエルディスクを装着した菊岡は眼鏡を直す。
「菊岡さん…」
「やぁ、気になってきてしまったよ。それから、君が例の異世界からのお客さん、ということになるかな?だが、その話はあとだ」
菊岡はすぐに操られていた5人の脈と心肺機能のチェックを始める。
「うん…気を失っているだけみたいだ。明日には治る。まぁ、寝ている間にこのことに関する記憶を消しておく必要があるが…」
「記憶を消す…!?なぁ、誠君、これが君の知り合いの菊岡さんなのか?」
「うん、そうだよ…変わった人だけど、多分悪い人ではないと思うよ…多分」
「そ、そうなのか…?」
菊岡の発言に若干の恐ろしさを感じながら、侑哉はそう呟く。
そして、しばらく間を空けてから、さらに言葉を紡ぐ。
「…とりあえずは何とかなったけど、あのステージ2には逃げられたな…《アカシック・マジシャン》も居なくなった…」
「侑哉……あ、そういえば、どうしてあのステージ2は撤退したのかな?」
悔しそうにそう言う侑哉を見ながら、誠はどう声を掛けて良いかのわからず、とりあえず話題を逸らす。
だが、実際、誠にとってもそれが疑問ではあった。
あのステージ2はシャドーに奪われたものを取り戻すと言っていた、だからこそ、一度妨害されただけで撤退するというのは考えずらかった。
「…さぁ、よくわからないけど…俺があいつを睨み付けた時に、すごく驚いた顔をしてたよ…それで、急に撤退したんだ」
「侑哉に睨み付けられて、撤退した…?一体どうして…」
「うーん、俺にもよくわからないんだけど…考えられるとしたら、俺に憑依している精霊か、俺自身に何かあるのかもしれないな…」
「侑哉自身に…」
「…その話しはまた明日にしよう、君達はもう家に帰った方が良い」
侑哉と誠がそんな会話を交わしていると菊岡がそんなことを口にする。
「そうですね…それじゃあ、そろそろ帰ろうか侑哉君…姉さんも心配してるだろうし」
「それもそうだな…明日奈さんに申し訳ないし、早いとこ帰った方が良いな」
「じゃあ…うん?」
誠は《アカシック・マジシャン》がいた場所に目を向けると、そこに財布が落ちていることに気付く。
おそらく、彼女に憑依された人間のもので、これでその人についてわかるかもしれない。
他人の財布の中を見るのは気が引けるが、いざというときもある。
誠は財布を開き、カード入れの中にある学生証を見て、眼を大きく開く。
「桐ケ谷…直葉…まさか!!」
信じられないが、彼女が誠の名前を聞いたこともないのに知っていることを考えると、その結論でつじつまが合う。
「誠君、どうかしたのか」
「…侑哉君。直葉の様子がおかしかった理由がわかった気がする…。《アカシック・マジシャン》が憑依したのは直葉だ…」
「なっ!?直葉って誠君の幼馴染の…あ、でもそうか…だからか…」
誠が口にした言葉に侑哉は誠とはまた違った疑問を解消できた。
自分が何故、あのゲームに既視感を覚えたのか…その疑問が解けた。
あのゲームで《アカシック・マジシャン》が操作していたキャラクターはALO…《アルヴ・ヘイム・オンライン》で直葉が使っていたアバター、リーファにそっくりだったからだ。
そして、ゲームの内容もオンライン上の仲間と協力して戦うというものでもある…だからこそ、既視感を覚えたのだと侑哉は納得する。
「…もし、直葉さんが《アカシック・マジシャン》に憑依されていたのなら、早く見つけて助けないと!…でも、今、彼女がどこにいるかはわからないか……菊岡さん、逃げたステージ2の場所はどれくらいでわかりますか?」
侑哉は自分の考えをまとめながら、菊岡へとそう尋ねる。
「…そうだね、恐らく明日には判明するだろう」
「明日、か…結局は明日になるのか…しょうがない、とりあえず、一旦帰ろう…そして、明日にはあのステージ2を倒して、《アカシック・マジシャン》と直葉さんを助けよう!」
「うん!絶対に助けよう!」
侑哉と誠は互いに覚悟を決めながら、帰路へと着いた。
「…」
家に帰り、風呂に入ってパジャマに着替えた誠はベッドに横になっているが、今日のことがショックだったようで、眠れずにいた。
体を起こした誠は顔に手を置き、首を横に振る。
帰った後、明日奈に事情を聞かれたが何も答えることができなかった。
まさか直葉がステージ2になっていたとは思わなかった。
気晴らしのため、誠はデッキの確認を始める。
机の上にあるカードケースを開け、持っているカードすべてを見る。
それらのカードでコンボを考え、更にどのカードを外し、どのカードを入れるべきかを考える。
だが、今の誠は平常心ではないからか、中々思い浮かばない。
「《ジェニオン・ガイ》…」
菊岡とのデュエルで召喚した《C.C.ジェニオン》のもう1つの姿を頭に浮かべる。
ドロイドとのデュエルではそのカードが出てこなかったにもかかわらず、直葉とのデュエルで出てくるという都合のいい展開を頭に浮かべてしまう。
(駄目だ、駄目だ!そんな都合のいいことなんか起こすものじゃない。自分で起こさないと…)
「ちっ…るせーな、眠れねえじゃねえか…」
「ご、ごめん…分かってるけど…」
そんなふうに誠がシャドーと会話をしていると、トントンとドアをノックする音が聞こえてくる。
「誠君、起きてるか?」
「侑哉君…?起きてるけど、どうかしたの?」
「部屋に入っても良いか?」
「…うん、良いよ」
そう言って、誠は侑哉を部屋へと招き入れる。
もしかして、侑哉も眠れないのだろうかと誠は思いながら、侑哉へと声を掛ける。
「どうかしたの?」
「…誠君の様子が気になってさ、家に帰ってから元気がなさそうだったから…その様子だと相当参ってるみたいだね…まぁ、当たり前だよな」
「うん…まさか、直葉がステージ2になっていたなんて…」
「俺もそう思ったよ…でも、だからこそ助けないと…直葉さんも、そして、《アカシック・マジシャン》も」
侑哉は決意を決めたような表情をしながら、そう呟く。
侑哉にとっては《アカシック・マジシャン》も助ける対象だった、自分と一緒に遊び、仲良くなれた精霊であり、自分を救ってくれた精霊…だからこそ、侑哉は必ず助けると心に決めていた。
「分かってるけど…」
「…何か悩んでるみたいだな…俺で良ければ相談に乗るけど?」
未だに落ち込んでいる様子の誠に、侑哉がそう声を掛ける。
「…相談に乗ってもらえば良いじゃねぇか、このままじゃいつまで経っても眠れねぇぜ」
「う、うん…そうだね…それじゃあ相談に乗ってもらおうかな…」
「あぁ、何でも良いよ…まぁ、俺が相談に乗ってもその悩みが解決するとは限らないけど、少しは気が楽になると思うよ」
「うん…なんだか、侑哉君ってすごいなって思って…」
「俺が…?」
どうして急にそんなことを言うのかと疑問を抱く侑哉に誠はコクリと首を縦に振る。
「異世界に飛ばされたのに、そんなこと気にしないで、目の前の人を助けてる。しかも、憑依している精霊も助けようとしても、僕にはそんな真似ができないよ。それに…」
「それに…?」
「ないんだ。僕には自信とか、覚悟なんて…。この前、姉さんの友達がステージ2になって、一歩間違えたら姉さんたちが犠牲になったかもしれないデュエルをしたんだ。ギリギリで勝てたけど、とても…怖かったんだ」
あの時は本当に薄氷の勝利で、負けた時の光景を考えると、今も手の震えが止まらない。
「…情けないよね…。絶対助けようってさっきは言ったのに…。変身できるようになって、ステージ2と戦ってきたけど、やっぱり僕は…弱虫で臆病者なんだな…」
誠の脳裏にある忘れられない光景が浮かぶ。
森の中で、自分をかばって1人の少年が誰かが召喚したモンスターの攻撃を受け、気が付くとその誰かと共にその少年がいなくなってしまった。
そして、そのことでおびえて彼を助けずに逃げてしまった。
そのことを思い出し、今感じている恐怖を感じていると、自分はアニメや漫画に出てくるようなヒーローや主人公にも、LINKVRAINSで活躍しているプレイメーカーやブルーエンジェル、Go鬼塚のようなカリスマデュエリストにもなれないのだと感じてしまう。
彼らのように自分の意思で戦っているわけではなく、恐怖をどうにかしながら状況に流されて戦っているだけ。
「それは違うよ…誠君、誰だってそんな状況になれば怖いに決まってるよ…俺だって、大切な人達の命が掛かっていたら、絶対に怖がると思う…」
「侑哉君も…?」
「あぁ…だって、自分が一手でもしくじれば大切な人達が犠牲になる…そんなの怖いに決まってる」
侑哉は誠の言葉を聞きながら、自分の大切な人達の命が掛かっている状況を思い浮かべる。
そんな状況で果たして恐怖を覚えないかと言われると、まず恐怖を覚えるだろう。
それも当然だ…自分の手に大切な人達の命が掛かっている、自分が一度でもしくじれば大切な人達を失ってしまう…そんな状況で恐怖を覚えないわけがない。
「今だって、正直怖いさ…俺は直葉さんや《アカシック・マジシャン》を本当に助けられるのかってさ…それでも何とかしなきゃって、そう思って、ここに居るんだ」
「そっか…やっぱり侑哉君は強いね…僕には真似できないや…」
侑哉の言葉に誠はそう呟く。
侑哉は恐怖を覚えながらも、それでも何とかしなければと自分を奮い立たせている。
その事が誠には羨ましかった。
「なに言ってるんだよ…君はとっくにそうしてきたじゃないか…」
「え…?」
「君は、今まで精霊に憑依されている人達を助けてきた…それは、自分しか憑依されている人達を助けることができないから、だからこそ、怖くても自分が何とかしないと、他の人達が傷ついてしまう…そう思って、ずっと戦ってきたんじゃないのか?」
侑哉の言葉に誠は沈黙する。
彼の言う通り、他の人が傷つくことがないように、これまで戦ってきたつもりでいる。
自分が抱えているこわさは自分だけの者ではなく、侑哉も常に感じていた。
だが、侑哉が自分の中の強さを見つけて、認めてくれたことがうれしかった。
「ちっ…ガキ臭いやつら」
『そういうあなたも、誠さんにいつも力を貸してるじゃないですか!』
「うるせえ!こいつがいねえと俺が死んじまうからだ。いつかこいつに憑依していなくても生きられるようになったら、ためらいなくこいつから出て行ってやる!」
「はは…ありがとう、侑哉君。少しだけ…元気が出てきたよ」
「ん…そっか。じゃあ、明日のためにちゃんと寝ないとな」
「うん、お休み。侑哉君」
『お休みなさーい!』
侑哉とレイが部屋を出て、再び静けさを取り戻す。
少しだけ心境に変化が生じたことで、眠気を感じたのか、誠は再び布団の中に入った。
『誠さん、元気になって良かったですね…』
「あぁ、そうだな…」
誠に貸してもらった部屋で、侑哉はレイと会話を交わす。
家に帰ってきてからの誠は元気がなさそうに見えていたため、様子を見に行って良かったと、侑哉は一人安堵する。
『あ、そうだ!マスター!良ければこれを使ってください!』
そう言って、レイは侑哉に1枚のカードを手渡す。
「これは…!新しいレイの姿か?」
『はい!《閃刀姫-ハヤテ》…私の新しい力です!きっと、明日のデュエルにも役立つはずです!』
レイは自信満々な様子で侑哉にそう告げる。
「そっか、ありがとな…レイ!ありがたく使わせてもらうよ!」
そう言って、侑哉は自分のデッキにそのカードを組み込んだ。
『ありがとうございます!マスター!』
「どういたしまして!それじゃあ、俺達も寝ようか…」
『そうですね…お休みなさい!マスター!』
「あぁ、お休み…レイ」
そう言って、侑哉は布団の中に入る、明日の戦いに向けて決意を固めながら。