ノーネーム・ノーライフ~ゲーマー兄妹は箱庭で神話を紡ぐそうですよ?~   作:アウトサイド

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本来、彼らのゲームはそこで終わるはずだった。パーペチュアル・チェック。引き分けという形で神々の大戦を終わらせたゲーマー夫嫁。その世界に輪廻転生という概念はない。だが、もしも別の世界から招待されたら? 
これは、記憶にも記録にも残らなかった神話が紡ぎ、続いていく新たな神話。
“最も新しき神話”へと至る“最初の神話”から派生した“異世界神話”――大人気異世界ファンタジーなんだから、異世界転生くらい余裕でしょ?


番外編
ノーネーム・ノーライフ~ゲーマー夫嫁は異世界に転生したようです~


 好敵手(かれ)が消えゆくところを、その神様は最後まで眺めていた。いや、正確には最後にしか立ち会うことができなかった。彼自身が願い、そして彼とその嫁の信じる心によって生み出されたその少年は、どこか何かを堪えるような無理して作った笑顔を浮かべつつも、そんな彼らの戦いに一人のゲーマーとして。否、一柱のゲームの神様として拍手を送る。

 

「やっぱり君は、君たちはすごいよ。僕とゲームで引き分けたんだぜ? 本当に自分たちの課したルールの中で、この大戦を終わらせた」

 

 誰一人死ぬことなく、命以外のすべてを賭けて。シュヴィ・ドーラの託した願いは、機凱種(エクスマキナ)たちを動かし、コローネ・ドーラがいるからこそ、次に託すことができる。記憶にも記録にも残らない――少年だけが知る“最初の神話”。これから続くゲームの序章、あるいは遠い過去になるであろう出来事。

 

「だから僕だけが覚えていよう、もしかしたら自慢のようにだれかに語るかもしれないこの物語を」

 

 遠い未来、ルールの変わったこの世界で彼らのような人間に出会えるかもしれない。彼に似た青年と、彼女に似た少女を相手に。

 

「いや、それはないかな。あっても僕が語るとしてたらもっと別の子になるだろうね」

 

 彼らに似た誰かに語ったとしてもきっといい顔はしないだろう。どうせ物語るなら、もう少しリアクションが期待できる相手がいい。少なくとも少年にとって、この彼らの物語は神話なのだから。

 最後まで格好良く生きようとして、最後の最後にダサい自分を受け入れ、一手でも食らいつこうとした彼の意地。最後の最後まで諦めずに、そして尽きたあとは夫に託した彼女の心。これら二つは、決して汚してはならない少年の宝だ。

 

「この世界に輪廻転生は――ない。でも、もしかしたら僕のように君たちの物語も続いていることを願うよ。そうだね、例えば――どこかの世界のどこかの神様が君たちを呼び出す……とかね」

 

 まあ、そんなことないけどね。

 でも、そうだね。もしもそうだとしたら、今度こそゲームをしよう。もちろん、勝ちを譲る気はない。

 

 バイバイ、リク・ドーラ、シュヴィ・ドーラ。

 

 

 

 

――――――…………

 

 

 

 

「ううううわあああああああああああああああっ!?」

 

 箱庭上空、遥かな青空のもとでその絶叫は響いていた。白に近い灰を被ったかのような髪色とファンタジーでいう汚れきった冒険者のような恰好。もちろんそれは表現をよくしただけであり、見る人によっては浮浪者のようにも思えてしまう汚れ具合だった。何より、全身に包帯が巻かれており、肌が見えるのは口と右目の周辺、そして()()だけだ。それが余計に彼に対しマイナスの印象を抱いてしまう。

 

 そんな彼、リク・ドーラは現在。理解不能な命の危機にさらされていた。落ちているのだ。まるで上空から真っ逆さまに落とされたように、彼はその身を重力とそれに対する風圧に晒されていた。

 はっきり言ってピンチだ。命の危機というのには、腐るほど、というより全身が焼けただれるほど晒されてきたが、ここまで直接的かつどうしようもない状況に晒されるのは数えるほどだ。

 

 冷えた思考が状況の打破を試みようと視線を周囲に巡らせる。

 

 下――湖。この落下速度では十中八九、死ぬ。論外。

 

 右――なんか女が二人、きれいな服と小動物が印象的だ。無意味。

 

 左――なんか男が一人、ものすごいテンションと子供のような笑顔で喜んでいる。理解不能。

 

 結論、

 

「死ぃぃぃぃぃぬぅぅぅっ!?」

 

 落下速度から言って、水面衝突まで残りコンマ数秒。死を覚悟するとかそういう以前に、死ぬと確信した瞬間だった。

 

「リク!?」

 

 すごく懐かしい声が聞こえた。離れていた時間としてはそう大きな空白ではなかっただろう。しかし、()()()()()()()()()()()の大切な人の声そのものだった。理解と同時に、困惑、次いで怒り。常識的に考えて、リクは彼女に会えるとは思っていない。ゆえに、これは誰かが語る偽物だと判断したのだ。

 

 下――水面。目の前に迫っている。

 右――少女二人は衝撃に備えて目をつむっている。

 左――少年は水浴びでもするかのような勢いで先に水面に突っ込んだ。

 

 では、どこにいる? この声の発信源は――――。

 

「リク!」

 

 上――目には大粒の涙を浮かべ、自分に手を差し伸ばす少女。普段、日常の中でしていたフードはしておらず、そもそもいま服を着ていない彼女は、本来の機械部を晒し、人間でいう裸のような状態で機械めいた翼を生やしていた。

 

 目を疑う。死への恐怖や危機感などどこかに吹き飛び、刹那分の一秒ほどで彼女の存在を認識する。疑念、欺瞞、憤怒、目の前の少女に対するあらゆる負の感情はなく、ただ一言。

 リクは愛する嫁の名を呼んだ。

 

「シュガハッ、ちょっ、おぼれ、あばばばばばば――――」

 

「リクー!?」

 

 訂正、名前を呼び終える前に先に湖に落下した。

 

 そして、少なくとも泳げるような水を見たことも感じたこともないリクは、さっそく溺れかかっていた。とりあえず、少年に救助してもらい、一命は取り留めた。

 

 

 

 

――――――…………

 

 

 

 

「し、死ぬかと思った……」

 

「リク、だいじょぉぶ?」

 

 いまだに無様に這いつくばっている自分の姿に情けなさすら覚えるが、そばにシュヴィがいるという事実に、自然と心がほぐれていく。顔を上げ、少女の顔を眺める。

 

 ああ、大丈夫だ。様々な不安が入り混じる中、喜ぶべきなのか、泣くべきなのか困惑しているその表情。だから、リクは自分の望みを口にした。

 

「笑えばいい。こういうときは、笑ってくれればそれでいい」

 

「――――ん、ただいま、リク」

 

 そうだ。それでいい。この現状に言いたいこと、叫びたいこと、ツッコミたいことなど無数にあるが、今はそれでいい。この少女が、シュヴィが隣で笑ってくれているという事実一つで、リクは生きて思考を巡らせることができる。

 

「あー、そこの二人。とりあえず現状把握のために聞くぜ? 名前は?」

 

 先ほど落下の際、大笑いしていた粗野そうな印象を抱く少年が、遠慮がち――とは違う。遠慮はしていないのだろうが、意外と空気が読めるタイプとでもいうべきだろうか? リクとシュヴィの浮かべる表情から何かを思ったのだろう。気まずい。そんな表情をしながら名前を訊ねてきた。

 

 リクは思考する。ここで名乗るべきは本名でいいのだろうか? と。現状の把握もままならないまま、誰とも知れない相手に名前を晒すなど、愚の骨頂である。名を知れただけで相手を呪うなんてことがあれば、冗談ではすまない話だ。

 

 もちろん、これはあの大戦を生きた人間としては当然の思考だ。しかし、同時にこうも思ってしまった。

 

(ああ、こいつ。多分、平和だったんだろうな……)

 

 そう、浮かべる表情。健康的な肉付きや服装。何より、さっきの歓喜の笑い声。リクは、一瞬でこの粗野そうな少年が、自分と違う世界で生きてきたであろうことを悟った。おそらく、それは相手も同じだろう。だからこそ、どこか気まずそうななのだ。

 

 少年の目はリクの包帯まみれの体を眺めていた。同情的ではない。その感情が侮辱に値することを少年は知っている。ゆえに、彼は畏敬のような表情でリクを見ているのだ。

 

「リク。リク・ドーラだ。こっちはシュヴィ・ドーラ。そんで、お前の名前は?」

 

 悪くない。シュヴィと再会して浮かれているせいだろうか、それとも意外なことに、極めて異例なことに、リクはこの少年のことを悪くないとでも思ってしまったのかもしれない。どこか熱に浮かされたような自分の思考に、どこか苦笑気味になる。

 

「逆廻十六夜。一応、十六夜ってのが俺の名前だぜ」

 

「そうか、じゃあイザヨイ。いきなりで悪いが、俺はシュヴィと現状の把握に努めたい。悪いが、そっちはそっちでそこの草陰に隠れている獣人種(ワービースト)の相手を頼む。このままじゃあ、シュヴィが警戒を解けないからな」

 

「――――へえ」

 

 予想通り、とでもいいたいのか。どうやらイザヨイの中でリクの評価は悪くはないらしい。

 

 さて、では宣言通り、今は嫁との再会を堪能するとしよう。

 

「シュヴィ、俺たち、生きてんだよな?」

 

「シュヴィ、機体破損なし。リク、()()()()()()

 

「そうか」

 

 どうやら、自分は死に損ねたどころか、何者かの手により戻されたようだ。包帯の下には焼けた肌は存在せず、ましてや失ったはずの両腕、視力、生命活動を維持するべき必要な要素がいつかのころに戻ってしまっている。下手をすれば、大戦中のいつよりも調子がいいかもしれない。

 

 そんな現状に反吐が出そうな思いを胸の奥にしまい込む。

 

 しかし、そんな思いも愛する嫁にはバレバレだったようで。

 

「大丈夫。今度は、今度こそ一緒。もう負けない……よ」

 

「――――ああ、そうだな。こちとらもう自分の覚悟(ダサさ)なんざ受け入れてんだ。一手目から全力でいこうぜ」

 

 もう負けない。最後まで勝てなかった人生? だけど、どうやらこの人生(ゲーム)はまだ続くらしい。生まれて初めて見る青空、輝く太陽、呼吸をしても死なない清浄な空気。望んだもの、望んだ世界。腹立たしささえ覚えるほどの清々しさの中、この世界に生きている。

 

To be continued(続きはまた今度)……いいぜ、上等だ」

 

「あの……一ついいかしら?」

 

 黒い髪、赤いリボンをつけた少女が訪ねてきた。どうやら向こうの話し合いもひと段落ついたらしい。三人の中で一番、丁寧の育てられたような印象を抱く少女の視線はシュヴィへと向けられていた。

 

「あなたたちの関係について深く尋ねる気はないけど、その子には服を着せたほうがいいんじゃないかしら? 濡れていないとはいえ、女の子にその恰好は少しまずいでしょう?」

 

「そうでございます! ひとまず我々のコミュニティまでお越しください! 子供向けの服くらいならご用意できます!」

 

「「え、誰?」」

 

 いや、そのセリフを向けるなら先ほどの少女に対してもそうだが、この獣人種に関しては、本当にどちら様という感じだ。確かに話は進めておいてくれとは言ったが、このうさぎについてはもう少し話を聞きたいのだが……。

 

「俺の学ランを貸してやる。今はそれでしのげ。本人も気にした様子はあまりないんだ。簡単な説明だけでもしてやらないとリクも行動には移せないさ」

 

 ガクランといっただろうか? イザヨイは黒い服をシュヴィに羽織らせた。背格好もあってか、普段のフードのように結構なブカブカだ。これはこれでいいのだろうが、なんとなく自分の嫁が他の男の服を羽織っているという現状に、嫉妬のような感情が生まれる。

 しかし、あいにくとリクの服は構造的にシュヴィが着るには面倒だ。

 

(服を手に入れたらソッコー突き返してやる)

 

 リクがそんな思考に陥っているとは知らず、獣人種の女は口を開く。

 

「うぐぐ、理解しました! ですが、十六夜さんたちにした説明を繰り返すのもあれですし、その子もそのままにしておくわけにはいきません。話は道すがら行いましょう」

 

「おいおい、説明を聞く前にお互いやることがあるだろうが。で、お前は誰だ? うさぎの獣人種」

 

「ムッ、確かに自己紹介をしなかったのは礼を失するところですが、黒ウサギはその獣人種というものではございません! 黒ウサギは箱庭の貴族、“月の兎”でございます!」

 

 黒ウサギと名乗った彼女が獣人種を否定した点において、リクは予想をしていた。そもそも、人間に対してこんなにも表情豊かかつ友好的に話しかけてくる獣人種がいるはずがない。しかし、リクが引っ掛かったのは黒ウサギが名乗った“月の兎”という固有名詞だ。

 ほかの三人が無反応な点からして、三人は“月の兎”という名称に聞き覚えがあるのだろう。だが、リクにはそれがない。シュヴィも無反応な点から言って彼女も知らない。つまり、これは自分たちが二人が完全に共通認識の外にいるということになる。

 

(これは、勉強のし甲斐がありそうだな)

 

 リクは生き抜くため、多くを生かすために様々な知識を身に着けた。地精語などの異種族の言葉を理解している。少なくとも人類種(イマニティ)の中ではかなりの知識人であるはずだ。そんな自分の知らない世界、知らない知識。

 このとき、リクはこの世界に対して期待を抱いた。しかし、沈黙していた自分に視線が刺さるのを感じ、顔を上げる。

 

「と、すまない。じゃあ、残りの二人は?」

 

「私は久遠飛鳥よ」

 

「そっちの小動物抱えてる嬢ちゃんは?」

 

「春日部耀。小動物じゃなくて、この子は三毛猫。あなたは?」

 

「リク・ドーラ。こっちはシュヴィ・ドーラ。イザヨイのことを考えると、二人もアスカとヨウってのが名前なのか?」

 

「ええ、そうね。そういう二人は名前からして異国の人間なのかしら?」

 

 異国と言われても、そもそも国も存在せず、集落単位でしか生活できなかったリクにそれに対する答えは持っていない。なるほど。裕福そう、育ちがよさそうだとは思ったが、少なくともここにいる三人はそういう世界からやってきたらしい。

 

「異国って言われてわかんねーが。少なくとも俺()人間だ」

 

「そう、でも言葉が通じてよかったわ。じゃあ、同じ苗字だけど二人は兄妹なのかしら?」

 

 当然の疑問だろう。同じ苗字、親しそうな仲、何よりシュヴィは見た目は少女だ。だからこそ、そのシュヴィ本人がその質問には答えた。

 

「違う。リクと、シュヴィ……夫嫁(ふうふ)

 

「――――な!?」

 

 そしてこれも予想通りの反応だ。さすがにこれはイザヨイも意外だったのか、目を丸くしている。そして言葉の理解とともに女性陣から冷たい視線が刺さるが、そんなことは知ったことではない。シュヴィにプロポーズをしたのはリク。それを受け入れてくれたのはシュヴィ。誇ることはあっても、恥じることではないとリクはシュヴィの頭を撫でた。

 目を細めて喜びを表現をするシュヴィ。

 

「それで? 何か質問は?」

 

「……いえ、私の早とちりだったわ。てっきり幼女趣味か何かの下種な男かと思ったけど、その子は本当に幸せそうだし、詮索する気はないわ」

 

「同じく。少し驚いたけど、私は問題ない」

 

「ヤハハ、俺もだ。で、黒ウサギはどうよ?」

 

「分かりました。そのことについては、黒ウサギも詮索はしません。それに、シュヴィさんも外見通りの年齢ではないようですし」

 

「そうか。まあ、話しても惚気話くらいしか出てこないがな。それじゃ、自己紹介も終えたことだし、道すがら話を聞いてやるよ、黒ウサギ」

 

 そういってリクはシュヴィと手をつなぎながら歩きだす。この世界で新たな生を手にしたリクは、これからのことを考える。何が起きているのか、何が起こるのかわからない。だけど、一つ言えることがある。

 

「生きていて――よかった」

 

 あの世界のことを思うと、考えることは多い。だが、あのゲームはすでに決着がついている。引き分けという、最後の最後までダサい勝負(じんせい)だったが、それでもゲームは終わった。あとは姉であるコロンが何とかするだろう。

 

 託すべきものは託した。だったら次だ。

 

 今、隣にシュヴィがいる。これから新しい人生が始まる。

 

 愛しい嫁と、そしてどうやら今度はまた新しい仲間がいるようだ。

 

「そうだな。シュヴィ」

 

「うん」

 

「「さあ、人生(ゲーム)を続けよう」」

 

 それは、奇しくもゲームの神様が告げた言葉。これはゲーマー夫嫁が紡ぐ“異世界神話”である。

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