高町なのはバース   作:たくやんか

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私の好きって気持ち・後編

 思えば、入学式のあの日から私の心はこの人にずっと向いていた。窓越しのあの声と笑いかけてくれた顔。繋いでくれた手と佇んでくれた体。

 きっと、それが私…高町なのはの想いを遂げたい一番の人になっていた理由なんだろうって。

 それから、色々あって今日まで何も言わなくて、ただこの人の音を聞き、声を聞き、話しかけられたら嬉しく笑い、ただこの時間が続けばいいなって思ってた。一歩先に行くのが怖かったんだろう。

 

「先輩、お疲れ様です」

 

 その言葉に、いつものように笑い、私を嬉しくさせる。

 

「ああ。お疲れ様、高町」

 

 ピアノの上に楽譜。周囲に鞄。

 見慣れた光景。

 私の知っている景色。

 先輩はいつもここから始めている。

 

「練習、今からですか?」

「うん。毎日弾かないとね。感覚が鈍っちゃうんだ。僕は天才じゃあないからね」

「大変ですね」

「そうかな。当たり前だよ。高町はいいのかい?練習、部活の」

「これから行きますよ。今日は、先輩に大事な、はい、聞きたい事があって来ました」

 身に覚えがないという顔に似ている姿を見せる。突然言い出された台詞に少しの戸惑いを見せる。自分の後輩が、この約2年に様々な思いでを作った後輩から何を言われるのか分からない。そうした感情を刹那に脳が感じとり、反射で出来た表情だ。微笑と共に首を微かに傾ける事をした。

「聞きたい事?」

「はい」

「なんだい?」

 人に話を聞いてもらいたい人(・・・・・・・・・・・・・)ならば、察しがいいので、それが海外留学の話だってすぐ気づくだろう。

 けれど、先輩は聡明な癖にこういう時はあまり気づかない。気づいていてわざととぼけるような人もいるが、その類いではない。時々、俺様系のように強引な行動や言葉を話す時もあるけれど、今日はその日ではないようだから、だから私の方から話し出す。

「聞きましたよ。海外留学の話。ドイツに行くそうじゃないですか」

 ハッと気づいた先輩は、その話か…というように困ったような顔をして、手を当てた。その仕草が私の目には綺麗に写る。

 何を言うべきか、と考えた時間は数秒。

「…うん。留学って言っても卒業後の話だよ。義務教育が終わってからさ」

 ああ、そうか。私もうっかりしていた。今すぐじゃないんだ、早とちりじゃないか、てっきり一ヶ月とか2ヶ月後にすぐ行ってしまうもんだと思ってた。

 私達はまだ中学生だ。将来の進路を決めるなら、日本にいるんだから、最低限中学校卒業しないと、それはそうだ。

「ドイツにね、ロベルトっていう僕の小さい頃からの憧れの人がいるんだよ。友達みたいな気さくな人なんだけど、一流の腕を持っていて、楽しく弾いてくれる。好きな事を教わるなら、この人しかいないって思ってる」

 熱愛なんだね。妬けるなあ。入り込む隙間あるかなあ。

「やっぱり、先輩は音楽が、ピアノが大好きなんですか?」

 私の事は好きですか?

「うん。大好きだ」

 そうなんだね。ああ、分かってる。止められない、切ないけど、これは止められない事なのだ。それを確信すると、先輩が真剣な眼差しで私を見つめる。真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ見つめる。

 

「一生の仕事にしたいと思っている」

 

 先輩、先輩、先輩!私達、まだ中学生なんですよ。遊んだり、青春したり、無茶をしたりでまだまだ出会ってない事がいっぱいあるんですよ。もう、もう!もう決めちゃうんですか?音楽とピアノと添い遂げますと、浮気も無しの一途な思いなんですか?言ってしまうんですか?(行ってしまうんですか?)

「指もね、そんなに長くないし広がりにくいから、どれだけ弾けるかな?正直、世界的なピアニストって奴にはならないと思う。でもね、ピアノに没頭している時間はとても楽しくて、何だか気持ちよくて、それを聞いてくれる人が、聞いてくれる時間が大好きなんだ」

 

「ロベルトに教えてもらいたい。もっともっとずっとピアノを弾いていたい。そして、聞いてもらいたいんだ。高町みたいに聞いてもらいたいんだ」

「私、ですか」

「何時も僕の音を聞いてくれてありがとう。嬉しかった」

 不意打ちだ。何を言うのか。告白前に告白してきたんじゃないかってものだ。困りますよ、先輩。きっと今、私顔赤くしてますよ。

「そんな。私、先輩のピアノ好きですから。そんなお礼なんてとんでもないです」

「それでも、ありがとう」

 分かってる。先輩のこれは、聞いてくれる全ての人に言う感謝の言葉だろう。私一人に向けた大切な言葉ではないんだろう。勘違いしちゃうような感謝の言葉だ。恋じゃあない。

「先輩は凄いですね。もう決めちゃうんですから」

「高町?」

「私には将来の夢とか何もありません。どうしたいかとか何をしたいとか、まだありません。ソフトボールも今面白いですけど、将来ずっとやりたい事かっていうと、違うと思います。高校生になったら、別の事しているかもしれませんし、お仕事なんて、想像もつかないんです。だから、今決められるなんて尊敬します。先輩凄いですよ」

「高町…」

 そう、お姉ちゃんもそうだ。凄いと思う。

「凄いか。僕は小さい頃からのものだから、今決められてるだけだよ。時間がずれてるだけだ。高町が将来の事で悩んでるなら、まだこれからだよって言う。今すぐじゃなくたって言う。誰にでも相談出来るし、決められるんじゃないかな。僕は行くよ、ってだけの話だ」

 はい、それはもう分かってます。

 色々な可能性が私にあるなら、ゆっくり見つけてみようと思っています。だから、私は今大切な気持ちを、今一番伝えられる想いを、あなたに届けたい。私も決めました。

 

「先輩、あのですね」

「うん」

「先輩、あのですね」

「うん」

「先輩、実は今よりもっと、大事な事を言いたいんです」

「もっと、大事な事?」

 宝石桜が咲くのは2週間後。私は皆に手伝ってもらって、そこに辿り着く。言うのだ。言うって頑張れ、私。

「2週間後、失われた丘の宝石桜の前、朝の9時にそこへ来てください。お願いします!」

 私は真剣に言った。お願いです。来るって、言って。

 

「そうか。そうなんだ。君も…」

 

 そう言った先輩は、また笑ってくれた。笑って…

 

「分かった。2週間後の朝9時。失われた丘の宝石桜の前だね。必ず行くよ」

 

 よかった。最初から失敗するって事なかった。見込みありなんだ、本当によかった。

 急に胸がはぜてきた。ドキドキしている。楽しみなのか、おっかないのか、私の想いは、どこに転がるのか。

 

 アリサちゃん。

 はやてちゃん。

 フェイトちゃん。

 すずかちゃん。

 

 皆の力、貸してもらいます。

 私、頑張るね。

 

 

 高町家のなのは部屋の中には、私を含めた6人の女性が集まっている。容姿様々だけど、この中の一人にだけ言っておかねばならない事がある。

「お母さん、作戦会議だから出てって!」

「じゃあ、お菓子と飲み物用意してくるわね」

 母親が出てって、5人になった。

 

 さて、先輩に宣戦布告とも取れる言葉を言った。もう、退けないな。2週間後の開花の日、花の咲く瞬間に私はそこにいる。いるまではいい。でも、かなり有名な桜だから、勿論なんだけど、人がいっぱい来ている。目的地まで進めるかどうか、だろう。先輩だって、着いても私を見つけられないかもしれない。全くの零、というところまでは求めないけど、私が先輩を見つけられて、先輩が私を見つけられる程度には人だかりを何とか出来ないだろうか。

 告白の瞬間だけでいいから、その一瞬だけ二人の世界に出来ないだろうか。神様にもお願いしたい。(ああ、神様お願いです。私に、私だけの、私と先輩だけの十秒の時間を下さい。十秒だけ、そこだけ時が止まったかのような世界(ザ・ワールド)を下さい)

「なのはちゃん、ちょっとええ?」

「ふぇ!?」

 声をかけてきたはやてちゃんに私は体を震わせてしまった。どうやら、思い込みから現実逃避をしていたようだった。そんな私を見て、はやてちゃんは少し訝しげに覗いている。ごめんね、ちょっと魂飛んでたね。

「…よし。決めようか」

 人をどうするかだ。

「まあ、あそこに集まる人達をどうにかしたいわけだけど、まず無理よね。皆、なのはと同じ告白目当てで恋愛イベントを成功させるために来ているわけだから」

「それこそねぇ。本当の命の危険にでも晒されないと、皆退かないよ」

「命の危険っていうと、何かな?」

「変質者が出てきて、大暴れ?」

「爆弾持ったテロリストが、銃で大乱射?」

「魔王が魔法で皆を豚に変える?」

「大怪獣が出現とか?」

「災害が起こって避難の誘導?」

 

 いやあー、いくら何でもそういうのは…

 

「ないわねえー」

 

 つまり、現状どうしたってありえないというわけだ。

 どうしよう、もう行き詰まっちゃった。

「うーん。やっぱり他の人の事も考えると、可能不可能関係なく、全員どっか行けーいうんは、ちょっとなー」

「全員じゃなければ、いいんじゃない?」

「て、言うと?」

「皆、見て。宝石桜っていっても一本じゃあないよね。桜群だよね」

「何が言いたいの?フェイト」

「ほら、これ。この桜のある場所を見ていくと、他の桜より、少し小さいけど、ちょっと離れた場所にある桜があるよね?」

 フェイトちゃんの指す桜は、確かに他の桜の群れより少しだけ離れた場所にあった。

「もし、なのはの告白の瞬間だけ、人を避けるとしたら、命がどうとかしなくても、僅かの間だけ人を誘導出来て、それであの…」

「ああ、そうね!何かハプニングを起こして、人の波をずらす!それも…」

「小さな桜の木なら、無視してもいいくらいにか?」

「うん、それ。あそこに来ている人達は何か起こってもそう簡単には桜の前から離れないと思うから、ほんの少しだけ移動してもらえばいいと思うんだ」

「でも、それってどうするの?大変だよ」

 ハプニング。期待しているといえばそうだけど。私はこの4人が並外れた人を動かす手段があるのを知っている。

 そこに、希望を込めて。

「ふうむ。しゃあないなあ、借りるか。あの人らに力を」

「私、運動能力には自信あるよ」

「ちょっと、将来の予行演習といこうかな」

「…なのは。ちょっと、マネーのパワーを使うかもしれないけど、嫌がんないでね」

 私、嫌な女の子だな。こうなる事も分かってた。

「皆、私のためにいいのかな?」

 

「なのはには、色々借りがあるって言ったでしょ」

「ここにいるの、そうやから」

「恩は返すよ、なのは」

「そういうわけだよ、なのはちゃん。下手に遠慮しないで」

「喜んで、やらせてくれな!」

 

「ありがとう、皆に甘えちゃうね。ありがとうね」

 

 これは、絶対に成功させなければいけないやつだ。私のためにも、力を貸してくれる皆のためにも。

「なのはー。お菓子と飲み物持つの手伝ってー」

「はーい」

 高町なのは、恋愛最終章が始まる。

 この2年間の恋の最終章が始まるんだ。

 

 私が、居間に行くと、誰かにぶつかった。

 とても、痛い。

 

「もー、誰なの!」

 

「あ!ごめんなさい。某それがし余所見をしていたでござるで候」

 

「秋男君!?小学校の時にも、同じことしたよ、もー!」

 

「なのは氏でござったか。あい、大変申し訳ない事をしてしまったで候。某某の藍染めで汚れを拭いてくだされ」

 

「うー。私も考えながら走ってたから、偉そうな事は言えないよ。ごめんね。立てる?」

 

「元気ピンピンでござるよ候」

 

「じゃあ、行かなきゃ。私お菓子取りに行かないと」

 

「むほう!今日はシュークリームでござるよ候。某もなのは氏の御健康をお祈りしているで候」

 

「ありがとう!秋男君も幼稚園に遅れないようにね」

 

「今日こそはピーマンを食べてくるでござるよ」

 

 秋男君は指を一本だけ立てた。

 意味は分からない。

 

「あ、恭也殿に伝えてほしいで候。何時でも、国際展示場で待っていると」

「はーい」

 

「なのはー」

「はーい!」

 

 私の恋愛最終章が始まる。

 2年間の恋愛最終章が。

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