アジトである山のキャンプ地に戻り、キャンプ用のコンロに火をつけて湯を沸かして夕食の準備をする。
「本当にこの男が彼のマスターなのですか?」
ラムレイに寄りかかりながら昼の残りの菓子パンを頬張るランサーが対面で横たわる今にも死にそうな白髪の男に無表情なまま視線を向ける。
「間違いないと思うよ。姿が異様だし魔力が底を付きかけていた。もうあと数分治癒が遅かったら死んでただろうね」
ホント、何をしたらこんな風になるのか。
彼は見つけたときには既に瀕死の状態だった。どうやら正規の手順で魔術を行使していないのか、身体は痩せ細り、髪や肌は栄養が行っていないかのように白髪で土色をしている。
たぶん彼の体内に居る存在のせいだろうな。
最初は自分と同じように万一の場合は生命力を削って魔術を行使するタイプなのかとも思ったが、どうやらそもそも魔力の生成自体、彼が行っている訳ではないらしい。
彼の体内に何かが居て、そいつが生成する魔力でギリギリ生きているって感じだ。魔力が尽きたら、たぶん死ぬな。
色々と聞きたい事はあるが今は目が覚めるのを待つしかない。
それに他にやることもある。
お湯が沸き、コンロの火を止める。
「……ランサー、ちょっと花を摘みに行ってくるね。この人のことよろしく」
「マスターそれは女性が使う例えだと与えられた知識にあるのですが?」
そうツッコミをいれるランサーにそれもそうかと相槌を打って拠点から離れる。
…………この辺りでいいかな。
「《
地面に手を付いて結界を発動させる。効果は文字通り『対象』を縛って動けなくする結界だ。
「ガッ!?」
キャンプ地の周辺一帯を覆う結界が発動した瞬間、目の前の木から骸骨の仮面を付けた男、アサシンがまるで何かに上から押し潰されているかのように無様に地面に伏す。
コートの内側に手を入れて概念倉庫から『遠見の水晶玉』を取り出して水晶に魔力を流すと、自分を中心としたこの辺一帯の簡易的な地図が現れそこに魔力体の反応が七つ。一つは自分、もう一つはランサー、反応が大きい目の前のアサシンと、同じ反応が一体、残りは反応の小ささから見て使い魔だろう。
『ランサー、トラップに獲物が掛かった。魔力の波長から使い魔が三体、それとやけに魔力量が少ないがアサシンが二体だ。たぶん大丈夫だとは思うが気をつけて処理してくれ。場所は――』
ランサーに念話で使い魔ともう一体のアサシンが居る場所を伝える。
『……三分で終わらせますよラムレイ』
ああ、夕飯前でしたものね。たぶん時間的にお湯を淹れたばかりなんだろうけど、御愁傷様。
速攻で潰されるであろうアサシンや使い魔に心の中で合掌しつつ、眼の前のアサシンを見下ろす。
「さて……始めましてアサシンのサーヴァント」
「ぐっ。まさか貴様、最初から我々の尾行に……」
うん。気付いてたよ。霊体化して気配遮断もしていたみたいだけど、自分の眼の前では無意味だ。
薄っすら半透明でバレてないと思って付いて来ている彼等の姿は、なんと言うか滑稽と言うほか無かった。
むしろ使い魔の方が厄介だったんだが、一応これで一網打尽に出来たろう。
今回山の広範囲に張り、発動した結界は生前の凛やラニがやっていた所謂地形トラップの一つだ。地形トラップには多大な魔力が必要なのだが、その魔力は龍脈を利用することで補っている。
だから長時間やるとこの場所の龍脈が弱まるからあまり多用はできないんだよね。事前準備も色々しなきゃいけないから大変だし。
たぶん一回しか使えないトラップなので、かなり強めに効果を発揮するようにしてあったのだが、まさかサーヴァントをここまで緊縛できるとは思わなかった。流石は凜とラニ製のトラップだ。自分ではこうはいかない。
それと同じ気配を発するアサシンを複数捉えたことから、今回のアサシンには分身系の能力があるのは間違いない。たぶんこいつは分身だろうな。だから魔力量が低いのだろう。
「さて、アサシンのサーヴァント。あなたに一つ尋ねたいことと、一つの提案があるんだけど、聞いて貰えるかな?」
「……なんだ」
アサシンはしばらく沈黙した後にそう答えた。どうやら今は大人しく会話に付き合う気らしい。
「まず尋ねたいことだけど、アサシンは聖杯に叶えたい願いはあるの?」
「それを聞いてどうする?」
「いや。あるなら聞いておこうかと思ってね。もしそれが自分やランサーが許容できるものなら、仲間になって欲しい。それがさっき言った提案だよ」
「仲間、だと? それは我々の陣営と同盟を組むということか?」
「いや、組むのはアサシンとだけだ。そちらのマスターと組むつもりはない。できれば離反してくれると嬉しいな」
アサシンのマスターがどんな相手か分からないがサーヴァントを失えば戦いに参加することはできないだろう。
それにアサシンというサーヴァントの脅威は嫌と言うほど生前に味わった。できることなら敵として対処するより味方に引き込んでしまった方が楽だ。
「馬鹿を言うな。一人のマスターに契約できるサーヴァントは一体まで。それが聖杯戦争のルールだ」
「正式な手続きで契約できるのはってだけで、維持する魔力さえあれば問題は無いよ。そっちについても一応考えはある。それとこれはあくまでも提案だ。乗るかどうかはそちらで決めればいい。ただ一つ、もしアサシンのマスターが聖杯で願いを叶えたいと思っているのなら、結局アサシンはマスターを説得する必要があるぞ」
「どういう意味だ?」
なんだ気付いていないのか? 自分は聖杯戦争の説明を読んだ時に『ああ、魔術師らしいな』と、ピンと来たんだが……。
「予想だが、たぶん願いの所有権はマスターである魔術師にしかないと思うぞ」
「――!?」
自分の言葉にアサシンは僅かに驚いたような反応をする。どうやら本当に気付いていなかったらしい。
そもそも自分がそんな予想を立てたのは魔術協会の時計塔にある聖杯戦争に関する資料の写しを伝手で見せて貰った時だ。
なんというかその資料に魔術師らしい胡散臭さを感じた。『嘘は付いていないけど本当の事は言っていない』と言えば解り易いか。
だいたいこの時代の生粋の魔術師達が英霊とは言え、使い魔同然のサーヴァントの願いまで叶えようなんて思う訳が無い。
アサシンの反応からすると、どうやら本格的にサーヴァントはただの使い捨ての可能性が高いな。
いや、もしかしたらサーヴァントを呼び出さなければならない理由があるのか……ダメだな。まだピースが足りない。
「まぁアサシンのマスターが良い人なら自分の願いとアサシンの願いの両方を叶えてくれる可能性だってある。それにあくまでも自分が聖杯戦争の情報を得た結果からの予想でしかないからサーヴァントも普通に願いを叶えられる可能性もあるにはある」
たぶん低いだろうけどね。と最後に言って話を終えて念話でランサーに状況を確認する。
『ランサー、そろそろ緊縛の効果が切れる。そっちは?』
『問題無く』
ランサーからの返答を聞いて、水晶玉でもう一度周囲を確認する。
どうやら眼の前のアサシン以外はランサーの報告通りに処理したみたいだな。反応が無くなってる。
水晶玉を仕舞って立ち上がる。
「もうすぐ結界の効果が消える。そしたら帰って本体のアサシンとよく話し合うといいよ。あ、もちろん望みの内容次第では自分達は受け入れられない訳だけど、どうかな? せめてアサシンの望みが誰かに害を及ぼす物かそうじゃないかだけでも教えて貰えない?」
「我々の願いは……個人的な物だ。誰かに不利益を齎す物ではない」
アサシンの答えが本当かどうかは分からない。だが、自らの願いを答えるアサシンの声色にはとても真剣で切実な物を感じた。
「なら自分達は手を組めるよ。自分とランサーに叶えたい願いはない。ただ二度と聖杯戦争が起きないようにしたいだけだ。まぁ次に会った時にでも返事を聞かせてくれ」
最後にそれだけ伝えてその場を去る。敢えて背後を見せたが、結界の効果が切れてもアサシンが襲ってくることはなかった。
何事もなく元の場所まで戻ると先に戻っていたランサーがラムレイを背凭れにしてカップ麺を啜っていた。しかも二つ目。
「もっきゅもっきゅ……ん。アサシンとの交渉は上手く行きそうですか?」
「どうかな。向こうのマスターとアサシンの性格次第かな」
一応ランサーには事前にアサシンと手を組む事を伝えておいた。怒られるかと思ったけど意外とランサーは普通に『手駒、それも索敵に適した者が増えるのは望ましい』と言って好意的に受け入れてくれた。
「で、ランサーの方は?」
「使い魔は全てラムレイの足で踏み潰し、アサシンは私の槍で消滅させました。この場所の情報までは知られていないでしょうが、いずれ山に直接侵攻してくる陣営も現れるでしょうね」
ま、そうだよな。拠点を移すかどうかは……まぁおいおい考えよう。
「く……うう……ごほっ」
「どうやらこちらも目が覚めたようですね」
ランサーがフルプレートの姿になって正体を隠す。あ、違う。口元だけ解除して麺を啜ってる。
横たわっていた男が呻き咳き込む。そして少しして力無く閉じていた目蓋を上げる。
「こんばんは」
そんな男に一応挨拶をすると、男は右側の眉だけを顰めてこちらを訝しげに見詰める。どうやら左の顔の神経に異常があるみたいだな。
「誰だ、お前は……それに、その横の……」
「その問いに答える前にこっちの質問に答えて貰う。あんたがバーサーカーのマスターである間桐雁夜で間違いないか?」
「バーサーカー……そうだ、あのクソ役立たずが考え無しに魔力を奪ったせいで、俺は……」
ランサーから静かな殺気が放たれる。多分兜の中では目を細めて怒っているに違いない。
まぁ自分の元騎士を馬鹿にされたらそりゃ怒るよな。
「その反応はイエス、てこどでいいかな?」
「……そうだ。俺が間桐雁夜だ。それで、マスターであるお前が、何故俺を助けた……」
「助けたくて助けた訳じゃない。ただ、あんたがクソ役立たずと言ったサーヴァントの最後の言葉があんたの願いを叶えてくれ。と言うものだったから、彼の騎士の名誉の為に助けただけだ」
自分の言葉が余程意外だったのだろう。雁夜はその目を大きく見開いて驚いていた。
「馬鹿な。あの狂戦士にそんな知性は……」
「今際の際なら狂化は解けるからまともに話せるさ。さて、ここからは慎重に質問に答えろよ。もしもあんたが助けるに値しない人間なら、自分はすぐにでもあんたを殺す」
殺気を込めてカリヤを睨むと、彼は一度だけ唾を飲み込み、分かった。と言ってゆっくりとこちらの質問に答えて行く。
まず雁夜に聖杯戦争に参加した動機を尋ねる。
彼の目的は御三家の一つである遠坂から養子に出された娘を救う為であり、その為に身体を無理矢理改造して聖杯戦争に参加したらしい。
「というか、別に救うだけならすぐにでもその桜ちゃんって子を連れて逃げれば良かったんじゃないのか?」
「お前は臓硯の恐ろしさを知らないからそう言えるんだ」
そう言って、今度は間桐家の実質の当主である間桐臓硯について聞かされた。
臓硯は何度も他者の肉体を喰らっては乗っ取ってを繰り返して生き長らえている化生そのもの。蟲使いである臓硯は本体である魂を一匹の蟲に宿していて、本体を殺さない限り何度でも蘇るんだとか。
ただ魂が既に腐っているらしく新しい肉体を手に入れてもその姿は必ず年老いた老人の物になってしまうらしい。
次に臓硯の性格について訊くと、他人の不幸や悲鳴を聞くと喜ぶ異常者であり、自らが死なない為に聖杯を求めていると雁夜はその表情を怒りに染めながら語った。
「ふむ。とりあえずその臓硯をどうにかすればいい訳だな」
「……本当に手を貸してくれるのか?」
話を聞く限り臓硯を倒すことは可能だ。だがそれを確実にする為には奴と接触しなければならない。
今までの会話は雁夜の体内に居るであろう刻印虫とかいう蟲に『聞かれている』から筒抜けだろう。それでも彼を殺さないのは余裕の表れと言うやつか?
まぁ、それが付け入る隙になるなら、こちらとしてはありがたい。
「ああ、手を貸そう。ただ条件がある。まず目的の達成如何に関わらず、あんたはもう助からない。持って数時間だ。そんなあんたへの条件は一つ、桜ちゃんの為に……命を捨てられるか?」
「構わない」
「即答か……分かった。間桐と遠坂の屋敷付近には転移用のマーキングを事前に施しておいた。多少歩くがそこは我慢してくれ」
戦争開始前に施した物だが、流石に拠点に近過ぎてはバレてしまうので歩いて大体30分くらいの地点に施しておいた。まさかこんな形で使うことになるとは思わなかった。やっぱり準備はしておくものだ。
「それと詳しい作戦内容は説明しない。理由は解るだろ?」
そう言って、自身の胸を叩くサインを見せると、雁夜は自らの腹部を見て納得したのか首を縦に振った。
「分かった。だが、約束しろ。必ず、必ず桜ちゃんを助けると」
「ああ約束する」
真剣で、しかし助けを請うような切羽詰った表情と視線を向ける彼に、自分は表情を引き締め、力強く頷いて答える。
そしてランサーが十個目のカップ麺を食べ終える頃に雁夜はなんとか身体を動かせるまでに回復した。
『……ランサーは霊体化して上空で待機してくれ。他のマスターからのちょっかいがあるかもしれないし、臓硯が外から攻撃してくるかもしれないからね』
『了解。しかしマスター、件の蟲の翁、どのように屠るつもりで?』
『そうだね……お祈りでもするかな』
念話でランサーに答え、自分自身に《気配遮断》を付加して雁夜と共に転移で深山町へと向かう準備をする。
白野の策略『そうだアサシンを仲間にしよう』である。
アサシンで色々やられた白野からすれば敵対したくないだろうと考えてこの展開です。
ぶっちゃけ四次アサシンはまともに機能したらマスターは彼等からの監視情報で逃げに徹し、アサシンはマスター殺しだけに戦い方を絞ればたぶん勝てる(実際原作でもマスターが単独行動する時はしばしばあったし)
そして雁夜目覚めて桜ちゃん救出作戦が始まります。