(アイツは本当に桜ちゃんを救ってくれるのか?)
白野と別れ間桐家に向かう道中、雁夜は何度も同じ疑問を考え、そして同じ答えを出す。
(もう俺には他に方法が無いんだ。だったら……やるしかないだろ)
思えばずっと逃げ続ける人生でしかなかったと、雁夜は死を前にして己の人生を振り返り、自虐的な笑みを浮かべた。
(もうどうせ俺は死ぬ。なら最後くらい……いや、一度だけあったか。怒りに任せたとは言え、勇気を出したことが)
見慣れた家の門を前に雁夜が笑みを止めて表情を引き締める。
それは一年前、桜が養子に出されたと知り二度と開ける事はないと思っていた扉を開いた時と同じ表情だった。
そして雁夜は一年前と同じように扉を開ける。
「随分と早い帰宅だなぁ雁夜よぉ」
「――っ!?」
間桐邸の玄関ホール。その中央に、一年前とは違って自らを出迎える者が居た。
愉快気に笑う化生――間桐臓硯が。
(いや、焦るな。話を聞かれていたのは想定内のはずだ。むしろ逃げずに居てくれた事を喜ぶべきだ)
雁夜はまるでこちらの行動を読んだかのように待ち構えていた臓硯に戸惑った表情を見せかけて慌てて表情を引き締める。
「どうせ全部、蟲を通して知っているんだろ」
「カカカ。おぉおぉ、よく知っているとも。お前が聖杯戦争に無様に敗北し、外来の魔術師と結託してワシを葬り去ろうとしている事もよ~く知っておるともさ」
笑いながら告げる臓硯に怒りで顔を歪める雁夜だったが、内心は焦っていた。
(あの魔術師、いったいどうやってこの化け物を殺すつもりだ)
既に自身が裏切り、殺そうとしていることもバレている。
この状況でどうやって臓硯を葬るのか想像もできない雁夜は、焦りながらも少しでも時間を稼ぐ。
「……桜ちゃんはどこだ?」
「むろん蟲蔵よ。お前が失敗したのだ。桜の調教を再開するのは当然と思わんか?」
「臓硯きさっがふっあぐぅあっ!?」
臓硯の言葉に今度こそ怒りを抑えられなくなった雁夜が飛び掛ろうとするが、突然の体内からの激痛に血反吐を吐きその場に蹲ってのたうつ。
「カカカ、貴様の体内にはまだワシの蟲が居る事を忘れたのか? ああそれとのう雁夜、ここにいるワシの中に本体は居らんぞぉ。残念だったなぁ雁夜よぉ」
臓硯の言葉と彼が操る刻印虫の捕食に雁夜は肉体と精神の両方を削られる。
「あっがあああ!?」
「ハハハハハ良いぞ雁夜! その絶望と憎悪に顔を歪ませながら悲鳴を上げるお主のその顔を見れただけで、わざわざ出迎えた甲斐があったと言うものよ!」
愉悦に顔を歪ませて笑う臓硯。そんな彼の耳元で――誰かが囁いた。
「――《code:
それは聴いてはいけない言葉。
それは触れてはいけない光。
その事実に臓硯が気付いた時には遅く――彼を暖かな世界が包む。
「あ……あああああああああああああ!?」
歪みきった魂が、腐りきった精神が、浄化されて行く。
普通の人間ならば精神や魂はその暖かな光に癒され清められるのだろうが臓硯は別である。
穢れこそが彼の血肉。
狂気こそが彼の支柱。
それらが全て剥がれ崩されて行く。
「《
「ああ……あぁ」
祝福の重ねがけによって更に強まった光によって体が灰燼と帰して行く中で――臓硯の前に二人の人物が現れる。
『ゾォルケン』
臓硯にとっては唯一無二の『戦友』が、こちらを見ている。
『ゾォルケン』
臓硯にとって唯一無二の『特別だった人』が、こちらを見ている。
「あぁぁ……
失ったはずの名が、姿が、脳裏に浮かぶと同時にもっとも見られたくない二人に今の己の姿を見られた臓硯の心が――折れた。
(……そうか……俺もやっと……)
心の折れた臓硯に死の誘いに抗う術は無く――その目蓋を閉じると共に彼の全ては灰塵と化して消滅した。
突然の臓硯の消滅に床に伏した雁夜はそれを成したであろう人物、突如として臓硯の背後に現れた『緑の外套』を羽織った白野へと尋ねる。
「お前……どうやって……」
「自分はただ呪いや穢れ等の不浄を祓って癒す祝福の魔術を唱えただけさ。もっとも、あそこまで精神が腐っていると効き過ぎで昇天するだろうけどね」
白野が使う祝福の魔術はこの世界では教会が使う洗礼詠唱や浄化と同じ、霊魂に直接働きかける効果がある。
生きた者に使えば肉体に施された呪いを解き、精神に及ぼされた異常を正し、魂を犯す穢れを払拭する。
これだけを聞くと『治癒魔術』と勘違いされがちだが実際は『正常に戻れ』という強制を用いる『攻撃魔術』である。
特に魂を世界に繋ぎ留める肉体の有無は強く影響し、臓硯の様に『本来の肉体』が死んでいる者には正常な状態、つまり『昇天』させようとする。
「もっとも、奴の精神が『あの分体』に入っていなければ効果は無かっただろうけどね――自分の手で殺そうなんて欲をかくからこうなる」
精神と魂は繋がっている。故に例え魂がその場に無くとも精神自体がその場にいるのなら影響は魂にまで及ぼされる。だからこそ白野は高い可能性で臓硯を倒せる祝福の魔術による奇襲作戦を立てた。
そして白野の説明でようやく雁夜は自分が囮として使われたのだと理解する。
(だからコイツは命を捨てられるかと訊いて来たのか)
白野の真意に気付いて立ち上がろうとした雁夜だったが、そこで初めて足に力が入らないことに気付く。
(っ!? そうか、臓硯が死んだから刻印蟲も……あぁ、あの問いはこっちの意味もあったのか)
雁夜は最後の力を振り絞って腕を動かして扉を指差してなんとか声を出して蟲蔵の場所を伝える。
「あの……通路奥……部屋の地下……頼む」
「――悪いが断る」
そう言って傍にしゃがんだ白野を、雁夜はこの土壇場で裏切るのかと怒りに顔を歪め様として、止める。
「ここまでしたんだ。もうちょっとだけ頑張れ」
白野は懐から片手で持てる程の大き目の魔石を取り出してそれを雁夜の身体に触れさせ魔力供給と唱える。すると雁夜の身体に魔力が戻り僅かにだが力が漲る。
「……お前」
「ここで待ってる。だからあんたが桜ちゃんを連れて来い……それくらいの時間は生きていられるはずだ」
白野は困ったような表情で苦笑を浮かべながら手を伸ばす。
雁夜は少し戸惑いながら、それでもその手を取って力の戻った身体をなんとか起こす。
「……いいのか、こんな死にぞこないに。魔石って言うのは貴重なんだろ?」
「まぁあれだ、性分だから気にしないでくれ。報酬はあんたと桜ちゃんのお礼でいい」
そう言って白野は苦笑しながら肩を竦めて見せた。
「ほら、早く行きな。本当に少ししか生きられないんだ。せめて少しでも悔いの無いように」
「……分かった……ありがとう」
雁夜は素直に感謝の言葉を白野に伝え、痛む身体を精一杯動かしてこの世でもっとも嫌悪する場所へと向う。
行き慣れた道を進み。地下への階段を下りる途中で――雁夜は階段の中腹の踊り場で立ち竦む少女、桜を見つける。
「桜ちゃん……」
「雁夜おじさん……あのね、おじい様にここで待っているように言われたの。それでずっと蟲を見てたの。そしたら……全部消えちゃった」
桜が見ている場所へと雁夜が視線を向ける。
そこはこの地下の最下層の大広場、通称『蟲風呂』には本来なら無数の蟲が蠢いている筈であった。
しかし今は一匹の蟲もいない。あるのはただ凄惨な殺人現場のように残る黒く変色した無数の血痕のみ。
(ああ、本当にもう臓硯はいないのか)
臓硯は改めて己の父親が死んだ事を悟るが、苛立ちも喜びも浮かばなかった。その事実が自身と一族との関係を表しているようで、雁夜は内心で苦笑しながら桜の傍に屈む。
「桜ちゃん、君はもうこの家に縛られなくていいんだ。臓硯はもういないから。お――優しい魔法使いがなんとかしてくれたからね」
俺が助けた。そう言いそうになって雁夜はすんでのところで思い止まった。
(俺がこの子を救った訳じゃない。俺が間桐を継いでいれば桜ちゃんはそもそもこんな目に合わなかった。いや、もしも養子の件が起こったとしても時臣に忠告することもできた)
自らの死が確定し、臓硯が居なくなり、桜は救われた。
それらの事実を受け入れた瞬間、雁夜の心はひどく穏やかなものに変わっていた。
そして浮かぶのは時臣への恨みや劣等感ではなく過去の己への後悔と反省のみであった。
(だからこそ、最後くらいは……)
雁夜は表情筋の殆どが死んでしまった顔をなんとか動かして笑みを浮かべる。
「さあ、外でその魔法使いが待ってる。上まで一緒に行こう……その、桜ちゃん……手を繋いでもいいかな?」
雁夜の申し出に桜は頷き手を差し出す。
雁夜は喜びその手を握り、二人にとって忌まわしい思い出しかない地下を揃って出て行った。
そして入口ホールへ続く扉が見えた所で雁夜は握っていた桜の手を名残惜しそうに一瞥……ゆっくりとその手を解いた。
「雁夜おじさん?」
手を離された桜が雁夜を見上げる。
「ごめんね桜ちゃん。おじさん、まだやらなきゃいけない事があるんだ。だからここからは一人で行くんだ。大丈夫、あの扉の向こうに優しい魔法使いさんがいるから、その人と一緒にこの家を出るんだ」
雁夜はそう言って桜の背中を軽く押して扉に向かうように促す。
「……分かった」
桜は扉と雁夜を見比べたあと、頷いて見せて扉へと向かった。
そして扉を開ける前に雁夜の方へと振り返る。
「ありがとう。雁夜おじさん」
桜は久しく忘れていた感情に素直に従い、最後に雁夜へとお礼を述べてから扉の向こうへと消えて行った。
「ああ」
桜の表情は無表情であったが、それでも雁夜には彼女が笑ったように見えた。
そして桜の姿が見えなくなると――そのまま崩れるように床に倒れ付した。
(良かった……でもやっぱり……もっと一緒に……)
雁夜の目蓋が落ち……心臓の鼓動が止まる。
彼の最後の表情はとても穏やかで、けれどどこか寂し気なものだった。
◆
ガチャリと背後の扉が空く音が聞こえて振り返る。
――。
「……あなたが優しい魔法使いさん、ですか?」
現れた目が濁った少女の姿に、一瞬心臓が強く高鳴った。
……名前を聞いた時からまさかとは思ったが。そうか、この子が彼女の『オリジナル』か。にしても優しい魔法使いって、雁夜が言ったのか?
自分の眼の前に現れた少女、桜ちゃんに初恋の彼女の面影を感じ、相変わらずの自身の奇妙な縁の強さに内心で呆れると同時に、違うと解っていても彼女と似通った存在の桜ちゃんに行われたであろう非道に怒りが込み上げるが、その対象は既に自分が殺していることに気付いてすぐに沈静化する。
それらの感情を落ち着かせてから、桜ちゃんの傍までゆっくりと近付いて片膝を付く。
「えっと、その優しい魔法使いって誰から教えられたのかな?」
「雁夜おじさんがそう呼んでいました」
やっぱりか。それにしても雁夜が来ないのは……途中で力尽きたか?
「その雁夜おじさんは?」
「おじさんはやる事があるから、私だけで行きなさいって……」
……そうか。やはり消耗の方が激しかったか。たぶん、この子に負い目を感じさせたくなかったんだろうな。
桜ちゃんから伝えられた雁夜の言葉に自らの死を彼女に隠そうとしたのだと悟り、これ以上追求するのは彼の矜持を踏みにじることになると考えて質問を止めて話題を変える。
「そうか。それじゃあ桜ちゃん、自分は雁夜おじさんに君をこの家から連れ出すよう頼まれた。だからもしも君がこの家から出たいと言うのなら連れて行ってもいい。そのあとで改めてお互いに色々と話し合おう。ただ、今はその、この家のように立派な場所で寝泊りしていなくてね。正直子供が寝るのは厳しい環境だと思うんだが……それでも来るかい?」
そう言って、困った顔で笑いながら手を差し伸べて彼女の返答を待つ。
桜ちゃんは無表情でこちらの手と顔を何回か往復して見比べたあと、恐る恐る手を伸ばし……こちらの手を掴んだ。
「……分かった。それじゃあ移動しようか」
『ランサー、リターンクリスタルを使って帰還するが、屋敷に入れるか?』
『屋敷を覆っていた結界は解かれていますから問題ありません。すぐに合流します』
ランサーに念話で呼びかけると、霊体化で屋根を突き抜けてランサーがやって来て着地すると同時に実体化する。一応敵地なのでフルプレートの状態だ。
「っ――お馬さん?」
ランサーが実体化した瞬間、桜ちゃんは驚いたのか少しだけ目を見開くが、それもすぐに治まりランサーよりも先にラムレイに興味を示す。
「そ、お馬さん。さて、それじゃあ他の魔術師に見付かる前に逃げるとしよう」
幸い室内で事が起こったお陰で使い魔の反応は無い。逃げるなら今の内だろう。
懐に手を入れて内ポケットから取り出す風を装って概念倉庫から掌サイズの球体、リターンクリスタルを取り出して発動させる。
「《
唱えると同時にクリスタルが輝き、自分達を包み込む。辺り一面が白一色になるも、それはすぐに収まり次の瞬間には見慣れた森、拠点にしている山のキャンプ地に立っていた。
「……ここ、どこですか?」
「ここが自分達の寝泊りしている場所だよ。あ~うん、そういう顔になるよね」
ここが宿泊場所だと伝えた瞬間、無表情な桜ちゃんの濁った目に僅かに困惑の色が浮かんだのを見て、少しでも快適に過ごして貰う為に明日にでも買い物に出かけることを決意した。
一応これが自分なりのバーサーカー組の救済ですね。
と言うかぶっちゃけ私は雁夜の生存は致命的だと思っているので、彼の命を助けようと思ったらそれこそ雁夜のサーヴァントにでもならないと無理だと考えています。
ですのでこの二人の死は確定していました。
そしてお爺ちゃんあっけなく敗退。でも仕方ないよだって半分アンデットだもの。そりゃ奇襲ホーリーには勝てないよ。
そして桜ちゃんが桜のオリジナルと気付く白野。
ここから大体同じ名前の奴は『まさかまたオリジナルか?』と怪しむようになります。
白野が使った緑の外套は例の緑茶の宝具を参考にした礼装です。
姿だけは消せるが魔力も気配も音も漏れるので魔力や気配の読める達人、熱源センサー等の機械にはあまり意味が無いが、それ以外には有効的な礼装。
少なくともただの監視カメラや一般人に気付かれる事は無い。
『白野の魔術説明』
『再発動(リロード)』
直前に発動した魔術をもう一回使用する際に用いる詠唱コード。
唯一統一コード『コード・スタート』で発動できない独立した詠唱コード。
あくまでも使えるのは直前に使っていたコードのみ。