「さて桜ちゃん。辛いかもしれないけど、あの家であった事を話してくれるかな?」
自分がそう尋ねると桜ちゃんは素直にこれまで自らに行われた地獄を語ってくれた。
桜ちゃんは今から二年以上前に間桐の家に養子に出されたらしい。
桜ちゃん曰くお父さんに捨てられたとの事だ。
その後、ゾウケンによって無数の蟲が蠢く蔵に放り込まれ体中を蟲に蹂躙され続けたそうだ。
「でもね。もう平気なの。もう、苦しいのも、痛いのも、辛いのも大丈夫」
桜ちゃんは無表情のまま淡々とした口調で答えた。
桜ちゃんのその姿に、心の底から怒りが沸き上がる。
大丈夫? 平気? そんな訳ない。ただこの子は感情を自ら『殺した』のだ。そうする事でなんとか自我を保っていたに過ぎない。
幸運だったのはこの子の感情が完全に失われる前に助けてやれたことだろう。反応を見る限り時間をかければきっとなんとかなるはずだ。
今回の様な場合、魔術で無理矢理に精神を正常な状態に治癒してもこれまでの記憶に精神が耐えられず、最悪の場合元の状態よりも悪化させてしまう恐れがある。
その為大抵の場合は一緒に記憶消去も行うのだが、桜ちゃんの場合、二年分近い記憶の消去を行わないといけなくなる。桜ちゃんの今後の事を考えるとできればしたくない量の記憶消去だ。
それにしても……やっぱりこの世界の魔術師はどうかしている。
自分が桜ちゃんに行われた非道に対して憤っていると、不意に背後で木が折れる音が聞こえて振り返る。
いつの間に準備したのか、カップラーメンを片手に持ったランサー。その反対の手には真ん中で折れた割り箸が握られていた。
ランサーも同じ気持ちか。
ランサーも無表情な方だが、そんな彼女の目元が傍から見ても判るほどに不愉快そうに歪んでいた。
「……ありがとう桜ちゃん。辛い事を思い出させたね。さ、今日はもう寝ようか。明日は買い物に行こうね」
そう言って大人用の寝袋を桜ちゃんに貸し与え、睡魔の魔術で強制的に眠って貰った。
寝袋の中で寝息を立てる桜ちゃんの姿に心に沸いた怒りが少しだけ収まる。
「……マスターは桜を今後どうするおつもりで?」
ランサーが紅茶を飲みながらこちらに尋ねてくる。
「……とりあえずは彼女の情報を調べてからだね。回路の永久凍結は今の自分にはできないし専門家にまかせるしかない。その為にも情報は必須だからね」
桜ちゃんに触れながら少々消費の多い魔術である《Code:
解析はその名の通り相手の肉体や魂の情報を解析する能力だ。そのデータはサーヴァントのステータスのように数値化する事が出来る。
「――っ。コイツはやっかいだな」
「何か問題が?」
「桜ちゃんの属性は『虚数』属性という極めて珍しい属性だ。こんなの本当に専門家に依頼しないと手に負えないぞ」
さてどうするか。自分の中にも一応は虚数魔術に関する情報があるが……正直色々と情報がチグハグで恐くて扱えない代物だ。とくにこの世界の虚数魔術は特殊過ぎて自分にはまず使うどころか教える事すら難しい。
一時的に魔力を抑える道具ならあるが――くそ、どれだけ強くなって多くの事を覚えても出来ない事があるんだから人生はホントままならない。
「マスターではどうにもならないので?」
「……魔術回路については一時的に封印したり、相手の肉体の影響を無視して破壊するだけなら可能だ。とりあえず信頼の置ける魔術師に相談するしかない。一応ツテはあるが受けてくれるか……いや、その前に聖杯戦争の間の桜ちゃんの身の安全が最優先だな」
妥当な方針としては彼女を冬木の土地から遠ざける事だが超長距離転移のクリスタルは一つしかない。その上使えば聖杯戦争の間にこの地に戻ってくることは不可能だろう。何より連絡手段が無い。電話するにも一度街に下りないといけない。
と言うかあの人に依頼するとしてもまだ同じ拠点にいるかどうか。
そして幾らふんだくられるか、いやでも桜ちゃんの貴重性を考えればタダでボディを造ってくれる可能性も……。
「……とりあえず今日はもう寝よう。明日街に行って桜ちゃんの服とか日用品を買って、そのついでに専門家に連絡してみるよ。あと桜ちゃんを預かってくれそうな信頼できる魔術師にも連絡しておこう」
日本人嫌いだが貸しがあるしそこそこ仲良くしてくれているからきっと預かってくれるだろう。
結局考えても仕方ないという結論に至り、寝袋は桜ちゃんに貸してしまったのでコートを羽織って木に寄りかかる。
「了解ですマスター。それと今回の一件、感謝します」
ランサーは最後にそうお礼を述べてから霊体化する。
それを見届けてから仮眠を取る。
やれやれ今日は大変だった。でもまぁ桜ちゃんがこれでもう酷い目に遭わずに済むのなら自分の疲れなど安いもんだ。
そういえば桜ちゃんの本当の父親、遠坂時臣は今頃どうしているのだろう。
◆
「それは本当ですか?」
『ああ間違いない。現在の『表向き』の間桐の当主、
教会との連絡用である蓄音機型の魔道具越しに伝えられた言峰璃正の内容に、時臣は溜息と共に項垂れながらテーブルへと手を突く。
(聖杯戦争が始まってまだ一日だというのに問題が起き過ぎている)
時臣は眉間に皺を寄せながら目を瞑り今までの出来事を思い返す。
そもそも時臣の苦悩の始まりはサーヴァントであるギルガメッシュをアーチャーとして召喚してしまった事から始まった。
金と時間をかけて手に入れた『世界最古の蛇の抜け殻』を触媒としてサーヴァント召喚を行った時臣は、見事に狙い通りギルガメッシュの召喚に成功する。
しかし呼び出された彼の王のクラスはアーチャーであった。
英雄王もまさに傍若無人の暴君という言葉がぴったりくる性格であり、基本的に他者の言うことは興が乗らなければ聞かず動かず。
その上アーチャーのクラススキルである『単独行動』のせいで常に単独であっちこっちに出かけてしまっていた。
そんな制御不能の英雄王に対して、時臣は家臣の礼を尽くす事でなんとか己の言葉を聞き届けて貰う事に成功していた。
そして同盟を結んでいるアサシンのマスターであり自らの弟子である言峰綺礼に命じてアサシンの一体をギルガメッシュに倒させ、その現場を他の魔術師に見せる事でアサシンの脱落を偽装した。
更に綺礼を教会に保護させる事で綺礼の存在もマスター達の認識から外す事で動き易くし、アサシンと共に時臣が聖杯戦争に勝てるように裏方に徹して貰うはずであった。
だが結局はギルガメッシュの性格が災いし、倉庫街の戦闘で彼の能力の一つである『王の財宝』が露見し、その能力から、正体がバレてはまずいと判断し令呪を一つ使ってギルガメッシュをその場から撤退させた。
極めつけは『今日は少々疲れた』と呟きながらワインの入ったグラスにいざ口をつけようとしたところに舞い込んだ先程の璃正からの連絡である。
時臣は『私は聖杯に何かしたのだろうか?』と、本気で考え込みそうになったが、桜の名を聞いた瞬間に頭が真っ白になって上手く思考できなくなった。
『……時臣君?』
「……いえ。それで間桐鶴野、彼はなんと?」
『自分は聖杯戦争には関係ない。自分が死んだら間桐の魔術関係の権利も遠坂にくれてやる。だからこれ以上我が家に関わるな。そう一方的に言ってきたよ。桜嬢、雁夜氏、臓硯氏の葬儀は戦争が終わった頃を見計らって海外から戻ったら行うと向こうから申し出があった。今頃は他県に脱出しているだろう』
「そうですか、ありがとうございます。とりあえず一体、サーヴァントが減った事を喜ぶべきでしょうな」
『うむ……時臣君、聖杯戦争はまだ始まったばかりだ。気をしっかり持ちなさい』
「……そうですね。では、また何かありましたら報告をお願いします」
璃正にそう答えてから時臣は魔道具を停止する。
(雁夜はマスターとして自らの死も覚悟していただろうからいいが、まさかこのような事で桜を失うとは。あの間桐の翁を殺したとなれば相手はかなりの使い手に違いない。であれば桜の希少性にも気付くだろう……どちらにしろ桜は無事では済まないだろうな)
桜の死体が無い以上、彼女が攫われた可能性が高いと時臣は予測した。その結果、桜がどういう道を辿るのかを魔道を知る彼だからこそ簡単に想像出来てしまった。
(運が良くてどこかの魔術の家に身売りされていれば聖杯戦争後にでも見つけられるが、最悪なのはその桜の希少性を暴く為、または利用する為に……)
時臣は眉間の皺を更に険しくさせながら、一息大きく深呼吸してから顔を上げてテーブルの脇に置いておいたワインが入ったグラスをいっきに煽る。
「どんな時でも優雅たれ。それが遠坂の家訓。何より私は桜を一度手放し、そして魔道の為なら姉妹同士の殺し合いを認めている魔術師だ。父親の感傷になど浸っている暇はない」
桜への心配を心の奥に封印した時臣は、とにかく今日はもう疲れた。と言わんばかりに大きな溜息を吐いて地下から出る為に階段へと向かう。
そんな時臣に更にライダーのマスターであるケイネスが宿泊していたホテルが衛宮切嗣によって一棟ごと爆破された事、そしてアサシンによるキャスター発見という二つの情報を綺礼から報告され、今後の行動の纏め直しなどをしなければならず、結局時臣は地下室で徹夜する羽目になった。
トッキーの精神疲労の始まりである♪
果たして彼は最後まで生き残って胃痛枠になるのか。それとも原作同様に顔芸メリーゴーランド(アニメ展開)を晒してからの絶命か!
そして次回から原作でも色々と陣営同士のバトルが勃発した二日目がスタートします。
さて……色々と頑張らんと!