マスター編の前半。
そして今回で最終決戦でギルガメッシュのマスターを勤めるのがうっかり魔術師か外道神父が決まります!
「まあ酒、料理、どちらも妥協点といった所か」
「ありがとうございます。王よ」
遠坂時臣が案内したのは商店街から少し外れた凄い高級そうな日本料亭の個室だった。たぶん裕福な家庭や政治家なんかが訪れるような場所だと思う。
とりあえず人払いの為にギルガメッシュが食べたい物、飲みたい物をいっきに注文し、机には多彩な和食がずらりと並び、その時臣がすぐに人払いの結界を張った。
しかし食が進んでいるのはギルガメッシュだけで自分を含め他の参加者はもはや通夜所ではない重苦しい沈黙の中、片手にお酒の入ったコップを握っていた。
因みに道中でしっかりとギルガメッシュには自分の事や月での彼との関係や出来事を余す事無く説明した。もちろん他の三人に聞こえないように念話で。
話が進む度にギルガメッシュは相槌を打ちながら『なるほどなるほど』と愉快気に笑っていた。とりあえず不快な思いをさせずに済んで良かった。
「おいおいどうしたお前達? せっかくこの我が席を用意したのだ。存分に腹を割って話すが良い」
さっさと喧嘩しろって事ですね。分かりたくないです。
心の中でそう愚痴るが、このままだとギルガメッシュが不機嫌になりそうなのでとりあえず一番話を訊きたい相手に話を振る。
「遠坂時臣……」
「何かね?」
「何故桜ちゃんを養子に出した」
時臣の眉が不機嫌そうに釣り上がる。
「他人の君には関係の無いことだろう」
「悪いがそうはいかない。自分はこの子を託されたし救った責任がある……まあ養子に関してはなんとなく理由は分かっているが、本題はこの子が『間桐でどんな目にあっていたか』を知っているかどうかだ」
桜ちゃんの才能と魔術師界のルールを照らし合わせれば養子に出した大方の予想は出来る。だから問題はコイツがちゃんと明け渡す相手を調査したのかだ。
「どういう意味かね?」
「言葉通りだ。この子は、間桐の家で地獄の様な目にあった」
そして自分は腕の中で眠る桜ちゃんが養子として引き取られてからどんな目にあったのかを伝え、そしてそんな一人の女の子を救うために戦った雁夜についても話し、彼から桜を託された事も伝えた。
桜ちゃんが味わった地獄の話の時に切嗣がかなり不機嫌そうに顔を歪めていたのは意外だった。もう少し感情を殺す方だと思っていたから。
「――そうか」
時臣は目蓋を閉じたまま全ての話を聞き終えると一度お茶を口にしてから目蓋を開けてこちらを見据える。
「愚かな所業だ。せっかくの桜の才能を潰すような訓練を強いるなど。そうだな。その事に関しては桜の才能が潰れる前に君に依頼した雁夜には感謝をすべきだろう。あの落伍者も、最期に桜の役に立ったのだから本望だったろう」
「……それだけか?」
「ああ。それだけだ。間桐の行いは『責める』が『否定』はしない。魔術の訓練課程はその家々で違うのだから。それが正当な物ならば私は桜に同情はしても受け入れる。それが魔術師という物だよ。魔術使い君」
……良かった。
心から、今桜ちゃんが眠っていてくれて良かったと思った。
ああ分かっているさ。魔術師はそういう連中だ。そして、たぶんだけど時臣にだって『同情』が湧くくらいには桜を愛していた事になる。ならば葛藤も多少はあったろうさ。
それでも……これではあまりにも桜ちゃんが可哀想じゃないか。
この子はずっと、お前達家族に助けを求めていたはずだ。
この子はずっと、もう一度お前達に会いたいと頑張ったはずだ。
この子はずっと、お前達を恨みもせずに、お前達との思い出を覚えているではないか。
桜ちゃんがあまりにも不憫で心が締め付けられる。だが何を言っても無駄なのだろう。魔術師はそういう者だ。価値観が違い過ぎるのだ。
時臣になんと返事を返すべきか悩んでいると意外な人物が声を掛けてきた。
「岸波白野。何故貴様はその娘に拘る。いや、それ以前に何故貴様は間桐雁夜の願いを聞いて間桐の翁を殺した。貴様にはなんのメリットも無い。むしろ足手まといの子供を一人抱え込むというデメリットの方がでかい」
時臣の隣に控えていた言峰綺礼が積極的に口を開いたことに時臣と衛宮切嗣が少しだけ意外そうな顔をさせた。
「頼まれたからだ」
「それは知っている。私が求めているのは貴様の『利』だ。あるはずだ。その娘を手元に置く利が」
「『利』か。一緒に居ると癒される、とか?」
「ブッハハハハハ!」
自分の隣でやり取りを肴に酒を飲んでいたギルガメッシュが盛大に吹いて笑い声を上げる。
「ハハハハまったく貴様は笑わせてくれる。ああ綺礼、この男は『損得』抜きにただ『託された』から背負い込んでいる感情馬鹿だ。理屈で考えていること事態が的外れよ」
「馬鹿な。では貴様は本当にただ助けたかったから間桐雁夜を助力し、頼むと請われたから間桐桜を傍に置いていると言うのか?」
「……だからそう言っている」
おいその宇宙人か何かを見たような視線を止めろ。そしてギルガメッシュ、数分で自分の事を理解しすぎだ。相変わらずチート過ぎて恐くて泣けて来るよ。
「はあ。いいか言峰綺礼、あんたが自分をどういった人間と思っていたのかは知らない。だが実際の自分は感情を優先して生きる、我侭で感情的な小さな人間なんだよ」
綺礼の目をまっすぐに見返しながら『自分はこういう人間なのだと』断言する。綺礼の瞳が揺らぐ。まるで何かと戦うように。
「……これは本来、衛宮切嗣に問う予定であったが、どうやら違ったらしい。この問いは貴様にこそ尋ねるべき物だったようだ。岸波白野、答えて貰おう。何故、貴様はそこまではっきりと迷う事無く『己』と言う物を主張できる」
「そんなもの開き直ったからに決まっているだろ」
腕を組んで自信満々に答えると、他の三人がぽかんと表情を固めてしまう。笑っているのはギルガメッシュだけだ。
「……それだけ、か?」
「ああ。言ったろ? 自分は感情的だって。だから本質を曲げることは出来ない。ならそれを受け入れた上で自分の信念に従って生きて行くしかない」
「ならば貴様のその信念とはなんだ?」
「この目に映り、この手が届く場所にある『小さくも温かいもの』を守って行く。それが岸波白野の全てであり、貫き通すと決めた『信念』だ」
世界のため、人類のため、国のため、一族のため、そういった『大きなモノのため』に戦える信念を持った人を、自分は尊敬しているし憧れた事もある。
けれど……自分には無理だった。
岸波白野にそんな正義の味方のような、アーチャーのような生き方は出来ない。否、ここにいる連中含めて、自分は同じ方を見て生きることはきっとできないだろう。
だってそんな素晴らしく偉大なモノよりも、平凡で当たり前なモノの方が、自分にとっては何倍も尊くて、大切だと感じてしまうのだから。
綺礼の意図は分からないが真面目に思っていることをそのまま伝える。
時臣と切嗣は既に無表情に戻っていたが綺礼はしばらく何かを考える素振りを見せると、再度こちらに顔を向けた。
「……仮に、もしも貴様の本性が『他人の不幸や苦悩を喜ぶ』といった物だったとしたら、貴様はそれを受け入れた上でそれを満たすために行動するのか?」
……それ、まんまお前のことだろ!
内心でツッコミを入れつつ、これはもしかしてこの外道を更生できるチャンスなのではないかという閃きが走る。
よし。やってみよう!
「きっとそうするだろうな。けどそんな『他者を傷つける』と言った本性なら、自分ならそれを悟った時点でそれを叶えられる環境で過ごすね」
「ほう。と言うと?」
なぜか物凄く興味津々と言った感じで顔を更に寄せてくる。恐い。
「……例えばさっき言峰綺礼が言った本性なら、対象を『他人を貶めて調子に乗っている悪人』に限定する。まぁ善行自体が嫌だ、つまらないって言うなら被害者加害者両方にチャンスを残しつつ『場』だけを作って、自身は高みの見物するとか? これなら第三者に被害を出さずにどっちに転んでも楽しめるんじゃないか?」
とりあえず自分の考えを伝えると、綺礼はまるで何かに気付いたかのようにはっとした表情をさせたかと思うと、目蓋を閉じて顔を伏せる。そして次第にその肩を震わせた。
「……ククク……ハハハ……ハハハハハ!」
ここでまさかの三段笑いだと!?
物凄い笑顔で大笑いを始めた綺礼に、ギルガメッシュを除いた全員が戸惑った視線を向ける。
「なるほど。それは今まで試したことはなかった。だが確かに私は『こうあるべきだ』と考えて一方を否定して来たが『折り合いを付けて』両方を満たす行動をした事は一度もなかった。で、あるならばそんな私を繋ぎ止める者が必要だ」
綺礼が立ち上がって個室から出て行こうとし、それを時臣が慌てて止めた。
「綺礼、急にどうしたんだね?」
「我が師、その男の言葉で『ある事』を思い出しました。申し訳ありませんが急ぎますので、私の冬木での戦いはここで終わりです。ああそれとギルガメッシュ……」
襖に手を掛けようとした綺礼が右手を上げると、何も無かった手の甲に令呪が浮かぶ。
「これは返させて貰うとしよう」
「ふっ、気付いていたか。そしてこの我との約定を反故にするか……だがよい。今の我の興味は別にある。マスターは時臣でも構わん。いや、むしろ好都合か。ではな綺礼、これまで見せた貴様の苦悩に免じて反故を許そう」
ギルガメッシュがそう呟くと同時に綺礼の手から令呪が消えてなくなる。
「貴様にも感謝しているギルガメッシュ。そして岸波白野、貴様にはアサシンの件で貸しがあったが、今回の事で帳消しとさせて貰うとしよう。では、いずれ縁があればどこかで出会うだろう」
最後にそれだけ伝えると綺礼は退室していった。
自分も含め何が起きたのかは分からない。ただ一人、ギルガメッシュだけは全てを悟りきった、どこか祝福するような表情で酒を煽っていた。
「さて、意外な話題で綺礼の問題が片付いたな。それでは次はこの聖杯戦争の根底、聖杯に何を願うのかについて問答してみるとしようか。おい先程から無言を貫いている雑種よ。まずは貴様からだ」
ギルガメッシュが切嗣に杯を向ける。だが切嗣はそれを無視する。もっともそれを許す英雄王ではない。
「どうした雑種、さっさと答えよ」
物凄く悪い笑顔でギルガメッシュの傍に一箇所だけ『王の財宝』で空間が歪み、そこから黄金の短剣の切っ先が現れる。どうやら答えなかったらぶっ放すつもりのようだ。ただ射線がずれているから一撃で殺すつもりはないらしい。
「……ふう。僕の願い、それはこの世界の恒久的な平和だ」
「「――」」
呟かれたその言葉に、全員が言葉を飲んだ。
と言うわけで言峰綺礼は舞台から去って思い出した妻の忘れ形見を引き取りに駆け出したのであった。彼についてはエピローグで。
そして時臣がマスターとして続投が決定するも既にギルガメッシュは彼を駒としか思っていないので命令は聞いてはくれないもよう。