【始まりのZero】
嘗て自分は
舞台の名はムーンセルオートマトンと呼ばれる人智を超越した月の観測機が作り出した電子よりも更に高次元の霊子によって作られた仮想現実空間。正式名は『
自分は嘗てその聖杯戦争をサーヴァントと呼称される古の英霊をパートナーとし、共に戦い抜き、自身の消滅と引き換えにたった一人の友人の命を助け、二度と聖杯戦争が起こらないように願望機としての機能を停止させた。
しかしその最中。何が原因かは判らないが、機能停止寸前に自分は何故かムーンセルによって別の世界へと転生し続ける存在になってしまった。
もっとも、転生先での記憶が無いので自分が何度転生しているのかは解からない。これが数回目なのか、それとも既に三桁を超えたのかも解らない。
そんな自分がこの世界に転生した時点で、巻き込まれる事は決まっていたのかもしれない。
「さて、到着だな」
『左手』に視線を一度だけ向け、バスから降りる。
その場で街を見回してから最後に空を見上げて呟く。
「ここが冬木――今度の聖杯戦争の戦場か」
日本の寒い晩秋。自分にとって二度目の聖杯戦争が始まろうとしていた。
◆
その日、
(一人目は
切嗣は時臣の写真が添付されたファイルを置いて次のファイルを手に取る。
(二人目はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。魔術属性は「風」と「水」の二重属性で降霊術、召喚術、錬金術に通ずる魔術のエキスパート。『ロードエルメロイ』なんて二つ名が付くのも納得だ。だが、実戦経験が少なく私生活の情報を見るに精神面は意外ともろい。僕の戦術とも相性が良い)
切嗣はケイネスのファイルを時臣の上に乗せ更に読み進める。
次のファイルは他と違って数が少なかった。
(三人目は御三家の一つである間桐を一度出奔したにも関わらず家へと舞い戻った次男、
結局雁夜については人物としてはともかく、魔術方面では詳しい事は明記されておらず、間桐の当主である
(四人目、
切嗣が言峰の資料を読む内にその内容に眉を顰めたその時、扉がノックされ一人の女性が入室する。
「お疲れさま切嗣。少し休憩しない?」
「アイリ……」
やって来たのは切嗣の妻であり、アインツベルンが今回の聖杯戦争の『聖杯の器』として用意したホムンクルであるアイリスフィール・フォン・アインツベルンであった。
冬木の聖杯には全てのシステムの根幹となる『大聖杯』とその大聖杯と繋がり『願いを叶える願望機』、つまり聖杯としての役割を行う『小聖杯』の二つが存在する。
つまり小聖杯は使い捨てであり、聖杯戦争が始まった時点でアイリの死が確定しているのである。
しかしそんなアイリ自身に悲壮感は無く。ただ夫を気遣う妻として優しく微笑み、お茶と茶菓子を乗せたトレーをテーブルの端に置いて切嗣の傍に近寄る。
先程まで険しい表情をさせていた切嗣の表情が少しだけ優しい物へと変わり、彼女に頷き返しながらお茶に手を伸ばす。
「ああ、もう少ししたらね。お茶は頂くよ。ありがとうアイリ」
「ふふ、どう致しまして。それよりどうかしたの? さっきは凄く難しい顔をしていたけれど?」
夫である切嗣の険しい表情から何かあったのではと思いアイリスフィールが切嗣が持っている綺礼の資料を見ながら尋ねると、切嗣は軽い溜息を吐いてまた眉を顰めた。
「この言峰綺礼という男の事がよく解らなくてね」
「この人が?」
アイリスフィールが切嗣から資料を借り受けて中身を確認する。
「へー色々やっているのねこの人」
資料に書かれた綺礼の経歴からアイリスフィールがそう感想を呟く。
「そう色々やっている。だがこの男は努力をし、長い時間を掛けて手に入れたそれを平然と捨ててまた別のことに手を出し学ぶ……この男の人生には情熱が見られない」
切嗣が資料から得た綺礼という男の印象は無感動な人間というものだった。
事実、綺礼の資料は他の人物に比べてプライベートな情報が少なく、しかしそれに比例するように多くの魔術や技術の履歴だけが並べられていた。
「はっきり言って実力がある上に何を考えているのか分からないこの手の相手は不気味でやり難い」
「……つまり現状ではこの人が一番の強敵ってこと?」
「いや。この男もそうだがもう一人……厄介なのがいる」
切嗣はそう言って最後の資料に手を伸ばす。そしてアイリスフィールに聞こえるように口頭で説明する。
「岸波白野。フリーの賞金稼ぎ。魔術特性、属性、あらゆる事は不明。判っているのは投影魔術と一小節での魔術行使に特化した魔術使いであるということ。そして……捕縛、または殺害対象が『悪人』であるということ」
「悪人? 犯罪者じゃなくて?」
アイリスフィールの言葉に切嗣は頷いて答える。
「ああ。彼が狙う対象には特徴がある。その特徴が『一般人を巻き込んで魔術や犯罪を行う』連中なのさ。分かりやすく言えば一般人への被害を省みない連中だね」
「あらイイ人なのね。まるで正義の味方みたい」
そう言ってアイリスフィールは嬉しそうに笑いながら白野の写真を見つめる。
「……そう、だね」
切嗣はアイリスフィールの言葉に曖昧に返事をしながらもう一度お茶を飲んでから続きを説明する。
「まぁ、彼の思想はともかく厄介なのは彼の『生き残ること』に特化したその戦術だ。彼は魔術教会の追っ手から約十年近く逃げ続けた程の人物なんだ。その後も――」
「え? ちょ、ちょっと待ってキリツグ。この子、どう贔屓目に見てもせいぜい二十代半ばよね?」
アイリスフィールの言葉に切嗣が頷く。
「正確な年は分からない。だが、彼は子供の頃にある理由で旅行中に魔術師に両親を殺されている。その後巡り巡って中東で少年兵として過ごし、後に傭兵として独り立ちして今の職業に落ち着いている」
「どうして狙われたの?」
「令呪のせいさ」
切嗣の言葉にアイリスフィールは驚き眼を見開く。
「そんな……そんな早い時期に一般人に令呪が浮かぶなんて。私達御三家ですら色々細工しなければいけないのよ」
令呪には色々な意味があるが、その意味の一つが聖杯戦争への参加資格である。
令呪は聖杯戦争を造った御三家であるアインツベルン、遠坂、間桐の御三家の血族に優先的に割り振られるようになっていて、御三家には早めに令呪を得る為の手段もそれぞれ伝えられている。
そしてその御三家以外の令呪は『聖杯』が選別するが、それでもせいぜい聖杯戦争開始から早くても数週間前から数ヶ月が殆どであり、三年程前に浮かんだ綺礼ですら時臣は異例と驚くものであった。
故に白野の十数年前からの聖杯からの令呪譲渡は異例どころか異常と言っていい事態であり、それ故にアイリスフィールは驚き切嗣は警戒していた。
「僕が彼を警戒する理由の一つがこの令呪の件なんだよ。己の人生を狂わせたと言っていい令呪を、いまだ彼は所持し続けている。彼は一体何の目的で聖杯を求めているのか。それが僕には解らないんだ。加えて彼の生き残る為に手段を選ばない戦術も厄介だ」
(そう。まるでナタリアと同じように)
白野の戦歴、そこに書かれた戦術を読む内に切嗣の脳裏には同じく『生き残ること』に特化した自身の師であり親代わりでありそして……自らが殺した一人の女性の顔が浮かぶ。
「う~ん。つまりこのハクノって子が厄介なのは切嗣と同じだからって事でいいのかしら?」
「僕と同じ?」
「ええ。令呪や聖杯の願いについては解らないけれど、少なくとも貴方と同じ考えで同じ戦術を取るって事でしょ?」
アイリスフィールの言葉に切嗣はしばし呆けた顔をし、次に苦笑して見せた。
「ああ、うん。なるほど。アイリのお陰で少しだけ気が楽になったよ」
「どういたしまして?」
突然の夫からのお礼にアイリスフィールは意味が分からず困ったような笑顔でそう返す。
(もし彼が僕と同じ、もしくは似た思想と思考なら読み合いは五分に持ち込める。ならあとは『駒』が多い僕の方が有利なはずだ)
切嗣は自らの切れる手札を考える。
これまでのハンターとして得たコネ。
御三家の一つであるアインツベルンという魔術師の名家のバックアップ。
そして聖杯戦争で自分の手助けとして呼ぶつもりの仕事仲間。
何より願いを叶える為の器であるアイリスフィールの存在。
(そう。負けられない。僕のためにも。僕の為にその身を捧げてくれるアイリの為にもそして何よりあの子の為にも)
現状の戦力から、確かに弱気になるほどではないと判断した切嗣は、改めて己に敗北は許されないのだと、気持ちを奮い立たせる。
「さて、とりあえず今はこんな所か」
「それじゃあ休憩しましょう。あ、それと大爺様から連絡があったわ。例のあれが見付かったって」
「……そうか見付かったのか。まさか本当に在るなんてね」
アイリスフィールの言葉に頷きながら切嗣は自身の左手を見詰める。
「これで呼び出すサーヴァントも決まった、か」
初回なのに主人公がちょっとしか出てない。
そしてケリーが完全にキャラの解説キャラとなってしまった(笑)