メドゥーサが逝く   作:VISP

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第十一話 シビュレが逝く4

 「あっっっっぶなかったぁッ!!」

 

 ゴルゴーン程の大質量の墜落は、隕石の落下にも並び、落下地点に巨大なクレーターを作る程の威力を叩きだした。

 それは冥府へと繋がる程に深く、僅かながら亡者達が湧き出し始める程だった。

 まぁ出てきた瞬間に絶毒を浴び、苦痛で絶叫を上げながら転げ落ちていったが。

 

 「いやぁ、計画通りだったとは言え、肝が冷えましたね。」

 「もう二度とやりたくない…。」

 

 そう告げるケイローンに、イアソンも本音を返す。

 まぁ、誰だって雲より高い高度から地表に向かって加速なんてしたがらないだろう。

 それが試験無しの一発勝負なら尚更に。

 

 「艦首障壁の切り離し、成功して良かったですね。」

 

 でなければアルゴー二世号と言えど、木っ端微塵だっただろう。

 地表への激突寸前、アルゴー二世号は艦首に展開していた大気障壁をパージ、その反動で急制動をかけた上で、機首を全力で上げて難を逃れた。

 無論、艦内の重力制御もブレーキに使ったので、中はシッチャカメッチャカだったが。

 ラムアタック時の保険として想定されていた使用方法だが、まさか初手で使う事になるとは思わなかった。

 

 「さて、お二人さん、そろそろ準備してくださいや。」

 

 そう告げるのは二人の傍で火器管制を指揮していたヘクトールだ。

 斯く言う彼も頭を打ってタンコブを作っているが、英雄らしく健在であり、朗らかに言っている。

 だが、この作戦の草案を立案した辺り、怒らせてはいけない人種だとはっきり言える。

 

 「如何にあの衝撃でも、あの化け物が死んだと確認するまでは無駄口は駄目ですよ。」

 「あぁ、それなら確かめるまでもない。」

 

 ヘクトールの諫言に、イアソンは号令をかけた。

 

 「船速最大!現地点より離脱!目標は未だ健在だぞ!」

 

 次の瞬間、アルゴー二世号に横殴りの尾の一撃が命中した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ヘラクレスは感嘆してた。

 

 「これはまた、凄まじい生命力だな。」

 

 中間層から突撃、そこからの自分とシビュレの奥義、そして地表への激突。

 それだけの猛攻を食らってなお、ゴルゴーンはゆっくりとその巨体をクレーターから起こしていた。

 先程アルゴー二世号を襲った尾による打撃も、単にその場から起きるための動作であると言うのに、ただ動くだけで脅威となっていた。

 嘗て自分が倒したネメアの大獅子も、こんな攻撃を食らえば確実に沈むと言うのに、目の前の怪物はそれに耐え、剰え自己修復を開始していた。

 

 「とは言え、翼を切り落とした今、大幅に遅くなっています。倒すなら今ですね。」

 「うむ、任せてくれ。」

 

 だが、その二人を嘲るように、ゴルゴーンは次の手を打っていた。

 ポトリと、金剛鉄製の鱗が落ちた。

 

 ポトリ、ポトリ、ポトリ、ポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリポトリボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト…

 

 全身の鱗が次々と、滝の様に剥がれ落ちていく。

 その光景には、さしもの二人もあ然とした。

 次いで、その鱗一枚一枚がビキビキと音を立てて変質し、竜の頭となっていく様子を見ると顔を青ざめさせた。

 

 「散開!」

 「厄介過ぎるなコレは!」

 

 次の瞬間、二人が立っていた場所に竜頭が飛び掛かり、地面を噛み砕く。

 二人は素早く斧と槍を振るい、それらを両断していくが…数が多すぎた。

 何せ全長約7kmにもなるゴルゴーンの全身に生えている鱗の数がそのまま戦力差となるのだ。 

 その時点で、ギリシャ中のどんな国よりも兵数では勝っていた。

 

 「キシャァ!」

 「炎まで噴きますか…。」

 

 しかも、下位ながらブレスまで吐いてきた。

 10の命のストックを有するヘラクレスなら兎も角、シビュレには苦手な部類だった。

 無論、時間をかければ殲滅できなくもないが…鱗程度、幾らでも生産可能であり、相手をするだけ無駄な類だった。

 

 「ギャォォ!」

 「しかも飛びますか…。」

 

 げんなりとした表情で、飛行すら開始した竜鱗達を見上げる。

 その数は億を容易く超え、今現在もなお増え続けている。

 しかも…

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!!」

 

 轟、と山々や海すら超える程の大音量で、ゴルゴーンが咆哮した。

 それは周囲にあった岩や地面、クレーターを砕き、自身の生み出した竜鱗達すら衝撃で吹き飛ばす程であり…何よりも、その声はギリシャ世界中に轟いた。 

 

 『お姉様、大変です!』

 『どうしましたか?』

 

 音よりも早く走れるが故、シビュレは易々と安全圏であるヘラクレスの後ろに下がると、メディアからの通信に耳を傾けた。

 

 『先程の咆哮でギリシャ各地の怪物達…ゴルゴーンの眷属がこの場所に集結を開始しました。』

 「控えめに言って最悪ですね。」

 

 マジで窮地だった。

 どうやらこちらが初手で弾けた分、向こうにも容赦とかが無くなったらしい。

 

 『到達時間は最初の個体が今から1時間後です。』

 「とは言え、やる事は変わらん。」

 「ですね。ヘラクレスと私はこのままゴルゴーンの相手を。皆さんはあの鱗と眷属達の相手を。」

 

 ここまでやっても、まぁ何とか3割生き延びれば良いなぁ…な程度にはピンチだった。

 しかし、殺せない訳ではないし、勝てない訳でもない。

 ここで自力ではなく増援を選んだ時点で、敵の底は見えつつある。

 

 「では、先ずは数を減らしましょう。」

 

 一瞬でシビュレの姿が消える。

 だが、それは転移魔術ではない。

 縮地と言う、本来は仙術であるそれを体術で再現した紛い物。

 本来ならばオリジナルの仙術には敵わないが、シビュレは二つの縮地を使える猿から桃の果実酒を代価にそれらを習い、二つを組み合わせる事で空間転移と高速移動を自在に切り替える事を可能とした。

 そんな縮地の亜種でもって、彼女は竜鱗達の合間を縫い、雲を突き抜けて、直上へと飛んだ。

 そこは先程までゴルゴーンが浮かんでいた空域、成層圏と言われる高度。

 そこから、彼女は不死殺したる停止の槍を構え、告げる。

 その技もまた、彼女が旅の中でとある聖仙に10年近く弟子入りする事で漸く得た、絶滅の業。

 インドの戦士達が師から授けられる、国土を枯らす秘中の秘。

 

 「『梵天よ、地を呑め(ブラフマーストラ)』!」

 

 大地へと呪いの一撃が叩き込まれた。

 着弾した一撃は、盛大な爆発と共に周囲にいた竜鱗達を飲み込み、ゴルゴーンの鱗を貫通し、盛大に肉を抉る。

 

 「■■■■■■■■―――ッ!?」

 

 ゴルゴーンが悲鳴を上げてのたうつ。

 だが、口を開いた瞬間、その柔らかい口内目掛けて、戦艦の砲弾が如き威力を持った矢が正確無比に飛来、命中する。

 

 「『梵天よ、地を呑め』『梵天よ、地を呑め』『梵天よ、地を呑め』『梵天よ、地を呑め』

『梵天よ、地を呑め』ァッ!!」

 

 だが、誰もその程度では終わるとは言っていない。

 頭上からの一方的な戦術核クラスの武技の連射に、ゴルゴーンの鱗は溶け、肉は抉られ、骨が軋む。

 雲霞の様に空の一角を黒く染めていた竜鱗は消し飛び、蹴散らされていく。

 しかし、ゴルゴーンは全長7kmと言う、単体の生物としては途方もないサイズを誇る。

 

 「■■■■■…!」

 

 全身から、対空砲火の様に細い絶毒の光が幾つも放たれる。

 当たれば如何なる魔術であっても一撃で死ぬそれを、シビュレは光線の合間を縫う様に回避していく。

 

 「余所見はいかんな。」

 

 だが、意識を空へと向けた間隙を、見逃す大英雄はいない。

 ヘラクレスの剛腕がその膂力を遺憾なく発揮し、しなやかな腕の振りと共に超高速の9連撃となって、その腹部へと刻み込まれる。

 

 「『射殺す百頭』!」

 

 鱗を削り、肉を削ぎ、骨を断つ。

 その巨体であっても、絶対に無視できないダメージが次々と繰り出されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「■■■………。」

 

 猛撃の嵐の中、二人の大英雄を前に、ギリシャ最大の怪物の片割れは機を窺っていた。

 

 

 

 

 


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