メドゥーサが逝く   作:VISP

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第十六話 人間が行く

 ゴルゴーン討伐作戦は、多大な犠牲の上に終了した。

 参加した者、被害にあった者は最早戻らぬものを惜しみつつ、続く明日のために歩き始めた。

 アルゴー二世号に乗船した英雄達もまた、それぞれの道を歩み始めた。

 しかし、彼らの胸には確かにあの栄光の日々が刻まれ、何時までも残り続けるのだろう。

 例えきっと、ギリシャの全てが滅んでも、あの日々は確かにあったのだと、人類史が終わるまで。

 なお、今回基本的に良い所無しだった神々については何時も通りの事なので、特に触れる所は無い。

 

 

 ……………

 

 

 イアソンは故郷であるイオルコスに帰還後、母と共に暮らし始め、船でも買って運輸業でもするかと思った矢先、叔父であるぺリアス王に乞われて水軍の教育係に就く。

 部下達からは厳しい訓練で恐れられるものの、必ず自分もそれに参加して規範を示した事から兵達からは「我らの英雄船長」と慕われる事となる。

 また、王の相談役も務め、幾度も国難を切り抜けた。

 だが、本人は頑なに要職に就く事を拒んだ辺り、荒事には懲りたらしい。

 後にぺリアス王の娘の一人=従妹を嫁に貰い、子々孫々に渡って要職=責任ある立場は固辞しつつも国に仕え続けたと言う。

 

 「ま、何事も程々が一番と言う事さ。」

 

 

 ヘクトールはゴルゴーン討伐後、待っていたのは荒れ果てた故郷の復興と言う大仕事だった。

 何せ国民が一目見て分かる位に減ったのだ。

 国力の衰退は目を覆う程であり、もしゴルゴーン討伐にヘクトールが参加せずに英雄達とのコネが無かったら、周辺諸国に併呑されていただろう弱体化ぶりだった。

 こんな事態を招いた祖父に悪態を吐きつつも、それでもヘクトールはへこたれずに復興に尽力し、順当に王位を継ぎ、妻子を大事にしながらもその職責を全うした。

 なお、唐突に現れて娘を口説いて嫁にしていったアキレウスとは一見犬猿の仲でよく喧嘩するが、殺し合いだけはしなかった模様。

 

 「おい小僧、ちょっとそこを動くなよ。」

 

 

 アキレウスはゴルゴーン討伐後、自身の力不足を痛感し、再度ケイローンの下で修業に入った。

 そして数年の修行を終えた彼は、見違える様に知性と教養、思いやりを身に着けていた。

 以後、彼はゴルゴーンの眷属を始めとした怪物達を倒すためにギリシャ世界中を駆け巡り、父の心配も何のその、多くの冒険譚を残した。

 最終的には旅先で魔獣に襲われたヘクトールの娘を助けた事で、彼女から愛を告げられ、それを機に結婚。

 大事な娘を掻っ攫われたヘクトールからは常にちょっかいを掛けられるが、殺意は比較的少ないので鍛錬の意味も込めて快く応じている。

 

 「まだまだ遠いな。何時になったら追い越せるやら。」

 

 

 ケイローンはゴルゴーン討伐後、各地に残留してしまった絶毒の除去事業に尽力した。

 途中、殊勝な様子で再度弟子入りしたアキレウスの活躍もあり、絶毒とそれをばら撒くゴルゴーンの眷属の多くは根絶された。

 しかし、ただ一体、行方の知れない個体がいる事に漠然とした不安を抱いている。

 

 「弟子達が皆巣立った事に喜ばしいやら寂しいやら…。それは兎も角、私も頑張らねばなりませんね。」

 

 

 ヘラクレス/アルケイデスは瀕死の天馬が託した最後の蟠桃の酒によって絶毒の汚染を払い、生き延びる事に成功した。

 その後はまた12の試練に戻ったものの、ヘラからの妨害も何故か無くなった事もあり、すんなりとクリアした。

 また、参加したティタノマキア(対巨人族戦争)でも大いに活躍し、並み居る巨人達を「ゴルゴーンの足元にも及ばん」と言って薙ぎ払ったと言う。

 相変わらず美少年好きは治っていないが、奥さんも子供達も大事にしたため、パンツにヒュドラの毒を仕込まれる事もなく、大勢の子供と孫達に囲まれて往生し、星座となった。

 だが、彼の試練は星座になってなお終わっていなかった。

 

 「苦難もあった。だが、それ以上に良き事の多い人生であった。」

 

 

 メディアはゴルゴーン討伐後、英雄達の治療を終えるとコルキスに戻り、そこで蟠桃の栽培を行いつつ、再びヘカテーに師事して本格的に魔術を習い始めた。

 その腕は、真っ当な魔術なら既に姉と慕ったシビュレ/メドゥーサを超えており、ヘカテーも大いに満足した。

 蟠桃の栽培方法を確立した後、彼女は何年か姿を晦ませた後、突如冥府の一角であるエリュシオンを与えられ、これを治めたと言う。

 

 「待っていてくださいお姉様。メディアは必ず…」

 

 

 ……………

 

 

 ガイアは思った。

 今のギリシャの神々は余りにも驕り高ぶっている。

 以前、ゴルゴーンによって散々に破られたと言うのに、その傲慢さは天井知らずに肥大化し、今では連日地の底まで響く様な下品な宴会を繰り広げている。

 その愚かさ、実に憎悪に値する。

 また、今まで幾度も自身の息子達を殺してきたゼウスらオリュンポスの神々の多くに対しても、ガイアの堪忍袋の緒は限界に来ていた。

 

 「我が末子の実力、見せてくれよう。」

 

 ギリシャにおける原初の地母神であるガイア、それと同程度に古い起源を持つ奈落そのものの神であるタルタロス。

 その二人の間に生まれたガイアの末子、神々と怪物達の王となるべく生まれた者。

 その名をテュポーンと言う。

 その巨体は地表から星々へと届き、その腕は伸ばせば世界の東西の端にも達し、底知れぬ怪力を持ち、如何なる状況であっても決して疲れることがない。

 背中からは巨大な猛禽の翼が広がり、肩からは百の蛇が生え、炎を放つ目を持ち、腿から上は人間と同じだが、下は巨大な毒蛇の身体を持つ。

 この姿から分かる通り、テュポーンは両親の力の他、ガイアが呑み込んだゴルゴーンの眷属を基に作られており、ゴルゴーンを参考にプロメテウス炉心を12基搭載し、その名の通り雷霆神たるゼウスに匹敵する天空と雷の権能を持ち、地球を焼き払い、天空を破壊する程の灼熱の炎を操り、更には自己再生・自己進化能力を持っている。

 また、性能面でもゴルゴーンが広域殲滅に特化しているのに対し、テュポーンは同等の性能を持ちながらより耐久力や膂力、持久力といった単体での戦闘能力に特化している。

 はっきり言おう。

 ゼウスではテュポーンに勝つ事は出来ない。

 そして、ガイアの命により復興を終えたばかりのオリュンポスで騒ぐ神々の下に、テュポーンは襲い掛かった。

 仰天した神々は散々に蹴散らされ、逃げ去ったが、此処でこれ以上の敗退は沽券に関わると、止せば良いのに雷霆を片手に全力で応戦を開始した。

 そのため、他の神々は何とか安全圏へと離脱したが、オリュンポスは完全に崩落し、ゼウスも重傷を負い、手足の腱を捥ぎ取られ、大幅に弱体化、命からがら逃げ出した。

 困ったのは他のオリュンポスの神々だ。

 原初の神々が勝てば、覇権はまた彼らのものとなってしまう。

 元々そっちよりだったヘカテーやヘスティア、デメテル等は問題にならないが、他の神々に関しては深刻な問題となる。

 自分達が下克上して覇権を握った自覚がある以上、やり返される事を恐れたのだ。

 だが、相手はゼウスとタイマンを張った上で勝利する実力を持っている。

 オリュンポスの神々では誰も勝てなかった。

 

 「では、私が行こう。」

 

 そこに星座となって神々の仲間入りを果たしていたヘラクレスが現れた。

 彼は余りにも喧しい宴に呆れ、参加しておらず、今回の騒ぎに巻き込まれる事が無かったのだ。

 

 「頼んだぞ、ヘラクレス!私は今の内に主神の腱を探してくる!」

 「任されよう。戦果を期待していてくれ。」

 

 そして、ゼウスの小間使いでもあるヘルメスは急ぎ隠されたゼウスの腱を探しに出かけ、ヘラクレスはその間のテュポーンを相手に一人で時間稼ぎをする事となる。

 この時の戦いは、ギリシャ神話史上最大のものとなる。

 全宇宙を焼き尽くすと言われるゼウスの雷霆に匹敵する火力を持ち、地表から星々に届く程の巨体を持つテュポーン。

 宇宙最大の剛力を持ち、数多の怪物を打倒してきた並ぶ者無き大英雄ヘラクレス。

 この両者の戦いはヘルメスが全ての腱を探し出し、ゼウスが復活するまで続き、嘗てのティタノマキアやゴルゴーン討伐作戦を足してもなお足りない程の大激戦の末に、ゼウスとヘラクレスの親子の協力により、消耗したテュポーンを何とかエトナ山の下敷きにする事で封印する事に成功した。

 しかし、この戦いの余波でギリシャ世界は大打撃を被り、結果的に衰退する事になってしまった。

 それもまた、星の定めた人理定礎通りの結末ではあった。

 だが、そこに至る過程には、確かに多くの人々の命や思い、それによって成された選択があった事を忘れてはいけない。

 

 

 ……………

 

 

 地表より地下深くの冥界の一か所。

 そこにはまるで卵の様な形をした、単なる岩が三つ、それぞれ異なる大きさで安置されていた。

 一つ目は最も大きく、縦の長さは5m近くあり、最も大きい。

 二つ目は中位で、縦の長さは4m程だが、横幅も同じ位大きく、球体に近い。

 そして三つ目は最も小さく、1m程しかないものの、他の二つよりも表面がつるりとしていた。

 それらがその場に安置されて、もうどれ程の月日が流れたか誰も知らない。

 冥府の一角では数える者もおらず、人一人の人生よりも遥かに長いだろうと言う事位しか分からない。

 一つ言える事は、等間隔に並んだこの岩は人為的に並べられた可能性が高い、と言う事位だろうか。

 冥府と言う暗闇と岩肌と土と死者達、僅かに緑のある場所を除けば荒涼とした場所で、不意にピシリと音がした。

 誰もいない筈の冥府の一角、そこにあった三つの岩の表面が、不意に罅割れたのだ。

 

 ピシピシピシビシビシビシビシビシビシビシビキビキビキビキビキ…!

 

 急速に三つの岩の表面に広がった罅は、やがて全体へと行き渡り、遂には岩へと致命的な亀裂が走った。

 瞬間、バキンと、硬質な音と共に岩が、否、卵が割れた。 

 目覚めの時が来たと、卵の殻が己から自壊したのだ。

 

 「むぅ………。」

 「ぶるる…。」

 

 最も大きい岩と中位の岩もとい卵から出てきたのは、筋骨隆々の逞しい青年と美しい猛禽の翼を持った純白の天馬だ。

 どちらもあの大きな岩に入っていたのが納得の大柄であり、眠たげな顔で身体を確認しつつ、最後の卵が割れるのを待った。

 そして、最後の卵が割れた。

 

 「ん……。」

 

 そして、砕けた卵の殻の中から出てきたのは、紫の髪を持った美しい少女だった。

 年の頃はまだ十代半ばまで行ってない程度の、しかし将来の美貌を約束された程の、絶世と称してよい程の美少女だ。

 彼女の姉二人とはまた違ったベクトルの美しさは、きっと多くの者を性別年齢立場問わずに魅了する事だろう。

 

 「ふぁぁ……随分長く寝ていた様ですね…。」

 

 未だ覚めない頭で、欠伸を噛み殺しながら少女は身体を伸ばし、自己分析する。

 肉体の状態は良好。

 筋力も魔術回路も相応に未成熟な状態となっているが、これならば慣らしをすれば直ぐにものになるだろう。

 とは言え、嘗て程の力を取り戻すには相応の期間と装備が必要となるだろう。

 だが、自分が、自分達が巻き込まれるギリシャの争乱は終わった。

 そういう風に目覚める時間を設定したのだ。

 つまり、これからは幾らでも時間があるし、強制的に争乱に巻き込まれる心配も無いのだ。

 

 「さて、先ずは何をしましょうか。」

 「はい、お召し物です。先ずは服を着ましょう。」

 「おっと、そう言えばそうでしたね。」

 

 当たり前だが、彼女も青年も裸だ。

 何せ生まれたばかりなのだから。

 その白磁の肌も、可愛らしい蕾も、未だ未成熟な肢体も、全てが開けっ広げとなっている。

 もし好色な主神辺りがいたら、また懲りずに突撃してくる事請け合いな状態だ。

 

 「よいしょっと。」

 「はい、それじゃあ行きましょうか。」

 「所でさ。」

 「はい?」

 「何でいるの?」 

 

 にっこにっこと、美しく女神として成長したメディアは幼くなったメドゥーサの手を取りながら、冷や汗を流す小さなお姉様に満面の笑みで告げた。

 

 「ヘカテー様が色々教えて下さいました。それとハデス様のご厚意もあって、こうして冥府に私の領地を持てたのです。これでもう、決してお姉様と別たれる事はありません。」

 (あ、これアカン奴だ。)

 

 にこにこと、ニコニコと、女性となったメディアの美しい笑顔には一切の陰はない。

 しかし、女神として覚醒した彼女のその言葉は、文字通り永遠にメドゥーサを拘束すると言う宣言だ。

 そう、何処ぞのゆるキャラ化した狩人が月の女神に捕らわれたのと同じく、彼女もまた、この妹分に捕らわれたのだ。

 

 「これからはずっと一緒にいましょうね、お姉様。」

 「あ、あははははははは…。」

 

 思わず虚ろな笑みが漏れ出てしまった母親を、子供二人は哀れみの視線を向ける。

 その視線は屠殺場に連れて逝かれる豚へ向けるものと同義であり、二人は己の母の生末を悟って内心涙した。

 

 (あぁ、これなら素直に座に行ってた方がマシだったかなぁ…。)

 

 転生による蘇生なんて反則技をしたばっかりに、こうしてメドゥーサはメディアの恋人となり、ちょっと変わった経緯だが、無事に冥界の住人になったとさ。

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、これで生前のギリシャ編終了です。
我ながら長すぎる(汗)と思いましたが、詰め込みたいもの全部ごった煮にしたにしてはよく纏まったかと。
読者の皆さん、ご愛読&感想ありがとうございました。
次の作品でもまたよろしくお願いします。

さぁ次は第五次とFGOだ(白目

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