「では、今後の戦略としては戦力増強を最優先にしつつ、副目標として可能ならキャスターの撃破。もしバーサーカーに遭遇しても決して戦闘せずに撤退。以上でよろしいですね?」
「「「異議なし。」」」
斯くして、方針は決定した。
キャスターに関してはあくまで可能ならばと付くのは、彼の真名がクー・フーリンだからだ。
殊に彼は撤退戦や追撃戦、そしてゲリラ戦を得意とし、更に言えば極端に生き汚い。
伝承でも奪われたゲイボルグの投擲で腹を破かれ臓物を零したのに、零れた臓物を川で洗って腹に納めて傷を縫った後、片手片足を無くしても自身を石柱に括りつけて死ぬまで戦ったとか言う「お前本当に人類か?」と言われる程度にはカッ飛んだ英霊なのだ。
そんな彼をよく表すのが「ケルト版ヘラクレス」。
例えキャスターの霊基で呼ばれていたとしても、一対一では対魔力を持ったセイバーすら討ち取られかねないのだ。
しかも、そのマスターも腕っぷしに長けているとなれば、一対一の状況は悪戯にマスターを危険に晒すだけとなる。
「では士郎は凛から講義を受けて下さい。私は注射器の作成と結界の作成を行いますので。」
「私とアーチャーはどうしますか?」
「セイバーは可能な限り魔力の節約を。アーチャーは……その変わった魔術で使えそうなものを作っておいてください。」
「承知した。が……何時気付いたのかね?」
「弓矢が全部ミリ単位で同じでは気付けと言っている様なものですし、あの巨剣は古い神霊のものですからね。」
「成程な。」
こうして、一同はそれぞれ分かれて自身に出来る事をするのだった。
「あれ?私だけ何もしていない様な…?」
……………
「良かった…私はニートなんかじゃなかった…!」
「何言ってるんだセイバー……。」
昼前、回路の覚醒と講義を終わらせた後、食材が底を突いてしまい買い出しに出掛ける士郎に、護衛兼荷物持ちとしてセイバーが同行していた。
若干電波を受信していたが、まぁ問題ないだろう。
「所でさ。」
「はい。」
「いい加減、アレに目を向けようか…。」
「はい…。」
いつもの深山商店街。
馴染みの風景、馴染みの店員と客達。
しかし、今此処には目を逸らしたくなる程の非日常が存在していた。
「見て見てバーサーカー!お魚のお菓子がある!」
「おお、こんな見た目なのに甘味なのか、これは面白い。」
端的に言って美幼女と巨人。
3m近い巨漢とその肩に乗った白雪の様な美少女と言う余りにもサイズ差のある、そして見覚えのある主従の姿に頭が痛くなった。
少女は昨夜と同じ服装なのだが、問題なのはバーサーカーの姿だ。
その要塞が如き鋼の剛体を、特注らしいサイズのスーツで無理矢理に包み込んでいた。
ちょっと力を入れれば、それだけで爆散しそうな違和感ばりばりのスーツ姿に、士郎もセイバーも顔を引き攣らせていた。
「あ、お兄ちゃん!」
「む?セイバーとそのマスターの少年か。奇遇だな。」
「「ア、ハイ。」」
そして見つけられてしまった。
「あー二人は観光か?」
「そうだよ!聖杯戦争は夜からだし、昼間は遊ぶの!」
無邪気にそう言うイリヤからは一切の邪気は感じられない。
本当の事を言っているのは分かるのだが、しかし彼女を乗せている巨漢によって首をほぼ真上に向けなければまともに会話出来ないのが辛い。
「バーサーカーは……なんでそんな恰好なんだ?」
「これがこの国のこの時代で最もフォーマルな服装だと聞いてな。少々窮屈だが、まぁ問題あるまい。」
問題って言うか違和感しかねーよ。
セイバーと士郎の内心は完全に一致していた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃんも一緒に遊ぼう!」
「んー、分かった。この辺初めてなんだろ?ガイド位いた方が良いだろ。」
「な!?士郎、此処は即座に撤退すべきです。例え昼間と言えど、彼女達と一緒にいる等…!」
ほのぼのモードのイリヤ達に対し、しかしセイバーは生来の生真面目さから警戒を促す。
「? 別にそんな事しなくてもバーサーカーは強いわよ?」
「うむ。」
「で、ですが…」
「それに、宝具も役に立たなかった貴女に何が出来るの?」
「グサァッ!?」
イリヤの言葉の刃により、霊核を的確に貫かれたセイバーは膝から崩れ落ちた。
「ふ、ふふひふふひふふふふふふ……どうせ、どうせ私は穀潰し……。宝具も役に立たず素でもランサーよりも弱い……燃費が悪いだけの……ただの……。」
「落ち着け!落ち着くんだセイバー!お前いなかったらオレ今頃死んでるから!お前のお蔭だから!」
だからどうか立ち上がって。
さっきから商店街の皆さまの視線が辛いの。
例え聖杯戦争が終わっても、元の暮らしに戻れるのだろうか、士郎は訝しんだ。
「はい、セイバー。」
「む?これは一体…。」
そんな混乱を救ったのは、イリヤだった。
彼女は四肢を付いて項垂れていたセイバーにあるものを差し出していた。
「タイヤキって言うんだよ。甘くて美味しいよ。」
「う、しかし、敵の施しを受ける訳には…。」
「落ち込んでても他の人の邪魔だよ?これ食べて元気出して、ね?」
「…分かりました。ありがとうございます、イリヤスフィール。」
礼を言い、鯛焼きを受け取って実に嬉しそうに賞味するセイバー。
その様に周囲の人々もほっこりするが、唯一バーサーカーだけはイリヤの「こいつチョロ過ぎwww」とでも言わんばかりの小悪魔的表情を見てしまい、そっと目を逸らして記憶からデリートしていた。
こうして実にカオスな滑り出しであったものの、その後4人は深山町商店街を楽しんだ。
……………
「あー面白かった!」
「そっか。それなら良かった。」
士郎にとっては見慣れたものでも、文字通りの箱入りだったイリヤにとっては全てが未知のもの。
深山町での二時間に満たない時間は、彼女の人生にとっては初めて尽くしの事だった。
「と、何だか腹減ったな。皆、近場の食堂に行かないか?」
「食堂ですか、良いですね。」
「私は異論ないが、イリヤは大丈夫か?」
「うん!面白そうだし行こう!」
そうして、異色過ぎる4人は商店街の食堂へと入って行った。
「へいらっしゃい。」
「なんでさ。」
偶々目についた洋食屋。
日本では極一般的な食堂にはしかし、明らかに場違いな紫髪の美女がいた。
しかも、以前は無かった本格的かつ落ち着いたウェイトレス姿は実に美しく、店内の客達の視線を釘付けにしていた。
「む、師匠か。どうしたのだ、この様な所で。」
「店主のぎっくり腰が治らなくて代打ですよ。さ、こちらへどうぞ。」
そう言ってごく自然にランサーは四人を席へと案内する。
その際、さりげなくテーブルと椅子をルーン魔術で強化する事も忘れない辺り、気遣いがとてもよく出来ている。
「メニュー表はこちらです。本日のお勧めはランチメニューです。オムライスとサラダ、スープのセットとなっております。オムライスはS・M・Lのサイズがございます。ではご注文がお決まりになりましたらお呼びください。」
そう言って、キッチンへと去っていく歩き姿は実に様になっており、完全にプロの本職にしか見えない。
「あの人、本当に多芸だよな…。」
「キャメロットでもあれ程のメイドはいませんでしたね。」
「わが師の引き出しの多さは弟子達の間でも話題であったからな。」
「うーん、うちのセラとリズ以上とは凄いわね。」
しかも、美人さんが入ったからと客足の増えた店をほぼ一人で回している辺り、実に素晴らしい手際だ。
何かランサーが二人も三人もいる様に見えるのは気のせいと言う事にしておこう、うん。
「んーと、私はお勧めにするね。サイズはSで。」
「私もだ。サイズはLで。」
「むむむ…悩みますが、私もお勧めのLで。」
「んじゃオレもお勧めのMで。」
そして全員がお勧めのオムライスをそれぞれのサイズで選び、注文を済ませる。
「なぁバーサーカー、ランサーの料理ってやっぱり凄いのか?」
士郎は今朝、ランサーとアーチャーの作った食事を食べた。
材料も調味料も調理器具も同じだ。
しかし、その美味さと来たら今まで食べたどんな料理よりも上だと断言できる程だった。
「もーお兄ちゃんったらちゃんと勉強しなくちゃダメじゃない。メドゥーサって言ったら、ギリシャ神話の料理の女神よ。神々の間でも取り合いになった位なんだから。」
「うむ。正直な所、私は未だ師を超える料理人に会った事が無い。」
女神メドゥーサ。
ギリシャ神話において、形無き島で生まれたゴルゴーン三姉妹の末妹。
不変である姉二人とは異なり、一人だけ成長・変化の特性を持って生まれた彼女は、停滞と怠惰を良しとする姉二人と反りが合わず、島を出ていった。
その後、彼女は冥界に降りていき、そこを治める神々の中でも特に豊富な教養を持った魔術の女神であるヘカテーに弟子入りし、多くの知啓を授かったと言う。
その際、メドゥーサが代価として出したのが彼女の料理だったと言う。
以来、メドゥーサの料理を気に入ったヘカテーは彼女の料理を好んで食べた。
だがある日、呼び出してもさっぱり来ない従姉妹を心配してやってきたアルテミスがヘカテーの大好物の煮込み料理(牛肉と野菜のワイン煮込み)を見つけてつまみ食いし、気に入ったそれを鍋ごと強奪した事から事態は急転する。
激怒したヘカテーに追われたアルテミスは鍋の中身を食べながら、そのままオリュンポスへと逃げ込み、主神らに泣き付いたのだ。
激怒するヘカテーを宥めながら、何とか事情を聞いたゼウスらはアルテミスに賠償を命じた後、ヘカテーに今回の原因となった料理人にオリュンポスの神々へ料理を作る事を命じた。
ヘカテーはこの命令にかなりの不服を抱いたものの、ちゃんと賠償されるなら…と渋々と承諾し、メドゥーサに命じた。
そして、命じられたメドゥーサは沢山の肉や野菜を熱い油で泳がせた料理(=揚げ物)と特製の麦酒に塩ゆでした鞘入りの豆を作った。
当初、神々は余りに異質な見た事のない料理を食べるのを躊躇ったが、しかしヘカテーが猛然と食べだしたのを契機に恐る恐る一口食べ、次の瞬間には我も我もと食べだし、食材が空になるまで食べ続けたと言う。
この宴以来、メドゥーサは正式に料理の女神と認められ、ギリシャの食文化の発展に大きく寄与したと言う。
「お待たせしました。こちらランチセットのL2つにMとSになります。」
イリヤと当事者であるヘラクレスを交えてのメドゥーサの伝承の解説は実に興味深く、士郎もセイバーもふんふんと聞き入っていた。
そして、凡その話が終わる頃に、丁度良く料理が届いた。
ではごゆっくりどうぞ、と言って足早に去って行くランサーを見送り、限界まで高まった期待のまま、士郎は手を合わせた。
「いただきます。」
「? お兄ちゃん、それってなーに?」
「これは食前の挨拶。食材になってくれた命にありがとうって言ってるんだ。」
「そっかぁ……じゃあいただきます!美味しく食べられてね!」
「いただきます。」
「いただこう。」
微笑ましいやり取りを挟みながら、一同はスプーンに乗ったふわふわの卵とチキンライスを口に入れた。
「「「「ッ!?」」」」
瞬間、口内に幸福が広がった。
見た目は極一般的なオムライスだ。
チキンライスの上に半熟オムレツを乗せて割ったのではなく、極普通に卵で包んだタイプ。
具材も玉葱に挽肉、ピーマンにパセリとシンプルだ。
恐らく、調理自体も比較的シンプルなのだろう。
しかし、調理する技術が余りにも隔絶している。
一見極普通のオムライスはしかし、卵は全て程好く半熟であり、スプーンで突けば簡単に破れ、程好くライスと絡まり、視覚と嗅覚に暴力的な刺激を与えてくる。
実食すれば、そこはもう楽園だ。
何よりも特筆すべきは卵だ。
半熟でありながらライスを綺麗に包み込んでいた卵は、口に入れた瞬間に完全に崩壊した。
半熟と言うよりも3割熟程度で止まっていた卵はあっさりと崩れてライスと絡まり、その瞬間に舌へと強烈な卵の旨味を伝えてくれる。
次に来るのはライスだ。
ケチャップ味でありながらもパラパラと解れ、具材一つ一つが調和しながらもそれぞれの素材の美味さを消さない絶妙な火加減で炒められた事が分かる。
「「「「ッ!!」」」」
人は余りの美味さを前にした時、どうなるのか?
答えは簡単、無言だ。
一番耐性のある筈のヘラクレスも目を大きく見開き、イリヤは口を左手で抑えたまま硬直し、士郎とセイバーは一口目を口に入れたまま固まった。
後はもう夢中だった。
脇目も振らず、4人は夢中になってこの神話級オムライスを征服せんとスプーンを振るった。
「お粗末様でした。食器お下げ致しますね。」
そして、気付けば食べ終えていた。
余りの満足感、多幸感に全員が言葉も無くほぅ…と満足気な息を吐く。
その様子を何時の間にか傍に来ていたランサーが見守っていた。
「またね、お兄ちゃん。」
「あぁ、今度は切嗣の事とか色々話そうな。」
「ではさらばだ騎士王。次こそは決着としたい。」
「えぇ、大英雄よ。また会いましょう。」
こうして、すっかり毒気を抜かれた一同は上機嫌のまま帰路に就くのだった。
「さーて何か食べようっと………あ、あれ?食材が無いわ。」
この後、ランサーがオムライスをお土産に帰って来るまで絶食する羽目になる凛ちゃん。
アーチャー?投影を凛ちゃんに見られてもっと投影しろやオラァン!されているので無理です。
さて、そろそろFGOらしくなるよー。