メドゥーサが逝く   作:VISP

29 / 44
漸くFGO編開始


FGO編 特異点F その10

 「では、やりましょう。」

 

 大河を暗示で通常よりも早く帰宅させ、桜を暗示と魔眼によって意識を奪い、完全に固定化させて横たわらせた状態で、ランサーは凛と共に衛宮邸の一室、その中でも厳重に結界と術式で囲まれた部屋で準備を終えていた。

 部屋の中には桃のお香が焚かれており、凛にはそれが強い破邪の力を持ったものだと直ぐに分かった。

 

 「でランサー、どういう事なの?事と次第によっちゃアーチャーを呼ぶ事になるんだけど。」

 

 凛はそう言って腕に刻まれた令呪を見せる。

 魔術師である彼女にとっては他家に養子に行ってしまった妹は執着すべきではないが、私人としての凛にとってはこれ以上なく大切な存在だった。

 桜を害すると言うなら、例え目の前のランサーが、自分を令呪を使う前に確実に殺せる上に、仮令アーチャーと言えど敵うとは思えないトップクラスのサーヴァントであっても、必ずや守り切るとその覚悟を眼光に込める。

 

 「凛、間桐の魔術がどういうものかご存知で?」

 「属性は水、特性は束縛と吸収って聞いてるけど…。」

 「もっと言えば、ゾォルケンは自身の体を全て蟲へと交換し、定期的に他者を捕食する事で延命を図っている妖怪だという事はご存知で?」

 「…知らないわ。」

 「では、これから起こる事は貴女の家の責任でもあります。」

 

 そう言って、ランサーはパンと手を打ち鳴らし、その中に楠の枝が一振り現れる。

 楠は病害虫に強く、特にその葉と燃やした煙は古来から防虫・鎮痛の効果を持つ。

 ランサーはそれを瞬間的に発生させた風の魔術でミキサーの様に細かく砕き、懐から取り出した小瓶の中の霊水と共に未だ意識のない桜の口へと注ぎ込んだ。

 効果が現れたのは直ぐだった。

 

 「……っ……ぅ…………ぁあぁ嗚呼アアッ!!」

 

 そして、桜の悲鳴と共に全身の皮膚が内側から蠢いた。

 

 「な…!?」

 「気を抜かないで下さい。出てきます。」

 

 そして、それは始まった。

 桜の、年若い美少女の身体中の皮膚が破れ、グロテスクな外見をした無数の蟲達が這い出ていく。

 這い出た蟲達は出た端から部屋に仕掛けられた蟠桃由来の破邪の香と退魔の結界に次々と死滅していく。

 その数、実に100に届こうかと言うものだった。 

 

 「本命が来ますよ。注意してください。」

 

 桜の胸元、心臓の真上に当たる場所。

 そこの皮膚が大きく盛り上がった直後、そこを突き破って出てきたのは親指大の蟲だった。

 しかし、魔術師としての二人の眼には、それが他の蟲とは一線を画すものだと直ぐに分かった。

 

 『ぐ……くが……。』

 

 最早飛び掛かる気力すら無いのか、ゾォルケンの本体である蟲はそれ以上動く事は無く、ただぴくぴくと醜く痙攣するだけだった。

 

 「ゾォルケン、思い出せましたか?」

 『いや……とんと思い出せぬ……。』

 

 じっとランサーは蟲となってまで理想を追い求めた魔術師、その成れの果てを見つめた。

 今までの所業に比べ、随分と諦めが良くなった臓硯を。

 

 『確かにあった筈なのだ……こんな様になってでも……それでも目指すものが確かに……。』

 

 心底悔し気な翁の声が響く。

 確かにあった筈なのだ。

 己の全てを賭けてでも、怪物に成り果ててでも、魂も肉体も腐り果ててなお、夢見た理想が確かに。

 

 「であれば、答え合わせをしましょう。」

 

 一切の偽りなく自身の苦悩を告げる臓硯に、ランサーは冥土の土産として答えを教える事にした。

 もしランサーが全盛期の、理想を目指す臓硯と出会う事があれば、きっと手を貸していただろうから。

 

 「貴方は、嘗て冬の聖女へと誓いを立てました。『この世全ての悪』の討伐。人の世に救いを齎すため、第三法へと至る事を。」

 『あ』

 

 何故ランサーがそれを知っているのかは分からない。

 しかし、その言葉で臓硯は、ゾォルケンは思い出したのだ。

 あの日々を、ユスティーツァとの出会いを、自分がどうしてこうまで生にしがみ付くのか、その全ての理由を。

 

 『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ッ!』

 

 絶望、哀悼、悲嘆、自己嫌悪、憤怒。

 ありとあらゆる自分自身への負の感情が、その叫びには込められていた。

 きっと、彼にまだ涙を流す機能が残っていれば、絶望の余り涙を流していただろう。

 自分はもう取返しがつかない事をしてしまったと。

 自分はもう、嘗ての理想を追い求めるには汚れ、濁り切り、腐り果ててしまったと。

 何よりも規範を示し、多くを残す対象であった自分の子孫を食らい続けた己の罪深さに。

 

 「逝きなさい。冥府の神々は慈悲深い。浮世では許されぬ罪と言えど、真摯に懺悔し、贖罪しようとする者にあの方々は相応しき裁定を下すでしょう。」

 『すまぬ…すまぬ…!』

 

 そして、蟲は末端からゆっくりと灰になっていく。

 今現在、この部屋は一時的とは言え古の大聖堂に並ぶ程の清浄さを誇り、邪悪の存在を許さない。

 最後の最後、始まりへと立ち返ったゾォルケンは、この場所で生きられない。

 それは彼の長すぎる旅路の終わりを意味していた。

 

 『慎二を…桜を……。』

 「お任せを。」

 『何から何まで………礼を言う………。』

 

 そして、灰すら残さず消え去った。

 それが齢500年を生きた魔術師の、理想を追って理想を忘れた男の最期だった。

 

 「凛、貴女も魔術師なら彼を戒めとして覚えておきなさい。」

 「えぇ……。」

 「さて、桜の治療を始めましょう。この場なら心臓が破れようが死にませんが、あくまで死なないだけですからね。蟲が成り代わっていた部分もちゃんと治療して、士郎に会えるようにしませんと。」

 

 こうして、穏やかな夜の穏やかならざる一幕は終わるのだった。

 

 

 ……………

 

 

 衛宮邸の屋根の上、そこには魔力補給の名目でワイバーンの干し肉と自作の蟠桃酒を片手に晩酌をしているランサーの姿があった。

 

 「ふぅ……。」

 

 凡そ二時間、それで桜の処置は完了した。

 凛は「ごめん、ちょっと家に帰って落ち着いてくるわ」と言って、アーチャーと共に自宅へと向かった。

 セイバーは食後の運動とばかりに周辺の見回りに行っているが……まぁ知覚範囲内なのでもし襲われても直ぐに合流できるだろう。

 士郎は何があったか分からぬが、それでも何かあったのを悟ると、敢えていつも通りに振る舞い、今は慎二と共に桜の傍にいる。

 慎二は事の次第を全てランサーから聞き終えると、複雑な内心を全て押し殺した上で桜の治療成功に涙ながらに礼を言った。

 

 『ありがとう……ありがとう!あいつを、桜を助けてくれてありがとう…!』

 

 プライドが高く、決して弱みを見せようとしない…否、出来なかった少年が漸く見せた心からの感謝と歓喜の涙は、本当に美しいものがあった。

 その泣き顔は一見無様であったものの、確かに尊いものがあったと、ランサーは思うのだ。

 今頃はもう落ち着いて、顔を洗って桜の傍にいるだろう。

 桜も今は麻酔も切れて目を覚ましている頃か。

 

 (ゆっくりと、絆を育んでほしいものですね。)

 

 桜も、士郎も、慎二も、多くのものを失って、それに振り回されてきた。

 無論、それ故に得られたものもきっとあるのだろうが……この辺りでその帳尻を合わせても、きっと許されるだろう。

 

 「まぁ、取り敢えず勝ち残る事を考えねばなりませんね。」

 

 現状残っている他の二組は強力に過ぎる。

 この三組であってもなお確殺できるどころか返り討ちに合う可能性は高い。

 特に今、凛とアーチャーが単独行動している事を考えると、キャスター主従ならそろそろ仕掛けてくる頃だろうか?

 

 「さて、そろそろ……………ッ!?!」

 

 だが、そこで異変が起きた。

 何の前触れも、予兆も、兆候も感知できなかった。

 それでも、自身の持つあっても無くてもそう変わらないレベルの筈のスキル:予知が最大限の危険を最大音量で警報を鳴らしている。

 曰く、防げ、でなければ死ぬぞ。

 

 「ッ、槌と術と炉。形無き島を覆いし神威を此処に!『領域封印・静止神殿』!」

 

 レイジョン・ヘイデス。

 それは彼の大魔獣ゴルゴーンを封印するために、形無き島を外界から隔離した防壁。

 工神ヘパイストスが建て、魔術神ヘカテーが呪を刻み、炉の神ヘスティアが祝福を施したソレは内界と外界を完全に分断する。

 全機能を発動させた場合、その内界に存在する者を閉じ込め、保有する加護や能力等を完全に無効化してしまう。

 それこそ並のサーヴァントではマスターとの繋がりすら断たれ、閉じ込められただけで枯死してしまう程の封印の力を持つ。

 例外があるとすれば、同程度の複数の神々の力が宿った宝具や加護、そしてその内部であってもなお成長を続けたゴルゴーン並の規格外の存在だろうか。

 また、主神ゼウスの雷霆ケラウノスを受けた際、結果的に無事だったために対粛正の権能までも持つ。

 そのランク、実にEX。

 例え生前のヘラクレスが相手であっても、暫くは時間稼ぎが出来ると言う規格外の代物だ。

 それこそこれを上回る守りとなれば、同じEX級の防御宝具や複合宝具位しか存在しない。

 例を上げれば、カルナの黄金の鎧に騎士王の鞘、太陽王の複合大神殿等が挙げられる。

 

 (士郎達に声をかける暇がない!すみませんセイバー!)

 

 そんな神威の極みとも言える絶対の壁が衛宮邸を囲う様にして現れ、内界と外界を完全に分断する。

 だが、今この屋敷には凛とアーチャー、そしてセイバーがいない。

 それでも今此処で守りを固めねば、誰も生き残る事は出来ない。

 それだけ予知によって察知された危険が桁外れであり、規格外なのだ。

 

 「何が来たとしても……桜達に手出しはさせません!」

 

 覚悟を決めて吼えるランサーを余所に、街を夜明けの光が包んでいく。

 否、夜明けにはまだ5時間近く間があり、明らかに早すぎる。

 であれば、この光は夜明けを告げる優しい日の光ではない。

 全てを焼き尽くし、薪とせんとする魔の炎だ。

 

 

 

 

 

 そして、あっけなく世界は滅んだ。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。