メドゥーサが逝く   作:VISP

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FGO編 特異点F その11 微修正

 「が、はぁ……!」

 

 どしゃりと、普段とは見る影もない程、無様な着地…否、墜落だった。

 それ程までにランサーは消耗していた。

 自分一人なら縮地による異相空間への退避で逃げきれていたが、此処には病人含む三人の人間がいた。

 その誰一人だって、ランサーは見捨てる事は出来なかった。

 結果、燃費の最悪なEX級封印宝具に頼る事となった。

 現状、魔力供給は確保した霊地と慎二の持つ偽臣の書からの供給のみ。

 桜は病み上がりな事もあり、敢えてラインを止めていたため、相変わらず魔力供給はされていなかったのだ。

 幸い、先に蟠桃酒を飲んでいた事もあり、辛うじて貯蓄していた魔力のみで凌ぎ切る事は出来たのだが、今夜一晩だけは霊体化せねばならないだろう。

 

 (すみません、慎二……今夜は此処までのようです…。)

 

 念話でそれだけを伝えて、ランサーは霊体化と共に半ば気絶する様に休眠状態へと移行した。

 

 

 ……………

 

 

 「ランサー!おい、返事しろ、おい!」

 

 一方、穏やかな時間を過ごしていた筈の三人は混乱していた。

 突如燃え上った屋敷の外の光景に、急ぎランサーから事情を聞こうとしたのだが、生憎と今の彼女に意識はない。

 撃破される事も無いが、その間衛宮邸にはサーヴァントに対する守りは無い。

 先日までなら三騎士がいたのだが、今では誰一人いない。

 

 「衛宮、遠坂の携帯番号!」

 「無い!ってかあいつ携帯持ってない!」

 「あいつ本当に現代人か!?」

 

 辛うじて家電の留守番電話機能が使える程度の凛ちゃんです。

 

 「兎に角、屋敷から出るな。下手な行動は命取りだ。」

 

 事実、此処はランサーが補強した結界がある。

 元々の警報装置としての他、高い破邪や魔除けの効果から住人に害成す者は極端に侵入し辛い。

 だと言うのに、魔術師であっても極めて違和感を感じにくいと言う、現代の魔術師からすれば相当高度な結界だ。

 無論、サーヴァント程の存在となると警報装置としてしか使えないのだが。

 

 「…慎二はどうする?」

 「お前は桜の傍にいてくれ。取り敢えず、塀の中から周囲を確認する。衛宮、双眼鏡ってあるか?」

 「あぁ、昔買った奴がある。」

 「よし、ならお前はアーチャーの作ってた武器があるだろ。あれ持って桜の傍にいてやってくれ。僕も直ぐに戻るから。」

 

 そして数分後、屋根の上から慎二は変わり果てた街の様子を目の当たりにした。

 何もかにもが燃え上る、誰一人いなくなってしまった故郷の有様を。

 万物は炎に包まれ、建物等の文明の残り香だけは存在するものの、あらゆる命は燃え尽きて何も残っていない。

 動いているのは時折燃えて壊れた建物や熱風に煽られて飛ぶゴミ。

 そして、変わり果ててしまった街の住人達。

 骨とボロ布ばかりとなってしまった、動く骨のみ。

 そこには、地獄が広がっていた。

 

 「何だよ、これ……。」

 

 その疑問に、答える者はいない。

 彼の周りには誰もいないし、彼以外の生存者は二人共屋敷の中だ。

 だが、そこに不意に響く音があった。

 カランコロンと、木と木がぶつかり合う独特の軽い音。

 それが敵意を持つ者の侵入だと、この時の慎二は知らなかった。

 

 「何なんだよ、これはぁ!?」

 「キキキ……嘆クナ、少年。」

 

 慎二に声をかけた者は、一度だけ見た事があった。

 黒衣の髑髏面、アサシンのサーヴァント。

 つまる所、それは敵だった。

 

 「な…!?」

 「直ニ何モ感ジナクナル。」

 

 次の瞬間、衛宮邸の庭に鮮血が散った。

 

 

 ……………

 

 

 「うわあああああああああ!?」

 「ッ、慎二!!」

 

 庭から聞こえてきた悲鳴に、士郎は顔色を変えた。

 

 「先輩、兄さんを…!」

 「分かった、桜は此処にいてくれ!」

 

 ダッと士郎は桜の下を離れ、全力で庭へと駆けていく。

 その手には先程アーチャーが作った武器が保管してある部屋の中から、たまたま目に着いた双剣の片割れの白い方、陰剣・莫耶が握られており、一応だがサーヴァント相手にも通じるだけの威力はあった。

 

 (死ぬなよ慎二!)

 

 するとその思いが通じたのか、士郎が到着した時、慎二は何とか未だにその命を保っていた。

 

 「く、そ……。」

 「存外シブトイナ。」

 

 だが、その命は正に風前の灯だ。

 一度だけ見た黒衣のサーヴァント・アサシン。

 それが黒塗りの短剣を今正に慎二に振り下ろそうとしていたのだ。

 

 「てめぇ―――」

 

 その光景に、一瞬にして冷静な判断力が消える。

 全ての手順をまるっと無視して魔力回路を起動し、身体能力の強化及びセイバーの見様見真似の魔力放出擬きとして、地面を蹴る瞬間に足裏から魔力を放出させ、人間としてはあり得ない程の推進力を貰う。

 一流の魔術師が見れば失笑に値する効率だが、今だけはそんなものよりもただ速さが欲しかった。

 

 「人のダチに何してやがる―――ッ!!」

 「キ!?」

 

 だが、相手はサーヴァントの中でも高い敏捷性を持つアサシン、驚かれながらもあっさりと回避されてしまう。

 

 「キ、キキキキッ!」

 

 そして、死に体の慎二よりも優先すべきと判断されたのか、アサシンは短剣を片手に士郎へと切り掛かる。

 

 「く、ぁ!」

 

 それを士郎は辛うじて受ける。

 以前見たキャスターやランサー、バーサーカー達の戦闘速度を見ていたからこそだ。

 そして、見た瞬間に咄嗟に莫耶を解析してしまい、その結果として限定的ながらもアーチャーの戦闘・投影の経験を憑依経験により獲得したからこそ、辛うじて片割れしかない双剣でアサシンの攻撃を受ける事が出来た。

 だが、例え極端に劣化した状態であったとしても、サーヴァントはサーヴァントだ。

 

 「クカカカ、柘榴ト散レ!」

 

 アサシンが嘲笑と共に短剣を振るう。

 いきなりの事態に驚きはしたものの、しかし、よく見れば多少得物が良いだけの人間でしかない。

 士郎はその努力と幸運空しく、此処で散るのが当然だった。

 腕を大きく弾かれ、胴体ががら空きになる。

 そのまま心臓を突くも、喉笛を掻き切るも、下腹を貫くのも自由。

 その時、確かに衛宮士郎は死ぬ筈だった。

 

 「ふざけるな……」

 

 だが、彼は英雄の資質を持つ人間だった。

 此処では死ねないと、吼える事が出来る者だった。 

 

 ―――投影、開始―――

 ―――基本骨子、解明――

 ―――構成材質、解明――

 ―――製作技術、解明――

 

 解析した時は余りの精度に自分では無理だと思った。

 だと言うのに、何故だか自分にもできると言う確信があった。

 生命の危機と僅かながらも得た先達たるアーチャーの記録。

 それだけあれば、後は十分だった。

 

 「――投影、完了。」

 「キィ!?」

 

 弾かれた腕に釣られて浮き上がった筈の上体を、踏み込みと共に無理矢理前に出し、左手を振るう。

 すると、無手であった筈の左手の動きと共にガキン、と金属が金属を弾く音が響いた。

 士郎の左手、そこには此処には無い筈の双剣の片割れ、黒い干将があった。

 

 「キ、キ、キー!」

 「ふぅ……!」

 

 一合、二合、三合。

 都合三度の斬撃を、その進行方向に沿う様に力を加えて逸らし、刃圏と言う安全地帯を作り上げる。

 更にアサシンがムキになった様に短剣を振るうが、しかし、あるべき姿となった双剣はある筈がない経験と技量によって、堅い守りを実現する。

 

 「キィ……!」

 

 そこでこれ以上人間に梃子摺らされるのは我慢がならないと思ったのか、一息に士郎を仕留めるべく一気に距離を空けてその手に数本の短剣を構える。

 着地と同時に投げるのだと、咄嗟に士郎は気付いた。

 現状、距離を取られたまま投擲をされ続ければ自分は兎も角慎二は死んでしまうかもしれないし、人質にされるかもしれない。

 故に、此処で仕留めなければならない。

 

 「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ むけつにしてばんじゃく)

 

 だから、こちらから先に仕掛けた。

 両手に握った陰陽の双剣をアサシンの着地点目掛け投擲する。

 アサシンは空中にいながらまるで猫の様に巧妙に身を捻り、迫り来る双剣を回避し、双剣は空しく後方へと飛んでいく。

 

 「―――心技、泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

 両手に再度投影した双剣を、アサシンの背後から飛来してくる双剣と合わせる形で再度投擲する。

 ほぼ同時の四方からの、サーヴァントであっても確実にダメージを与えるであろう4連撃。

 そして、ダメ押しとして士郎自身も三度目となる投影をしてアサシンへと踏み込む。

 

 「キィィィィァァァァッ!」

 「―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

 が、アサシンは左手に持った短剣を投擲、前方から来る双剣に命中させ、その軌道を逸らす。

 更に正面の士郎へと短剣を投擲、士郎が防御に一手取られた隙に布によって固定されていた異形の右腕を解放する。

 一目見てソレが危険だと判断するも、なおも士郎は踏み込みを止めない。

 退けば友も自分も妹分も死ぬのだと、彼は正しく理解しているからだ。

 

  「ギキィ!?」

 

 背後から飛来していた双剣が、アサシンの背中へと命中し、前方の二組の双剣と引き合う事で更に食い込んでいく。

 その激痛にアサシンが苦痛の声を上げるが、しかしその呪われた右腕を振るう事は止めない。

 痛みがあっても薬物によって苦痛を鈍らせているため、戦闘続行スキル程ではないが、アサシンはこの程度では止まらない。

 そして、アサシンの右腕の方が、士郎の双剣よりもリーチが長い。

 このままでは、士郎の敗北は必至だ。

 

 「―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

 

 故に、確実に敵を倒すため、両手に持つ双剣に更に魔力を注ぎ強化する。

 結果、鉈の様な形状が太刀のサイズまで伸長し、峰側がまるで羽毛の様に逆立つ。

 

 「ギィィィィィィィッ!?!」

 

 そして、心臓目掛けて迫り来るアサシンの右腕を、過剰強化された干将莫耶が正面から真っ二つに切り裂いていく。

 自身の右腕を切り落とし、魔神シャイターンの右腕を接続、呪術によって制御された呪腕のアサシンの宝具『妄想心音』。

 だが、怪異に対し絶大な威力を誇り、オリジナルならば名のある魔獣にすら通用する退魔の刃は一切の抵抗を許す事なく魔を滅ぼしていき…

 

 「馬鹿ナ…!」

 「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)……。」

 

 袈裟に振るわれた双刃が、魔へと墜ちたアサシンの霊核を破壊した。

 こうして、アサシンは今次聖杯戦争における二度目の死を迎えた。

 

 

 ……………

 

 

 その後、士郎達は慎二の手当てを済ませると衛宮邸の一室、アーチャーの投影した宝具の山の横で一塊で眠れぬ夜を過ごした。

 漸く意識を失う様に眠ったのが、時刻的に夜明け頃の事だった。

 

 「ん……。」

 

 不意に士郎の意識が覚醒した。

 朝だと言うのにこの異変のせいか、それとも単に曇り空なのか、日が差す様子はない。

 それでも意識が戻ったのは、空きっ腹を抱える士郎の嗅覚に、食欲をそそる香りが届いたからだ。

 それは出汁と味噌からなる特徴的かつ芳醇な香り、つまる所は味噌汁の香りだった。

 

 「って、寝てた!?」

 

 士郎は肩にかけてあった布団を跳ね除ける様に、勢いよく起き出した。

 アサシンとは言え人間の身でサーヴァント相手に大立ち回りをしたのだから疲労は当然の事だった。

 

 「桜、慎二!」

 

 ダッと香りの元へと走れば、そこにはリビングで茶をすすりつつ座っている慎二、キッチンで料理をしているランサーと桜の姿があった。

 その様子に、漸く士郎は肩の力を抜いた。

 

 「おはよう衛宮。よく寝てたみたいだな。」

 「慎二、起きたんならオレも起こしてくれよ…。」

 「仕方ありませんよ。貴方は大分疲弊していましたし、魔術回路にも負荷がかかっていましたから。」

 「えぇ、本当によく寝てましたし、起こすのが忍びなかったんです。」

 「ランサーに桜まで…。」

 

 そう言うが、取り敢えずランサーが健在である事に士郎は安心できた。

 いざとなれば昨夜の様に頑張るが、それでもあんな事が早々成功するとは思ってはいない。

 

 「取り敢えず朝食にしましょう。朝の食事は一日の活力です。」

 

 そう言って、料亭かと思う程に見事な和食が配膳されていく。

 内容こそ白米に焼き鮭、豆腐と葱とワカメの味噌汁、もやしと人参の酢の物に甘い卵焼きと質素なものだが、しかし香りだけでその美味さの一端が伝わってくる程の出来栄えに、知らず士郎達はごくりと唾を飲む。 

 

 「難しい話は食べ終えてからで。さぁ、頂きましょう。」

 

 こうして、世界が滅んでから最初の衛宮邸の一日は始まった。

 

 

 

 

 

 なお、朝食は大好評でした。

 

 

 

 

 




赤弓「あの未熟者でも役立てそうな投影品を多く置いておいた。他意は無いぞ。」

ツンデレおかんのお蔭で、士郎君は憑依経験もあって何とかギリギリ最大の危機を乗り越えました。

次?勿論危機が目白押しです。

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