「見事だ、大英雄。マスターのいない狂戦士で、此処まで食い下がるとはな。」
元は市街地だったと言うにはその場所は荒れ果てていた。
爆撃にでもあったのかと言う程、そこには何もなく、幾つものクレーターと線状に抉られた大地が残るのみだ。
「暫し傷を癒さねばならないか…。」
手負いであり、宝具も無く、マスターすら無くしたヘラクレス。
対して、こちらは聖杯をバックに無尽蔵にすら感じる魔力を持ったアサシンとライダー、アーチャーにセイバー。
その内、アーチャーとセイバーは共にヘラクレスの宝具を複数突破可能な宝具を使用できるのだ。
誰がどう見た所で有利なのは後者だ。
しかし、ヘラクレスと言う存在を知る者なら、こう言った事だろう。
悪い事は言わないからやめておけ、と。
事実、4騎の内3騎は討ち取られ、セイバーにしてもアーチャーが固有結界で足止めしつつ拘束した隙にアーチャーごと聖剣の連射によって辛うじて仕留める事に成功したのだ。
それにしたって最終的にはヘラクレスが魔力切れでダウンしたからこそだった。
正直に言えば、二度と戦いたくない程の難敵だった。
生前に戦った卑王ヴォーティガーンだってあそこまで出鱈目じゃなかったと言い切れる。
「また会おう、ランサーにキャスター。」
そう言って、疲弊した黒い騎士王は大聖杯のある柳洞寺の地下洞へと去って行った。
そして、この戦闘により騎士王の治療及び3騎のサーヴァントが再召喚のため、二日と言う珠玉の時間が稼がれる事となった。
……………
「何とか事前準備は済みましたね。」
ヘラクレスの活躍により、街の各霊地との再契約も済ませ、ランサーは十全の状態に回復した。
その上で彼女は一切の油断なく潜んでいたキャスターと接触、凡その事情を話し合い、同盟を締結、隠れ家として衛宮邸&藤村邸に現界維持のための魔力を礼装を介して提供する事で合意した。
まぁ、偽臣の書の構造を把握したランサーがあっという間に仕立てたものなのだが。
「何だよ、体液交換じゃねーのかよ。」
「それ、スカサハの前で…。」
「すまんかった。」
生意気な事を言っていたので、ケルト式自走追尾型戦略核地雷女の名前を出せば大人しくなった。
よし、これで自分と桜の貞操は大丈夫だなと思う辺り、ランサーも大概である。
どうしてランサーとスカサハが友人同士なのか、本当に謎である。
「慎二の方も順調ですね。」
「だな、あの坊主は戦士ってか軍師の類だがな。」
しかも内政系よりの、と付く。
だが、今は即戦力か自衛可能な程度の戦力が必要なので、その辺はおいおい鍛えていくとしよう。
慎二には、藤村邸にあった銃火器類にエンチャントを施し、霊体にもある程度は有効打になるようにした物を渡したので、それを使いこなすために目下射撃訓練の猛勉強(神代基準)中だ。
具体的には「10回連続で的に当てろ、外したら最初からな」。
それが終わったら「10回連続で的の真ん中に当てろ、外したらry」の繰り返しである。
こんな感じで徐々に徐々にハードルを上げていくのである。
何せ弾薬は慎二一人では使い切れない程にあるのだ。
銃規制のある日本でここまで「撃って慣れろ」と言う状況も貴重だろう。
とは言え、流石は弓道部のエースの一人と言うべきか、ランサーの予想よりも早く成長している。
「桜は……やはり知識の不足が大きいですね。」
元々属性がSSRどころじゃない架空元素・虚数の桜だ。
500年続く間桐であっても遠坂程ではないが該当する資料は少ないし、流石のランサーの知識でも該当するものは少ない。
が、分からないなら何でも試せば良いじゃない、と思って色々やってしまうのがこのランサーである。
これだからギリシャは!とか言われても仕方ない。
実際、余程妙な傷でもない限りは治せてしまえるので、手段としては有りと言えば有りなのだが。
結果として、日に2・3度死にかけながらも何とか桜は己の属性に見合う魔術を拙いながらも成立させる事に成功した。
とは言え、それはあくまでランサー印の礼装の籠手ありきなのだが(外見は原作のアレ)、その効果がえぐい。
目に見えぬ不確定を以て、対象に何らかの不具合を発生させる。
これは既に完成したパズルに無理矢理正体不明のパーツを追加する様なもので、対象の構造が複雑であればあるほど効果が高まる。
その効果は単なる拘束や麻痺等の単純なものから、酷いと自壊や壊死を起こすものなど多岐に渡る。
とは言え、所詮は魔術なので対魔力を持ったセイバーには無力であり、スケルトン対策のためと言える。
「あの坊主も良いな。」
「えぇ、ただ今少し先達からの経験が欲しい所ですが。」
そして、士郎だ。
先日のアサシンとの戦闘で分かる通り、マスター達の中で数少ないサーヴァントに抗し得る人間だ。
今次聖杯戦争ならキャスターのマスターもそうだったのだが、生憎と彼女は先日の大焼却で死亡している。
現状、こちらの方が数で圧倒的に劣っているため、戦力が多いには越したことがないのだが、それでも贅沢を言えば下級の英霊相手なら完勝できる程度の実力は身に着けてもらいたい。
そのためにはもっと本人の戦闘経験の蓄積及び特異な投影魔術の精度向上を願いたいのだが……桜並かそれ以上に特殊な事もあり、ランサーとキャスターに出来る事は少ない。
これだから起源特化型は面倒なのだ、とは思うものの、彼については鍛錬方法が確立しているのでそれを利用する。
先ず、アーチャーの投影宝具の解析と模倣。
これは実に効率が良いし、本人も解析した宝具は精度は兎も角投影は可能になっている。
特に担い手の経験を吸収しているのは大きい。
次に、魔力の問題だ。
通常は礼装等で補うのだが、起源特化系はどうしても特殊過ぎて用意し辛い。
なので、単純に魔力供給用の礼装を用意した。
ここ衛宮邸の霊地の魔力と契約し、そこから発生する魔力を使用できるようにした。
ランサー自身に関しては他の霊地と桜からの供給で既に十分だと判断したからだ。
デザインは桜の籠手を赤くしたようなもの。
端的に言ってリミテッド・ゼロオーバーである。
そして最後、やはり実践に勝るものはない訳で…。
「取り敢えず、こうして稽古をつけてはいるのですが…。」
「あだだだ……。」
「おら坊主、とっとと立たねぇと追い打ちすっぞ!」
「うわっと!よっし、もう一本頼む!」
「よしよし、威勢が良いのは良い事だぜ。」
どったんばったんと道場でキャスター相手に食らいつき続ける士郎を見て、やはりこの子は型月産主人公だなぁと思うのだ。
普通は稽古で手加減されているとは言え、英霊にどつかれて即座に復帰なんて出来ないし、その動きを見て反撃に移るとか無理である。
数少ない例外として一部の代行者とか執行者とか根源接続者とかがいるが、あんなのは人類の範疇とは言えないので論外だ。
(とは言え、二日かそこらでどれだけ準備が出来るか…。)
恐らく、それが分岐点となるだろう。
現状、ランサーの見立てでは自分とキャスターは間違いなく脱落する。
先日出会った黒化したサーヴァント達のトップであるセイバーがそれだけこちらを警戒していると言うのもあるが、死者である自分達は生者の方を優先する傾向が強いためでもある。
これは正規の英霊であればある程に強く、正道を好むが故の欠点でもある。
まぁマスター達を無くせばその辺のリミッターは解除されるのだが、それは絶対に出来ない。
(まぁ最悪、士郎達を連れて“島”に退避すれば良いでしょう。)
取り敢えず、そろそろ良い時間なので昼食を作る事にしよう。
そう思ってランサーは道場を後にした。
……………
「おや?」
衛宮邸の居間、昼食を終えて各々が疲れを癒そうと茶を啜ったり転寝する中、ランサーが不意に呟いた。
「何があった?」
「霊脈に接触がありました。現代の魔術の様ですが……内訳は、物資の転送及び魔力の供給…?」
明らかにおかしい。
あのおかしな黒化サーヴァント達はそんな事はしない。
補給は魔力のみ、休憩も要らず、必要とあれば死んでも復活させられて扱き使われるブラック労働環境が彼らだ。
だと言うのに、魔力は兎も角物資の補給?明らかにおかしい。
「キャスター、此処の防衛を頼みます。」
「偵察か?」
「えぇ。状況が動きました。今夜で終わりにします。」
それだけを告げて、ランサーは縮地を使用、衛宮邸から消えた。
目指すのは市街地の一角、接触があった霊脈のある地点だ。
「おいおい、急ぎ過ぎだろ。ま、気持ちは分かるがね。」
「キャスター、ランサーは……。」
「偵察だよ。が、状況が動いたのは確かだ。全員、何時でも動ける様に支度しな。」
戦の匂い、戦況の変化をキャスターは誰よりも鋭敏に感じていた。
曰く、この機を逃がすな。
10年もの間、国一つを相手取ってゲリラ戦をし続けたケルトきっての大英雄の経験則は確かにそう告げていた。
「ランサーが動いたって事は、良い方の変化か?」
「だと良いがな。ま、元々後なんて無ぇんだ。前のめりに行こうぜ。」
二カッと笑うキャスターに、しかし既に傑作アサルトライフルと名高いAK47(魔術的改造済み)を構えている慎二は苦々しい表情を隠しもしない。
「それ、ケルト位でしか通じないからな……。」
いや、多分薩摩とか新選組とかの辺りなら通じると思う。
「んだよ、ノリがワリィな。シャキッとしな、シャキッと!」
「いってぇ!?キャスター、お前サーヴァントの筋力考えろっての!」
その体育会系な様子に、緊張に飲まれかけていた士郎と桜がくすりと笑みを零す。
ここ二日、嵐の様に時間が過ぎていて考えられなかったが、この世界の人類は自分達以外滅んでしまった。
そして今、最後の平和な時間が終わってしまった。
不安に飲まれても仕方ない。
絶望に膝を折っても当然だ。
理不尽に涙しても当たり前だ。
でも何故か、負ける気がしないのだ。
「先輩…。」
「桜…。」
ぎゅっと、隣に立つ相手の手を握る。
互いが互いを日常の象徴として見ている相手だ。
自分よりも、互いに相手の方が大事だと確信している。
だからこそ、相手を守って果てる事になっても、悔いはないと思っている。
それでもなお、二人共が皆が無事に生き残る事を望んでいた。
「生き残ろう。オレと桜と慎二とランサー、序でにキャスターも。」
「はい。」
「で、皆で宴会でもしよう。あぁオレ達頑張ったよなってさ。」
「はい!その時は一緒に料理を作りましょう!」
「あぁ、約束だ。」
「はい!」
不安しかない未来に、それでも彼らは前に踏み出した。
こうして、彼らの人類史を巡る旅路は始まった。
対軍宝具「捩じ穿つ死翔の棘」 ゲイボルグ・フェイク ランクB
ランサー・メドゥーサが友人であるスカサハから習得した槍の投擲方法であり、正確には宝具ではない。
鮭飛びの術とセットであり、事前に加速→高く跳躍を挟まないと発動できない。
この辺りはスカサハや生前のクーフーリンに劣ってしまう。
また、投げるのは別の槍なので、30もの鏃に分かれる事は無いが、凍結による行動の阻害及び即死効果を持つ。
対人宝具「女神の抱擁」 ハルペー・オブ・メドゥーサ ランクB
冥府の神々の従属神とも言われるメドゥーサが大魔獣討伐のために冥府の水を用いて鍛えた槍。
その効果はあらゆる分子運動の停止であり、結果として攻撃した対象を凍結させる。
そのため、切られた相手は痛みを感じる事なく、急速に凍結し、死に至る。
その際、魔力の動きすら阻害されるため、通常の治癒魔術による治療を阻害する上に切り付けただけでも相手に凍傷を付与する。
しかも、ゴルゴーンに止めを刺した武器と言う事で、人外や魔性への特攻も付与されている。