「ドーモ西暦2004年の皆さん。2015年から来ましたカルデアの者です。」
「忍殺やってる場合ですか。」
衛宮邸で何とか一息ついた頃、立香からの衛宮邸の住人達への挨拶がこれだった。
直後、ランサーから容赦なく突っ込みが入ったが。
「取り敢えず、上がって休んでくれ。古いけど広いのだけは取柄だからな。」
未だ軽口こそ絶えないものの、それでも煤塗れで疲弊していた3人を前に家主たる士郎は笑顔で告げた。
……………
衛宮邸の居間にて
カルデアの面々に衛宮邸の住人達、そしてキャスターを加えた総勢8名が湯呑を片手に情報交換を行っていた。
「成程、凡その事情は分かった。」
頭が痛い、といった様子を隠そうともせず、慎二は言った。
魔術的知識に乏しい士郎と桜は疑問符が舞っているし、カルデア側の筈の立香も隣のマシュからちょいちょい補足されて漸く話についていっている状況の中、事の重大さをしっかりと理解した慎二は頭を抱えたくなっていた。
「つまり、この土地を起点に人類が滅ぶ可能性があると。」
「えぇ、私達はその原因を調査するために2015年からレイシフトと言われる時間遡行技術によってやってきたの。」
途方もない話であり、最早SFの領域だった。
しかし、実際に人類は時間の流れに逆らう術を獲得し、不慮の事態であったとは言え、こうしてそれを成功させている。
通常の世界のままなら、間違いなく在り得てはいけない事態だった。
「とは言え、先程も言った通り、この時代が焼き尽くされたのは我々サーヴァントの仕業ではありません。」
「えぇ。通常のサーヴァントじゃどんな強力な英霊でも、そんな事は不可能よ。」
ランサーの言葉に、オルガマリーが頷く。
今次聖杯戦争において、人間を始めとした一定以上のサイズの生命体のみを焼く宝具や能力を持った英霊はいない。
更に言えば、例えそんなものを持っていたとしても、人類の未来を左右する程の出力となると個人ではどう足掻いても無理だ。
こんな驚きの事実だが、衛宮邸の面々の納得は早かった。
と言うのも、既に衛宮邸では慎二主導ランサー補助で街の外への通信を試みていたからだ。
しかし、電話も、テレビも、ラジオも何の音沙汰もなく、使い魔ですらこの街を出た瞬間に焼却されてしまった。
この事から街の外は本当に何もかもが焼却されており、生き残りはいないと判断された。
そして、あ、これはこの街にいないとアカンな、と慎二とランサーが気づくのは早かった。
「この街がまだ燃え残っている理由は、恐らく聖杯でしょう。」
こんな事を仕出かす黒幕が今更聖杯に固執するとは思えない。
ならば、黒幕に反意を持つ末端の仕業が考えられる。
或は、黒化したサーヴァント達はその原因を取り除くためにこの街で活動しているのかもしれない。
「じゃぁ聖杯の確保が必要と考えるべきかしら?」
「ですね。ただ、冬木の聖杯は聖杯戦争がまだ半分も進んでいない事からまだ完成していないと考えられます。」
「つまり、冬木の聖杯とは別にそれに匹敵する代物がこの街に存在すると言う訳ね…。」
今度はオルガマリーも頭が痛くなってきた。
なんで裏業界でも伝説級の厄ネタが一つの街に二つもあるのやら…。
「で、聖杯を確保した後も事態が解決しない可能性もあります。」
「根拠は?」
「黒幕は聖杯に匹敵する礼装を作成できるのです。黒幕自身の力はそれを凌駕する可能性があります。」
その場合、黒幕がちょっと本気を出した時点で終了である。
「と言う訳で、聖杯とか色々あげるので、桜と慎二と士郎の保護をお願いしてもよろしいですか?」
『ちょ!異なる時代の人間をレイシフトで連れ帰る事は違法だ!それに意味消失させずに上手く転送できるかどうかも!そもそも、その3人にレイシフト適性があるかすら検査してみないと…!』
「であれば何の問題もありませんね。」
突然のロマンからの通信を、しかりランサーはばっさりと切り捨てた。
何の問題もないと、彼女は説明を続ける。
「何のための聖杯、何のための願望器ですか。冬木の聖杯を確保するには他のサーヴァントを倒さねばならない。そして聖杯に匹敵する礼装を持っている可能性が現状最も高いセイバーを倒すにはどの道他の黒化サーヴァント全てを倒さねばならない。」
つまり、最初からする事に変わりはなく、何の問題もありません。
相手は狂って劣化の限りを尽くしたとは言え、ヘラクレスを含む陣営であり、更には聖杯と言う無尽蔵の魔力リソースを持った、未熟なマスターと言うハンデ無しの墜ちた騎士王だ。
それらを相手に、神代屈指の師にして賢者であり、魔術師にして女神はあっさりと言い切った。
「今なら敵はアサシンとライダーを欠いた状態です。後はアーチャーと本丸たるセイバーのみ。そして、バーサーカーは未だ聖杯の中で黒化され切っていません。」
そして、黒化英霊は一定時間あれば再召喚されてしまう。
叩くなら、今こそが好機だった。
「……いいでしょう。」
『所長!?』
「人類全体のためです。その程度は飲ませます。ですがランサー、良いのですか?」
ランサーの言葉に、それを絶対に看過できない筈のオルガマリーはしかし、強い意志と共にそれを些事と言ってみせた。
恐らく、この後に訪れるだろう魔術協会や国連からのしつこい追及を考えたのだろうが、それよりもミッションの完遂こそが重要だと判断したのだろう。
次いで、ランサーに確認する様にオルガマリーは問うた。
「貴方もまたサーヴァント。聖杯に捧げる願い位あるのではないのですか?」
「あ、すいません。私は現世観光できればそれで良いので。」
「えぇ……(困惑)。」
眼光鋭く問うたオルガマリーに、しかしランサーは若干申し訳なさそうに告げる。
聖杯で何か大層な願い事叶えるのとか厄ネタフラグじゃん、と冬木の聖杯の汚染度を知る彼女はそう考えていた。
出来ても最大で受肉くらいだろう。
それも英霊として最高位であるギルガメッシュすら思考が若干悪よりになっていたと言うのに、完全に反転状態とか罰ゲームでしかない。
どう考えても人類悪顕現な事態になって抑止力不可避である。
「わ、解りました。取り敢えずもう30分程休憩したら出発と言う事で。」
「あ、道中を行くのに車等も用意しましたので、慎二がセイバーのいる円蔵山の麓まで乗せてくれますよ。」
「運転は大体覚えたから、安全運転する分には問題ないよ。」
「んん?」
そこまで聞いて、士郎はふと疑問に思った。
「慎二、免許は……。」
「ははは。衛宮、こんな非常時に教習所が開いてると思うかい?」
「大丈夫なんだな?(念押し)」
「大丈夫大丈夫僕を信じて信じてー(棒)。」
「待て待て待て待てちょっと待て。」
がくがくと慎二の肩を揺さぶる士郎。
へらへらと明後日に視線を向ける慎二、ちょっと切羽詰った顔の士郎。
実に仲が良いなぁ彼らは(棒)。
「さて、状況を開始する前に戦力の確認をしておきましょうか。」
そんな少年二人の混沌ぶりをスルーして、ランサーは話を進めた。
……………
で、
「おら、アンサズ!」
「くぅっ!」
現在、衛宮邸の広い庭はキャスターVSシールダーの練兵場と化していた。
「ちょっと無茶すぎないかしら!?」
「いえ、これ位の荒療治は必要かと。」
「マシュ……。」
その様をオルガマリーとランサー、そして立香少年は見つめていた。
「英霊にとって宝具とは即ち己の生き様の証明であり、歩く事と同義です。教える事は出来ません。」
「だから追い詰めて、本能的に思い出させるのね?」
「えぇ。彼女の宝具、セイバーを相手にするにはかなり有効そうですので。」
ドカンドカンと一度は直した塀や庭が盛大に吹っ飛ぶ中、士郎達は車に必要そうな装備等の詰め込みや家の戸締りをしていた。
「おら、もっと気ぃいれな!」
「ひゃうん!?ど、何処触ってるんですかー!」
「こら!うちの子にセクハラは禁止―!」
不意の接近戦に反応が遅れるマシュを嘲笑うかの様に、キャスターはその豊かなお尻をすれ違い様に揉みしだいていき、それを立香が怒る。
下手人に顔を真っ赤にしたマシュが盾を振りかざして追うが、しかし元々の敏捷性の差故に全く追いつく事が出来ない。
「マシュ、貴女は守りが本領です。ならば無理に追うのではなく、カウンターに徹しなさい!」
「は、はい!」
だが、降り来る炎を前に、マシュの大楯は決して崩れない。
無論、その熱波と着弾の衝撃は相当なものがあるが、いざ守りに入ると本当に堅い。
その特性を生かすべく、ランサーは声を掛け続ける。
「下手に攻めず、守りを固めなさい!そのまま進めば、盾は立派な武器になります!」
「はいッ!」
下手な城壁よりも固く、槍等よりも遥かに重い盾を構えたまま、マシュが突進する。
それはキャスターにするりと避けられるが、それでも先程の様な真似はされない。
「常に正面に相手を捉える!でなければ後ろの誰かが死ぬと思いなさい!」
「ふぅ!」
「おっと!」
時には死角に入られていたのに、今ではもうマシュはキャスターを視界から外さない。
キャスター自身の手加減と言うものもあるが、それ以上の彼女の中の英霊の持つ技量と経験がマシュに力を与えていた。
「さぁて、そろそろかねぇ。」
言って、キャスターが動きを止め、杖を構える。
その視線の先にはマシュ、更にその先にはカルデアの面々、即ち立香とオルガマリーの姿があった。
「オレはこれから宝具を使う。対軍宝具だ。防げなきゃ後ろのマスター諸共焼き尽くされるぞ。」
「な、」
「ちょっと本気!?」
絶句するマシュ、驚くオルガマリー。
だが、二人の驚愕を意に介さない様に、キャスターは土地から供給された魔力を練り上げる。
「防げよ。でなければ諸共に此処で死んでおいた方が、お前らのためだ。」
キャスター、クー・フーリンはその圧倒的過ぎる戦闘経験からこの戦いが長く続く事を見抜いていた。
だからこそ、此処で彼女達が終わるのなら、まぁ現在の人類とは所詮その程度だったのだろうと思うだけだった。
この割り切り、実にケルトである。
だからこそ、この一撃は間違いなく本気のものだった。
「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。人事の厄を清める社――」
詠唱と共に地面に光り輝く魔法陣が浮かび上がる。
ルーン魔術で構成されたソレの中から、遂にキャスターの宝具が姿を現す。
「倒壊するはウィッカー・マン!オラ、善悪問わず土に還りな───!」
これぞドルイド信仰における人身御供の祭儀の再現。
無数の枝で構成された茨の巨人、ウィッカーマン。
その虚ろな胸の檻の中に生贄を納めるべく、炎を纏いながらマシュへと襲い掛かる。
「ッ、あああああああああああああああああああああああああ……ッ!!」
その脅威を前に、何より自身の背後にいる二人のために。
マシュはその全身から魔力を放出し、それを以て障壁を展開する。
スキル:魔力防御。
デミ・サーヴァント固有のスキル、憑依継承によって得たソレは魔力をそのまま防御力へと変換する。
魔力さえあれば対国宝具並の防御範囲を発揮できる。
(ダメ、このままじゃ……!)
だが、今の彼女の魔力量では対軍宝具であるウィッカーマンは防げない。
であれば、どうなる?
当然、焼け死ぬだろう。
まだ何も出来ず、また何も出来ず。
そして、それはマシュの後ろにいる二人も…。
「マシュ!」
不意に、自分の名を呼ばれる。
視線を向ければ、そこは青く澄んだ瞳を向けるマスターである少年がいた。
その隣に怯え竦みながらもこちらを見続ける人もいたが。
彼は逃げもせず、怯えもせず、ただじっと自分を見つめていた。
「頑張って!」
その右手にある令呪が光り輝き、一画が発光と共に失われる。
彼の瞳には穢れも、迷いも、怯えも無く。
ただマシュ・キリエライトへの心配と信頼のみがあった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
自分が敗れれば、あの綺麗な瞳が消えてしまう。
それはダメだ。
それだけはダメだ!
自分が守らなければならない!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
真名の解放も、事前の詠唱すらも無い。
ただただ必死だった。
必死で守ろうとした。
大事な大事な、本当に大事な人のために。
どんなに怖くても、どんなに恐ろしくても。
彼女の心には一切の穢れなく、また迷いなく、折れる事も無く。
その思いは堅牢な魔力障壁となって結実し、襲い来るウィッカーマンの暴威を見事に防ぎ、凌ぎ切った。
「ほぅ…!」
それを見ていたランサーが感嘆の声を漏らす。
嘗ての知識ではなく、本当に目にする事で改めてその尊さがよく分かる。
こういうものを見ると、やはり人は存続するべきだと思うのだ。
どんな負債と汚濁と呪詛に塗れようと、真に美しいものがある限り、人は続いて良いのだと。
「御美事です、マシュ・キリエライト。最後まで逃げなかったマスター共々、貴女達は本当に素晴らしい。」
肩で息をするマシュと、彼女の下へと駆け寄っていく立香を見ながら、ランサーは知らず笑みが零れた。
「さて、私も自分の仕事をせねばなりませんね。」
そう独語して、ランサーはひらりと塀から降りると、何事かと集まった全員の下へと歩を進めた。
もう4・5話程度で冬木編終了の予定。
しかし、此処まで長すぎである(汗
やっぱもっとあっさりとした方が良いんだろうか…