「全員、走り抜けなさい!」
それだけ言って、ランサーは眼前の大英雄の成れの果てへと挑んだ。
自陣において、自分だけが現在の彼に相対できると悟っているが故に。
「総員駆け足ィ!」
固まったマスター達の中、マスター適正は無くとも魔術師として最もキャリアを積んでいるオルガマリーが叫んだ。
瞬間、突然の奇襲に思考が空白化していた面々が一斉に駆け出す。
「はぁッ!!」
「フッ!」
彼らの進路を作るため、ランサーは得意の一撃離脱をせずに踏み止まり、アルケイデスと正面から斬り合う。
それが自身にとって不利であると知っていても、それでも彼女は前に出た。
その覚悟を無駄にしないためにも、他の面々は決して支援せずに、少しでも彼女の邪魔にならない様にその場を走り去っていった。
「ぜぇア!」
大上段からのランサーの振り下ろしを、アルケイデスが欠けた斧剣で受け止め、空いた片手で拳を振るう。
先日同様に直撃すれば挽肉確定のその拳を、しかしランサーは下がらずに限界まで強化された己の手で逸らす。
開始一分にならぬまま、既に人間では視認できない速度で三桁となる剣戟の応酬を交わす。
しかし、その時点で既に両雄には明確な差が存在した。
その証拠に、既に逸らし切れなかった攻撃の余波だけで、ランサーの身体はボロボロだ。
原初のルーンと怪力、そして霊地とマスターから供給される魔力を用いたランサーのステータスは筋力A 耐久B 敏捷A+ 魔力A 幸運Cと中々のものだが、それは相手も同じこと。
「ふん!」
「くゥっ!?」
アルケイデスの横薙ぎの一撃を、余波すら当たる訳にはいかないとランサーは必死になって範囲内から離脱する事で回避する。
この復讐者のステータスは筋力A+ 耐久B 敏捷A 魔力A+ 幸運Eとほぼ同程度だ。
となれば、後は彼我の技量と経験が生きてくる。
そして、純粋な闘争の技量と言う点においては、復讐者の方が遥かに勝る。
「どうした?その程度ではあの者達を狙うぞ。」
アルケイデスの視線が、もう見えなくなったカルデア+慎二一行の去った方角に向けられる。
その一瞬、目を離した隙に、ランサーの姿が消えていた。
「……どうであれ、所詮はギリシャの神霊か。」
逃げたと言う事実に、アルケイデスは失望を隠さずに吐き捨て、その場を去った。
……………
(あっっっぶなかった…!)
その頃、ランサーは仙術の方の縮地によって異相空間へと潜伏していた。
(あのタイミングで仕掛けてたらカウンターで今度こそ死んでましたね。)
見え見えの隙と挑発。
乗っていたら、視線を向けられないままに切り捨てられていた。
(さて、慎二達には悪いですが、ちょっと卑怯事をしましょうか。)
幸いにも、あのアルケイデスは自分が最も苦手とする分野で戦っている。
本来、ヘラクレスに下手な戦略等必要ない。
だと言うのに卑怯事をするのは、彼の精神性のみならず最大限の力を発揮できる「正面からの戦闘」と言うアドバンテージを殺す事に他ならない。
そもそも、そういうのが得意だったら、純粋な指揮官や戦術家としても名を残している。
残っていないのは、つまりはそういう事なのだ。
(昔上げた知恵の輪とか、全部途中で壊しちゃって落ち込んでましたしねー。)
師匠及び親しい身内だけが知ってるあるけいですくんの過去である。
(ではでは、本当のズルさと言うものを教えてあげましょう。)
にっこりと、つい先程追い詰められた仕返しをしようと、ランサーは仕込みを開始した。
……………
「あーもう!ランサーはどうしたのよーー!!」
必死になって円蔵山へと走り続ける一行。
その彼・彼女らの頭上へと、先程から引っ切り無しに飛来物が落ちてくる。
それは電柱であり、打ち捨てられた車であったり、ビルの貯水槽であったりと。
取り敢えず投げられそうなものを片っ端から投げていると言う風に、次々と飛来物が降り注いでくる。
「ったく、バカ力過ぎんだろ!」
文句を言いながらも、決してキャスターの迎撃の手は緩まない。
彼ら純粋なサーヴァントにとっては神秘の篭もらない純物理攻撃等は意味を成さないのだが、一発でもしくじればマスター達に被害が出るのは確実だ。
そのため、彼は魔術によって隕石の様に飛来する瓦礫の内、命中コースにあるものの対処に当たっていた。
とは言え、一人では細かいものまで対処し切れない。
「小さいのはこちらに任せてください!」
だが、此処には守りに特化したデミ・サーヴァントがいた。
マシュはその大楯でマスター達目掛けて降ってくる小石~人の頭大程度の瓦礫の全てを弾き、受け、逸らしてみせる。
正に守り役の面目躍如といった活躍だ。
無論、その程度でアルケイデスの猛攻を防げる訳ではないのだが。
「中々の堅さだな。」
それをビルの屋上から見ていたアルケイデスは、これ以上の牽制は不要だと判断した。
(出て来ぬのならそれで良い。とっとと終わらせるとしよう。)
そして、今度こそ止めを刺すべく、アルケイデスはビルから飛び降りた。
飛び降りた先は今まで立っていたビルの正面玄関。
別にこのビルそのものを投げ飛ばすつもりはない。
岩や山なら兎も角、何の神秘もないこのビルでは投げようと持ち上げた時点で崩れてしまいかねない。
なので…
「ふんぬらあアアアアアぁぁァっぁぁァァァァぁァァァァぁァァァァぁぁぁぁァァァァぁァァァァッ!!!」
両の拳で以て、滅多打ちにした。
すると、殴られた部分は先程の投擲よりも速く、まるで砲弾の様に殴り飛ばされていった。
次いで殴られた部分には達磨落しの様に上の階の部分が落ちてきて、それを更に殴り飛ばせばまた落ちてきて……。
ものの10秒程で30階建てのビル全ての質量を砲弾として高速発射してみせた。
更に一行とビルの間にあった他の建築物すら瓦礫の砲弾に加えながら、その威力は減衰する所か増していく。
これ程の超質量、マシュが宝具を用いれば防げない事は無いだろう。
しかし、永続的に展開できる訳ではない。
例え防いだ所で、マスター達は瓦礫に埋もれて窒息か、衰弱か、打撲や圧迫に出血等の外傷によって簡単に死んでしまうだろう。
キャスターにしても、これ程の連続した質量攻撃を防ぐ事は出来ない。
完全に詰みだ。
「槌と術と炉。形無き島を覆いし神威を此処に!『領域封印・静止神殿』!」
真名解放と共に、EX級封印宝具が発動する。
円蔵山を目指す一行へと迫り来るビル製瓦礫砲弾の雨は、展開された白金の城壁に防がれる。
「ハあああああああああああああああああああああッ!!」
そして、ビル一つ分の瓦礫を抱えたまま、城壁がビルの跡地目掛け前進する。
砲弾程には速くない、しかし城壁そのものが移動して体当たりしてくると言う異常事態。
更に、その両脇からはこちらを囲む様に大きく広がったコの字型に城壁が配されており、さしものアルケイデスも面食らう。
同時に、これが威力だけならそれ程脅威ではない事も見抜いていた。
何せ城壁と言えど元は封印宝具、勢いを止めればそれだけで攻撃力は消える。
(いや、これは何かあるな。)
つい先程までの、ランサーが仕込みが出来る時間は3分程度だった。
だが、彼女の手広さを思えばその短い間に仕込みを終わらせていただろう事は想像に難くない。
(この城壁も、確かに威力は低いが厄介だ。)
城壁と言うだけあって、高さは30mはある上に、アルケイデスの拳であっても崩せない。
しかも、一度四方を囲まれてはサーヴァントの身では脱出はほぼ不可能だ。
更に言えば、飛び上がっても空中で無防備に近い姿を晒すのは自殺行為だ。
この壁の向こうにいる師にとって、足場のない空中にいる己は的に過ぎない。
そして、態々開けられた後方に退くのも不味い気がする。
勘だが、確実に罠の気配がする。
となると、相手の思考の裏をかきつつ一連の戦術を破綻させる最適解は…
(正面から突破する。)
それしかない。
ランサーにとって、この城壁は切り札だ。
それが突破される事を想定するのは、英霊としてはとても難しい。
何せ己自身の生涯の証と言うのが宝具。
それもEX級となれば、破られるのを想定している方がおかしい。
「お」
だからこそ、アルケイデスは迷いなく目の前の城壁へと、瓦礫を巻き込んで突進してくる巨大なブルドーザー染みた超質量兵器へと正面から突貫した。
「雄オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
斧剣を持たぬ左拳、突貫時の加速と自身の重量、何より自身の筋力を加算した拳を城壁の正面、その真芯へと叩き付ける。
ドゴオオオオオオオオオオオオオンッ!!
轟音と共に、城壁の突撃が停止する。
空かさずアルケイデスはその剛腕で以て正面の停止した城壁を掴んだ。
一切の穢れも破損もない城壁はアルケイデスの剛力に耐え得る数少ない代物だ。
つまり、手荒に扱っても壊れる心配がない。
「ぬぅぅぅぅん!!」
だからこそ、アルケイデスは安心してゆっくりと力を込めて……持ち上げた。
確かに重さだけなら先程のビルよりは軽いだろうし、ビルと違って自重で潰れる事も無い。
だがしかし、下手な城よりも重厚で巨大な城壁を持ち上げ、剰えそれをサーヴァント2騎と3人の人間を殺すためだけに投擲しようと言うのだから、最早災害の様に頭を下げて平伏して通り過ぎるのを待つ事しか出来ない。
「『壊れた幻想』。」
だからこそ、付け込まれた。
EX級宝具に内包された莫大な魔力。
それら全てを解放し、爆発力へと変換させる。
その威力、最早戦術核に匹敵する。
宝具に換算するなら対国級の火力、都市国家程度なら確実に滅亡させ得る様な、そんな威力だった。
通常の英霊なら決してやらない愚行とも取れるソレを、しかし「どーせこの特異点の外には出れない分霊の身なんだから使い潰してもヘーキヘーキ」とか考えてる頭のおかしな女によって、EX級投擲宝具の実現は潰えてしまった。
まぁ英霊数多しと言えど、そんな事をするのはこの世界にたった一人しかいないのだから、想定しろと言うのがおかしいのだが。
「……ぐ、がぁ……ッ!」
だがまぁ、寸前で直感任せに真上に城壁を放って発生した爆風を切り払った大英雄も十二分におかしいが。
「はははは……やはり発想では上を行かれるか…!」
だがしかし、無傷では済まなかった。
爆風を切り払った斧剣は今度こそ完全に大破し、既に当初の威容は消えてナックルガード並みに小さな残骸しか残っていなかった。
更に全身のあちこちが炭化し、表面の皮膚はボロボロと炭となって剥がれ落ちて内部の焼け爛れた肉が露出している。
(うーん、流石の威力ですね。一辺を防御に回して正解でした。)
アルケイデスを囲わずに使っていなかった四方を囲む城壁の一辺、それは円蔵山へと逃げ込む一行を爆発から守るために使用されていた。
そうしていなかったら、サーヴァント二人は兎も角残り全員が確実に死んでいただろう。
何せ威力が広島型原爆よりも少し低いかな?程度だったのだ。
この街一つを吹き飛ばすに余りある。
(とは言え、これで詰みです。)
爆心地を、アルケイデスを囲む様に7体ものランサーが姿を現す。
身外身の術によって作られた、ランサーの分身たち。
それらが槍を構え、全員が突撃の態勢へと移行する。
「7人の自爆特攻兵。これで勝ちです。」
そして、7人ものランサーの分身達は本体の命令通りに超音速で突貫した。
メドゥ「勝った!第三部完!」