アルケイデスは、己に迫り来る脅威を感じ取っていた。
自身を中心として7方向からの超音速で接近する敵。
そのどれもが侮れない技量を持ち、以前己も振るった不死殺しの槍を持っている。
幸いと言うべきか、それらは一撃入れれば消える儚い分身だ。
しかし、死ぬ寸前に構成する魔力を解放して先程の城壁の様に自爆する事も出来る。
(詰んだな。)
間違いなくそう思う。
宝具があればどうにかなるやもしれないが、無いものねだりをした所で意味は無い。
だが……
(此処で諦めては、師に顔向けできん。)
きっと戦ってる師が聞いたらブンブカ首が千切れる程に横に振って否定するだろう事を考えながら、アルケイデスは思考する。
どうすればこの窮地を打破できるかと。
元より逃げるつもりは無い。
自分のこの聖杯戦争の願いは、最初から一つだけだ。
本来ならマスターを優先したい所なのだが……その相手は、もういない。
反転により余計なものが増えたが、それにしたって結局する事は変わらない。
(であれば、死力を尽くすのみ。)
みしり、と炭化しかけている右腕に力を籠める。
重要なのは威力ではない。
速さ、そしてリーチ。
敵よりも速く、音よりも速く、光にすら迫る程に速く。
槍よりも遠く、矢よりも遠く、光よりも遠く。
その気概を以て、技を繰り出す。
さぁ我が師よ、ご照覧あれ。
貴女の弟子は、この程度では崩せないと。
「『射殺す百頭が崩し・旋』。」
……………
「わーお。」
ランサーは見ていた。
アルケイデスの放った「拳」での射殺す百頭。
通常よりも威力の劣るその技は、しかし全方位から音速で襲い来る7体の分身全てを槍のリーチに入る寸前。
アルケイデスはまるで円盤投げの様な構えを取った後、その場で高速旋回しながら音を遥かに置き去りにした超連続打撃を見舞い、全ての分身を自爆前に全て迎撃してみせた。
最早感嘆するしかない。
流石は大英雄、流石はアルケイデス。
師匠としても誇らしい。
だが、先生としてはソレ別の場面で発揮してほしかったな(白目)と言うのが偽らざる本音だった。
「ですがまぁ、今度こそ詰みです。」
今の一撃で、炭化して脆くなっていた右腕は完全に砕け散った。
そして、得物も粉砕し、左腕も右腕程ではないが重傷に違いはない。
とは言え、このままだと聖杯からの魔力供給によって再生しかねない。
故に放置する事は出来ず、確実に止めを刺すしかない。
異相空間から出現する先は、アルケイデスの直上。
構えるのは限界まで魔力を込めた槍。
今回の召喚で使える、もう一つの最大火力を此処で使い切る。
普段は突きや斬撃として放っているインドの英雄達の奥義が槍へと宿る。
「『
国殺しの力を纏った槍が上空から落下の勢いと自壊寸前になる程の強化が掛けられた肉体により繰り出される影の国の奥義の一つによって解放される。
「『捩じ穿つ死翔の槍』ッ!!」
だが、唯の一撃ではあの大英雄を討つ事能わず。
故に、二つの奥義を重ねて放つ。
先程の城壁の自爆の様な全方位への爆発ではなく、一点へと放たれるソレは対城宝具でも最上位となる。
相殺するには、それこそ万全な状態の星の聖剣か乖離剣の様な出鱈目が必要だろう。
そして、先の爆発と重ねて完全にこの街を地図から消すだけの威力がある代物が、一個人へと放たれた。
……………
「成程。やはり我が師は偉大だな。」
空から堕ちてくる絶滅を成す槍を前に、しかし死に体のアルケイデスの心は凪いでいた。
右腕は砕け散り、斧剣も無い。
あるのは比較的無事な左腕だけで、それとて奥義を一撃放てば限界だろう。
(であれば、全力で奥義を放つのみ。)
後の事?
生きてたらその時の自分に任せるのみ。
「この拳を貴女に捧げん。」
今は唯、拳を握って前へと進むだけの事。
「『射殺す一頭』。」
だから、アルケイデスは凪いだ心のままに、師が最後に教えてくれた技を放った。
左の拳を限界まで引き絞り、超連続を超えた先、完全同時の打撃を9発重ねる。
全く同様のものが9発も重なって存在する拳は、その技を教えた師のいる空へと放たれる。
この技の起源、沖田総司の完全同時の三つの突きは『壱の突きを防いでも同じ位置を弐の突き、参の突きが貫いている』という矛盾によって、剣先への事象飽和からの消滅を発生させる。
では、彼女よりもあらゆるステータスが勝るであろうアルケイデスはどうか?
一撃だけでも古の城門を容易に突き崩す拳が9つも重なった一撃で『壱の突きを防いでも同じ位置を他の突きが貫いている』という矛盾を発生させる。
よって、その一撃は局所的ではなく、その拳の先にある万物を消滅させる程の事象飽和を引き起こす。
嘗て槍によってそれを成したアルケイデスは、この窮地においてその応用を成して魅せた。
その一撃であって一撃ではない拳撃は、迫り来る国殺しの絶技を散らし、その先にある槍を消滅させ…
「ッぐぅぅぅぅぅ!?」
ギリギリの所で身を捩ったランサーの左上半身を消滅させた。
……………
瓦礫と炎だけが街に満ちている。
生命の気配は一切無く、在るのはただ死を自覚できない亡者達の彷徨う足音と時折聞こえる火事になった建物が崩れる破砕音位だろうか。
しかし、今は亡者達は一体も残っていない。
その全てが先程連続して起きた大爆発によって、残っていた街ごと薙ぎ払われたからだ。
辛うじて山間部や地下施設などは被害が少ないが、それ以外は正しく根こそぎだった。
既に殆どの建物が完全に瓦礫となり、たとえこの街で長く暮らしていた者でも判別できない程の大量破壊だった。
「……ぐ、が、ぁぁぁぁ……ッ!」
そんな瓦礫しかない中で、不意に呻き声と共に瓦礫が持ち上がる。
全身がズタボロで、特に左上半身が腕含め丸っと消滅しながらも、治癒魔術と戦闘続行スキル、何よりもその精神力によって辛うじて現界を保っていた。
「まだ……まだ、です…ッ!」
いっそ執念と言ってよい意志力で以て、ズダボロのまま瓦礫の山へと落下したランサーは辛うじて生きているものの、立ち上がる事すらできない。
瓦礫の中で這いずる姿は誰がどう見ても満身創痍であり、とてもではないが戦える様には見えない。
「止めを刺させてもらう。」
故にこそ、ここで確実に止めを刺す。
アルケイデスは両腕を無くした状態でありながら、それでもなお決着をつけるべく走り出した。
師匠として大事であり、戦友として背中を預けた。
そうであっても、復讐者となったアルケイデスには、神々に妻子を殺された男は嘗て女神であった者を弑さんと駆ける。
彼の俊足ならものの数秒で駆け抜ける距離は、しかし二人には永劫にも刹那にも感じられた。
不意に、視線が合う。
不本意に師匠を狙う/喜んで神霊を弑そうとする堕ちた大英雄。
今にも死にそうな嘗て女神であった人間。
その決着は、突然の事だった。
「真の怪物は目で殺す……」
ふと囁かれた言葉に、アルケイデスはついついそれが何なのかという疑問が芽生える。
そして、その疑問が晴れる機会はすぐ訪れた。
不意に俯いて痛みに喘いでいた筈のランサーの顔が、アルケイデスへと向けられ、目と目が合い、視線を交わし合う。
それだけで、アルケイデスは己の不覚を悟った。
「『
眼力そのものへと魔力を注ぎ、技と成す。
彼の施しの英雄が使った技を、彼と共に技を学んだ彼女が使えない道理はない。
文字通り光速となって放たれた絶技は、アルケイデスが咄嗟に身を捩ったがために頭蓋を消し飛ばす事こそなかったものの、彼の胸板を大穴と共に貫通し、霊核のある心臓を吹き飛ばした。
今度こそ、決着だった。
「すみませんね……師匠と呼ばれながら、こんな手しかありませんでした。」
「何、こちらこそ随分と手間をかけさせてしまった。」
弱弱しく告げるランサーに、しかりアルケイデスは嘗ての彼と同じ様に朗らかな笑みと共に答えた。
「ヘラクレスではなく、アルケイデスを受け入れ、そして止めてくれた。やはり貴女は私の師匠であり、戦友だ。」
噛み締める様に告げると、すぅっとアルケイデスの体がエーテルへと解けていく。
彼もまたとっくに限界だった。
しかし、英霊の身で己が神話を乗り越え、ここまで戦ってみせたのだ。
それは偏に先に死んでしまった(冥府で楽しく暮らしてます)二人目の師匠への、己の成長を見せたいがためのものだった。
「私こそ、貴方の様な弟子を持てて幸せでしたよ。」
「そうか……そうであれば嬉しい事だ。」
此処まで派手な殺し合いをしておいて、二人の間に憎悪も、憤怒も、殺意も無かった。
悲嘆はちょっとだけ混じってたかもしれないが、それはさておき。
「では、また何時か共に戦いましょう(味方として)。」
「あぁ、また何れ戦おう(敵として)。」
そんな盛大なすれ違いをしながら、大英雄は静かに去っていった。
後に残ったのは炎によって照らされる街だった瓦礫の山。
(あぁでも、少し疲れましたね…。)
あぁ眠い。
少し位、横になっても……
「な、なんだこれ!?」
「あ、先輩!ランサーがいます!ボロボロだけど何とか無事です!」
あ、そういえば忘れてた(素)。
士郎&桜、アーチャーとの固有結界バトルを制して出てみたら故郷が瓦礫の山に…
更にランサーが死にかけてて絶句してしまい、追及し忘れる事となる。