「いや、いや、いやぁあああッ!誰か、誰か助けてぇぇぇぇ!!」
冠位指定の事を告げ、消えていく黒い騎士王についての考察も終わらぬままに、正体を現したカルデアNo.2だったレフ。
彼がその手にある聖杯によってカルデアスへの空間を繋ぎ、オルガマリーをそこへと叩き込もうとする。
そうなれば、待っているのは分子レベルでの分解と無限の死の苦痛だ。
「はいお待ち!」
「ぐハァッ!?」
しかしまぁ、英雄と言うのはピンチに間に合うからこそ英雄なので。
遅れてやってきたランサーが一瞬でレフとの距離を詰め、カルデアス目掛け蹴り飛ばした。
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………ッ!?!!」
そして、断末魔の叫びと共に、レフ・ライノールは消滅した。
「大丈夫ですか、オルガマリー?」
「えぐ、ひぐ、ごわがっだ~~!」
涙と涎と鼻水で凄い事になっているオルガマリーを、見かけだけは何とか治してきたランサーが慰める。
幸い、ギリギリで間に合ったし、レフからさらっと奪った聖杯があるので、肉体の構築経験のあるランサーならば、どうにでもなる。
「さて皆さん、一か所に集まってください。」
「な、何するの?」
ぞろぞろとこの場に集合できた衛宮邸の住人+カルデアのメンバーが集まる。
そこには「このランサーなら何とかしてくれるでしょ」と言うこの短期間に積み重ねられた信頼があった。
「ではこの入手した聖杯を使いまして。」
「ちょ、何をするつもりよ!?」
一応責任者である所のオルガマリーが叫ぶが、それで止まる事はなく、聖杯から魔力の輝きが漏れる。
「慎二に魔術師の才能とレイシフトの適正を。桜と士郎にはレイシフトの適正を。オルガマリーにレイシフトとマスター適正のある肉体を構築っと。」
フォン、と言う独特の音と共に、名前を呼ばれた四人の体に聖杯から魔力が降り注ぎ、願いが叶えられる。
これで、彼彼女らは冠位指定に挑む資格を得る事が出来た。
「では、後はあの穴から帰還してください。」
くい、とランサーが示したのはカルデアス、そことこの地下空間を繋ぐ空間の穴だった。
「あの、それじゃ先程の所長みたいな事に…。」
「そのくらいの重力操作はこちらで可能です。さ、順番に行きましょう。トップバッターはオルガマリーで。」
「なな何で私なのよぉぉぉぉぉぉぉ!?」
が、そんな叫びも空しく、ランサーの持つ聖杯の力によってオルガマリーは再び宙を浮かび、今度はカルデアスとその周囲の磁場に接触する事なく、その脇からあっさりとカルデアへと帰還した。
その次に立香、マシュ、桜、士郎と続いていき、全員が帰還すると、漸く慎二の番となった。
「さ、慎二で最後ですよ。」
「お前、僕を最後にしたのはやっぱりそういう事か?」
ジト目で慎二がランサーを見つめる。
それを受け、ランサーはにっこりと微笑んだ。
「えぇ。私はこの地の聖杯戦争の術式によって呼ばれた。この時代から外にはいけません。」
それは極当たり前の事だった。
五回目の冬木市の聖杯戦争で召喚された彼女は、この時代から離れる事は出来ない。
彼女にとって、この結果は当然の事だった。
それが分かっているからこそ、全ての宝具と己自身を使い潰す勢いで戦ったのだ。
「……また呼ぶ。応えろよ。」
世話になるばかりで、何かを返せたとはとても思えない。
そんな恩人との唐突な別れに、慎二は忸怩たる感情を隠せなかった。
「慎二、これを。」
「これって……。」
渡されたのはキューブ状の聖杯、そして鎖のパーツであろう紫色の環。
「その環は私の髪が変化したもの。召喚の触媒になるでしょう。」
「また、会おう。」
「えぇ、約束です。」
そう告げて、慎二の体が浮かび上がる。
聖杯と絆の証を手に、慎二もまた穴を通って、この時代から別の時代のカルデアへと旅立っていく。
慎二が向こう側に着くと同時、穴が塞がっていく。
事情を知らなかった他の面々が必死な顔で何かを叫んでいるが、その声は届かない。
「また会いましょう、皆さん。」
降り注ぐ瓦礫の中、ランサーは微笑みながら手を振る。
「諦めずに前を向いてください。此処からは、貴方達の物語なのですから。」
やがて完全に穴が塞がると、聖杯と言う支えを失った特異点の崩壊が始まった。
地震とはまた違う振動が走り、地盤に亀裂が走り、大空洞の天井が崩れていく。
「さて、最後の仕事をしましょうか。」
そう言って、ランサーはその胸元からあるものを取り出した。
黄金に輝く、繊細な意匠の施された杯。
これぞ千年を超える妄執を抱えるアインツベルンの用意した冬木の小聖杯である。
街中を駆けていたランサーがイリヤスフィールの遺体を埋葬する際、彼女の体から取り出したものだった。
「聞こえていますか、アンリ・マユ。」
自分以外誰もいない筈の、崩れ行く地下空間で、ランサーが問いかける。
その目線の先にはこの地下空間に聳える台座、大聖杯たる地脈の中心、その中に潜む者だった。
「この程度では終われないでしょう。貴方も、私も。」
ゴボゴボと、粘性の高い黒く穢れた泥が零れ落ちてくる。
ドボドボと、それは大聖杯から溢れ続け。
ドバン!と、遂には噴火した。
「えぇえぇ。その未練、その執念、その悪意、私は評価しますよ。」
そうして、全てが泥に飲まれていった。
……………
極限状態だった衛宮邸の住人達及びカルデアからレイシフトしていた三人は、安全が確認されたと判断した直後、倒れる様に眠りについた。
当然の事だった。
全員が全員、荒事に慣れていない素人だったのだ。
多少魔術を齧っていても、戦う者ではなかったのだ。
しかし、ロマンとダヴィンチは念のためと3人を調べた時、その健康さに驚いた。
たった数日とは言え、自分達以外の全てが焼かれた極限状態だったのに、その肉体は士郎を除けば驚く程に整えられていた。
その原因が、あのランサーである事は明白だった。
料理という日常の延長を必ず行い、そして士気と結束を保ったからこそ、3人は戦い抜けたのだ。
「ふーむ、触媒もある事だし、是非召喚したいものだね。」
「それは僕達の決める事じゃないよ、レオナルド。」
そんなこんなで、カルデア職員らが何とか施設の復旧作業に尽力しつつ丸2日が経過した頃、漸く倒れていた面々が起きだした。
「し、しぬかとおもった……。」
「「「…………。」」」
「はい……何とか生き残れましたね。」
未だ死屍累々ながらも、何とか現状レイシフト及びマスター適正を持った面々がブリーフィングルームに揃った。
「全員揃った様だね。私は技術顧問のレオナルド・ダ・ヴィンチ。気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ。では、不肖この私が現状を解説をさせてもらおう。」
ダ・ヴィンチ曰く、人類史=人理は何者かによって焼却された。
その何者かはレフ・ライノールの上位者であり、まず間違いなく人間ではない。
そして、その何者かは人類史の重大な分岐点となる時代に冬木の様に聖杯を送り込み、歴史を改変する事で人理を滅ぼしたという。
現状滅んでしまった人理を修復し、焼却を終わらせるには、その改変を阻止しなければならない。
そのためにはその時代の現地へと飛び、聖杯等の聖遺物の回収及び歴史改変の阻止が必要となる。
そして現状、それが出来るのはこの場の5人しかいない、と。
「そこからは、私が話すわ。」
未だ疲労の色濃いオルガマリーが立ち上がり、前に出た。
「私はカルデアの、国連所属の人理継続保障機関カルデアの所長です。長であるからには、皆の模範として、私もまたレイシフトして戦います。」
そこで、深々と彼女は頭を下げた。
ここが畳の上だったら、それこそ土下座していたかもしれない。
「お願いです。どんな報酬もお支払いしますから、どうか皆さん、私と一緒に戦ってください。」
その姿に、慎二を除いた全員が目を丸くした。
「冬木で思い知ったわ。私と藤丸だけではとてもじゃないが勝ち抜けない。貴方達の力が必要なの。」
根は善良だが、メンタルが不安定で、常にヒステリーを起こしていて、周りに当たり散らす。
それが彼らの認識だったが、それは正確ではない。
彼女は未だ若いながらも時計塔のロードの一人に相応しい見識と魔術師としての実力を持ちながら、人間としての良識も併せ持った稀有な存在だった。
故にこそ、今自分が言っている事がどれ程筋違いであるか分かっている。
「貴方達はカルデアの職員ではありません。魔術師として根源を目指している訳でもありません。ただ平和に生きたいのに聖杯戦争に半ば以上巻き込まれたと聞いています。それでも、私は貴方達にお願いします。」
良心が激痛を発し、それでも魔術師としての理性が彼らが必要だと叫ぶ。
だからこそ、せめて筋は通したかった。
「どうか、私と一緒に戦ってください…!」
藤丸は、まぁ素人とは言えカルデア職員だ。
しかし、冬木からこっちに移った3人は違う。
平和に生きられる筈だったのだ、聖杯戦争さえ終われば。
だと言うのに、それがこんな大事件で覆され、更には全く別の戦いへと駆り出されようとしている。
どう考えても断られるか罵声を浴びせられるかだろう。
「頭を上げてください。」
そこに、士郎が声をかけた。
士郎はその琥珀色の瞳に強い意思を秘めながら、ゆっくりと口を開いた。
「俺は難しい話は分かりません。でも、勝たないと皆死んでしまうし、人類史を取り戻す事は出来ないんですよね。なら、戦います。」
はっきりと、士郎は告げた。
「もうこれ以上、奪われたくないんです。故郷も友人も家族も焼かれました。でも、それを取り戻す方法がある。なら、やります。」
そして、少し茶目っ気を含めて笑う。
「それに俺の夢は正義の味方ですから。こんな事、断られたって参戦しますよ。」
そんな冗談の様な、しかし紛う事なき本気でそんな事を言う士郎に、オルガマリーが唖然とした。
「あの、私も参加しますね。」
更に、気弱そうな桜まで参戦を表明した。
「私は、ランサーに助けてもらいました。私がもっと強ければ、って何度も思ってました。助けられてばかりで……。」
常にマスター達を優先して、気を配ってくれて……そして、最後には自分の命を投げ出してでも助けてくれた。
その彼女に、桜は何も返せなかった。
「でも、今度は私でも何か出来るんです。」
それも綺麗になった身体で、大好きな少年と兄と共に、自分で選ぶ事が出来る。
与えられるだけでも、況してや奪われるだけでもない。
これ以上の幸福は、桜の人生にはなかった。
「……僕が参加するのは条件がある。」
二人が参加を表明した後、慎二が重々しく口を開いた。
「僕ら間桐は魔術師としてもう枯れてる。それが何の因果かこうして復活しちまった。例え勝ち抜いても、先ず間違いなく馬鹿共が狙ってくる。それは衛宮も桜もだ。」
どう考えても3人揃ってホルマリン不可避である。
士郎は英霊にも勝ち得る固有結界使い。
桜は架空元素・虚数の使い手。
慎二は枯れた筈が聖杯によって魔術回路が復活(正確には先祖帰り)した。
うん、どう考えても詰んでる。
「ロード・アニムスフィア。貴方が僕らを庇護下に置いて相応の報酬を出してくれるなら、僕は貴方の指示に従う。」
そういう事で、慎二もまた戦う事を決意した。
(まぁ世界が元に戻らないと、桜と衛宮が安心して幸せになれないからな。)
まぁ大分私情に傾いたものであったが。
「所長、俺も参加します!皆と一緒に戦います!」
「私も!未熟な身ですが頑張ります!」
「ありがとう………皆、ありがどうぅぅぅぅ……!!」
更に立香とマシュの言葉に、オルガマリーは安堵で気が緩んだのか、また涙と鼻水を垂らしながら感謝を告げる。
しかし、それを笑う者は誰もいない。
彼女もまた、冬木で共に戦った仲間である故に。
「ふぅ…何とか上手く纏まったね。」
「若いねー。だが、それが良いのさ。」
その若く尊い在り様を、年長者である二人は優しく見守っていた。
次回、英霊召喚