「へー、クーさんランサーでもルーン使えるんだ。」
「おうよ。クラス補正が消えるが、経験や技量が消える訳じゃねぇからな。」
本来ならカルデア唯一のマスターとなっていた立香の部屋は、今はお茶会の会場と化していた。
「冬木市ではキャスターのクー・フーリンさんのルーン魔術には本当に助けられましたから心強いですね。」
「つっても槍の無いキャスターなんだろ?間違いなく今のオレより弱いんだがなぁ。」
ココアの入ったカップを持って思い出すマシュに、しかしランサーはげんなりとした顔をする。
「やっぱり槍が無いのは嫌?」
「まぁな。戦えない訳じゃねぇが、自分の一番強くて得意な武器っつったら、やっぱ槍だしな。」
「魔槍ゲイ・ボルク。因果逆転による必中と死の呪いの槍ですか…。」
未だ実戦で振るわれる姿こそ見ていないが、冬木でのキャスターよりも間違いなく強いと言われて、立香は不謹慎ながらワクワクしていた。
「ねぇねぇクーさん。クーさんから見て今のカルデアってどうなの?」
「んー?」
こと戦闘経験と言う点では全英霊でも屈指のアイルランドの光の御子に、立香は興味本位で質問した。
「そうだな、基本的に致命的な問題、特に内紛とかの種が一切無いのが良いな。」
「内紛、ですか…。」
「あぁ。後ろから切り掛かられちゃ、おちおち安心して戦えねぇからな。」
味方が、と言うか頂く王がしょっちゅう致命的なやらかしをするクー・フーリンだからこそ、その言葉は経験による重みを感じさせた。
これはレフによる爆破テロによるものだが、生き残った面々が軒並み善人と言う点は間違いなく抑止力と彼ら自身の頑張りによるものだった。
「欠点はまぁ、英霊除いたほぼ全員が戦の素人だっつー点か?まぁその辺はおいおい慣れてけば良いだろ。」
実際の戦場に立ち、平静を保ったまま適格な判断を下す。
言う事は簡単だが、死の危険が常に存在する中で、それを実践する事は極めて困難だ。
幸い、致命傷程度ならあっさり治せる人材がいるので、多少のミスはカバーできる。
だが、治せるからと言って、痛みや死への恐怖を克服できるかと言えば、それはノーだ。
「後は純粋に戦力不足だな。人類滅ぼす程度なら人類でも出来るが、相手は人類史そのものを焼く様な規格外だ。この旅の終わりに戦うなら、最低でも今の3倍の戦力は欲しい処だな。」
「そんなにですか!?」
クー・フーリンの言葉に、マシュが思わず叫ぶ。
だが、言われてみれば確かに納得の内容だった。
「手っ取り早く戦力強化するなら英霊を増やすか、宝具に準じる程の礼装を作るか、霊基の強化だな。」
「霊基の強化?」
聞きなれない言葉に、立香がオウム返しに言う。
「霊基ってのはサーヴァントの構造そのものだな。英霊によって千差万別。これに沿って魔力、エーテルが仮初の肉体を編んでる訳だ。要は設計図だな。」
「へー。」
「んで、こいつはサーヴァントって枠に押し込む時に入りきらない部分は削られちまう。霊基の強化はそうやって残った部分を強くするか、削った部分を本来の形になる様に付け足すのさ。」
「付け足すって事は、別人のでも良いの?」
「出来なくもないんだがなぁ……。『便利だから他人の腕を移植しよう!』とか言われてはいそうですかって言えるか?」
「無理です。」
本人に無許可の人体改造は違法です。
後、確実に副作用とか拒否反応が起こるし、どう考えても費用対効果が割に合わないので、止めておいた方が良いだろう。
「では、具体的にどうすればよいんですか?」
「神秘の籠った物品から、それぞれに適した要素を抽出して、多量の魔力と一緒にサーヴァントに注げば大体OKだ。つっても、そんな代物は現代じゃ早々ありゃしねぇし、劇的な強化をするにゃ師匠達レベルの魔術師の手がいる。」
簡単に強くなれる訳ではない。
通常の強化方法は残った部分の霊基構造を単純に補強し、より大きな出力で稼働できる様にするのだ。
が、元に戻す=サーヴァントの枠からの逸脱は、サーヴァントを生前に近づける事に他ならない。
神代出身なら兎も角、史実・現代出身勢からすれば、逆に弱体化に繋がりかねない事もある。
例えば、ヘラクレスやクー・フーリンの様に、その身一つで国を亡ぼす程の大英雄ならば、戦力強化の観点からすれば、それは大いに有意義な事だ。
が、勿論問題もある。
カルナの様にトップサーヴァントは基本的に人間では維持できない程の魔力食いだ。
サーヴァントの枠に収める事によって、辛うじて人類に運用可能な状態にしているだけの存在、その中でも特に強力な存在から枷を取っ払うような事をすれば、当然ながら燃費は天井知らずに跳ね上がるし、令呪だって何処まで有効か分かったものではない。
なので、通常の魔術師では理解はしても余程の事が無ければ実行する事はないだろう。
そもそも、そんな事する位なら、召喚時に術式に手を加えるか、より多くの魔力を供給する様に準備した方が遥かに手っ取り早い。
「そっか、そう簡単に強くはなれないんだ。」
「ま、諦めて気長にやれってこったな。嬢ちゃんだって宝具は使えても、オレからすりゃまだまだだからな。」
「うぅ、大英雄の基準で見られても困ります…。」
「その辺りは僕と一緒に頑張ろう?ね、マシュ。」
「は、はい。マシュ・キリエライト、頑張ってみます!」
(おーおー、初々しいねぇ。こりゃオレも頑張らねぇとなぁ。)
こうして、本家本元のFGO主人公の部屋で三人のお茶会は遅くまで穏やかに続くのだった。
……………
「おや、夜更かしですかドクターロマン。」
「ぶふっ!?」
深夜も深夜、既に日付変更時刻も超え、もう一時間もすれば朝日が昇るという頃。
どうにかこうにか復旧し始めた各種システムのチェックを待ちながら各マスター達のコンディション確認のための報告書に目を通すという苦行を自主的に続けていたロマンは他の職員が交代で休憩に入り、人気が疎らになったこの場所で、唐突に第三者から声をかけられた。
「君は、キャスターの方のメドゥーサか。どうしたんだい、こんな時間帯に?」
「一人デスマーチな不養生の医者を見つけたので、こうして差し入れを持ってきました。」
ひょいと差し出されたのはお盆、その上に載ったヨーグルトかチーズの様な何かだった。
「何だいこれ?」
「キュケオーンですよ。素朴なミント入りの大麦粥じゃなく、リコッターチーズ入りの軽食仕様ですが。」
キュケオーンはギリシャ神話にも幾度か登場する麦粥の一種である。
ペルセポネがハデスに誘拐された時、母であるデメテルが女神としての職務を放棄してペルセポネを探し回った折、エレシウス領のとある民家へと辿り着き、そこの住民から受けた持て成しの中にあったのがキュケオーンだった。
この事から、デメテルとペルセポネを祀るエレシウスの秘儀においては重要な供物として供されたと言う。
また、アイアイエ島に住まう大魔女キルケーがこれを得意とし、彼女の島にやってくる男達にこれを振る舞ったという。
但し、後者の方は毒入りであったりする事もあり、注意が必要だが。
現在、日常的に食べられたものは兎も角、エレシウスの秘儀に供された特別なキュケオーンのレシピは失伝しており、今現在の魔術師らも再現を諦めているという。
「これ、もしかしてエレシウスの秘儀の……。」
「あれガチで作ると面倒な女神とかが召喚されかねないので作りませんよ。」
どうやらこのメドゥーサ、レシピ自体はご存知の模様。
これだけでも魔術協会に知られればゴタゴタは避けられないだろう。
「本当なら仮眠させるべきなのでしょうが、そのつもりは無いのでしょう?」
「う、まぁ、その……。」
痛い処を突かれ、ロマンは呻いた。
現状、先々の見通しが殆ど立っていない状態であり、少しでも打てる手を多くするべく、カルデアの職員らは施設の復旧へと邁進していた。
その中でも首脳陣がほぼ全滅状態である事から、オルガマリーとロマンの負担は増す一方だった。
それでも、ちゃんとした指揮系統が健在であるという事は、かなりマシなのだが。
「取り敢えず、ちゃんと栄養は取りなさい。いざと言う時に力が出ないなんて目も当てられないですよ。」
「そうだね。それじゃお言葉に甘えて頂くよ。」
そうして、受け取った鉢とスプーンで少し黄味がかった乳白色のキュケオーンを食べると、ロマンは目を見開いた。
「美味しい。」
「それは良かった。」
微笑んでいる未だ幼さを残した女神の美貌すら忘れて、ロマンは夢中になってキュケオーンを食べた。
生クリームにレモン、蜂蜜等で作ったリコッターチーズは程良い酸味と甘さを備えつつ、大麦の香りを生かしたまま一つの食べ物となっていた。
一口食べる毎に、体の中へビタミン及び蛋白質に糖質と十分な栄養素が行き渡っていくのが分かる。
合間合間に極僅かだが刻まれたミントやハーブ、ショウガ等のスパイスが刺激を効かせて飽きさせず、次々とスプーンを動かしてしまう。
「ふぅ……。」
「お粗末様でした。」
気づけば、掌大の鉢いっぱいにあったキュケオーンは綺麗に完食されていた。
空っぽだったお腹も小気味よい満足感に満たされており、軽食として確かに完璧な一品だった。
「いや驚いた。流石は料理の女神様。とっても美味しかったよ。」
「ふっふっふ、貴方がカルデアでのお客様一号ですからね、誇っても良いんですよ。」
むっふーと可愛らしく自慢げなメドゥーサにロマンもまた生来の(と言っても人間になってからだが)柔和さを感じさせる笑みを浮かべた。
「そうそう、その顔です。」
「へ?」
「貴方はオルガマリーの副官です。そんな貴方が彼女や職員達よりも張り詰めた顔をしていれば、皆も不安に思うでしょう。平常通りとは言いませんが、しっかりと休息は取るべきですよ。」
めっといった具合に人差し指を立てて注意するメドゥーサ。
その姿からは美しさ、可愛らしさはあれど、威厳は疎か何れ人々を恐怖のどん底に叩き込んだ大魔獣としての片鱗は一切見えない。
(これがあんな怪物になるんだから、ギリシャって怖いなぁ…。)
ロマンが思うのは、嘗て千里眼で見た光景だった。
ギリシャ世界を蹂躙せんとする大魔獣とその眷属。
それを討ち果たさんと終結した英雄達の乗るアルゴー号。
当時の彼なら何を思う事も無かっただろうが、そんな神話の主役の一人が友軍である事は今現在の自分としては恐ろしくも頼もしい事だった。
「む、何か余計な事を考えていますね?」
「いやいや、君の美貌で睨まれても怒られた気がしないってだけだよ。」
「……まぁ良いです。そろそろ効いてくる頃でしょう。」
「へ?」
その内容を問い質そうと思った時には、既に体は言う事を聞いてくれなかった。
「ぁ……。」
「薬ではないですよ。スパイスの調合で、少し疲れを表面化しやすくしただけです。」
とは言え、連日デスマーチしていたロマンに、彼女の調合したスパイス(疲労回復用。表面化しにくい疲労を表に出し、睡眠での疲労回復の効果を高める。)はとてつもなく効いた。
「ま……し……。」
「まだ仕事、ですか。いい加減に寝なさい。オルガマリーには私から言っておきますから。」
椅子から立ち上がろうとして踠いて、しかしそのまま意識を落としたロマンを、嫋やかな細腕が抱き留める。
「小さなままでは引き摺ってしまいますからね。偶には役得も良いでしょう。」
先程まで幼さの残る少女だった姿は大きく成長し、ライダーとほぼ同じ程度の外見年齢へと変化していた。
元より己の体を変える事に慣れているメドゥーサにとって、多少の外見年齢の変更等は造作も無かった。
食器の乗ったお盆を魔術で浮かせ、ロマンを横抱きにして立ち上がったメドゥーサは、不意に視線を管制室の出入り口へと向けた。
「さてダ・ヴィンチ、部屋に案内してくれませんか?」
「流石の手並みだね。私に気付いてた事も、ロマンの懐にするっと入ったのも。」
管制室の出入り口、そこには普段の絶世の微笑みを引っ込めて、警戒を露にした万能の人の姿があった。
「別に彼の隠し事を暴こう、とは思ってませんよ。」
「の割に随分乱暴な様だけど?」
「それだけのっぴきならなかったんですよ。」
召喚早々、メドゥーサは室内の人間達の、カルデアの職員らの様子を具に観察し、その大凡の心身の状態を見抜いていた。
職員らのストレスも相当だが、中でも指揮官二人のそれが酷かった。
オルガマリーに関しては鬼子母神以上に恐ろしい頼光がいるので対処されるだろうと考えたが、ロマンに関しては平気な顔して無茶する印象が強いため、この様な強硬策を取ったのだ。
「全く、職員らの前で倒れたら、それこそ駄目だと言うのに…。」
「その点は同意だ。ロマンったら化粧までして顔色隠してるんだぜ?いい加減休めって言っても聞かなくて。」
しかめっ面のメドゥーサに、ダ・ヴィンチもやれやれと大仰なポーズをして答える。
彼女達にとっても、マスター及び職員達のケアは死活問題だ。
だからこそ気を配るし、こうして余計な手出しもするのだが。
「と言う訳で後は頼みますよ。」
「任された。所で、何か気づいたかい?」
ぐーぐー呑気に寝息を立て始めたロマンを受け渡しながらの問いに、メドゥーサは素直に答えた。
「この人モヤシみたいにぺらいです。ちょっと本気で体質改善しましょう。」
「OK、取り敢えず黙っていてくれるなら、こちらからもとやかく言わないよ。」
ロマンの正体とか目的とか、そういったシリアスな事は全てすっ飛ばして、美女二人+1は別れた。
「……嘗て貴方に世話になった者の一人として、今度は決して死なせはしませんよ。」
誰もいない、節電のために最低限の非常灯しか点いていない廊下を歩きながら、何時の間に少女の姿に戻っていたメドゥーサの独白が僅かに響く。
それはこの旅路において、小さくも大きな彼女の決意表明だった。
FGOプレイヤーなら一度は誰もが思うよね、所長&ロマン救済