「水上体育祭の最後はいつも遠泳と決まっておったが、今回は特別に全校参加型の特別カリキュラム、その名も怪物退治で締めようと思う」
鉄心おじさんが水上体育祭終了を継げた後に、全校生徒の前でそんな事を宣言する。
「怪物の着ぐるみが今から一匹出現する。その怪物の頭についとる川神水晶を採取した者が、このカリキュラムの優勝じゃ。優勝者には名誉と、マリンスポーツグッズを大量にプレゼントしちゃうぞい」
優勝者への褒美に全員の目の色が変わる。なんせ今回優勝したクラスは三学年全てS組であり、優勝商品を殆ど持っていかれてしまっていたからだ。
逆にSクラスはもう優勝は決まったので先程までのやる気は無い。確かに他クラスからしたらチャンスだろうと思う。
「その怪物とは、あれじゃあ!」
鉄心おじさんの宣言と共に、巨大な影が海から現れ、海面を弧を描くように跳ねた。
「……はあああ?!」
そこには怪獣と言ってもいい巨大なクジラのような怪物がいた。
「うわでか~い」
「あれはどういう構造で動いているのでしょうね」
「俺、あんな感じのヤツをゲームで見たことある」
小雪は怪物を純粋に面白そうに眺め、冬馬は中身に興味があるのか、観察するような目をして見詰め、準は呆れたような顔で呟いた。
「あの沖で悠々と泳いでいる怪物が標的じゃ。額についている川神水晶をゲットした者が勝者じゃ!」
水晶って、あのソフトボールより少し大きめの綺麗なヤツか?
確かに怪物の額には綺麗な未加工の水晶がついていた。
「因みにあの怪物の中身は川神院の修行僧じゃよ。天神館の天神合体を見て血が騒いでのう。川神院の皆で会得したんじゃ、フォフォフォ!」
「つまり組体操で泳いでるってこと?」
「凄い出来栄えだ!」
「つうか何やってんだよ武の総本山」
弁慶があっけに取られたように呟き、義経は動きの出来栄えに感心し、与一が残念な人を見るような顔で怪物を見詰める。
一体川神院の皆さんはどんな思いであの布をチクチク縫っていたんだろうか。あ、ちょっと涙が。
「では始めい!」
鉄心おじさんの開始の合図と共に、生徒達が大量に用意されたゴムボートに殺到し、怪物に向けて漕ぎ出す。
「ま、我らは優雅に観戦するとしよう」
「はい英雄様!」
「目的は達した。私も休ませて貰う」
「にょほほ。S組優勝で此方達の優秀さは十分に知らしめられたからのう」
興味無い組が砂浜で優雅に休憩する。
義経は興味があったのか弁慶と小雪を連れて行ってしまた。
与一や準達は不参加なようで座って観戦している。
「鉄心先生、あの額の水晶も貰えるんですか?」
川神水晶という物に興味があったので、浜辺で笑っている鉄心先生に尋ねる。
「勿論じゃよ。中々純度の良い水晶じゃから、色々役に立つし売れば結構な値になるぞい」
ふむ。ならちょっと本気で狙うか。
周りを見回すと興味無い組の他に様子見の人が数名、大和なんかは間違いなく後者だろう。
百代と項羽姉さんが行かないのは、多分空気を読んだのだろう。松永先輩が動かない理由は分からないが。
「うわああああああ!!」
辺りを伺っていると、背後から悲鳴が上がり慌てて振り返る。
振り返った先には赤く発光した怪物と、その周囲に渦巻く大きな渦潮、そしてそれに巻き込まれる多くの生徒という、下手したら地獄絵図な光景が目に飛び込んできた。
「川神流、渦潮乱舞じゃ!」
「いや、自分の学校の生徒を渦潮に落すって!?」
「心配いらん。海に落ちた生徒はすぐに川神院の修行僧が助けておる」
こちらのツッコミに優雅に笑いながら答える鉄心おじさん。相変わらずやる事がえげつない。
それでも渦潮を越える兵も数名いた。義経達や一子達だ。
「おお背中に飛び乗った!」
「甘い! 川神流、濁流槍じゃ!」
怪物の背中の穴から勢い良く水が噴射され、ガードの体勢を取ってしまった背中の者達が、濁流の勢いに巻き込まれて海に落とされてしまう。
相手を吹き飛ばす勢い重視の技って感じだからダメージは少ないだろうが、あれは厄介だ。
あの広範囲の潮と渦を一人では対処不可能だな。よし、メンバーを集めるか。
S組はやる気が無いので、やる気があり、かつ実力のある人はいないかと辺りを見回すと、一年生の方でオロオロしている生徒を見つける。
あの子、よく大和達と一緒にいる子だよな。
黒い髪を背中で一つに結い纏めている子で、手には馬のストラップを持っている。確かまゆっちと呼ばれている後輩の子だったはずだ。
隠しているみたいだけど、絶対強いよね、あの子。
身体から放たれる気配は微弱だが、自分の直感が彼女は強いと言っている。
それに東西交流戦で見た動きも、大分余力を残していた感じだし、彼女を誘ってみるか。
そうと決まればと、彼女の元に向かう。
「すまない君! あの怪物から水晶を奪うのに協力して貰えないか?」
「は、はい?!」
「向こうからのお誘いキタコレー!」
女の子は挙動不審な態度を取りつつも、こちらにストラップの馬を向けて器用に腹話術を行う。随分と個性的な子のようだ。改めて自己紹介してから誘った方がいいかな?
「えっと、大和達とよく一緒にいる子だよね。もしかしたら知っているかもしれないけど、二年S組の鉄優季だ。良かったら協力して欲しいんだけど?」
「あ、はい。一年D組の黛由紀江と申します。今年の四月に風間ファミリーの仲間入りをさせて頂きました」
「オイラは松風。こう見えて九十九神の一柱だから、敬っていいぜぇユウ先輩」
凄いナチュラルにあだ名呼びされた訳だが……まあいいか。
それにしても、本当に生きているみたいに腹話術するな……ちょっと、ありす達を思い出すな。
前世で出会った小さな少女ありすと、そのサーヴァントにして、ありすとまったく同じ姿のキャスターのサーヴァント、アリス。
アリスの正体は子供達の夢が集まった形を持たぬ概念英雄の一人。『
ありすは孤独を嫌い、ナーサリー・ライムに同じ姿のもう一人の自分を望んだ。
ナーサリー・ライムに根底の人格はあれど、姿や表層の性格は無い。マスターとなった子供の願いを、望みを、夢を汲み取り最適な姿と性格を成す。
同じようで違う。違うようで同じ。そんな不思議な二人の少女の姿が、目の前の少女と馬の人形に重なる。
こっちは大分極端だけどね。
方や恥かしがり屋で小心。方や遠慮無しで大胆。
だが多分、どちらもが彼女なのだろう。
「よろしく黛さん。松風はオス?」
「おう。バリバリの現役だぜ」
そうか現役か……意味分かって使っているなら、見た目よりも意外に耳年増な子らしい。
「じゃあ松風は松風で。それでどうかな、協力してくれるか?」
「は、はい、私で良ければ。それと私は後輩ですから呼び捨てで構いませんよ」
嬉しそうに微笑む黛、というかそんなに喜ばれるような事をしたかな?
「よし。それじゃあ作戦を立てよう。優勝商品に関しては後でいいかな?」
「はい。捕らぬ狸の皮算用とも言いますから」
「でも~とりあえず立場としてはフィフティ・フィフティだよねー」
「別にいいよ。自分が欲しいのは川神水晶だしね」
抜け目無い松風の要求に答えつつ作戦を立てる。
「とりあえずボートで怪物の正面まで可能な限り近付いて、黛がジャンプして取り付くって言うのはどうだろうか?」
「何その人間蜘蛛的な発想?!」
作戦を伝えると驚愕の表情を浮かべた黛さんに代わって、松風が叫ぶ。
「ダメか? 一番成功率が高いと思ったんだが?」
「えっと、できればなぜそう思ったのかを教えていただけると」
「背中に乗るとあの水柱でやられるからね。見たところ正面には攻撃用の穴は無いし、口にさえ気を付ければいい。渦潮手前でゴムボートからまず自分がジャンプ、その後黛が自分の身体を足場にジャンプして水晶をキャッチ。という流れで行こうかと」
「た、確かにそれなら届きそうですけど」
「でも一発勝負だよね」
「ま、物事なんてそんなもんだよ。気楽に楽しみならが行こう!」
「ユウ先輩すげーポジティブ。そのポジティブ成分をまゆっちにも別けてあげて欲しいぜ」
不安げな黛が松風を荷物に仕舞うのを見届けた後、ゴムボードで海原に漕ぎ出す。
まずは怪物の正面に向かう。正直生前にも似たような敵と戦った事があるから恐怖心は殆ど無い。
「そう言えば鉄先輩は気で武器を出せるんじゃ?」
「流石にそれは卑怯だろ。身体強化は使うけど」
流石に普段の運動能力では人一人抱えて飛べないので強化する。
ゆっくり舵取りしながら進むと、タイミング良く正面を向いたので一気に漕ぐ。
こちらを向いたまま怪物の体が赤く光、渦潮が発生する。
「よし。肩車だ、黛!」
「はい! ……はい?」
黛が声に反応して肩車した瞬間に彼女の太股を抱えてゴムボートから跳び上がる。
「ちょっ鉄先輩これは?!」
恥かしそうに喚く黛に叫ぶ。
「目的の為なら恥すら捨てる! 自分は目的の為に仲間にパンツを脱がされた事もある!」
「ええ~!?」
「ヤベー。ユウ先輩、マジ苦労性」
黛が顔を赤くしながら松風がいないのに松風口調で同情めいた声色で呟く。
チラリと怪物を見ると口が開くのが見えた。
嫌な予感がするが、まだだ。口が完全に開ききるのを待つ。
口が完全に開き、空気が吸い込まれる感じがした瞬間に叫んだ。
「黛跳べ! 遠慮は捨てろ。まかせたぞ!!」
「っはい! 失礼します!!」
信頼を込めて叫ぶと、黛は今迄で一番力強くしっかりした声を上げ、軽やかに肩に足をかけたて、思いっきり踏み込んで水晶目掛けて跳び上がる。
逆に踏み台にされた自分は一気に海面に落下して行くが、それは彼女が思いっきり踏み込んだ証しでもあるので問題ない。
問題は、来た!
落下中に突然横合いからの強い突風が吹き、身体大きく飛ばされる。
嫌な予感はこれか。まぁ予想はしてたけどさ。
どうやら口から空気砲を放ったらしい。
鉄心おじさんの性格から口にも何かしら細工されていると用心しておいて良かった。
黛が射程から外れているのは見えたから後は運任せだ。
それにしても……今日は楽しかった。
海に盛大に叩きつけられるが、その痛みよりも充実感の方が勝って自然と笑みが浮んだ。
「それまで! 黛、鉄両名が優勝じゃ!」
暫くその充実感に浸って海面を漂っていると、鉄心おじさんの声が聞こえた。
「鉄先輩、やりました!」
黛が手に水晶を持ってこちらにやってくる。
「ああ。頑張ったな黛、ありがとうな」
彼女から川神水晶を受け取る。うん、透明で綺麗だな。さて、何に使おうかなぁ。
「それじゃあ戻るか」
とりあえず水晶の使い道は後にして砂浜に戻るために泳ぐ。
「はい。あ、あの鉄先輩……えっと」
隣を並走して泳ぎ始めた黛が、急に言いよどむと百面相を始める。
「ぷ。あはは」
その様子がなんとも子供ぽっくてつい笑ってしまった。
「きゅ、急に笑われましたよ松風ってああ松風がいない!!」
盛大に焦り始めた黛が、松風に助けを求めようとしたが手元にいないことに気付いて更に焦り始める。
なんというか、思ったよりも子供っぽい子だったんだな。
「はいはい落ち着いて。とりあえず口に出してみなさい」
「は、はい。その、よ、良ければ長いお付き合いを前提に友達になって貰えませんか?!」
うん。やっぱり松風と同じ人物だ。何気にずうずうしい発言が挟み込まれている。というか重いだろそんな友達になってください発言。
ただ勇気を出して口にしたということだけは、彼女の切羽詰った表情ですぐに理解できた。
「いいよ。出来るだけ長い付き合いになれるようにお互いに努力していこう。と言うわけで、まずは名前で呼び合う?」
「い、いきなり名前呼び!?」
「ハードルアゲアゲやな!」
だから松風はいないんだけど。
「いや、普通に由紀江ちゃん、優季さんとか優季先輩って意味だったんだが」
「あっ。そ、そうですよね」
ようやく現実に戻って来た由紀江ちゃんが顔を真っ赤にして恥かしそうに顔を半分海に沈める。
やれやれ、面白い子と友達になったな。
新しい出会いにこれからまた色々巻き込まれるのかなぁと思いながら、由紀江ちゃんと同じくらい個性的な友人達の元へと向かうのだった。
まゆっちと友人になりましたが、フラグはまだ建っていません。(土台が出来た感じ)
もしかしたら次回はこの回から翌日辺りのまゆっち視点をいれるかもです(あくまで予定で)