射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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2日連続投稿ができました。

では。


Act-11

 

 

 

 

聖杯戦争では、原則として日の出ている間は戦闘は行われない。

閑静な高級住宅街でセイバーの前に姿を現したライダーも、その原則を破るつもりはないらしかった。

ただセイバーと、話をしに来ただけだと言う。断るという選択肢は端から無く、セイバーは無表情でライダーと長閑な公園にいた。

ライダーも昨晩見せた王笏を持った戦装束ではなく、太陽船に乗っているわけでもなく、現代風の衣装を纏っていた。黒のジャケットを羽織った姿は、苛烈さという点では昨晩よりは幾らかましではあった。

 

「ライダー、私に何の用なんだ?戦いをこんな所で始める気か?」

「戯けが。相応しい舞台を整えると言ったであろう。幼くも忌まわしき怪物王女の走狗よ」

 

ライダーは金の瞳を細めてセイバーを睨めつけ、セイバーは肩をすくめて組んでいた腕を解いた。

 

「どうして私のマスターをそう敵視する?あなたが倒すべきはサーヴァントであってマスターではないはずだ」

 

このライダーなら、マスター殺しという搦手も取る必要はないほど強いだろうに。

 

「善の英霊たる貴様ならば分かるだろう。あれは世に害を成す。いずれ、世界を喰らうものになるだろう」

「何だそれは。……それが地上の神たるファラオの裁定か。ならば覆すことは有り得ないってワケだ」

「然りだ。貴様こそ怪物王女の側近くに侍っていれば分かるであろうが。それとも、貴様は己が願いの為に主の振る舞いを押し留めはしない類の傀儡か?」

 

金の瞳と黒の瞳がぶつかり合って、見えない火花が飛んだ。

 

「傀儡じゃないさ。私は、いずれ世界を食らうから、いずれ不吉になるから、そういう理由で幼子を消そうとすることが、見過ごせないってだけだ。そんな理屈は、もうたくさんなんだ。あなたは言葉にする必要がないほど偉大な王だし、私より余程多くのものが見えているんだろうけれど、私は退く訳には行かない」

 

尤も、幼子という言葉が壊滅的なまでに似合わないのが沙条愛歌という存在なのだが、とセイバーは胸中で呟く。

ともあれ沙条愛歌には親がいて、妹がいる。愛歌には無条件で彼女を慈しんでくれる人たちがいて、ライダーの言うように世界を壊すモノに愛歌はなっていない。少なくとも今、このときにおいては。

笑ったり怒ったり疑問を抱いたり、小悪魔というには収まらないほど悪魔的なところもあるけれど、それでもセイバーをからかったりする愛歌の人らしい部分、怪物王女(ポトニアテローン)ではない愛歌をセイバーは信じ、それを守るために奔走する。

ライダーは視線の鋭さをわずかに緩めた。

 

「大局を見ることはなく、あくまで己が目の前の事象のみを信じる、か。いや、たまたま己が目に留まったという理由だけで、民草を怪物の暴虐より救い続けた貴様にしてみれば、そちらの方が相応しいか。……善なる心を持つが故に、人の欲望に翻弄され使い潰されやすい英雄の典型よな、貴様は」

 

ライダーはつまらなさげに鼻を鳴らした。

 

「あの娘の人としての皮はまだあまりに脆く、弱い。そして薄皮の下に蠢くは怪物たちの王女である。それを倒した後であれば、余は違うことなく()()()()()()()()。この煩雑、混沌とした世界が余の豪腕を振るうに値するかは、見極めが必要であるがな」

 

太陽王から殺気にも似た威圧が放たれ、セイバーに向かう。

セイバーは一つ頷いただけでそれをやり過ごした。武装してすらいない相手の気配だけで、怯んではいられないという意地だった。

 

「セイバーよ。貴様の主への想いだけは真実と見ておこう。……身の丈を越しているその気概に免じ、余も戦いの中で今一度あの娘を見極めることとする。戦では人の本性が現れる。あの娘の脆い人らしさが戦場でも保たれたのならば、余も考えを改めよう。……ま、貴様ら三騎士の首は貰うがな」

「……恩情、感謝する。太陽王」

 

全く感謝の念を感じていなさ気な渋面のセイバーに向けて、ライダーは不敵な笑みを溢して歩き去って行った。

はあ、と白い吐息を吐いて、セイバーはライダーの去ったのとは逆の方向へと足を向けた。

英霊ニ騎の話は平行線を辿った。

ライダーにとって、ファラオの決定は絶対。ライダーは彼言うところの、王の直感で愛歌を世界の敵になり得るとした。

セイバーにとって、沙条愛歌は庇護すべき対象。彼女は今目の前にいる愛歌の、人たる部分を信じている。

話が通じる訳もなかったが、それでもライダーは戦場で愛歌を見極め直すと言った。つまり彼が考えを変える余地はまだあるのだ。

 

「って言っても、結局、東京大決戦は避けられないか」

 

ああ怖い怖い、とセイバーは口では唱えながら足を大地に叩き付けるようにして歩いた。

ライダーの気配が完全に消え、玲瓏館の邸宅からも離れてからセイバーは愛歌へと通信を繋いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

來野巽の下宿の扉が、無遠慮に叩かれたのは冬の朝だった。

扉の覗き穴から外を見たバーサーカーの顔が一気に引き締まる。セイバーのマスターだ、と振り返ったバーサーカーが囁き、巽は瞬時に眠気が吹き飛んだ。

逃げるか否か巽が判断できる前に、扉は呆気なく開かれる。

昨日ぶりの少女はにこやかに入り口に立った。

 

「おはよう、巽にバーサーカー。朝も早くから悪いわね」

 

一欠片も悪いとは思っていなさそうな口調で、愛歌は部屋に上がり込むと、卓袱台の前に膝を揃えて座った。冬という季節から外れている、翠のドレスの裾がふわりと畳の上に広がって、殺風景な四畳半に華が咲く。

空間転移で問答無用に押し入って来ないだけ、愛歌は気を遣っている方なのだろう。

その傍らに髑髏の面を被った黒衣の少女が顕現する。バーサーカーはアサシンに厳しい視線を送るが、アサシンは仮面の奥の瞳を揺るがすことなく、黙って愛歌の横に控えていた。

 

「あら、そう言えばあなたたちはアサシンとは昨日ぶりよね。この子、今はわたしのサーヴァントだから、他所に行っているセイバーの代わりの護衛にしているの」

 

つまりまたセイバーはマスターにハブられたのか、と巽は一度しか見えていない白髪の少女が気の毒に思いかける。

愛歌が現れる度翻弄される巽は、半ば諦めに近い心持ちになっていた。

 

「……何しに来たんだ?セイバーのマスター」

「別に殺し合いじゃないわよ。今は日中だもの。単に同盟の誘いに来たのよ」

「同盟?」

「ええ。対ライダー用の同盟」

 

愛歌は端的に語った。

奥多摩を舞台にして昨日セイバーとアーチャーを同時に相手取り、まだ底の見えなかったライダーが、太陽王オジマンディアスだったことを。

 

「オジ……何だって?」

「オジマンディアスよ。それともラムセス二世って言った方がいいのかしら」

 

ともあれかくもあれ、愛歌はそうして語った。同盟を組んでライダーを倒すのに協力してほしい、ということを。

 

「そんなに強いのか、ライダーって」

「強いわ。東京をみんな燃やしてしまえるくらいには。勝つ為にならそう言うことも多分ライダーはやるでしょうしね」

 

空恐ろしいことを、愛歌は平気で言ってのけた。

 

「ライダーは強いの。とっても強いの。仮にこれでキャスター辺りと組んでしまったら大変なのよ。加えてあなたのバーサーカーまであっちに回っちゃったら面倒だから、わたしが来たの」

「俺が、そっち側に付くと思うのか?」

「うん?さあ、あなたの決めることだからわたしは知らないわ。大方あなた個人は東京を壊すようなサーヴァントの味方はしないだろうけど、あなたからバーサーカーを奪って、マスターになりたい魔術師はいるでしょ?そういう人にあなたたちが襲われたら面倒なの」

 

これは聖杯戦争だもの、と愛歌はぴんと指を立てて言った。

 

「忘れているかもしれないけれど、聖杯戦争に勝てば()()()()()()()()()()。戦いに参加したくて東京に赴いて、でも聖杯に見初められずに終わった魔術師たちだっているわ。そういう人たちからすれば、一般人の巻き込まれただけのマスターなんてまだ狙い目があるわ。令呪はね、()()()()()()()()()()()()

「セイバーのマスター、きみは何を……!」

 

バーサーカーの叫びにアサシンが反応し、狂戦士と暗殺者が同時に立ち上がりかけるが、愛歌は虫を払うように無造作に手を振った。

 

「バーサーカー、これは可能性の話。あなたは巽を気遣って言わなかったのかもしれないけれど、怒らないで頂戴」

 

バーサーカーは唇を噛む。

さらりとにこやかに愛歌は巽を脅していた。

愛歌たちの方につかないと言えば、魔術師たちという危険に巽は晒される。東京を守るどころではなく、自分の身を自分で守らなければならない事態になっているということが、ようやく巽は胸に迫って来た。昨日巽に凶刃を振るったアサシンも、そこにいる。

それが分かって、巽にはまだ分からないことがあった。

 

「……なぁ、セイバーのマスター。何でアンタはそういう魔術師たちみたいにしないんだ?」

 

沙条愛歌はきっと、來野巽を小鳥みたいにあっさりと縊り殺すことが出来るのだろう。

そもそも家に押しかけてこられた時点で巽は詰んでいる。

しかし、巽を脅したり翻弄したり、極めて気軽に修羅場へと引き摺り回してはいるけれど、愛歌はこれまでの所巽個人を直接に害そうとはしていない。

愛歌は答えを探すように目を虚空に向けた。

 

「……言われてみればそうね。そっちのほうがずっと簡単よね。お料理するときに、お鍋の代わりに圧力鍋を使ったり、電子レンジを使うようなものかしら。でも、そういうことはしないの」

 

愛歌は首を振った。

 

「わたしがあなたみたいな人間をやったって分かったら、セイバーは面倒くさくも陰で嘆くだろうし、綾香は大いに悲しみそう。そういうのは嫌なの。お料理と人間は違うもののようだし、苛立ちそうなくらい回りくどいけれど、人間と付き合うにはちゃんと時間をかけるべきだと思わない?」

「……」

「答えがないなら、わたしが正解ってことにしておくわ。それで、どうするの?」

 

イエスとノー、どっちなのかしら、と愛歌は卓袱台越しに巽の方へ身を乗り出した。

バーサーカーの方は敢えて見ないで、巽は愛歌の碧眼を見据えた。

 

「……イエス。イエスだよ。そもそも、俺には他に答えがないだろ、コレ」

「そうかしら。あ、あと忘れていたかもしれないからちゃんと名乗っておくわ。わたしは愛歌。沙条愛歌よ。あなたの名前は知っているから名乗らなくても良いわ、巽」

 

よろしく、と愛歌は手を差し伸べる。

悪魔と契約するような気分で、巽はひんやりした小さな手を取った。

 

「じゃあ、セイバーを呼ぶわね」

 

巽の手を離してから、誰の答えも聞かずに愛歌の胸元が輝き、十数秒後には、白髪を帽子で隠した少女が玄関口に現れる。

入れ替わるように、アサシンの姿が薄れて消えた。

 

「早かったわね、セイバー」

 

部屋に入って来たセイバーは巽とバーサーカーに向けて軽く頭を下げ、帽子を取ると部屋に入って来た。

 

「きみが急げって言うから、すっ飛んで来たんだよ」

 

愛歌の横に座り、セイバーは巽の方を見た。

 

「……何だ、バーサーカー主従との用はもう済んだのか」

「そうよ。あなたの方は?」

「ごめん、失敗した。キャスターはライダーと組んだのが確定」

 

セイバーは無表情で言い、愛歌は困ったように卓袱台に頬杖を付いた。

 

「あら、やられちゃったわね。じゃあキャスターの情報は?」

「黒い髪をしたエレメンタルを自在に操る優男で、ヘンな形の剣を持ってた。詳しくは私の記憶を読んでくれ」

 

ややぶっきらぼうにセイバーは言った。

エレメンタルだのと言われても、巽にはさっぱり分からない。

逆にバーサーカーことジキル博士には引っ掛かりがあったのか、エレメンタルの単語に反応する。

 

「エレメンタル……。そのキャスターは、五大を操ったのかい?」

「バーサーカー。すまないけど私にはよく分からなかった。炎と氷と、あと風に襲われたってことしか。全部斬ったけど、あんな程度がキャスターの全力な訳もないし」

「そうよ。このセイバーは魔術のことはからきし駄目だもの。必要とあれば最愛の身内とも殺し合いを始めちゃうような、あなたよりバーサーカークラスの似合いそうな女の子だもの」

 

ぽんぽんと愛歌はセイバーの白い頭を叩きながら言った。

 

「生憎だね、こちとら怪物を斬ることしかしてなかったんだよ」

 

その手を躱して、セイバーは開き直るように横を向いた。

見ただけなら白髪の少女と金髪の女の子がじゃれているだけという穏やかな光景なのに、と巽はため息を零した。

 

「それでマスター、次何をするのか決めたのかい?」

 

愛歌の手を抑えつつ、巽とバーサーカーの様子を伺いながら、セイバーは己のマスターに向けて尋ねた。

待ってましたとばかりに、愛歌は頷いた。

 

「うん、わたしもね、考えてはいたの。ライダーって何だか知らないけど、わたしを消しちゃいたいみたいでしょう?でも、そのライダーだってこの大騒ぎの賞品が欲しいのに、変わりはないと思うの」

「……ああうん、まあ。そうだろうね。ライダーは、世界を救うって言っていたし。案外受肉とかをするつもりかもしれないな」

「でしょう?だったらね、その優勝賞品を、こっちが握ってしまえないかしら。人質みたいに。ライダー以外の相手にしても、聖杯の在り処を先に見つけておくのは有効だと思うわ」

 

取っておきの玩具を見つけた子どものような愛歌の笑みと、バーサーカーの呆気に取られた顔、セイバーの諦めと笑いの混じった見た目の年齢とそぐわない不思議な表情を、巽は順繰りに見た。

見てから、口を開いた。

 

「……悪い、ちょっとおれにも分かるように説明してくれ」

 

情けないと思いながら、巽はそう目の前の少女に頼んだのだった。

 

 

 

 

 

 




アサシン、セイバー、バーサーカーと彼らのマスターたちによる聖杯探索が開始されます。
ただし、皆聖杯を使う気概に乏しいのですが。
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