射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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誤字報告、感想下さった方々、ありがとうございました。

では。


Act-13

 

 

 

 

大方の予想通り、聖杯の場所は割れた。

東京都を中心にした魔術儀式なら東京全土の霊的な中心地は最初から怪しかった、などと解析し終わった愛歌は言っていたが、本人以外どうやって分かったかという理屈はほとんど把握していなかった。

集まった人たちの中で最も魔術を知るエルザや、バーサーカーことジキル博士も愛歌の話にはついていけなかったのだ。

天才なんざそんなもんだろ、とアーチャーは流し、愛歌の従者であるアサシンやセイバーはそもそもそう言った理屈をあまり気にする性質をしていない。巽は言わずもがな、理解出来ようもなかった。

しかし過程は理解できなくともこの際問題はなかった。判明した場所は東京の地下。

大聖杯(セイントグラフ)は地下に隠されていたのだ。

 

「わたしたち、今までずっと活火山の上で暮らしていたみたいなものよね。巨大な魔力炉心なんだから」

「言い得て妙ね、それ。仕込んだのは教会なんだっけ」

「そのはずよ。ねえ、お父さん」

「……」

 

地下空間への道を歩く三人の人間の一人、沙条現当主の沙条広樹は無言で頷いた。

先を行くサーヴァント三騎の内、セイバーはこの突然の参加者に戸惑っていた。

それはアーチャーも同じらしく、潜み声で問うて来た。

 

「セイバー、あれ、お前さんのマスターの父親だろ?」

「そうだよ。親心ってやつでついてきたらしい」

「……まあ、いきなり娘が過程を蹴飛ばして大聖杯の探検に行ってくるって言ったら、魔術師としても父親としても不測の事態すぎるってところか」

 

ついて来たところで、沙条広樹には何も出来ないだろう。彼は沙条の当主ではあるが聖杯に見初められず、令呪も持っていない。

何のために来たのか本人もよく分かっていないのか、娘に水を向けられても沙条広樹は渋面のままだった。

それが退屈なのか、愛歌は軽く転移してふわりとセイバーの横に姿を現した。主の突飛な出現に慣れてしまった従者は構わず歩き続ける。

 

「どう、セイバー?何か感じる?」

「あんまり良くない何かの気配を、ね。千里眼的に見たらどうなんだ、アーチャー」

 

未来予測すら可能な超常の目を持つ弓兵は、快活な彼らしからぬ苦い色を表情に現した。

 

「ああ、良くないな。飛び切りに良くない。それとも万能の願望器ってヤツなんて、皆こんなもんなのか」

「……?」

 

無言でただ首を傾げるアサシンの足が、ふいに止まる。

狭い通路を通り抜け、広い空間に出たのだ。地下に広がる大空洞には光も届かない。魔術師たちは各々光源を魔術で生み出す間に、夜目が利くサーヴァントたちは先にその光景を目にすることになった。

 

「これ……何?」

 

エルザの声が空間に虚ろに木霊する。

地面を深くくり抜き作られた穴の底に、闇の塊が蠢いていた。三人と三騎は、ちょうどその穴の縁から十数メートルの所に出たのだった。

 

「これが聖杯で正解なのよね。お父さん」

 

無邪気にも聞こえる軽い声で愛歌は言う。

その声に誘われるように、エルザはふらりとした足取りで穴に近付いた。

彼女の足元で動くのは、巨大な闇の塊。

全貌は巨大に過ぎ穴の暗さに紛れて定かならない。不定形に形を変え、ぐるぐると鳴動するその姿は、魔術師をして本能的な悍ましさを思い起こさせた。

 

「……こんなものが、聖杯なの?」

 

エルザの問には誰も応えられない。

答えを知っているものも、知らなくとも本能で察することができるてしまったものも、それぞれ分かってしまった。

これが聖杯なのだ、と。自分たちを現世に招き、今も留め置いている物はこの物体なのだ、と。

 

「……これじゃあ、超特大級の呪いの塊じゃない。しかもこのまま儀式を進めたら、呪詛が完成しちゃうわね」

「呪詛の、完成?」

 

うわ言の様な沙条広樹の言葉に、穴に近付いていた娘は振り向いた。

 

「呪詛よ。というより全体としては蠱毒にも近いかしら。英霊の魂をこれに捧げ、彼らを媒体としてより高次な存在を喚び出す。これは、そういう儀式なんじゃないの?」

「初見でそんなことまで分かるのか?マスター」

()()()()()()()()()()()()()()。セイバーにアサシン、あなたたちだってこれが悍ましいとは感じているんじゃないかしら?」

 

言われ、剣と暗殺の英霊たちは顔を見合わせた。

 

「……仰る通りです、愛歌様」

「右に同じ。これを使ってもきっと……」

 

セイバーの視線がふとエルザに向けられる。

僅かに躊躇いを見せてからセイバーは続けた。

 

「―――――きっと何の願いも叶わないよ」

「そんな……」

 

エルザの緑の目が零れ落ちそうなほど大きく見開かれ、彼女は膝を付いてしまう

その傍らに、彼女の英霊は屈んで手を肩の上に添えていた。

願いがあったのに、ここに来てそれが決して叶わないと知らされてしまった人間の悲哀を愛歌は黙って見ていた。

アーチャーは無言の愛歌を見た。

 

「……で、セイバーのマスター。お前はさっきこれは俺たちを媒介に、より高次の存在を生み出すモノだと言ったよな」

「ええ。言ったわ」

「高次の存在ってそりゃ、具体的には何だ?お前さんの親父殿も分かっちゃいないようだが」

 

愛歌はちらりと放心したように佇む父を見やり、気軽に穴の縁から奈落の底に身を乗り出した。

 

「ええと、そんなすぐには言えないけれど、多分これは……」

「―――――マスター、危ない!」

 

セイバーが叫び、愛歌を両手で抱えると一瞬で跳んだ。

直後、黒い泥のような触手が愛歌のいた場所目がけて叩き付けられる。砕かれた岩が散弾銃のように飛び散り、セイバーは抱えた愛歌の上に伏せて岩から主を守った。

 

「あ、ありがと。セイバー」

 

セイバーは答えず、姫抱きにしていた愛歌を地面に下ろす。隣ではアーチャーが同じくエルザを庇っていて、アサシンは沙条広樹の前に立っていた。

彼らの見る前で穴から触手は立ち上り、鎌首を擡げて人間と英霊たちを睥睨した。束の間奇妙に動きを止めたあと、触手の向きは弾丸よりも速い速度でセイバーに庇われている愛歌に据えられた。

 

「セイバー、避けろ!」

「―――――ッ!?」

 

今度は愛歌を片手で抱え、セイバーは再び跳躍する。岩床を蹴り、壁から突き出ている棚のような足場に二人は着地した。

そこからは穴がより広く見下ろせた。闇の塊は磯巾着のように触手を伸ばし、その狙いはすべて愛歌に向けられていた。

険しい顔で腰の剣を抜き放ったセイバーへ、腰の辺りを抱えられたまま愛歌は囁いた。

 

「セイバー、宝具開帳を許可するわ。三秒後に放って」

 

了解という代わりにセイバーは魔力を収束させる。

それに反応してか触手が足場にしていた岩棚に突き刺さり、岩の塊を脆くも四散させる。空中に浮き、落ちる前の一瞬の刹那に愛歌の背後の空間に巨大な術式が立ち上がった。

 

「―――――砲撃、射出!」

 

澄んだ声に合わせ、エーテル光が解き放たれて触手を打ち砕いた。

だが足りていない。魔力光を押し退けて、闇の塊はまだ蠢き、光纏った少女を求めていた。そしてセイバーの魔力が形を取るより、触手が復活するのがまだ速い。

剣の英霊の顔が歪んだ時、横合いから瀑布のように矢が飛び、触手を抉り消し飛ばした。

援護で生まれた小さな隙にも、主を貪欲に喰らおうと下から襲ってくる触手を見下ろし、光の少女の盾たる英霊は呟いた。

 

「もう少し、完全に発動したかったなぁ!」

 

場違いにもぼやきながら、セイバーは剣を振り上げた。

漆黒の刀身に大気に満ちる魔力が集まる。風を巻き起こし魔力を束ねて刃は色を変えた。一点の光も通さない黒から、研ぎ澄まされて闇夜でも光る鋼の色へ。

 

「―――――解放、『我が刃以て無に帰せ(ヴァニタトゥム・ラーミナ)』ァァッ!!」

 

放たれたのは三日月の形をした巨大な斬撃だった。風を切って迫る刃を、触手は喰らい付くさんと手を伸ばす。

だが刃に触れた瞬間、闇の泥は次々消されていった。残滓すらも残さず、泥は虚空に溶けるようにして消えていく。

消滅というより、何処か違う次元へと転移させられたように斬撃は闇を喰らっていった。

斬撃が触手を物ともせずに突き進み、大元の闇の塊へと辿り着こうとした瞬間、軋むような音が空洞に轟いた。凄まじい高音が脳に突き刺さり、ただの人間たちは堪らず耳を抑えて蹲った。

 

「うわ」

「あら」

 

空中から転移し、愛歌を抱えたままアーチャーたちの間近にセイバーは姿を現す。

闇が発した音で斬撃が押し留められ、押されかけているのを見て、セイバー主従は気の抜ける声を上げた。己の神秘の一撃が凌ぎ切られようとしているのを見、セイバーはしかめ面で冷静に告げた。

 

「……あれじゃ駄目だ、押し負ける。―――――マスター、悪いけど」

「分かってるわ。転移ね。エルザ、お父さん、迅速に撤退よ」

 

愛歌が足元をとんと蹴り、全員の足元に術式を生み出す。

瞬き一つの間に、サーヴァントもマスターも魔術師も全員がそこから消え失せた。

後には鳴動する闇の塊だけが、人気の失せた大空洞に残されているのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大空洞の入り口は、外からの侵入者を阻むように木々で隠された場所だった。その前に立つのは、まだ地上に残っているマスターとサーヴァント。

言うまでもなく來野巽とバーサーカーだった。

お前は来ない方がいい、見ない方がいい、と珍しくもアーチャーから釘を刺され巽はここに留まっていた。バーサーカーは彼に付き従った形だ。

人気の無い大空洞入り口で、彼らは地下に入って行った人々が戻って来るのを待っていた。

そしてふと、何かの気配を感じたのかバーサーカーが顔を上げる。碧眼が見るのは、愛歌たちが姿を消した洞窟ではなくて、東京湾の方角だった。

 

「バーサーカー、どうし―――――」

 

巽の言葉が終わるより先に、空の一角に光が走る。白い花火のような光は空に留まり、消えなかった。

 

「……魔術か?」

「ああ。あれは……神王だろうね。ここからはよく見えないが、彼は東京湾に陣を張ったようだ」

 

巽には非現実的に聞こえる陣を張る、という言葉は比喩でも何でもなく、その通りなのだろう。

夜の東京の夜を白く染めるほどの何かを、ライダーは展開したのだ。

あいつらに知らせた方が良い、と咄嗟に巽は思った。しかし、愛歌からの連絡はいつも唐突かつ一方的で巽から彼女に接触できたことはない。

臍を噛む間にも、白い光は黄金へ色を変えていく。東京の街は今頃大混乱だろうな、と巽は何処か冷静な頭で考えた。

その時、草を踏み締める音を立てて巽の周りに次々人影が降り立った。

 

「ああ、もう最悪!」

 

翠のドレスの裾をふわりと翻し、夜露に濡れた草地の上に沙条愛歌が現れる。その隣に、夜でも目立つ白髪を靡かせてセイバーが降り立った。

アーチャーに支えられたエルザや、アサシンと沙条広樹も現れる。サーヴァントたちは地面に降り立つとすぐに魔力の気配を感じてか空を仰ぎ、黄金の光を見止めた。

 

「奴さんが言ってた《準備》ってやつが終わったってわけか」

「そうらしいね、アーチャー。あー、もう、聖杯にしろライダーにしろ、次から次へと何なんだ一体」

 

抜き身の剣を鞘に戻して、セイバーは乱暴に白髪をかいた。

 

「聖杯がどうかしてたのか?」

「どうかしてたのよ。ほんとうにどうかしていたのよ。何なのあれ、どうしてわたしに懐くの。ちっとも嬉しくなんかないわ」

 

膨れ面というべき表情で、愛歌は本気で忌々しそうに洞窟を見ていた。

それは巽が始めて見る愛歌の表情だった。いつも愛らしく微笑んでばかりの彼女の初めて見せた顔に、少年はこの状況にも関わらず少しだけ目を奪われた。

 

「あれ、あの黒い奴は、あなたのこと攻撃してた訳じゃなかったの?」

 

額を拭っていたエルザに、愛歌は顔を向けた。

 

「違うわ。あれはとてもお腹を空かせているだけ。そして子どもが母を求めるみたいに、わたしを取り込もうとしてたのよ」

「……なんだと?」

 

沈黙していた父は娘の言葉に反応した。

 

「聖杯は、根源に至るための、我ら一族の………」

「違ったみたいね、お父さん。あれは世界を殺す呪いを生むための、卵よ。根源には絶対に届かないわ。……お父さんも、知らなかったのね」

「馬鹿な、そんな、そんな馬鹿な!それでは、私は……私たちは、何のために――――!」

 

髪をかきむしって父は叫び、小さな娘に詰め寄らんばかりの勢いだった。

セイバーは無言でその間に割り込み、父親の狂乱を留める。愛歌はその肩越しに、底無しの渦を宿した瞳で父を見ていた。

 

「……なぁ、中で何があったか知らないけど、あれ、放っておいて良いのか?」

 

おずおずと、空を染める黄金の光を巽は指差した。

 

「良いわけ無いわ。当たり前じゃない」

 

巽の方を見てぴしゃりと言った愛歌は、もう元の通りの揺らぎのない表情を取り戻していた。

 

「エルザ、約束の通りの共闘の時間みたいよ。……唐突だけどね」

「ええ、こうなっちゃったら仕方ないわ。流されてるみたいでちょっと癪だけれど。……アーチャー、行ってちょうだい」

「セイバー、あなたもよ」

 

了解、と英霊ニ騎は剣と弓を掲げて頷いた。

 

「アサシンはわたしと来て。バーサーカーに巽は……」

 

どうしようかしら、と言うように愛歌は言い澱み、ちらりと彼らに目を走らせる。頼りないものを見るようなその眼に、巽の中で何かが動いた。

 

「……俺も戦うよ。ここは俺が住んでる街なんだ。だから愛歌、俺が何をすればいいか教えてくれ」

 

バーサーカーの視線を感じながら、巽は言ったのだった。

 





父親の挫折を間近で見た話。

宝具名はアーラシュと同じくラテン語から。
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