射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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誤字報告、感想、評価下さった方々、ありがとうございました。

では。


Act-17

 

 

 

死ななかったらそれで良い。

誇りとか、信念とか、別にそんな大層な題目を求められたことはない。

善の英霊と括られてはいるが、人の世の秩序の守り手なのかと、己にその確たる自覚があるのかと言われれば、首を傾げざるを得ない。

事の初めに遡ると、自分を産み落とした親が人の世の秩序とやらに則ったために、忌み子は死んでおけと捨てられたのだ。

そういう自分が初めて関わりを持ち、兄のように慕った相手は、民の為に、皆の安寧の為に、生命を擲つことを選択する人だったのは何とも皮肉な話だ。

しかし、最初に出会った相手が、人々の営みの何もかも引っ括めて、丸ごと愛すべき民たちと言えるような人でなければ、自分は人に戻ることはなかったとも思うのだ。

 

数多の人々の犠牲を乗り越えた先の平和になった世で、旅をして、戦って、人の営みを見た。

壊して壊されての乱暴な人生で、終ぞ『国』という大きな人の輪の中に踏み入ることは無かったが、あれはあれでそれなりに楽しかった。

秩序の外から人の世を見て、見続けて、様々なものを得て、その果てにこの世を去った。

そうやって好き勝手に生きたのだから、さして未練があるはずも無い。英霊になった後は喚び出してくれた人の力になれれば良い。

それを繰り返して、いつか同じ英霊になった兄に出会えれば良い。

 

アフタルという英霊の中身は、所詮こんなものだ。

 

神王のような民の為という強さも、戦乙女のように勇者を慈しむ慈愛も、そして救国の射手のように、顔も知らない民の為に生命を擲とうという気概もない。

 

契約した主であり、そこそこに親近感と好感の生まれたマスターを守ることができるならば、それで良い。

 

要するに器が小さい。眩しい彼らに比べれば、耐えられないほど存在が軽い。

 

そうして今回も、馬鹿が馬鹿なりに意地を通した結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいセイバー!生きてんのか!?」

 

東京湾上での決戦跡地。

水を通したように遠くから聞こえる声を、セイバーと呼ばれる仰向けに寝転がって少女は聞いていた。

夜明けが近いのか、空は端から徐々に色が変わっている。

この世の夜明けをまた見られると思うと、ぼんやり嬉しさが湧き上がってくるが、答える声を出すのは億劫だった。

億劫なのも当たり前で、よく見れば片手片足が付け根から無くなっている。宝具同士の激突に、体の方が耐えられなかったのだ。

そして重心が狂ったのだから、立ち上がるのがままならないのも当然だった。

剣はどこに行った、と考えてたが、これはしっかり握っていた。それを杖にして、ともかくも半身を起こそうと足掻く。

芋虫のように藻掻いて転がって、それでも何とか立ち上がることには成功した。

まだ、気が抜けない。何故なら今はまだ、()()()()()()()()

立ち上がった瞬間、赤黒い血の塊を吐いた。頭がぼうとしていて、失くなった手足の痛みも何も感じない。

生きていた頃なら、動ける間もなく死んでいただろう怪我なのに、今の自分はたまさか霊核が無事で愛歌からの魔力が与えられているばかりに、全く死ぬ気配がなかった。

解けていく体からは暖かさと一緒に仮初の命が流れ出て行くが、パスから流れ込んでくる魔力が、それを上回る速さで体を暖めてくれる。

そうなってみてようやく、自分が真には生きていない存在だということを嫌でも思い知らされる。

遠い所では、アーチャーの叫びが聞こえる。上擦って掠れた、聞いたことのない焦りを含んだ声だった。

ここにいるよ、と言いかけて代わりに血が口から吐き出される。それで重心が崩れて、神殿の瓦礫の上に倒れ込んだ。

ひたすらに瞼が重かった。死にはしないだろうが、さてこれで意識を手放してしまえば目覚められる自信は薄かった。

 

「何を呆けているのか貴様は。本当の戯けになるつもりか」

 

閉じた眼を押し開けると、逆さになった神王の姿があった。

黄金の鎧は一部が砕け、左眼の上から血が流れて顔の半分が赤く染まっている。左腕が不自然な方向に折れ曲がっているが、彼の怪我はそれだけで空間を圧する王の気配は衰えていない。むしろ傷を負った分、凄味が増していた。

 

「や、王様。どうする、私を殺すかい?」

 

言った瞬間、ライダーの眼が細められる。

 

「貴様、余を愚弄したいのか。ならば良かろう。傷を治して後、手ずから断罪を下す」

 

それは勘弁だと苦笑いしながら、セイバーは瓦礫を掴み、今度こそ自分の足で立ち上がった。

 

「セイバー!」

「痛いって!殺す気か兄さん!」

 

瞬間、無事な方の肩を強い力で掴まれてセイバーは悲鳴を上げた。

振り向けばこちらも体のあちこちが裂けて、血が流れるまま肩で息をしているアーチャーと、いつもの物憂げな顔をしたランサーがいた。

 

「あ、ああ、すまん」

 

アーチャーは手を放すと、セイバーの肩をそっと押してランサーの方へ押しやりながらライダーの前に立った。

 

「戦いの結末はこうなった訳だが、ファラオよ。どうだ?」

 

返答代わりに、ライダーは半ばでへし折れた王笏を投げ捨てた。

 

「本来、裁定は覆らぬ。だがそこの剣士とその主が余の光輝を凌ぎ、この時代の民草を傷付けなかったことも事実。なれば、例外を認めよう」

 

セイバーのマスターを誅することはせぬ、とライダーは確かに言った。セイバーの肩から力が抜ける。

 

「セイバー、意識を保ちなさい。貴女方の成したことですよ」

 

ランサーに揺さぶられて、意識を繋ぎ止めながらセイバーはようやく形になりつつある足で大地を踏みしめ、首を振った。

 

「私だけでもマスターだけでも、こうはならなかったよ。貴女とアーチャーがいてくれたおかげさ。ありがとう」

 

ランサーはたおやかに微笑んだ。

死した戦士をヴァルハラへ導くときも、こんな顔をしていたのだろうかとセイバーは想像しかけてやめた。

まだやることは残っている。

ライダーに、聖杯の中身と正体について語らなければならない。

幸いにも、これだけ暴れたというのに愛歌から預かった瓶は割れていなかった。地味にサーヴァントの体より頑丈かもしれない瓶の強度に慄きつつ、セイバーは体に力を込めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「これにてお終い。一件落着、めでたしめでたし……になれば良いんだけどね」

「それにはまだかかるわ。でしょう?エルザ」

「知ってるわよ。愛歌」

 

場所は東京都内。

愛歌に言わせると、こういう適当に内密のお話にはぴったり、という店に集まったのはこの聖杯戦争の関係者たちだった。

広々とした個室には、六人のマスターたちが集っている。本人がサーヴァント同伴で訪れていたり、使い魔だけだったりと形は違ったが生き残りのマスターは皆何かの形でこの空間に存在していた。

サーヴァントと共に訪れているエルザの呟きに反応した愛歌は、手を上げて澄んだ声を響かせた。

 

「沙条家名代として、聖杯戦争の中止を提案するわ。わたしたちの目指していた儀式は根幹が欺瞞だったのだから、続ける意味はないわ。それにこのまま放置して中身を放出させれば、協会からも教会からも許されない。その事態は避けるべきでしょう?―――――セイバー、アサシン、アーチャー、バーサーカーの陣営はすでにこの案に賛成しているわ。ライダー、ランサー、キャスターをそれぞれに擁するあなた方はどうなの?」

 

問われた人々の中で真っ先に答えたのは、鳥の形の使い魔のみを送って来たランサーのマスターだった。

 

「異存は無い。聖杯により根源に至れると聞き、私は参加を決めた。だがそれが人理定礎を害そうとするのならば、話は別だ。継続に賛成はできない」

 

石造りの鳥が、ランサーのマスター、ナイジェル・セイワードという名の魔術師の声を響かせる。

淡々とした声には騙されていたことへの怒りどころか、感情がそもそも感じ取れなかった。使い魔越しだからそう聞こえるだけなのか、元々セイワードという魔術師がそういう人間なのかは、愛歌の隣に腰掛けているセイバーには分からなかった。

アサシンとセイバーを従えた愛歌は、使い魔の方へ優雅に微笑んで残りの二組へ視線をやる。

貴族様同士のお話みたいだなぁ、とセイバーは頬杖をついて考える。

剣士の体は、見た目だけは回復したものの、怪我をした箇所の中身がまだ三分の一ほど張りぼてに近いためか、何となく気怠かった。

エルザの横に控えて時々視線を送ってくるアーチャーには、ひらひら手を振って心配ないということを伝える。その横で、自分と似たような居心地の悪さが諸に顔に出ている巽を見つけて、セイバーは苦笑しかけた。

マスター同士の交渉ごとは、脅し合いなのだからサーヴァントは隙を見せないで黙って控えているが吉だ。

交渉ができるような頭の持ち主でもないので、セイバーはぼんやり主を見守っていた。

横のアサシンも似たようなものだが、こちらは愛歌に魅せられたように少女へと視線を注いでいる。

ふと思いついて、つん、とセイバーは軽くアサシンの手の甲を突いた。

驚いたように顔を上げる暗殺者へ、剣士は小さくのんびりした笑みを向ける。

 

「お疲れ。アサシン。伊勢三の拠点はきみとバーサーカーが制圧したんだって?」

 

サーヴァントの聴力でしか聞こえない小声でセイバーは囁いた。

 

「……ええ。防壁は大体バーサーカーが破壊し、私が魔術師たちを粗方制圧しました。そこにあなた方とライダーとの戦闘が決着し、その時を見計らってバーサーカーのマスターがアレを見せました」

 

誰も殺すな、という愛歌の指示もアサシンは忠実に守ったのだ。

伊勢三一族は皆、神経毒により痺れるだけで済んだそうだ。

 

「それだけで伊勢三当主はこんなとこまで来たのかい?伊勢三は根源に至れるならば、街一つ滅んでも意に介さないような、典型的な魔術師だって愛歌が言っていたけど」

「あなた方とライダーの決着を見、動揺したところでまず根源に至れるかも分からないという言葉が効いたのでしょう。伊勢三当主は、ライダーの力に絶対の信を置いていましたから」

「……ライダーは全っ然彼らを信用してなかったみたいだけど」

「それは、典型的な魔術師と王ですから。そういうものでしょう。対等な信頼はまず望めません」

 

ふぅん、とセイバーは仮面を被っている伊勢三当主に目をやった。

表情の読めない仮面の老人は、ライダーと共にこの場に生身で現れてはいるものの、太陽王の気配が強烈すぎてマスターとサーヴァントにはとても見えなかった。

その点はやや憂い顔のキャスターを伴い、苦悩するように頭を抱えている玲瓏館当主とは違っている。

 

「……あなたはこの場にいて平気なのですか?セイバー」

「んー?」

 

アサシンに問われてセイバーは首を傾げた。

 

「ライダーとの戦いで、傷を負ったのでしょう?主が言うには、もう少し立ち位置を誤れば霊核を無くしていたような激戦だったと聞きましたが」

「まあ、私は前衛だから戦うのが役目だし、一応これで第一位サーヴァントの意地もあるからさ。本調子では無いけど、サーヴァントがマスターを放ったらかす訳にも行かないだろ。もちろん愛歌にはきみもいてくれるけど……。一先ず心配ありがとう、アサシン」

「……いえ」

 

アサシンは目を逸らす。

今の彼女は白い髑髏の仮面を外して、可愛らしい褐色の肌をした少女の顔を晒している。せっかくだから顔が見たいと愛歌が言い出したとか何とか、そんな理由らしい。

ただ何となく、セイバーはアサシンの言葉に砂粒のようなざらつきを感じた。

アサシンは愛歌に心酔しているが、正規のサーヴァント契約を交わした訳ではない。愛歌の無理くりの工作により、魔力を与えられている。

アサシンは召喚されて直後に、自らの正規の主を殺めているのだ。

故意の殺害だったか偶然だったのかセイバーは知らないし、正直なところさして興味もないが、愛歌の正規のサーヴァントである自分に何か思うところがあってもおかしくはないな、とセイバーは頬杖を付きつつ考えていた。

アサシンが愛歌を本心から守ってくれるならどちらでもいいんだけど、とセイバーはまだ怠い頭を動かして思う。

残念ながらそれを上手く伝えられるほど、彼女の口は上手くなかった。

 

「まあ、アサシン。お互いにさ、愛歌のためだし、もう少し頑張ろう。私たちは同じ主を持っているんだから」

 

剣士は、代わりにそんなことしか言えなかった。

褐色の肌の少女は、混じり気のない白髪の少女の顔を横目で伺い、澄んだ黒い瞳をじっと見つめる。

 

「……こちらこそ」

 

頷くアサシンにセイバーは少しほっとして表情を緩めるのだった。

 

「話し合いは、だからこれでお終い。聖杯戦争はこのときを持って終了よ」

 

そんな所へ、彼女たちの主の声が叩き込まれる。頬杖を外して、セイバーは部屋全体に意識を戻した。

 

「セイバー、アサシン。話は終わりよ」

「もうお終い?」

 

愛歌は言って、セイバーの服の袖を引っぱる。

 

「ええ。大聖杯はライダーが神殿で押し潰して壊すコトになったわ。ただどこかの誰かさんたちが派手に神殿を吸い取って壊してくれたから、完全回復に二日かかるそうよ」

「あちゃあ。……いや、あれは仕方なかったから」

 

セイバーがライダーの方を見ると、鷹揚に頷かれる。ライダーはそのまま愛歌とセイバーを一瞥して深く頷いてから、霊体となって消えて行った。

取り残される形になった伊勢三の当主は後を追って部屋を辞す。キャスターと共に玲瓏館当主も立ち去り、鳥の使い魔も窓を器用に開けて出て行った。

必然部屋に残ったのは、最初に同盟を組んだ面々になる。

 

「聖杯戦争強制終了まで後二日か。……ってことは、大聖杯を壊したらそれを繋ぎにしてる俺たちは『座』へ直行で還ることになるのか?」

「恐らくはね。聖杯に燃料として留め置かれることはなく、直接に還ると思うさ」

 

バーサーカーの言葉に、サーヴァントたちはそれぞれ反応を返した。肩をすくめたり、鼻を鳴らしたり、淡々としていた。

 

「そっか。……でも、逆に考えると二日は自由な訳だ」

 

セイバーの言葉が宙に浮く。

寸の間全員が黙ったが、ぱしんと愛歌の手を打つ音でそれは破られた。

悪戯を思いついたチェシャ猫のような顔で、愛歌はアサシンとセイバーの腕を取ると、しがみつくようにして引っ張った。

 

「じゃあね、セイバーにアサシン。とりあえず―――――わたしと、デートしましょうか」

 

は、と剣士と暗殺者が揃って固まる。

狂戦士と弓兵も、彼らのマスターたちも似たような顔で動きを止めた。

本気なのかと、剣士は腕に柔らかく絡み付いている主の顔を覗き込む。

花咲くような愛歌の笑顔は、彼女が本気なのだということを何よりも確かに証明していた。

 

 

 





あと数話でお終いです。
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