では。
「デートってつまりは遊ぶことか」
「そうよ。ちなみにセイバー、あなたの子供の頃の遊びと言えば?」
「……楽しくはあったから狩りが遊びかな。失敗すると危なかったから常にスリル満点だったし」
「はい却下。何千年前の考えよそれは」
仕方ないだろ、とセイバーは肩をすくめる。
一応の現代服に着替えたセイバーは、マスターである沙条愛歌に引っ張られて東京の昼日中に連れ出されていた。彼女たち以外には霊体となったアサシン、それに巽とバーサーカーがいた。
彼らが来た理由は、
「そう言えば、街で遊ぶって言ってもわたししたことがないからどうやるのか知らないわ。綾香に聞けば分かるかしら?」
などと愛歌が言った結果、東京の一般的な部分に一番詳しい巽が引っ張られたのだ。
結果彼は、金髪碧眼の英国人のバーサーカー、透き通ったような不思議な色の髪に碧眼の愛歌、年齢不相応な白髪のセイバーという雰囲気は違えど整った顔立ちの三人に囲まれる事態へと発展した。
目的も無くあちこち歩いたり、セイバーとアサシンが駅前の巨大なテレビ画面に目と口をぽかんと開けて見入るのを愛歌が笑ったりと、気の向くままに彷徨い歩いてから、彼らは東京の中心を離れた。
「箱入りのお嬢様みたいだなぁ、マスターは」
都心ではぶつかっただけで人を殺しかねないアサシンが実体化できないからと、人の多い街を抜けた。向かった先はいつか訪れた冬枯れの公園である。
そこでアサシンと巽を引っ張り回している愛歌を少し離れた木陰から見ながらセイバーは呟いた。
「魔術師の家の子は、皆そのようなものじゃないのかい?」
「そう……かもね」
愛歌に限って言うと、恐らく根っこにある理由が違うのだろうが全部説明しようとすると根源云々の話へ繋がるのだから、セイバーにもそれは上手く説明できそうになかった。
「そういうバーサーカーはやっぱり魔術師なんだろ?きみが使う霊薬は、きみが作った神秘だからさ」
「霊薬に関してはそうだね。……でも僕も本職では無かったよ。典型的な魔術師は、あのランサーのマスターじゃないかな。効率的で無駄なことはしないタイプだね」
「ほぅほぅ。確か名前はナイジェル・セイワードだったかな」
そう言えばあの魔術師、秘薬を愛歌に模倣されてたけど、とセイバーはバーサーカーを横目で見ると、バーサーカーは君のマスターなんだから仕方ないというように頭を振る。
完全に好青年にしか見えない彼だがその器はバーサーカー。真名はジキル博士。
人間の悪性を解き明かし、引いては引き剥がそうと霊薬を作り、その薬に飲まれてしまった人、だとセイバーは愛歌に聞いていた。
バーサーカーが、正義に拘るのはそのせいなのだろう。巽に召喚されたのはその縁か。
正義の名の下に何年も続いた戦いの世に生まれたセイバーは、だから正義と口に出す人間をどうにもこうにも胡散臭く見てしまう。
ただ、数日見る限りバーサーカーは違うようだとセイバーは思った。
彼はただの題目の、都合の良い正義ではなく、もっと違うものを求めていた。
全き人の善がどこかにあると信じて求め、どうしても人の悪を許せなかった。
まるで、夢をずっと信じている少年のようだと思う。
芯が純粋な人でなかったら、そのような研究を思い付きもしないだろう。実際セイバーはそんなことができると思ったことすらない。
「セイバー、君のマスターはどうしてあんなことを言い出したんだと思う?」
「あんなことって、デート云々のことか。……ただ、楽しみたかったんだろ。主に自分が」
「それだけかい?」
学士はやっぱり鋭いな、とセイバーは苦笑して、きらめく噴水の水をアサシンにかけている愛歌と、それを呆れ顔で見ている巽に目をやった。
「違うだろうね。試してるんだろうさ。私たちの誰かがこちらに残りたいと言い出すのじゃないかってね」
私は残る気ないけども、とセイバーは頭の後ろで手を組んだ。
「無いのかい?君のマスターなら
「だろうねぇ。でもほら、私は戦うための人間だから、用が済んだらいなくなった方がいいのさ。それに正直なところ、今のこの世は好きじゃない。人とモノが多すぎてさ、私みたいな野育ちには生きにくいよ」
「意外だね。君はマスターのことを気に入っているようだったから残るかと思ったよ」
バーサーカーは瞳を少し大きく見開いた。
「あー、うん、愛歌のことは好きだよ。でもこれは経験則だけど、闘う力がある人間の所には何かしら巡り巡って争いがやって来てしまうものなのさ。好むと好まざるとに関わらずね。だから、愛歌や綾香やあの子たちのお父上が平穏に生きるなら、私みたいなのはいない方が良いのさ」
「戦うための力とは、そういうものなのかい?」
セイバーは頷いて、証拠は私だと胸に手を当てた。
「だって、そうやって戦っていたから私はサーヴァントになったんだからね」
白髪の少女は乾いた笑みを浮かべ、アーチャーやライダー、ランサーも恐らく残らないだろうね、とセイバーは言った。
「キャスターはよく分からないけど、アサシンは愛歌のことが大好きみたいだから、残るかもしれないね。……きみはどうするんだい、バーサーカー?もし留まることができるなら、残るかい?」
「いや、僕は残らない。サーヴァントの僕がいてはタツミのためにならない。彼は今なら普通の生活に戻れるさ。……正義のためにと眦を決するのは、彼には似合っていなかったんだ」
今度はバーサーカーが苦いものを噛んだように顔に影がさした。
「この戦いに召喚されたことを僕は少し悔いている。君のマスターや、オジマンディアス王のような規格外な存在がいる戦場には、タツミをそもそも立ち入らせるべきでは無かったよ」
「いや、あの二人はちょっと規格から外れすぎてるからさぁ……」
「だとしてもさ。霊薬を手にできた時と同じように、僕は僕に機会が与えられた事が嬉しかった。嬉しかったが、それに浸るべきでは無かった。タツミの身を案じる、一人の友人ならね」
バーサーカーは大きく息を吐き出した。
セイバーには何も言えない。彼女の中にも彼の言うことに納得する思いがあったからだ。
聖杯戦争のマスターが、皆自分の願いの為にと戦う人間だけだったならこんなことは起きなかったのだろう。
奇跡賜わす聖杯の気紛れな選定は、残酷にも程があった。
いつかも感じた疑問だったが、それも中身があの獣では然もありなんだった。
少女二人と少年の明るい声が、剣士と狂戦士のいる木陰にまで届いた。
しかし、聖杯戦争が無かったのなら、あの光景はなかったのだろう。そう考えると複雑だった。
「何にしても、早くライダーの神殿が直れば良いのにな。そうしたらこの騒ぎもお終いにできるのに。……って、一番ぶっ壊したのは私だったか」
不必要に明るい声でセイバーは言い、雲を掴むように冬空に片手を突き上げた。
そこへ日溜まりから明るい声がかけられる。
「セイバー、バーサーカー!あなたたちはそんなところで何してるの?こっちに来なさいな」
「今行くよ!」
ふかふかしたコートに包まれて、小さい白兎のようになっている主へ叫び返して、ほらとセイバーはバーサーカーを伴って日向へ踏み出したのだった。
遊びが終われば、家へと戻る。
そろそろ学び舎への欠勤の日数を心配しだしている道案内の少年とその友人を家へ帰し、少女たち三人は屋敷へと戻った。
ずっと家を空けていた姉がちょっと変わった友人と共に帰って来たことを無邪気に喜ぶ妹に、父親の様子を聞けば、彼女は部屋を指差した。
「お父さん、部屋から出ないっていうのね、困ったわ」
不安そうに袖を引っ張る妹の頭を撫でて、姉は閉じた部屋の扉を見た。
「大丈夫よ、綾香。今やっている儀式が終わったら、お父さんも元気になるわ。準備の疲れが出てしまっただけだから」
「ほんとう?」
「ほんとよ」
扉の前で話し合う姉妹の後ろで、暗殺者の従者と差し向かいに立ち、腕組みをして目を瞑っている剣の従者は背を壁に預けて沈黙していた。
扉の向こうにいるのは、一族代々の宿願を絶たれて失意に沈む魔術師なのか、娘の行く末を案じる父親なのか、どちらなのだろう。
どちらにしろ、明後日が上手くゆけばまた彼の時間は流れ出すだろうし、彼は自分の思うほど何かを失ったとはセイバーに思えなかった。
閉ざされた扉の前で、姉はかがんで妹の頭に手を乗せた。
「じゃあ綾香、退屈なら今日はちょっと夜遅くまで遊びましょうか」
「でも夜だよ。お外に行っちゃいけないんじゃない?聖杯せんそう、やっているんでしょう?」
「聖杯戦争はね、もうお終いなの。だからこの子たちももうすぐ還ってしまうのよ」
「え?」
おいやめろ、とセイバーは片目を開けて主に視線を送ったが、愛歌はどこ吹く風で唇に人差し指を当てた。
綾香はそのセイバーの方を振り向いた。
「セイバー、かえっちゃうの?」
「ああ。私のやることはもうすぐ終わるんだ。それが無事済めばお別れさ」
大きな青い目がいっぱいに見開かれて震えるのを見て、セイバーは慌てた。
何とかしてくれよ、と愛歌に助けを求めるがこれまた当然のようににこにこ笑うだけだった。仕方ないかとセイバーは屈んで綾香と目線を合わせる。
「私やアサシンはね、きみのお姉さんに呼ばれて来たんだ。で、その用が終われば元いた所へ帰るのさ。私にも家族はいるしね」
星のように澄んだ青い目を覗き込みながら、嘘は疲れるなぁ、とセイバーは内心ため息をついた。
「……まあでも、用事の片がつくのは明後日だからね。まだいるんだけどさ」
「そうよ。だから今からその用の一つ目を片付けるわ」
言うと、愛歌はきょとんとしているセイバーの手を取って玄関の方へ導いた。
「アサシンはお留守番して、綾香とお父さんを守っていてね」
「……承知しました、愛歌様」
いい子ね、と愛歌は今度は綾香を手招きすると、白い額にこつんと自分の額を当てた。
姉妹を中心にふわりと優しい流れの魔力が渦を巻き、綾香の黒髪が小さく舞い上がった。
「お姉ちゃん、いまのなあに?」
額を擦る妹に、姉は微笑みかけた。
「ちょっとしたおまじないよ、アサシンと仲良くしてあげてね」
妹と黒い少女、父親を家へ残し、愛歌は外に出た。
それから数分後には深々と冷える夜の街の上空に、二人の少女はいた。
軽鎧を纏って剣を背中に吊ったセイバーは、両手で主を抱えて夜の空を跳んでいた。方向は愛歌が示しているものに従っているのだが、彼女はどこか目指すものがあるように進んでいる。
「で、愛歌。さっきのお呪いとやらは何のためで、私たちは一体どこへ行くんだい?大聖杯の様子でも見に行くのかい?」
「さっきのはただの毒消しの魔術よ。アサシンと綾香が遊んでも大丈夫なように。それと、行き先に関しては違うわよ。あなたがまだ会いたがっている人、アーチャーに会いに行くの」
足の止まったセイバーはビルの一つの屋上に着地し、腕の中の抱えた主をまじまじと見た。
「昼の間中、セイバーってばつまらなさそうなんだもの。あなた、本当は違うことがしたかったんでしょう?」
「……例えば?」
「
白髪の少女は固まる。図星を刺されたように。
「事態が事態だから、あなたはわたしに何にも言わなかった。けれど、本当はアーチャーと再会するだけじゃない。ちゃんと大人になった自分で戦って、決着を付けたい。真の望みはそっちでしょう」
「………」
セイバーは肩の力を抜いて月を見上げた。
新雪のように白い呪われた髪が、さらさらと風に揺れる。
「はぁ。参った。降参。主が鈍いからって隠せるものじゃなかったね」
「ねぇ、少し酷いんじゃないかしら?ちゃんと考えたら、わたしはあなたのマスターなんだから分からないわけないじゃない」
「だからごめんよ、我が主。的確な答えに従者はぐうの音も出ません」
「素直でよろしいわね、セイバー」
愛歌を抱え直して、セイバーは月夜に向けて声を上げて笑った。
傷ついた小さな獣の仔が遠吠えするかのような笑い声だった。
「ああそうだね、私は戦いたい。きみのことだって好きだし、この街が壊れるのも嫌だ。それは心から本当さ。でもそれ以上にね、戦いたい。……そう思うのは、やっぱり私の芯が人間じゃないからかね」
愛歌は抱えられたまま腕を伸ばして、セイバーの頬に触れた。
「お馬鹿さん。お気楽に太陽王に喧嘩を売ったのがあなたでしょう。悩みすぎよ。それにアーチャーは千里眼を持ってるのよ。あなたの言いたいこともきっと分かっているはずよ」
「あー、そっか。そうだったね。兄さんは眼が良すぎるからなぁ。私の考えてることなんてお見通しか。……あと愛歌、あれは全然お気楽じゃない。私だって怖いことは怖かったよ。やらなきゃいけないと思ったから、やれただけだからな」
じゃあ兄さんの所へ行ってみよう、とセイバーはくすりと笑いながら言った。
「でも、どっちへ行けばいいんだろうか?この街、かなり広いだろ」
「それは分かるわ。エルザにあなたの宝具貸したままなの。だからその反応を辿ればいいの」
「……初めてきみに宝具を取られていて良かったと思ったよ。ありがとう、
剣士の英霊は言って、コンクリートを蹴って夜の闇に身を踊らせたのだった。
アサシンはお留守番。
綾香にガーデン内をゆっくり案内してもらいましたとさ。