では。
本日は、蒼銀のドラマCD発売日です。
これが終わったら買いに行きます。
これまで、セイバー陣営がよく関わっていたのは、組み込んだアサシンを抜かせば、まずアーチャー陣営、次にバーサーカー陣営、最後にライダー陣営である。
ランサーやキャスターの真名すらセイバーは知らなかった。
愛歌から、ランサーは北欧の戦乙女ブリュンヒルデ、キャスターは
ランサーとは最初に戦ったきりだったのだが、直に再び会ってみて、セイバーはランサーの美しさに素直に見とれた。
愛歌には微妙に白い目で見られたが、綺麗なものを綺麗と思って何が悪いのかセイバーには分からない。
ランサーの美しさは地平線に沈む夕日や、嵐の後の空にかかる虹のようなものだ。
セイバーにとっては、それらを美しいと感じるのは、水が上から下へと落ちるより自然なことだった。
だが、それにしても。
「ランサーの攻撃が最大になるのが、まさか英雄限定とは……」
予想外だった、とセイバーは首を振り、ランサーは身の丈以上の豪槍を両手でそっと握り込んだ。
アーチャーたちと別れて東京に戻り、また愛歌に付き合って外を巡っていたセイバーの元に現れたのは、ランサーである。
何事かと思いきや、ランサーは彼女らを拠点に導いた。
そこにいたのは彼女のマスターのナイジェル・セイワード。
彼は淡々と、ランサーの宝具の特性を開帳した。
彼女の宝具は、彼女が抱く愛に比例して威力を高める。
そして勇者の魂を導く戦乙女だったランサーが愛する者とは、所謂英霊たちだ。
極端な話、この東京に英霊として呼び出された者は、ランサーにとっては愛を向ける対象となり得る。
だが、逆に彼女が愛を注げない者は、宝具の威力は発揮されにくいのだとナイジェルは明かした。
「当然、あんな獣の卵は無理、と」
「面目ありません……」
「いやいや、むしろあれを慈しめる者ってこの世に存在してるのかな……」
愛歌は嘆息し、セイバーは額に手を当てた。
ランサーはそっと睫毛に縁どられた宝石のような瞳を伏せる。
「それでも君は十分強いだろ。私と戦ったとき、ええと……北欧のルーンだったかな……そういうの、使ってただろ?」
「そうだ。ランサーは原初のルーンを保有している。宝具を一つ封じられたも同然だが、支障はない。しかし、一応非常時に前線を担うだろうセイバーには、明かしておくべきかと判断した」
答えたのは相変わらず感情の読めない彼女のマスターだった。この言い方だと、彼にとっては、ファラオの神殿で獣の卵を壊しきれなかった場合という最悪の展開も、想像の範疇らしい。
その、常に最悪を想定しておくという判断力は、頼りになる。
しかし、己の喜怒哀楽に忠実に振る舞う質だからか、セイバーはこういう類の人間は苦手だった。
それでも、感情を読ませないことにかけては、愛歌の可憐な笑顔もナイジェルの無表情といい勝負だと思っていた。
その愛歌は、ランサーに軽く近寄ると
「でもね、あなたの槍、愛せないものに対しては……軽すぎるんじゃないかしら」
「まあ、武器の軽さなんて些事だよ、些事。ランサーは強いもの。頼りにしてるよ」
セイバーは眉をひそめている愛歌に向けて気軽に言ってのけ、ランサーに片手を差し出した。しばし戸惑ってから、ランサーはその手を取る。
槍士は控えめな笑顔を、剣士は屈託のない笑顔を浮かべ、しっかりと手を握り合った。
そこに冷めたマスターの声が浴びせかけられる。
「しかしこれで、セイバー、アーチャー、ランサーの宝具はすべて使えないか、使えても威力が振るわないという事態に陥っているのだ」
「アサシンのとバーサーカーのとは、下手に使うとあの子たちが獣に取り込まれてしまうし……。七対一とはいえ、気を抜いては駄目ね」
冷静に考えると、三騎士の宝具がどれも残念なことになっているのよね、と愛歌は首を振った。
「ライダーの神殿が復活するのは今晩。でももう一度、卵の様子を確かめておきたいわ。玲瓏館によって、キャスターを貸してもらいましょうか」
そんなあっさりとサーヴァントを貸してくれるのだろうか、とセイバーは疑問に思いつつ、愛歌についてランサーの拠点を後にしたのだった。
玲瓏館のサーヴァント、キャスターは元々大聖杯が置かれている洞窟を監視していた。
それに加えて、洞窟の入り口に魔術による封印も施している。
どちらもできないセイバーは、頭の下がる思いだった。
「あの《泥》は落ち着いています。このまま何事もなければ、ライダーの宝具で封殺できるでしょう」
いきなり押し掛けてきた愛歌とセイバーにも嫌な顔ひとつ見せず、玲瓏館の門前に現れたキャスターはそう言った。
愛歌と話し込むキャスターは彼女の様子を観察しているようだった。そういえば、根源接続者と生粋の魔術師というのは直に対面すると、どういう関係性になるのだろうと興味を懐きつつも、セイバーは気楽に彼らの調子を眺めている。
しかし、魔術云々となるとセイバーは途端によく分からなくなった。
目を逸らしたそのとき、彼女はふと、館の方から視線を感じた。
敵意はほぼ感じ取れないが、偵察するようなその視線が来ている方向を見返すと、同じ方向を見ていたらしいキャスターと目が合う。
彼は涼やかに微笑んだ。
「気にしないで下さい、セイバー。敵ではありません。ただ、好奇心の強い幼子が見ているだけなのです」
「美沙夜ちゃんでしょう?あんまり迂闊に英霊をのぞき見しちゃ駄目よ。この能天気セイバーだからいいけれど、あの王様とかだったら目を焼かれてしまうわ」
今度はキャスターが苦笑した。
ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススは生粋の魔術師と聞いていたが、この様子だけを見れば、学士か、医術師をしている優しい青年と言っても通りそうだった。
「いえ、実は既に行っていまして。ですがそれが却って王のお気に召したようです。私たちの同盟が成功した理由もそれです。ファラオは、彼女の中に王者の気風を感じ取ったと仰せでした」
「そうなの?……王様ってやっぱりよく分からないわ」
王様からしてみれば魔術師の方が分からないと感じるだろうなあ、とセイバーは口に出さずに心の中で呟いた。
それと、王者の気風は確かに愛歌にはない。
王者になるには、愛歌は可憐すぎる。人の心をよく知らない。
仮になったとしても、人々を導き、統べるような王にはなり得ないだろうと、セイバーはそんなことまで考えていた。
そしてそういう思考もすべて、どうせ愛歌には念話で聞かれている。
それと、美沙夜という子どもがこちらを見ているのは、愛歌への対抗意識もあるのではないか、とセイバーは思っていた。
これは愛歌に聞かれない部分の心で呟いたことだったが。
それにしてもなあ、とセイバーは頬をかいた。
「何事もなければ、か。……いや、何かあったんじゃ怖いんだけどさ」
「おや?気になりますか、セイバー」
「うん。……説明しにくいんだが、狩りでもさ、もう終わりかなって思うと、一番嫌な予感がする時があるんだ。それでそういうのは大概当たる」
「なるほど。野生の……いえ、戦士の勘ですね。私には備わっていないものですが」
「気にしなくて良いわよ、キャスター。セイバーは感覚の生き物だから」
ひどい言われようだとセイバーは苦笑しつつ、キャスターの拠点も後にしたのだった。
そうして、一人と一騎は最後に洞窟を訪れる。
日は頂点に差し掛かっているが、聖杯が設置されている洞窟の入り口周辺は、生き物の気配があまり感じ取れなかった。
心無しか、周囲の草木も精気が薄い。
「まあ、純粋悪になれと造られたものがいる土地なんだし当たり前か」
「不吉の具現よね。それに生き物を取り込むとなれば、命あるものはわざわざ近寄ったりしないわね」
洞窟の入り口で剣の主従はそんなことを言い合った。
「純粋悪、黙示録の獣。……そんなもの造れると考える人、一体何を考えて生きてたんだろうね」
暗い洞窟の入り口を睨みながら、セイバーは珍しく苦々し気なく口調で言った。
「嫌い?」
「嫌いだよ。純粋なものを求めて、何でこんな厄介なものを残すかなぁ。善悪なんて変わるものなのにさ」
救国の英雄が敵国では悪魔や化物扱いされるのは当然なのだから、とセイバーは肩を竦めた。
愛歌はセイバーを見て、くすくすと笑う。
「でもね、その厄介なものがなければ、あなたたちは誰一人としてこの地を訪れることは無かったのよ」
「ああそうだった……。そう考えたら、聖杯の恩恵を一番受けたのは私だろうなぁ。願いが、叶ったわけなんだから」
「そうね、わたしにとっても―――――」
言いかけて、愛歌は少し慌てたようにそっぽを向いた。
「何だい?気になるんだけれど」
「何でもないわ」
「そうか。ま、私は兄さんと君とに出会えたことはただ嬉しかったよ。……これ、やはり私は聖杯の造り手に感謝しないといけないのかね」
むぅ、と首を傾けるセイバーは愛歌の顔を見ない。だから彼女がどんな表情をしているか、知ることはなかった。
「悪であれ、と生まれる前から望まれたもの。普通なら、そんな風に生まれる生き物はいないわよね」
「まぁ、そうだね。生命そのものに善悪はない。綺麗って訳でも、汚いって訳でもない。生命はただこの世に生まれて去り、巡り行くだけさ」
「……そういう考え方、冷たくないかしら?寂しいものに聞こえるわ」
「そうだよ。生きることの仕組みそのものに情はないもの」
白髪の剣士は何でもない事のように言った。
あっさりとした言い方は、それが彼女にとっての真実なのだと告げていた。
けれど、流石に言い方がきついと思ったのかセイバーは頬をかいて続けた。
「でもね。私はそれだけでもないのが、この世界だと思っているよ。私たちには自分以外の生命を慈しむ心だって、備わっている。そういう人たちは、私には皆愛しいし、眩しいよ」
「……あなたの愛は、随分広いわね。だってそんな人、この世にはたくさんいるじゃない」
愛歌はぽんと足元の小石を蹴った。
小石は跳ねて、洞窟の中に消えて行く。
剣士は主の横顔を見ながら答えた。
「だから良いんじゃないか」
そう言ってセイバーは屈託なく微笑み、愛歌は少し呆れたように口元を緩めた。
そのまま愛歌は数歩洞窟へと進み、黒い入り口の前に立つ。
彼女は天から降る慈雨を受け止めようとするように、両手を差し伸べた。
「……でも、そうであるならこの獣は対極ね。これは生命を脅かすためのもの。この世に地獄を招き寄せ、逆説的に神の愛を示そうとした試みの産物だもの。不完全なまま、互いを補い合って生きるのが生命だというのなら、この獣は生命たり得ていない」
嗚呼それは、なんて―――――
「虚しくて、哀しい生なのかしら、ね」
くるりと翠の服の裾を翻して、愛歌は唄うように呟いた。
沙条愛歌の静かな口調の中にあるのは、憐れみだった。黙示録の獣の存在そのものを、彼女はただ憐れんでいた。
振り返った愛歌は、セイバーを見て眉をひそめる。
「なあに、セイバー。呆気に取られた顔をして」
「そりゃするよ」
だってきみは―――――とセイバーが言いかけた、正にそのときだった。
ずしん、と大地が揺れた。
立っていられなくなって、愛歌がふらつく。
そこに洞窟の入り口から現れた黒いモノが、襲い掛かった。
「マスター!」
一瞬で、鎧へと換装したセイバーが愛歌を抱えて跳ぶ。
ぎりぎりで躱しそこねたセイバーの肩を触手が掠める。彼女は痛みを感じて歯を食いしばった。
黒い泥のような物体でできた触手は、直前まで愛歌のいた所を刳る。
愛歌を抱えて木の上に降り立ったセイバーは、泥がこちらを見ていることに気付いてぞっとした。
「キャスターの封印は……」
「破られたんだろう。それにしても何だっていきなり!」
「嫌な予感が大当たり、ね」
言ってる場合か、とセイバーは再び襲って来た触手を躱した。
最初に抉られた肩の痛みは無視し、愛歌を抱えながら走り回って攻撃を避けた。
触手は木を次々と切り倒し、執拗に愛歌を狙っているようだった。
大きく跳躍し、距離を取ったセイバーは愛歌を張り出した枝の上に降ろす。
「愛歌、転移で街へ戻るんだ。私はこれをここで止めておくから」
「ひとりで?」
「こいつを何処かへ行かせるわけにはいかないだろ。心配だって言うのなら、援軍を寄越してほしい。でも今は、きみが離脱するのが先だ」
少し躊躇ってから彼女の肩を軽く叩くと、セイバーは大剣を抜き放つ。
「行け!マスター!」
セイバーの背に手を伸ばしかけていた愛歌は、彼女の叫びにその手を下ろした。
服の上から、愛歌は胸元を押さえる。
そこには七枚羽の令呪があった。
「……あんなのに殺されたりしたら、許さないわよ、セイバー」
「それは怖いね。ま、頑張るよ」
ひらひらと手を振って、セイバーは迫って来た触手を斬り飛ばした。
その後ろで、愛歌は姿を消す。
彼女の気配が遠く離れたのを感じ取って、セイバーは少しだけ安堵した。
眼前には獣の卵の一部。気のせいか、洞窟から徐々にこちらへ這い出しているかのようだった。
何故そうなったかセイバーには分からない。
分からないがそれは、彼女にしてみれば大した問題ではなかった。
「己が脅かされれば牙を向く。……それは生命の摂理だものね」
災厄の獣の卵ではあるが、生命には違いない。生きたいと願う本能は持ち合わせているだろう。
危機を感じ取れば、当然生命を守ろうと動く。
これが愛歌を求めるのも、根源に繋がる規格外を手に入れれば生き延びられるとでも思っているのかもしれない。
そして、それが故に―――――セイバーはこの生を認めることはできない。
「お前はここで殺す。だから恨んでも構わない。それでもあの子の生に、お前の出番は無いんだ」
貴様はこの世に生まれ出ることなく黄泉へ戻れと、セイバーは呟いた。
黒い泥が爆発する。
声泣き叫びを上げているようだと思いながら、セイバーは泥へと跳躍したのだった。
次話で、彼女たちの戦いはお終いです。
投稿は三十分後になります。