射手の青年、鳥の娘   作:はたけのなすび

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10日頃復帰すると言っていましたが、それより早く帰ってこれました。

感想、評価下さった方、ありがとうございます。

では。




Act-9

 

 

太陽の王オジマンディアス。

砂漠の神獣スフィンクスを奥多摩に放ち、それが撃破されたあと突如姿を現した黄金の男は、そう名乗った。

史実においてはラムセス二世の名の方が通りが良く、その威光は極東の島国においても響いている。

セイバーの前に姿を現した彼は、此度はライダーのクラスを冠して顕現したと語った。

我が威光の一欠片を退けたことに免じ、引くことを許す、とライダーは言う。

そこまではライダーも上機嫌と言えるほど饒舌だったのだが、直後に愛歌がセイバーの傍らに転移してきたことで、様子が変わる。

愛歌を『怪物王女(ポトニアテローン)』と呼び、これと敵対すると宣言した。

 

サーヴァントがマスター個人と敵対すると宣言するなど、考えたこともなかったセイバーは戦慄したし、愛歌は単純に驚いていた。

 

何故と問うセイバーに、太陽王は答えず、ただここは場が相応しくない、準備が整い次第、我が神殿にて貴様ら三騎と相見えると言って、黄金の太陽船からの魔術砲撃と、スフィンクス三体を彼女らに向けて放ち、自身は霊体化した。

 

魔術砲撃は何とか凌ぎ、スフィンクスは遠距離に徹していたアーチャーからの掩護もあって討伐したのだが、その頃には朝日が登り山の結界も強化されていたために、セイバー主従もアーチャー主従と共に撤退することになった。

 

成り行き上、ニ騎と二人は朝も早くから開いている喫茶店にて雁首揃えて並ぶことになった。

 

「太陽王かぁ……。またとんだ名前が出てきちゃったわね」

 

そう言うのは赤い髪をした、若い快活な雰囲気の女性。

一晩中、不眠不休でアーチャーに戦闘用魔力を供給し続けていた疲れなどまるで見せずに、彼のマスター、エルザ・西条はコーヒーのカップを傾けながら言う。

 

「My name is Ozymandias, king of kings:Look on my works, ye mighty, and despair!……そういう詩があったわね、確か」

 

完璧な発音で古い英語の詩の一節を呟くのは、『怪物王女』とライダーから呼ばれた愛歌だった。

愛歌はそのまま、目の前に置かれているコーヒーも飲まずに椅子に腰掛けたままのセイバーの頬を指で突いた。

 

「セイバー、頭に血が上って山でやらかしたことへの反省はお終い。今はライダーをどうにかする方法を考えるのが先でしょう?」

 

白髪の少女は、しばらく湯気の上がるコーヒーを眺めていたがこくりと頷いた。

 

「……了解したよ」

 

背筋を伸ばしたセイバーに、エルザは屈託なく笑いかけた。

 

「まあ、ドンパチ派手にやったのはこっちのアーチャーも同じだし、セイバーを見かけたら叩いてって言ったのはあたしだから。いや正直、剣と弓であんなことになるとは思ってなかったし」

 

おまけに聖杯戦争で英霊が生前の知己に遭遇するとは考えてなかったんだけど、とエルザは続けた。

 

「知り合いってのなら、そもそもあのファラオと俺たちは同時代人だぞ」

 

同じく黙っていたアーチャーが肩をすくめて言った。

 

「そうなの?」

 

マスター二人が声を揃えて問い、セイバーが答えた。

 

「私たちの中では、オジマンディアス王は正に、エジプトに君臨していた現人神のような王様として記憶されている。史実との違い云々はよく分からないけど……まあ、そこは今のところ関係はない」

 

重要なことはオジマンディアスがどれだけ強力な威光で世界に轟いていたかで、それをセイバーたちは実感を持って記憶しているということだ。

 

「俺やセイバー単騎じゃなあ。……悪いが、あのファラオを倒すのは無理だと思うぞ」

「同じく、同意見」

 

と、あっさり英霊ニ騎は白旗を上げた。

 

「ちょっと第一位サーヴァント、しっかりしてちょうだい」

 

愛歌がセイバーの頬を引っ張るが、セイバーはじゃれかかるその手をやんわり退けた。

 

「あのスフィンクスを十体、ニ十体召喚された上に黄金の船から絨毯爆撃でもされたら、私一人じゃライダーは倒せない」

「俺みたいに弓だけでもなぁ。牽制は出来ても仕留めるとなるとジリ貧だ」

 

お互いの宝具の性能は別にしてライダーに単騎で挑んでは勝てない、相打ち覚悟でもライダーの宝具次第ではそれも怪しい、というのが彼らの結論だった。

単騎では足止めが精々だと言う。

 

「……ライダーの言った、あなたたち三騎を待つっていうのはそういうこと。あの王様には、三騎士を相手取っても負けない自信も実力もあるってことね」

「史実のラムセス二世も戦車でヒッタイトに単身飛び込んで相手の待ち伏せを台無しにしたっていう話があったわね、そう言えば」

 

愛歌の言葉を最後に沈黙が降りた。

現状取れる手段の中で何が最も良いのかは、各々見えている。サーヴァントたちは共に目を閉じるか、腕組みをして黙る。

マスターに采配を任せるという彼らの意思表示だった。

紅茶を一口飲んでから、愛歌はエルザへ手を差し伸べた。

 

「手を組まないかしら?アーチャーのマスター。成り行きとは言え、これも縁でしょう」

「そうね。あたしもそう思ってた。お互い真名もわかっちゃったことだし。あたしはエルザ・西条。よろしく」

「沙条愛歌よ。よろしくね、エルザ」

 

エルザと愛歌は握手し合う。

そのまま互いの持つ敵の情報を交換する、という話になった。

 

「わたしたちはバーサーカー主従に遭遇したわね。マスターの名前は來野巽。わたしより一つか二つ歳上の男の子よ。バーサーカーの真名は不明だけど、多分前世紀の欧州圏の英霊と思うわ」 

 

愛歌がバーサーカーのマスターの歳を口にした瞬間、エルザの目が揺れたようにセイバーは見て取った。視線を横にずらすと、アーチャーは極微かに首を振る。

セイバーは沈黙を続けることにした。

 

「そっか。あたしたちはランサーに遭遇したわ。ランサーの素性は恐らく北欧の戦乙女。マスターの名前は分からないけど、三十くらいの男よ。使う術は錬金術ベースで、時計塔辺りの魔術師かな」

 

ランサーに遭遇したものの、マスターの情報は知り得ていなかったセイバーは軽く驚く。

何でも、ランサーとアーチャーの遭遇戦を観測できる位置に陣取っていたマスターをエルザがたまたま視認し、軽く交戦したという。出方を見る限り、その魔術師は戦闘向きでは無かったとエルザは付け加えた。

童顔のエルザだが、案外荒事に慣れているのだなと、セイバーはぼんやり思った。

愛歌は指を折って数え唄のように言葉を唱えた。

 

「ライダーのマスターは伊勢三。セイバーはわたし。アーチャーはあなた。バーサーカーは巽。キャスターは玲瓏館。アサシンははぐれ。ランサーは外からの魔術師さん」

「大分揃ったね。で、ひとまずあたしとあなたはライダーを倒すまでは戦わない。できるならランサーやキャスター辺りと接触して、ライダー戦に備えたい。……それで良い?」

「その話、乗ったわ。でもランサーと同盟するとしても、こっちが交渉するのはちょっと避けたいの。……セイバーが、ランサーのマスターの取って置きの魔術を壊しちゃって、心象が良くないと思うから」

 

く、とアーチャーがそのとき笑いを溢す。セイバーがふんと鼻を鳴らし、束の間空気が緩んだ。

それから、ライダーの示した刻限まではアーチャーとセイバーは遭遇しても戦わず、情報を手に入れれば共有する、という約束を魔術の下に交わし、彼らは別れた。

マスター同士の話し合いの最中黙っていたセイバーは、最後にじゃあまたね、とアーチャーに向けて手を振り、アーチャーもまたなと言い、マスターに従って別の方向へ向けて歩きだした。

 

「マスター、きみ、アーチャーが誰だか知っていたんじゃないのか?」

 

アーチャーたちの姿が見えなくなってすぐ、セイバーは剣を鞘から抜くような勢いで聞いた。半ば確信に満ちた言い方に、愛歌はあっさり頷いた。

 

「知っていたわ、最初から」

「……」

 

セイバーは黙って道の先に視線をやる。

朝の道に人は疎らで、ゴミを漁っていた野良猫が一匹愛歌たちに驚いて走って行った。

 

「怒っているの?」

「私が怒りそうだと思うなら、最初からやるんじゃないよ、愛歌。……大体、私が仮に兄への情に負けてきみと敵対していたらどうするつもりだったんだ」

 

愛歌は意外そうに自分より高い位置にあるセイバーの黒い瞳を見上げ、それから手を後ろで組みながら言った。

 

「……どうもしなかったと思うわ」

「ああ、きみはそうしただろうね。……あのね、きみが私を楽しみのために見るのは良いよ。それはきみの自由だもの。私だってそう考えてたさ。でも今はさ、自分のサーヴァントと敵対してもいい、なんて振る舞いはやめてくれよ」

 

アーチャーの正体を隠されていたことより、愛歌が自分の命を賭けて遊んでいたことの方をセイバーは怒っていた。

 

「怒るの、そっちなの?」

「……そりゃあ私で遊んでいたきみに怒ってないわけじゃないし、きみの享楽癖をそれもあるかと今まで流していた自分にも腹が立ってるよ」

 

ああ畜生、とばかりにセイバーは帽子をぐいと被り直した。

 

「何でだかはよく分からないけど、ライダーはきみ個人を敵にした。きみの首が欲しいと言った。きみは、今の人間にしてはかなりありえないくらい強いけど、単体じゃオジマンディアス王には勝てないだろ」

「そう、ね。確かにそうかも」

「だったら私っていうサーヴァントを遊びじゃなく、きちんと使ってくれ、マスター。きみはあいつを倒して生き延びなきゃならない」

 

どうしてライダーがサーヴァントの私をすっ飛ばしてマスターを敵に見なしたか分からないんだけど、とセイバーは最後に少し腹立たしげに付け加えてから黙った。何より、それがセイバーを一番苛立たせているのだった。

沈黙したまま歩き、セイバーは口を開いた。

 

「あー、くそ。でも、やっぱり愛歌にはありがとうっていう感情が大きいんだよ」

「え?」

「だってきみは私を喚んでくれただろ?こんな、怪物を斬る事にしか能がない英霊なのにさ。そうじゃなきゃ私はアーチャーに会えなかったんだから、やっぱりありがとうってのが一番合ってると思うんだ」

 

頭の後ろで手を組んで、セイバーは気軽に言った。愛歌は首を振ってから口を開いた。

 

「……ねえ、わたし、セイバーは底抜けのお人好しで、ついでに楽天家なんじゃないかと思えてきたわ」

「一応褒め言葉として聞いとくよ、それ」

 

足元の石ころを蹴飛ばし、朝日を背にして、セイバーは愛歌を真っ直ぐ見た。

降参、というように愛歌は両手を上げる。

 

「わかった、わかったわ。わたしのセイバー。マスターとしてのオーダーよ。ライダーからわたしを守って。……わたしと一緒に戦って」

「改めて、確かに承ったよ、沙条愛歌」

 

招き猫のような、明らかに慣れていない敬礼をして、セイバーはにっと人好きのする笑顔を向けた。

愛歌も苦笑を返し、剣の主従は朝日の下で微笑みを交わした。

 

「ちなみにマスター、もう秘密はなし?他のサーヴァントの真名、本当は分かってるなんてオチは勘弁してくれよ」

 

敬礼をやめたセイバーの言葉に、愛歌は目を逸らした。

 

「ちょっと愛歌?何で目を逸らす?」

 

マスターはしばらく胸の前で手を組み合わせていたが、観念したように答えた。

 

「……うちに今、アサシンがいるって言ったら、セイバーは驚く?」

 

直後に通りに響き渡った驚きの声に、早起きの鳥が数羽驚いて羽ばたいて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが、アフタルって子?あたしが夢に見た子がセイバーだったの?」

 

剣の主従が歩き去ったのと逆方向に伸びる道にて、エルザは霊体化したアーチャーに尋ねた。

 

『ああ。それとも、竜殺しって言った方が良いか』

「あなたの故郷辺りにあるおとぎ話なんだっけ。竜に苦しむ村に現れ、それを倒した剛の者。ただし、《竜を倒して村を救った》という伝説しかなくて、場合によっては老人とも言われているけど」

『そりゃ、アイツが白髪だからだろ。生まれつきな色を勘違いされて伝わっちまったんだろうさ。俺にも国を割った後に生き延びたっていう伝承もあるからな』

 

しかし、アーチャー本人の記憶では、矢を射た瞬間にアーラシュは五体が砕け散っていた。宝具『流星一条(ステラ)』は正にそれを再現している。つまり使えばアーチャーは消滅するのだ。

 

「そうね。アーラシュ・カマンガーと名無しの竜殺しに生前繋がりがあったなんて伝承、あたしは知らないし。もしかしたら、現地にはあるのかもしれないけど」

『真実なんて分からんものさ。俺たちだって自分の記憶が絶対とは言えないしな。……ま、俺やセイバーのことはもう良いだろ。あのライダーの方を考えるべきと思うがな』

 

そうね、とエルザは苦笑しようとして何とも上手く笑えなかった。

 

「……七人もマスターがいて、内二人が子供なのね」

 

代わりに誤魔化すように、エルザは口走る。

可憐な女の子にしか見えなかったセイバーのマスター、沙条愛歌。彼女が告げたバーサーカーのマスター、來野巽も、歳は愛歌と同じく十代半ばかそれ以下だという。

エルザも聖杯戦争で子どもと戦うと、想定していなかった訳ではない。

魔術師の家に、表の社会の倫理道徳を求めるのはまるで無意味だ。才能があるならば、幼い子どもでも魔術師として矢面に立つ。それが常識として当たり前に存在する。

頭では分かっていたのに、実際にそういう子を見て動揺したのはエルザの方に理由がある。まだ幼かった自分の亡くした子と、愛歌の無垢な瞳がほんのわずかに被ったのだ。

それでも、動揺を悟られはしなかったと思う。『すべての母と子に救済を』という願いのために、エルザも覚悟を決めているのだ。

未来すら見通す千里眼を持つアーチャーには、エルザの一瞬の葛藤も分かってしまっているだろうが、アーチャーは分かっていて何も言わないでいてくれる。

アーラシュとはそういう英霊だった。

そのアーチャーが、わずかに声に苦味を混ぜた。その声に、ついエルザは立ち止まる。

どこかで鳥の鳴き声と羽ばたきの音がする。東京の街は、早々と目覚め始めていた。

 

『あの嬢ちゃん、沙条愛歌と言ったか。あの子は多分見た目通りの子じゃないな』

「それは当たり前じゃない?魔術師で、聖杯戦争のマスターなんだから」

『……それだけじゃなくてな、もっと本質的にだ。何というか……あの子はどっか精霊じみてるぞ。俺たちと見ている世界がちょっとズレてる感じだ』

 

千里眼を持つアーチャーをして、沙条愛歌は見ている世界が違っていた。

邪悪ではないが善でもない。些細な切っ掛けで容易く善悪どちらにでも転び、気まぐれに凄まじい力を振るう精霊のような、人ならざる気配すら感じたと、アーチャーは語った。

 

「セイバーは知ってるのかしら?」

 

エルザの見た限りでは、沙条愛歌はセイバーにじゃれていてセイバーの方も愛歌を軽くあしらっていた。

己の願いを叶えるためにお互いを利用しているだけの関係だったなら、決してできないだろう感情のやり取りが、セイバーと愛歌にはあった。ちょうど、アーラシュのエルザへの気遣いのように。

 

『当然気付いているだろうさ。気付いていて、それでも構わないんだろ、セイバーは。子どもには弱いしな。そこはお前と似ているな、エルザ』

 

何よそれ、とエルザは今度は屈託なく笑った。

 

「アーチャーも、セイバーのことを妹みたいな奴って言ってたけど戦うときは戦うのね」

『……まあな。それが俺たちサーヴァントって輩で、あっちも戦いたがってた……ってのは言い訳か。単に俺もセイバーがどれだけ強くなったか確かめたかったのさ』

 

ちょっと狂戦士じみてたか、とアーラシュは苦味の一欠片もなく言った。

 

「かもね。それで結果は?」

『強くなっていた、筋も良い。あれなら本当に竜を倒せたんだろう』

 

朝日の中に、エルザは精悍な笑顔を浮かべているアーチャーを幻視する。

きっとあのセイバーも似たような笑みを浮かべるんだろうと、エルザはふと思ったのだった。

 

 

 

 

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