神様転生じゃないんだよ?
他愛もない会話をおえて、閣下が『踏み台』役をするなら転生させてやるとか言うもんだから困惑した。
「すみません。無機物はちょっと……。仮に演じるとしても、微動だにしない演技とかできる気がしません。それになりより、人間になりたい」
「すまんの。いろいろ間違ってるおるし、きちんと説明するから聞いてくれんかの」
日本のアニメである『魔法少女リリカルなのは』が転生する世界らしい。俺よりも前に転生した男がオリヌシとして活躍するため、当て馬の役柄をしてみないかと言われたが頷けない。閣下のお誘いに唸り声をあげてしまう。いや、別に。さっきまでは少年、今は爺の姿をしている理由に興味はないですし、説明もいりません。
「それでどうじゃ? 頷けば転生じゃぞ。第二の人生じゃよ。思い残しのひとつやふたつ、お主にもあるじゃろ? もう一度、人生に挑戦できるチャンスじゃからな。わかっておるな?」
「それは嬉しいのですが……。具体的に何をどうすればいいのか見当がつきませんし、そのアニメを知りません。あと、閣下。オリヌシってなんですか?」
「なん……。だとっ……」
「あ。そのネタなら知ってます。大人気のポエム集ですよね。あ、違った。かなり売れた魔導書でした?」
「ほんと、いろいろ間違っておるからの。二次創作じゃよ、二次創作。……ほら、あれじゃ。薄い本とかシェアワールドみたいなものじゃよ」
なるほど、クトゥルフかぁ……。あのサークルのサプリメント、あの薄さであれは高かったよ。閣下の言う通りだ。確かに薄いよなぁ。
「わかりました。それでオリヌシとは?」
「オリジナル主人公の略称じゃよ。オリーシュともいうの。……今なら特典もつけるぞ? お得じゃよ?」
「閣下……。俺は通信販売とかネットショッピングとか、大好きなんですよ。特典の話を詳しくお願いします」
「ほんとに、いろいろ間違っておるのぅ。まあいいわい。特典じゃな。凄い踏み台にしてやるから、よく聞くんじゃ」
──さっぱりわからない。困った。閣下のドヤ顔が痛々しいぞ。無限の牽制? 野球か? 野球なのか? それにくわえ、王の財宝だからな。やっぱり野球だろう。確かに素晴らしい選手であり監督だったが、王さんの資産ねぇ……。むぅ。やはりダメだろう。他人の資産をいただくのは法律違反だ。
「閣下。申し訳ありませんが、そのふたつはお断りします。他の特典に変更できますか?」
「なん……。じゃとっ……」
「そのネタもいりません」
「いうてる場合かっ。うむぅ。……他の特典じゃな。大人気の特典じゃったが、ふたつともいらんとわな」
──ほう。ほうほう。吸血鬼の知恵や経験ですか。え? なに? 体質も? そうですか……。
「閣下。ひとつ、よろしいですか? 俺は人間になりたい」
「あ、うむ。そうじゃったな」
「確かに……。旦那には憧れますが、あれは化物ですからね。アーカードの旦那が『化物を殺すのはいつだって人間だ』と言っていました。……そんなわけで、閣下。他の特典はありますか? なければ、致し方ないかと思いますが」
「まっ、まあ、待つんじゃ。……今じゃっ、今考えておるのじゃっ」
──え? いろいろ言ったあげく『女神転生』ですか。それって、まずくないですか? 神様の生まれ変わりですよね。神様が転生するんであって、俺が転生するんじゃないですよね? そんなに、人間をやめさせたいんですか。
「違う、違うのじゃ。小説じゃなく、ゲームのほうじゃよ。『真・女神転生』シリーズのことじゃわい。あれは人間の中の人間じゃよ」
「ああ。確かに。良くも悪くも人間らしいですよね。納得しました。……それにしても閣下。大丈夫なんですか? そんなことして。あ。あと、やたらと詳しくないですかね? 小説に漫画、ゲームやアニメとか。もしや閣下って仕事しないで暇を」
「よしっ! 今頷いたな? これで決定じゃからな。ゆけっ。ゆくのじゃ! 調整はワシがやっておくからのぅぅぅ」
──ひどいぃぃぃ。
◇
閣下に背負い投げ(転生)されてから六年になる。赤ん坊の頃はろくに自我がなかった。夢をみるように前世を思い出していった俺は、五歳になるまでぼんやりとしていることが多かったそうだ。あまり自覚はないのだが、今生の両親をかなり心配させたらしい。今はもうハッキリしている。
俺の夢現な気分が晴れたのは五歳の誕生日を過ぎてからになる。両親には申し訳ない気持ちもあるのだが、今は元気に走り回る姿をみせることができていた。俺を追いかける子犬のパスカルに一抹の不安を感じてしまうのだが──。
「あれは……。子供か?」
公園のベンチに座り、俯いている栗色の髪をした幼女に声をかける男がいた。目鼻立ちのハッキリとした顔をしている赤髪の男は、その知性ある素振りで幼女を心配する声色に幼児性を感じさせない。俺や幼女と近い年頃の男に見えるのに、こうもまあ、大人らしさを出せる幼児は怪しい。足下でじゃれるパスカルを撫で注視してしまう。
“シン。あの男は転生者か憑依者じゃないかしら? あんな子供がいるとは思いたくないわ”
“うおっ。……なあ、ネミッサ。いきなり念話するなって。驚くだろ”
“当然でしょ? 念話だもの。それより黙って。少し調べてみるわ”
ネミッサは特別製のインテリジェント・デバイスになる。ここ、地球ではない次元の海の先にある場所で生まれた──父親経由で譲り受けた──魔導師が魔法を使うために必須な『杖』の役割を担う魔導式の機械端末がデバイスだ。主なデバイスは三種類あり、ストレージ、アームド、インテリジェントになる。
ストレージ・デバイスは安価であり、魔法の行使を処理する速度に優れており、単純な応答をするものもあるが非人格型が多い。中遠距離が得意な、普及率の高いミッドチルダ式の魔導師が好むデバイスだ。それに反して近距離が得意なベルカ式を用いる者は騎士と呼ばることが多く、なんらかの武器の形状であることが大半である。なお、アームド・デバイスには人格型、非人格型の両方が存在している。
インテリジェント・デバイスは基本的に人格型だ。デバイスが意志を持ち、デバイス単体で魔法を行使したり、デバイス側が魔導師を拒否する場合もあるため扱いが難しい。それらを嫌う魔導師も多く、中でもネミッサは最高峰に気難しいといわれていた。インテリジェントは親から受け継ぐ場合が大半だが、ネミッサを造りあげた車椅子の男は『あるプログラムに適用した特別製だ』と笑っていた。
俺がかける伊達眼鏡がネミッサの待機状態になり、視界に映る様々な情報を取得したり表示したりできる。また、ネミッサのコアは魔力を貯蓄することが可能であり、所有者の許可なく魔法を使うことがあった。今もそうだ。視界内にいる二人の簡易調査が完了した。
“ネミッサ。それで?”
“あの男。
マグネタイト。正しくは『生体マグネタイト(生体磁気)』と呼ばれる、人間の精気のことを指す。喜び、怒り、悲しみ、恐怖といった様々な感情によって生じるエネルギーであり、それをリンカーコアという器官を通すことで魔力となる。発見者であり提唱者になるのは『スティーブン』だったか──。
不活性は死体が放つマグネタイトであり、マグネタイトの量はポイントだから、あの女の子は『マグネタイトポイント(MP)』が多いことになるな。それが狙われる可能性ありと。
“物騒な話になってきやがった。……そんなに不味そうで、美味そうなのか?”
“それはもう。喰い堪えがあると思うわよ。なんせね、ランクAの人間。しかも子供だもの。死に際のマグネタイトは爆発的だと思うわ。あと、不活性は不活性よ”
“本当に嫌な話になってきた……。どうすっかねぇ。俺の手には余るから、誰かに相談したいところだ。お? いるじゃないか。都合のいいオッサン達”
“あれは。スプーキーね……。クズノハもいるじゃない。あの男は嫌いよ。少し眠るわ”
“はいはい。またあとで。どうみてもパチンコの帰りだよなぁ。またハッキングでもしたのかねぇ”
くわえタバコのオッサンの二人組はリスティさんの担当だけど、警官以外で注意できるのは身内だけなんだよねぇ。公園の隅にいるオバ様の電話の相手はきっと警察だろうな。でも、残念。今日のリスティさんは非番だ。昨夜は浴びるだけ浴びてやるといわんばかりに酒盛りしてたし。
「おい、そこのオッサン達。歩きタバコは犯罪です。見逃して欲しければ誠意を要求するッ!」
白スーツのオッサンは気怠げに紫煙を吐き、くたびれたスーツのオッサンは深いタメ息を吐いている。まあね。ガキのセリフじゃないけど、教育に悪い手本は目の前の男だからな。
「あん? ……誠意だとか抜かすから燃やしてやろうかと思ったぜ。間薙(まなぎ)の坊主よぅ。オレに構わず遊んでろ。行くぞ、スプーキー」
相変わらず、葛葉(くずのは)のオッサンはガラが悪い。葛葉のオッサンに唸るパスカルを抑えつつ、右手を出してやろう。
「葛葉のオッサン。麗姉さんには黙っててやるからお菓子ちょうだい。あの女の子に分けてあげるんだ」
「ああ? バカいえ。誰がやるか。この景品はオレんのだ。おら、スプーキー。そのクソ生意気な坊主に小遣いでもやってやれ。いらん小銭ぐらいあるだろ?」
さすがに、クズの葉のオッサンと呼ばれる男でも妻には勝てまい。潔く差し出すといい。右手を動かさず、左手はそっと出す。くれてもいいのよ?
「真くんねぇ。いらないお金なんてないからあげないよ? ……秀雄さんは本当にダメなひとだから、真くんは真似しないようにって、いつも言ってるじゃないか」
「はあい。ねぇ、オッサン達。あのナンパ中の男の子、嫌がる女の子ってヤバイよね? ネミッサもヤバイって」
「真くん。その言葉遣いはダメだろう。直さないとお母さんに怒られるぞ?」
「ネミッサが? おい、スプーキー。すぐにGANPで調べろ。遊んでる場合じゃねぇぞ。真。チョコでもやるって話しかけろ。なるべく会話を長引かせろ。ゆっくりだ。ゆっくり連れて来い。タバコが消えたらOKだからな」
「ヤバイ感じですか? 三十代目の勘が外れてくれると嬉しいなぁ」
「安心しろ。スプラッタになる前にシャッフラーして燃やしてやる」
悪役顔で笑う葛葉のオッサンに敬礼してから、パスカルと一緒に走り出す。パスカルは俺の足下でじゃれるのが大好きだからな。すぐ追いかけてくるのだ。どうやら、男のナンパよりもパスカルが気になるようだ。懸命に励ます声に『知らないひととは話さないの。……犬さん?』と返す幼女の教育は行き届いているとみた。
「おっすおっす。俺は間薙真。あそこのオッサン達からチョコレートをもらうために手伝ってほしい。こいつはパスカル。シベリアンハスキーな。わかったか? わかったならお前の名をいってみろ」
赤髪の男は戸惑いながらオッサン達に目をやっているが、幼女の視線はパスカルに釘付けだ。さすがだ、パスカル。その愛くるしさはネミッサと並ぶからな!
「──なのは、なのはなの。真くん。パスカル撫でていい?」
とりあえず頷いてパスカルを差し出そう。さあて、どうしましょうかねぇ。
登場人物/作品。
閣下『女神転生シリーズ』
ネミッサ『ソウルハッカーズ』
車椅子の男『真・女神転生シリーズ』
スティーブン『真・女神転生シリーズ』
スプーキー『ソウルハッカーズ』
葛葉『デビルサマナーシリーズ』
間薙『真・女神転生Ⅲ』
パスカル『女神転生シリーズ』
リスティ・槇原『とらハ』