Life Will Change   作:白鷺 葵

32 / 57
【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
 @獅童(しどう) 智明(ともあき)⇒獅童の息子であり明智の異母兄弟だが、何かおかしい。獅童の懐刀的存在で『廃人化』専門のヒットマンと推測される。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。
 罪:周防 達哉⇒珠閒瑠所の刑事。克哉とコンビを組んで活動中。ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件の調査と処理を行う。舞耶の夫。
 罰:周防 舞耶⇒10代後半~20代後半の若者向け雑誌社に勤める雑誌記者。本業の傍ら、ペルソナ、悪魔、シャドウ関連の事件を追うことも。旧姓:天野舞耶。
 ハム子:荒垣(あらがき) (みこと)⇒月光館学園高校の理事長であり、シャドウワーカーの非常任職員。旧姓:香月(こうづき)(みこと)で、旦那は同校の寮母。
 番長:出雲(いずも) 真実(まさざね)⇒現役大学生で特別調査隊リーダー。恋人は八十稲羽のお天気お姉さんで、ポエムが痛々しいと評判。
・敵陣営に登場人物追加。
 @神取鷹久⇒女神異聞録ペルソナ、ペルソナ2罰に登場した敵ペルソナ使い。御影町で発生した“セベク・スキャンダル”で航たちに敗北して死亡後、珠閒瑠市で生き返り、須藤竜蔵の部下として舞耶たちと敵対するが敗北。崩壊する海底洞窟に残り、死亡した。ニャラルトホテプの『駒』として魅入られているため眼球がない。この作品では獅童正義および獅童智明陣営として参戦。但し、どちらかというと明智たちの利になるように動いているようで……?
・「2罰ボスの外見を見た人間の反応」に関するねつ造設定がある。
・普遍的無意識とP5ラスボスの間にねつ造設定がある。
・『改心』と『廃人化』に関するねつ造設定がある。
・春の婚約者に関するねつ造設定と魔改造がある。因みに、拙作の彼はいい人で、春と両想い。
・魔改造明智にオリジナルペルソナが解禁。
・とあるペルソナが前倒しで顕現。但し、完全に覚醒したわけではない。
・紹介状の数が1つ増えた。
・敵側にオリジナルペルソナが出現。但し、今回はあまり詳しく描写しない。
・魔改造明智、ある人物に対して異様に風当たりが強い。詳しいことは中で。


悪の美学、あるいは忘れられない背中

「待っていたよ、心の怪盗団“ザ・ファントム”の諸君」

 

 

 機関室を進む僕たちは、背後から聞こえてきた声に振り返った。僕の予想した通り、戦場は“明智吾郎”の人生(たび)終焉(おわり)である箱舟の機関室。立ちはだかるのはニャルラトホテプの『駒』――神取鷹久その人であった。

 どこに潜んでいたのかは知らないが、期せずして、神取が立つ場所は隔壁の向こう側だ。“明智吾郎”と“ジョーカー”を隔てた境目。けれど、戦場での立ち位置など容易に変わる。()()()()()と“明智吾郎”が警告してきた。僕も頷く。

 

 神取は僕とジョーカーへ視線を向ける。そこには敵意はない。あるのは回顧だった。

 

 

「なんとも感慨深いな。あのときの少年少女が、今ではこんなにも大きくなった。――そうして、あの頃と変わらず、いい目をしている」

 

「神取……」

 

「そうして、()()のような仲間たちにも囲まれている。全員、その瞳に、()()と同じ輝きを宿す者たちだ」

 

 

 しみじみと語る彼の様子は、近所および親戚の子どもの成長を喜ぶ1人のおじさんみたいだ。身構えていた仲間たちも、これには少々面食らってしまう。

 脳裏に浮かんだのは、セベク・スキャンダルで神取と初めて相対峙したときのこと。社長室で、奴が酒を煽りながら僕たちを迎えたときの光景だ。

 第1印象は『何をしてるんだろう、このオッサン』だった。それが、戦闘前の問答を経て『忘れられない程鮮烈な悪役』に変わってしまったのだから不思議なものである。

 

 その印象は、珠閒瑠での一件を経て更に強く刻み込まれた。きっと一生、僕は『神取鷹久、および彼が掲げた悪の美学』を忘れることができないだろう。

 神取と真正面から対峙するのが初めてであるノワールも、神取の物言いと佇まいに何かを感じ取っているようだ。ただ真っ直ぐ、彼と向き合っている。

 

 

「少年。()()()()()()()()()()()()?」

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「少女。()()()()()()?」

 

「愚問だね」

 

「――そうか」

 

 

 僕とジョーカーの答えを聞いた神取は納得したように頷く。懐から何かを取り出すと、そのまま僕に向かって放り投げた。僕は慌ててそれを掴む。見ると、それは6つ目の紹介状だった。

 

 

「受け取り給え。私には必用ないものなのでね」

 

 

 神取はやけにあっさりとした調子で語る。――だが、次の瞬間、奴から膨大な殺気が放たれた。

 

 うっかり警戒を解いてしまったスカルとパンサーが慌てて身構えた。フォックスも得物を構えて神取と対峙する。

 モナは敵意を剥き出しにし、ノワールは決意を固めたように斧を構えた。ナビは神取を分析し、「げぇっ!?」と悲鳴を上げる。

 クイーンも険しい顔をして分析結果を教えてくれた。――案の定、ピラミッドで戦ったとき以上に能力が跳ねあがっているらしい。

 

 

「さあ、面倒な奴が来る前に、それを持って先へと進み給え……と言いたいのは山々なのだが、私も宮仕えの身だ。少々お相手頂こうか?」

 

「『あんたの試金石につき合え』ってんだろ? んなもん、最初(ハナ)からそのつもりだったさ。丁度俺の方も、あんたに見せてやりたいって思ってたとこだ!」

 

 

 俺がそう答えたのを皮切りに、怪盗団の面々も同意の声を上げる。

 

 

「ワガハイはニャルラトホテプの関係者は大嫌いだ。勿論オマエも例外じゃない。……けど悔しいが、悪神に魅入られたオマエもまた“認められるべき者”だ。それくらいの敬意は払ってやる」

 

「ウチのクロウや玲司さんが世話になったからな。“俺たちの可能性を信じて託そうとする大人”がいるってんなら、それに応えるのが俺らの為すべきことだろ」

 

「アンタのやり方には賛同できない。でも、アンタには()()()()()()()()()()()()ってことも、ちゃんと分かる。……悔しいけど、アンタは格好いいよ。ホントに。――イイ漢の期待に応えるのも、イイ女の条件でしょ?」

 

「滅びのための生……それを貫くことは、並大抵のことではなかっただろう。けれど、お前はそれを成し遂げた。ある意味、俺たち怪盗団の在り方と似ているな。たとえ大衆から望まれずとも、自分に課した使命を果たすために最善を尽くし、流星の如く命を燃やして駆け抜けたのだから」

 

「“どんな立場にいても、どんなしがらみに囚われようと、正義は貫ける”――貴方はそれを、命を賭けて証明した。そうして今度は、“私たち怪盗団が希望になり得る”ことを証明しようとしている。命まで賭けられたんなら、逃げるわけにはいかないでしょう?」

 

「わたしやお母さんのことを気にかけてくれたお前のこと、嫌いじゃないぞ。……お前の願いを叶えるのは、その分の礼だ。とことん付き合ってやる!」

 

「私は貴方のことはよく存じ上げないわ。でも、敬意を払って立ち向かうべき人であることは分かるの。できることなら、もっともっと、ゆっくりお話をしてみたかった。……その代わり、私は貴方を全力で迎え撃ちます。神取さん」

 

「神取鷹久。貴方は確かに“打ち滅ぼされるべき悪役”だった。けれど、貴方が貫いた正義も私たちに伝わったよ。だから、今度は私たちが貴方に希望を示す番だ」

 

 

 モナが、スカルが、パンサーが、フォックスが、クイーンが、ナビが、ノワールが、次々と決意を口にした。

 最後にジョーカーが締めくくる。全員、揺らぐことなく神取を見つめていた。

 

 怪盗団たちの答えを聞いた神取は、口元を隠すように手を当て、サングラスのブリッジを押し上げる。小さく肩を震わせた後、満足げに微笑んだ。青白い光が舞い、奴のペルソナ――ゴッド神取が顕現した。『本気で戦う』という事前の宣言通り、びりびりとした殺気がこちらに襲い掛かってきた。

 勿論、襲い掛かって来たのは殺気だけじゃない。ピラミッドで戦ったときと同じ技――ガルダイン、ジオダイン、刹那五月雨撃、刻の車輪――が、ピラミッドで対峙したとき以上の威力を伴って降り注いできたのだ。下手すれば、海底洞窟で至さんや舞耶さんたちが戦ったときよりも強いかもしれない。

 奴への対抗策は前回と同じ、自己強化と相手の弱体化だ。あとは傷や状態異常の回復を絶対に怠らないこと。これを見越して薬品類を多量に買い込んでいたのだが、神取の攻撃力を体感していると、本当にこの量で大丈夫なのかと不安が湧き上がって来た程だ。最も、意地でも食い下がることは変わらないが。

 

 奴と俺らの攻防によって、機関室含んだ船全体が揺れている。本来であれば異常が発生してもおかしくないのだが、そういうアナウンスが響いてくることはなかった。獅童の認知が「絶対に沈まない箱舟である」ということが絡んでいたのか、あるいは「他者からは自分の弱みを握られぬようにする」奴の意識が反映されていたのだろう。

 

 

「これがアンタの、本当の強さってとこか……! けど、アンタが信じた俺たちの強さも、こんなモンじゃねーぞ!」

 

「なかなか頼もしいな、少年。その言葉が嘘偽りでないことを願うよ」

 

 

 セイテンタイセイを顕現したスカルが攻撃を仕掛ける。神取は涼しい顔をしてその攻撃を躱した。だが、攻撃の余波は奴のサングラスを派手に吹き飛ばす。――眼球のない目が明らかになった。

 

 スカルが一瞬目を剥いた隙をつくようにして、神取は容赦なくガルダインを打ち放った。弱点を突かれたスカルが悲鳴を上げてダウンする。神取が次に狙いを定めたのは、スカルを含んだ全員を回復させようとしたモナだった。奴はジオダインを打ち放つ。だが、モナは寸でのところでそれを回避した。

 モナはゾロを顕現し、仲間たちの傷を癒していく。コンセントレイトで属性攻撃力を上げていたパンサーがアギダインを放ち、神取に攻撃を仕掛けた。ニャルラトホテプの化身をペルソナとして行使する神取には、ダウンを奪えずとも炎属性は通りやすいようだ。奴は小さく舌打ちする。

 

 

「アスタルテ、ご覧あそばせ!」

 

「っ……! やるじゃないかお嬢さん。ならば、これはどうかな!?」

 

 

 ノワールのアスタルテが見せた破壊力に目を見張った神取は、嬉しそうに笑みを浮かべる。次の瞬間、ノワールを中心にして容赦ない攻撃が降り注いだ。

 1発の破壊力はノワールに劣るものの、奴は手数で押していく。結果、総攻撃力はノワールと同等となった。ランダマイザやタルンダがなければ、僕らは全滅していただろう。

 弱体効果が切れそうだと警告するナビに従い、俺はロビンフッドを顕現する。行使するのは勿論、弱体化のランダマイザだ。それを皮切りにして、仲間たちは次々と強化と弱体をかけ直す。

 

 

「超強化だ! 派手に行けぇ!」

 

 

 そのタイミングで、ナビが強化系の援護を発生させた。文字通りのナイスタイミングである。

 

 

「来い、カウ!」

 

 

 俺がカウを顕現すると、神取は驚きに目を見開いた。太陽を運ぶ白い烏を見て、その力が誰から手渡されたものかを理解したらしい。神取は小さく笑っていた。

 チャージで力を貯め、ペルソナをチェンジする。次に顕現したのはロキ――“明智吾郎”。“彼”は不敵に微笑むと、神取に向かってレーヴァテインを打ち放った。

 

 神取は何を思ったのか、真正面から俺の攻撃を受け止めた。ダメージは通ったのだろうが、奴はまだピンピンしている。……流石は元・ゴッド。そんじょそこらのペルソナ使いとは格が違う。悪役を貫き通すに相応しい男だ。挑発するように奴は笑っている。「お前たちの力はその程度ではないだろう?」と言うかのように。

 力を貯めていたのは俺だけじゃない。ジョーカーもペルソナを顕現し、神取に攻撃を仕掛けた。破壊力を底上げした連続攻撃は、奴の体力を確実に奪っていく。クイーンが顕現したアナトのフレイダインや、ダウンから立ち直ったスカルのゴッドハンド、フォックスのブレイブザッパーが襲い掛かった。

 一進一退の攻防が続く。攻撃を繰り出す度に箱舟全体が激しく揺れた。沈まぬ船が裏で抱える脆弱性を示すが如く、獅童の罪に終わりが近づくことを知らせるが如く。認知の乗客たちは今頃どうなっているのだろうか――なんて、馬鹿なことを考えたのは一瞬のことであった。

 

 もっと見せろと言わんばかりに、神取の攻撃は激しさを増していく。俺たちも必死になって食い下がりながら、奴に攻撃を叩きこんだ。

 

 

「く……!」

 

「よし、このまま攻めるよ!」

 

 

 長い長い戦いにも、ついに終わりが訪れる。傷だらけの神取と、傷を癒しながら食い下がる俺たちの形成が傾き始めたのだ。回復手段を一切持たない神取が、俺たちに押され始めた。元々死ぬつもりでここに来たのだろうが、ほんの少しだけ不服そうに表情が歪む。

 あいつ自身、もっともっと、俺たちの姿を見ていたかったのかもしれない。終わると自覚していながらも、1分1秒でも長く答えを見ていたかったのかもしれない。そんなコイツに影響されたのか、俺たちの方も、同じようにしてその答えを示していたかったのだと思う。

 

 でも、立ち止まっていられないことは事実だった。獅童の罪を終わらせるためにも、俺の因縁に決着をつけるためにも、ジョーカーの冤罪を晴らすためにも。

 神取がゴッド神取を顕現する。膨大な魔力が渦巻き始めた。使えば使う程、攻撃力が上がっていく万能属性攻撃・刻の車輪だ。威力は既に初撃の2倍を優に超えている。

 俺はカウを顕現し、コンセントレイトを使った。隣にいたジョーカーも同じようにして力を貯める。神取が動くのと、俺とジョーカーが動いたのはほぼ同時。

 

 

「――射殺せ、ロビンフッド!」

 

「――奪え!」

 

 

 ロビンフッドのメギドラオンと、アルセーヌ――あのペルソナの後ろには、以前見た『6枚羽の魔王』が重なって見えた――の銃攻撃が、ゴッド神取の放った刻の車輪と激しくぶつかり合った。力と力が爆ぜ、機関室ごと箱舟を揺るがす。

 

 発生した衝撃波に耐えながら煙の向こう側を睨みつける。視界が晴れたとき、神取は膝をついていた。眼球のない双瞼が満足げに細められる。

 

 

「……ああ、見事だ」

 

 

 俺たちに向けられたのは、純粋な賞賛の言葉だ。

 ふらつきながら立ち上がり、神取はサングラスをかけ直す。

 眼球のない目は見苦しいものだと思っていたからかもしれない。

 

 

「付き合わせて、悪かったな」

 

「……いや。そんなことは――」

 

「――やっぱり、ニャルラトホテプの関係者はダメだな」

 

 

 俺が神取に返事をしようとした丁度そのとき、呆れたような声が響いた。声は神取のいる方向から聞こえてきた。神取は深々とため息をつくと、道を譲るかのように通路の端へ移動すると、そのまま柵を背にしてもたれかかる。奥の人影はそれを一瞥し、こちらへ姿を現した。

 果たして俺たちの前に現れたのは、案の定、獅童智明だった。奴の顔は、今ならばはっきりと認識できる。俺と獅童の顔を足して2で割ったような顔つきをしている。俺にも似ているし、獅童とも似ていた。

 

 奴の服装は俺と同じ○○高校の制服だ。2年前にメメントスで議員を殺害していたあいつを初めて見たときと、何も変わらない。

 

 思えば、俺の運命が劇的に切り替わった――怪盗団の一員として認知世界を駆け抜けることになったきっかけは、獅童智明の殺人現場を目撃してしまったことだった。

 奴が獅童の名前を出さなければ、きっと俺は『廃人化』事件を追いかけることはなかっただろう。ペルソナ使いに覚醒したとしても、怪盗団とは別方面にいたかもしれない。

 

 

「私は私の仕事を果たした。キミに何かを言われる筋合いはないはずだが」

 

「手加減でもしたんじゃないのか? なんであれ、打ち倒されるべき道化等と嘯く貴様にはお似合いの末路だ」

 

 

 智明は醜悪な顔で吐き捨てる。俺は思わず反論していた。

 

 

「お前みたいな腐れ外道風情が、悪役の美学を詰るんじゃねえよ」

 

 

 立場はどうあれど、俺にとって神取鷹久は鮮烈な人物だった。明智吾郎の原点を形作った男だった。彼と出会わなければ、彼から『何のために生きているのか』と問われなければ、今の俺はここにいなかった。あの問いの答えが、俺の揺るぎない指針になったのだから。

 大切な人と生きていく――大切な人と生きていくのに相応しい命になる――ために、俺は生きている。その指針を抱くきっかけになった、師のような漢を馬鹿にされて、黙っていられるような人間になった覚えはない。たとえその相手が敵対者だったとしても、だ。

 俺の反応が余程意外だったのか、神取が呆気にとられたように口を半開きにした。狂言回しを十八番にしている男でもそんな間抜けな顔をするのだと思うと、急に親しみやすさを覚えるから不思議なものである。

 

 智明は俺を見た途端、まるでゴミを見るような眼差しを向けてきた。

 「死んだと思ったのに騙された」と、奴は吐き捨てる。

 

 智明が俺の生死を見抜けなかったのは、ニャルラトホテプが奴から逃げる際にしていた細工の為である。智明はつい先程、ニャルラトホテプが自分の中から居なくなっていることに気づいたらしい。その責任を神取に取らせようとした矢先、神取が認知世界にいることを知ったという。

 

 

「元々持っていた『廃人化』と精神暴走を引き起こす力に、ニャルラトホテプから奪い取った分の力も併せることで、すべて()()()の思うがままだったんだ」

 

「アイツの力すら踏み台に過ぎなかっただって!? ――ヤツ相手にそんな大層な口を叩けるとは……オマエ、一体どこの何者だ!?」

 

「知りたいか? ――なら、教えてやるよ。お前らの命と引き換えにな」

 

 

 フィレモン関係者としての勘から、モナが智明に問いかけた。智明は怪盗団の面々を一瞥すると、即座に力を行使する。

 赤黒い光が舞い上がり、奴の背後に薄らぼんやりと何かが顕現した。――刹那、この場にシャドウの群れが現れる。

 

 

「それじゃあ、小手調べだ」

 

 

 智明の言葉と共に、大量のシャドウが姿を現す。奴らは精神暴走を施された状態で、智明の壁になるようにして徒党を組む。勢いそのまま、俺たちへと襲い掛かって来た。

 

 初手は皆揃ってデスパレードを使い、攻撃に力を注いで防御を捨てる。その隙をつくような形で、俺たちはシャドウたちへ高威力の攻撃を叩きこんだ。

 第1陣を速攻で片付けた僕たち目がけて、即座に新手が顕現した。今度は初手でランダマイザ連発である。デクンダで弱体を打ち消し、こちらも能力を上げて対抗した。

 智明は“シャドウを呼びだしては精神暴走させる”のを繰り返し続ける。あくまでも物量戦を仕掛けることで俺たちを疲弊させ、高みの見物と洒落こむつもりらしい。

 

 

「汚ないぞ、この卑怯者!」

 

「口だけは一丁前だな。矮小な人間風情が」

 

「ああそうかよ! 自分が認知を司る『神』の化身だからか!? 偉そうに……お前のようなクソみたいな化身、初めて見た!」

 

「――成程。ならば、答えを言う手間が省けたな……!」

 

 

 智明を睨みつけ、ナビは即座にサポートを行う。僕らの精神力を回復させてくれたようだ。自身の正体を看破された智明が忌々しそうに舌打ちする。

 こちとら伊達にフィレモンおよびニャルラトホテプの化身――前者は俺の保護者である空本至さん、後者が戦線離脱している神取鷹久――と一緒にいたわけではない。

 

 ナビの煽りに怒りを覚えたのか、次に現れたシャドウはかなり強力な存在だった。天使を模した敵はマハンマオンを、悪魔を模した敵はマハムドオンを連射してくる。仕返しに奴らの弱点――祝福および呪怨属性を叩きこめば、2匹は悲鳴を上げてダウンする。そこに容赦なく総攻撃を叩きこんだ。

 

 それでも天使と悪魔は健在で、今度は双方物理攻撃を叩きこんでくる。俺は即座にロキを顕現し、物理攻撃を反射するスキルを行使した。ジョーカーも同じ手を考えついたらしい。

 タイミングはばっちりで、奴らの攻撃は見事に反射されてダメージを喰らって自滅した。「ご主人様」という断末魔を残し、天使と悪魔は爆ぜるようにして消え去る。

 智明は、自分に向けて手を伸ばして消えたシャドウたちを無感動に見つめていた。そこには何の感慨も浮かんでいない。紅蓮の瞳には、一切の揺らぎも見せなかった。

 

 再び、また新手が湧いて出る。こんな戦いを繰り広げていたら、いずれジリ貧になるのは確実だ。元々俺たちは神取と一戦交えた上で、シャドウの群れと戦いを繰り広げている。

 智明の力は文字通り無尽蔵なようで、奴は次から次へとシャドウを召喚しては精神暴走を起こさせて嗾けてくる。みな、表情に疲労の色が見えてきた。

 

 

「クッソ、まだ呼びだすのかよ……!」

 

「このままじゃジリ貧だ。何か突破口を見つけないと……」

 

 

 スカルとフォックスが渋い表情を浮かべながらシャドウを撃破していく。この場にいる全員が、同じことを考えているだろう。

 

 

「せめて、シャドウを召喚して精神暴走させる力を止めることができれば――」

 

「――あの力を封じることができればいいんだな?」

 

 

 クイーンの問いに答えたのは、戦線離脱していた神取鷹久その人だ。仲間たちが驚いて彼を見る。

 刹那、ゴッド神取が顕現し――ずるりとその姿を変える。奴のフォルムは、ニャルラトホテプにより近いフォルムになった。

 智明が振り返ったのと、変質したゴッド神取が力を行使したのはほぼ同時。真横からの不意打ち攻撃に、智明は吹き飛ばされた。

 

 ニャルラトホテプの触手を思わせるような闇の吹き溜まりから、数多の力が溢れだす。それが智明を縛り上げるようにして炸裂した刹那、智明によって顕現されたシャドウの群れが動きを止めた。奴らはそのまま爆ぜると、心の海へと還っていく。

 畳みかけるようにして、神取は更に力を行使した。刻を刻むための車輪ではなく、運命の車輪が智明の力を封じ込める。その力は、モナドマンダラで舞耶さんたちと対峙したニャルラトホテプが使ったものだ。ゴッド神取がニャルラトホテプに近い形状になったことがきっかけなのだろう。

 

 

「す、すごい……!」

 

「あまり長くは持たないぞ。早めに決着を付けた方がいい」

 

 

 感嘆の声を上げるパンサーへ、神取が警告した。

 これで、智明と直接勝負ができる。

 

 だが、いいことばかりではない。神取の右足がどす黒く変色し始めた。奴の身体が、人間としての原型を保っていられなくなったらしい。黒い靄のようなものが立ち上り始める。

 

 

「神取さん、貴方は……!」

 

「悲しむべきことなど何もないよ、お嬢さん。私は私の役目を果たした。()()()()()()()()()()()()()()()()――ただ、それだけのことだ」

 

 

 「さあ、成し遂げ給え」――神取は微笑む。奴の身体はもう、まともな戦闘を行うことも、ここに存在し続けることも叶わない。文字通りの死に体となった神取に対し、智明は怒りをあらわにして攻撃を仕掛ける。

 勿論、俺とジョーカーが前へ躍り出て、攻撃を反射する術を使った。反射された属性攻撃や物理攻撃がそのまま智明に直撃する。祝福と呪怨属性はブロックされてしまった。もしかしたら、属性攻撃に対して耐性があるのかもしれない。

 

 シャドウを呼びだして精神暴走を施せなくなった智明は、ついに自らの力で戦うことにしたのだろう。奴の背後にペルソナが顕現した。

 

 赤と青の輝きを帯びた漆黒の翼が広がる。次の瞬間、俺へ向かって凄まじい力が炸裂した。ロキが使った属性攻撃による反射が発動しなかったあたり、これは単体専門の万能属性攻撃らしい。他にも智明は祝福属性や呪怨属性の攻撃を打ち放って来た。

 時折コンセントレイトを使って術攻撃の威力を高めてくる。祝福・呪怨・万能属性の攻撃一辺倒。自身は属性攻撃の大半を半減し、祝福と呪怨は無効化するのだ。物理攻撃以外に有効な手立てがないというのも腹立たしい限りだ。

 物理攻撃を得意とするペルソナを持っていたスカル、フォックス、ノワールが主体となって攻める。ジョーカーや僕もペルソナチェンジを駆使し、チャージを使って威力の底上げを行ってから攻撃を仕掛けた。他の面々は回復や援護をしつつ、余裕があったら攻撃に参加してもらう。

 

 

「よし、行ける!」

 

「――調子に乗るなよ」

 

 

 ジョーカーが不敵に笑った。それを見た智明は醜悪に顔を歪めると、ペルソナを顕現する。この場一帯に淀んだ空気が漂い始めたと思った瞬間、頭をかち割らんばかりの衝撃が襲い掛かった。

 

 寸でのところで堪える。これは以前、俺がかかった状態異常――洗脳だ。淀んだ空気は状態異常の成功率を上げる効果がある。踏み止まれたのは運がよかったのだろう。

 問題は他の面々だ。誰が洗脳状態になったのか確認しなければならない。俺が振り返ったのと、何かが襲い掛かって来たのはほぼ同時。俺は反射的に攻撃を受け止めた。

 

 

「ジョーカー……!」

 

「…………」

 

 

 俺に敵意を向けてきたのは、他でもないジョーカーだった。彼女は容赦なく、俺に向かって武器を振るうう。それを何とか捌くが、精神的な痛手が大きすぎてまともに戦えそうにない。攻撃を受け流すので手一杯だ。

 冴さんのパレスで起きた出来事とは全く逆だ。あのときは俺がジョーカーに襲い掛かって、彼女に傷を負わせたのだ。あのときの彼女もこんな気持ちだったのだろうか――なんて、考えても仕方がないことだった。

 何とかしないと。何とかして、ジョーカーを正気に戻さなくては。他の面々も洗脳によって潰し合いを始めており、ナビが焦りの声を上げている。俺のペルソナたちは攻撃や強化を得意にしていたが、回復系の技は所持していない。

 

 俺は即座に道具袋からリラックスゲルを取り出し、ジョーカーに使う。ジョーカーは驚いたように目を丸くしていたが、正気に戻った様子だ。

 

 「ごめん、クロウ」とジョーカーは謝り、即座にペルソナを付け替えた。彼女が顕現させたペルソナがアムリタシャワーを使い、状態異常を次々と治療していく。正気に戻った仲間たちは、即座に智明へと向き直った。

 パンサーやクイーンが回復魔法を施し、スカルとフォックスが攻撃を仕掛ける。モナや俺たちもそれに続いた。仕返しと言わんばかりに智明も技を行使する。攻撃がぶつかり合い、時には相殺し合いながら一進一退の攻防を続ける。

 

 

「小癪な……!」

 

「観念しなさい! 神様を打ち破るのは、いつだって人間なのよ!」

 

 

 舌打ちした智明へ、クイーンのアナトがフラッシュボムを叩きこむ。爆風を真正面から喰らっても、智明はまだ倒れなかった。

 

 

「大人しく操られておけばいいものを――」

 

「させない!」

 

「二度と同じ手は喰わないぜ!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 淀んだ空気からブレインジャックを仕掛けようとした智明に、モナのゾロがミラクルパンチを、ジョーカーのアルセーヌが剣の舞を撃ち放つ。予めリベリオンで急所に当たりやすくしていたため、智明は攻撃を喰らってダウンする。こんな腐れ外道に慈悲など要らない。俺たちは容赦なく、奴を袋叩きにした。

 ついに智明が膝をつく。勝った――俺がそう思ったときだった。智明の姿に、奴が顕現して行使していたペルソナの姿が重なる。ほんの一瞬、智明の姿が半透明になって、奴のペルソナ――赤と青の輝きを帯びた漆黒の翼を持つ大天使が色濃く見えた。その姿は、奥村社長のパレスで真実さんが使った幾万の真言で見た影と同一だ。

 

 もしかして、獅童智明の本当の姿は――。

 

 

「アアアアアァァァァァァァァ――ッ!!」

 

 

 次の瞬間、膨大な魔力が解き放たれた。問答無用の力によって、俺の身体は容赦なく吹き飛ばされた。壁に叩き付けられた衝撃で息が詰まる。そのまま、俺は崩れ落ちた。

 咳き込みながら体を起こす。その際、地面に数滴程血が零れた。振り返れば、シャッター1区画分向うに吹き飛ばされて倒れ伏している仲間たちの姿が目に入る。

 命は奪われていないようだが、まともに戦うことすらままならない。立ち上がることすらやっとの様子だ。それでも、ジョーカーは無理矢理身体を起こし、俺を見た。

 

 俺が彼女の眼差しに応えようとしたとき、異形の腕に胸倉を掴まれて地面に叩き付けられる。無様な悲鳴が、喉の奥底から漏れた。そのまま頭を押さえつけられてしまう。

 視線だけ上を動かせば、智明が俺を睨みつけている。俺とよく似た顔つきをした――けれども、顔を含んだ体半分が異形と化したソレの双瞼には、殺意が滲んでいた。

 

 

「更生は不要。償いも不要。ただ粛々と、『罪』を犯した『罰』を受けよ」

 

「ぐ……!」

 

「それこそが、『白い烏』たる貴様に相応しい『破滅』だ。――逃すものか。決して、逃すものか」

 

「……あ、がぁ……っ!」

 

 

 そのまま片腕で首を掴まれ、高らかに持ち上げられる。俺の首を片手で締め上げる怪力。呼吸がまともにできなくて、意識がチカチカしてきた。

 

 

「クロウッ!」

 

 

 ジョーカーや怪盗団の仲間たちがこちらに駆け寄ろうとしたとき、再び大量のシャドウが湧いて出た。奴らはみな精神暴走を施されており、怪盗団の面々を鋭く威嚇する。

 満身創痍の状態でシャドウの群れに突っ込めば、全滅することは明白だ。何せ、智明は無尽蔵にシャドウを呼びだしては精神暴走を施し襲わせる物量戦を得意としていた。

 自分たちの不利を察して、仲間たちは思わず踏み止まる。シャドウはジョーカーたちを睨みつけ威嚇するだけで、俺の方に近寄らなければ襲うつもりはない様子だった。

 

 ジョーカーの足元には、丁度、隔壁のシャッターがせり上がって来るための仕切りがある。アレを作動させれば、智明が顕現したシャドウの群れからジョーカーたちを守ることができるだろう。――その代わり、俺は智明とシャドウの群れ共々、ここに取り残されることになるが。

 

 俺がそう察したのに気づいたのか、智明が醜悪な笑みを浮かべる。

 「お前を機関室の先にはいかせない」――奴の目は、雄弁に語っていた。

 

 

―― あのときと、同じ ――

 

 

 “明智吾郎”が悔しそうに呟いた。

 

 満身創痍の“明智吾郎”は足手纏いだった。そんな“自分”を庇いながら戦うなんて真似をしたら、怪盗団も“自分”も共倒れになる。夢見ていた獅童の復讐は破綻し、“明智吾郎”に残ったのは逃れられない罪と罰、お先真っ暗な未来だけ。最早、普通に生きることすら許されない。心が折れてしまった“自分”にはもう、生きる気力は残されていなかった。

 獅童の罪を終わりに出来るのは怪盗団だけだ。自分に残された道も破滅だけ。――『けれど』と、“明智吾郎”は決起する。自分の価値観は、手放すこと、切り捨てること、利用すること、嘘をつくこと。ならば、それに合わせて動けばいい。切り捨てるべきものは、手放すべきものは分かっていた。……だから、ああしたのだ。

 友を手放し、己を切り捨て、友の力を信用し、乱暴な口調で本心を隠す――大切なものを守るために人形を辞めた“明智吾郎”の、命懸けのプライド。折れた心に光を灯してくれた“ジョーカー”に手渡せる、たった1つ、“自分”が持っていた真実(すべて)だった。こんなもので償いになるとも、贖えるとも思わない。

 

 それでも、“ジョーカー”は、“明智吾郎”が生きた証そのものだった。()()()()()()()()()()()()()――ひいては、“()()()()()()()()()()()()()()()“クロウ”が存在していた証だった。

 俺が夢見た未来は遠い。運命を乗り越えて、黎と共に生きる未来が遠い。11月末および12月中旬に発生するであろう俺自身の死を乗り越えるには、この状況はあまりにも不利だ。下手をすれば、ジョーカーや怪盗団諸共共倒れになる危険性がある。

 

 

「諦めろ。お前の末路(けつまつ)は、『破滅』こそが相応しい」

 

 

 智明が手を緩めたのは、別に油断したからじゃない。この状況で、俺に選択させるためだ。

 破滅を受け入れるか、仲間たちを破滅に巻き込むか。明智吾郎に示された選択肢は2つ。

 隔壁を作動させれば怪盗団は助かり、俺と智明、神取らがここに取り残される。

 

 それ以外の行動を取れば、智明は即座にシャドウの群れをジョーカーたちへ嗾けるだろう。

 神取が使った技の効果は既に切れており、奴は無尽蔵にシャドウを呼びだして精神暴走させることが可能だ。

 

 さあ、どうする? どうすればいい? どうすれば――突破口は、ない。

 

 

―― やっぱり、無理なのか……? ――

 

(……俺は、機関室()の先へは、いけない……?)

 

 

 共に生きる未来を掴むという決意が揺らぐ。ジョーカーに贈ったブルーオパールの指輪が、ジョーカーが僕に贈ってくれたコアウッドの指輪が、どんどん朧げになって来た。

 

 所詮は届かない決意なのか。叶わない未来なのか。

 俺の意識は、どんどん白んでいき――

 

 

***

 

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 

『ねえ、キミ。こんなところで何やってるんだい? 僕も人のことは言えないんだけどさぁ』

 

 

 声がした。ぼんやりとした視界の真ん中に、ソイツが立っていた。八十稲羽に滞在していたときと同じ、半端に気崩したスーツを身に纏い、くたびれたような恰好をした男。ただ、あの頃に見た姿より少し、やつれたような――それでも、彼の目はどこか爛々としていた――面持ちになった気がする。

 最後にコイツの顔を見たのは、捜査隊とシャドウワーカーの共同戦線が発生したとき以来だ。元・刑事で現在囚人。ついた蔑称は“自己中キャベツ野郎”。エリートコースに乗り切れなくて左遷された八十稲羽で燻っていたところを、イザナミノミコトに見いだされ、マガツイザナギを授けられた男だ。

 コイツが真実さんとの勝負に負けて、大人しく出頭していなければ――あるいは、真実さんとコイツが確かな絆を育んでいなければ、俺たちは八十稲羽を覆った偽りの霧を晴らすことはできなかったと思う。刑務所送りになった彼が真実さんに贈った手紙がなければ、イザナミノミコトという黒幕を察知することができなかったからだ。

 

 道化の皮を被った強欲の権化。けれどその本質には、生き汚い弱さと悪になり切れない弱さがあった。大人のような狡猾さの裏に、駄々をこねる子どもがいたのだ。

 

 

『……うっわー、ひっでぇ(つら)してるねー。あのときのクソ生意気なガキんちょが、こんなしみったれた顔するのかぁ。ホントにウケるなぁ』

 

 

 イラッときた。割と真面目にイラッときた。

 重要なことなのでもう1度言う。かなりイラッときた。

 

 智明に首を絞められているような状況じゃなければ、今すぐロビンフッドを顕現してメギドラオンを打ち放っているのに。いや、カウのコンセントレイトも足すべきだろうか。それとも、ロキのレーヴァテインをブチ込もうか。よりどりみどり、悩みどころだ。

 

 

『げぇ!? 一瞬で普段通りになりやがった! しかも、お前もペルソナ使いになったのかよ!? クッソ、お前本当にあの頃から変わらずイヤなガキだな!!』

 

 

 『元々お前のことは気に喰わなかったけど!』とソイツは表情を歪める。当時は意味も分からず反目し合い、顔を合わせればネチネチびーびーやり合っていたことを思い出した。アイツは俺のことを『クソ生意気なガキ』だと言っていたし、俺もアイツのことは『格好悪い大人』だと思っていた。

 俺は今でも、アイツの主張した不平不満に同意できない。だってアイツは、俺――“明智吾郎”からしてみれば、あまりにも生ぬるいのだ。努力をすることも優等生を演じることもできないまま、自分のミスでドロップアウトした落伍者。そのくせ、自分のミス、および努力不足を決して認めようとしなかった。

 “明智吾郎”が作り上げた仮面と比較すれば、コイツの作り上げた仮面なんて薄っぺらいものだ――おそらく“彼”は、大なり小なりそう思っていたのだろう。俺もその影響を受けていたから、飄々とした風体を装いながら不平不満を包み隠さず燻らせていたコイツが気に喰わなかったのだ。

 

 だってコイツは、自分の本質を剥き出しにしていた。明らかに、人に見せていいものとは思えない負の面を惜しみなく晒していた。

 それなのに、周りの連中は『憎めないから』と言ってコイツを気にかける。いい子じゃなくても居場所があって、形はどうあれ周りから認めてもらえていた。

 

 コイツは贅沢だった。周りから気にかけてもらっているくせに、それを酷くうっとおしがっていた。堂島家とのふれあい以外は、ほぼどうでもいいと思っているレベルだった。そこへ真実さんがやって来た際には『居場所を奪われてしまう』と恐怖する程に、堂島家に対して強い思い入れがあったのだ。

 

 大人げないことに、コイツは真実さんに八つ当たりをした。嫌がらせじみたこともした。仕事をサボり、真実さんをそこに巻き込んだりもしていた。時間が経過するにつれて、その嫌がらせの度合いも鳴りを潜めるようになり、ダメな兄と優等生な弟みたいな関係に落ち着きかかっていたように思う。

 後々、奴は真実さんへのとんでもない八つ当たりを披露してくれた。『堂島家は俺の居場所だったのに。後から来たくせに、俺から居場所を奪うな。それと、なんでお前はそんなにもいい奴なの? お前がいい奴過ぎたから、俺はお前を恨むことができなくて苦しいんだよ』――意訳するとこんな感じだった。理不尽極まりない話である。

 

 

『……ははあ。キミはまだ、バカみたいに物分かりがいいのかな? 頭の回転が速くて、要領がよくて、すっぱり潔く諦めることができる優等生クンのまま?』

 

 

 俺を見下し嘲るコイツは、きっと、相変わらず道化のままなのだろう。うだつの上がらないダメな大人を演じながら、不平不満を燻らせ続ける弱いヤツのままだ。

 

 

『そんなの、つまらないよ』

 

 

 ヤツは吐き捨てるように呟いた。

 その双瞼は、挑発するように細められる。

 

 

『キミの本質は、そんなに潔癖なモノじゃないはずだ。僕以上に悍ましい、どろどろとした汚泥のような――あるいは、飢えた狂犬みたいなモンでしょ』

 

 

 汚いことの何が悪いのか――ヤツは笑った。清廉潔白でいる必要なんかないのだと、泥を這いずり回る中で湧いた怒りを忘れるなと、その眼差しは訴えてくる。

 

 コイツの意地汚さは、生き汚さそのものだった。破滅が決められた未来しか待っていなくても、奴は生きることを選択した。死ぬことを選んだ“明智吾郎”とはあまりにも正反対。道化になり切れなかった強欲な男は、堂島家や真実さんらと結んだ絆によって生かされたのである。

 ずるいじゃないか。弱さを丸出しにしても嫌われないなんて。罪も弱さも丸々ひっくるめて受け入れてくれる人がいて、その人に容赦なく弱音を吐くことができて、自分の意見をはっきりと相手にぶつけることができる。たとえそれがどれ程見苦しく、愚かなものであったとしても、だ。

 

 “明智吾郎”は、最後まで悪態をつくことしかできなかった。最後まで、素直になることができなかった。互いが満足するまで、意見をぶつかり合わせることすらできなかった。最期は“ジョーカー”の仲間になれた代わりに、“ジョーカー”と言葉を交わす機会と未来(これから)を永遠に失ってしまったのだから。

 コイツは真実さんにきちんと伝えた。『お前のことを嫌いになり切れなかった。心の底から友人だと思ってしまった』と。世の中への不平不満をぶちまけながらも、真実さんと絆を結んだことを素直に認め、それを好ましいものだったと告げたのだ。結果、コイツは今でも、真実さんとは奇妙な友人関係を続けている。

 根が清廉潔白すぎた“明智吾郎”は、嘘をつかなければ生きていけない自分自身を許せなかった。罪を重ねなければ生きていけない自分自身が大嫌いだった。世の中を渡るためにも、強くなければいけなかった。対して、コイツは自分大好きな自己中心野郎だった。でも、悪ぶるにはあまりにも弱くて、意地汚い男だった。

 

 

『格好良くしなくたって、背伸びしなくたって、完璧じゃなくたって、情けなくったって、世の中は渡っていける。適度に手を抜くからこそ大人なんだよ。常に気を張っているようじゃガキなの。分かる?』

 

 

 アイツは得意気に胸を張る。その意地汚さが嫌いだった。その強欲さが嫌いだった。

 けれど、それ以上に――彼の強欲は、何よりも羨ましかったのだ。

 

 超弩級の同族嫌悪。あるいはコインの表と裏。意地汚くて強欲だから生き残った大人と、昔に抱いた正義と現在の在り方という乖離(ギャップ)に押し潰されて自壊した子ども。

 

 今なら分かる。どうしてアイツは生き残り、“明智吾郎”は旅路(じんせい)終焉(おえた)のか。

 見苦しくても、生き汚くても、アイツは素直だった。表面上は迎合していても、理不尽に対して憤ることができた。

 “彼”と同じ殺人鬼でありながらも、菜々子ちゃんや堂島さんを大事に思う気持ちを惜しみなく発揮できるような男だった。

 

 だってアイツは、菜々子ちゃんがマヨナカテレビの被害にあった――生田目氏の善意で誘拐され、テレビの中へ落とされた――とき、真実さんに対して協力していた。一歩間違えれば自分の犯行がバレて捕まるかもしれなかったのに、堂島親子のために必死になって駆けずり回っていた。自分が捕まることより、菜々子ちゃんの無事を優先したのだ。

 

 “明智吾郎”が()()()()()()怪盗団に力を貸したのは、あの機関室での一件が最初で最後だった。計画の遂行を何よりも重視していた“彼”は、自分の中に芽生えた気持ちを徹底的に無視し続けた。自分が今まで積み上げてきたものを手放し、瓦解してしまうことを何よりも恐れていた。自分の手についた血や傷跡を、無駄にしたくなかった。

 認知上の“自分”にすべてを見透かされ、『獅童正義にとって、お前は単なる人形でしかない。最初から使い潰すつもりで迎え入れた』と告げられたときになって――“明智吾郎”が積み上げ、支えにしてきたものが完膚なきまでにぶち壊されたことで、“彼”はようやく、唯一“自分”の手の中に残っていた怪盗団との絆を選ぶことができたのである。

 

 

『……認めろよ、お前自身の中にある欲望(ねがい)を。“お前に選択を迫る(ソイツ)に納得できない”って叫んで、思いっきり暴れてみろよ』

 

 

 奴は屈んで、苦笑する。手のかかる子どもを見守るような、不思議と親しみを覚えるような眼差しを向けて。

 

 

『婚約したんだろ? 今年で実質交際期間12年目の彼女と』

 

 

 『あーあ。僕には浮ついた話なんて何一つないのになー。なんでこんなマセガキばっかり』云云かんぬんと不平不満をぶちまけるソイツに、俺は一瞬目を丸くした。

 俺はコイツに、そのことを一度も伝えちゃいない。もしかして、真実さんが手紙で伝えたのだろうか? 俺の思考回路を読んだのか、『それもあるけど』と奴は笑う。

 

 

『看守の1人が変わり者でね。逐一、お前の話題を報告してくるんだよ。こっちは『別に聞きたくない』って言ってるのに、ペラペラペラペラって……おかげで、嫌が応にも詳しくなっちゃったの。僕のは不可抗力だから!』

 

 

 『まあでも、お前のことはそれなりに気にかけてたつもりだし?』だの『そういえばあの看守、以前見かけたガソリンスタンドの店員とよく似てたな』だのとベラベラ喋るソイツを、俺は珍獣を目の当たりにしたような気持ちで見つめていた。

 そうだった。コイツは己自身に対して、いつだって素直で自由だった。毛色は違うが、黎や真実さんたちと非常によく似ている。何者にも捕らわれず、流されることなく、自らの意志を貫く。そんな在り方を、周りの人々は自然と受け入れ集まってくるのだ。

 俺は俺自身に問いかける。このまま智明の言いなりになって破滅の選択肢を選ぶつもりなのか、と。――そんなもん、嫌に決まってる。黎と一緒に生きるのだと誓ったのだ。破滅を乗り越えて未来を掴むのだと決めたのだ。“明智吾郎”も真顔で頷き返す。

 

 たとえその足掻きが見苦しいものであっても、この気持ちに嘘はつかない。つきたくない。

 生きる。生きて、生きて、有栖川黎と一緒に笑い合う未来を手に入れる。――だって俺は、彼女を愛しているのだから。

 

 智明に拘束されて、仲間たちを盾に取られてるからと言って、容易く諦められるような欲望(のぞみ)ではないのだ。数多の“明智吾郎”と“ジョーカー”の願いと祈りも背負っているのだから。――『神』の思い通りになど、なってたまるか!!

 

 

『――そうだ。お前は俺と違うんだろ? ……ほら、立てよ』

 

 

 奴は笑う。嘲るわけでもなく、取り繕う訳でもなく、とても自然な笑みだった。

 伸ばされた手を俺は掴む。立ち上がった俺を見たソイツは満足げに頷くと、そのまま踵を返して歩き出した。

 

 どこへ行くつもりなのだろう。俺がそう問いかけるより先に、ソイツは振り返った。

 

 ある一点を指さす。その先には、黎――ジョーカーの背中があった。刹那、ソイツの足元が青白く輝き始める。

 奴と重なるようにして浮かび上がったのはペルソナ――マガツイザナギだ。真実さんのイザナギと対を成す存在。

 

 

『お前のことは心配だけど、やっぱ、お前にこき使われるのだけは嫌だから。それでも力になってやりたいってのは本心だし……だからコレは妥協案だ。俺とお前の、な』

 

 

 奴の姿がどんどん希薄になる。代わりに鮮明になったマガツイザナギが、ジョーカーの仮面に宿る。姿が消える直前、アイツは――足立透は、不敵に笑った。

 

 

『――さあ、走れクソガキ! お前には、こんなところで折れてる暇なんてないんだからな!!』

 

 

***

 

 

「クロウ!」

 

 

 白い世界から意識を引っ張り上げたのは、ジョーカーの声だった。視線を動かせば、彼女は躊躇うことなく僕の元へ――シャドウが跋扈する方へと駆け出していた。

 仲間たちもそれに続く。案の定、シャドウたちは一斉に動き出し、ジョーカーを始めとした怪盗団の面々に襲い掛かる。それを見た智明が嘲るように嗤った。

 

 

「馬鹿な奴らだ。こいつを見捨てさえすれば、ここで朽ち果てることはなかったものを――」

 

 

 御高説を垂れる隙を突く形で、俺は銃を引き抜いた。銃口を向けたのは隔離障壁を作動させるスイッチ――ではない。一瞬で獅童智明の脳天に照準を向け、零距離で撃つ。異形と言えどダメージは通ったらしく、奴の身体はぐらりと傾く。

 拘束から解放された俺はそのまま地べたに叩き付けられる。だが、無理矢理体を起こした。指揮系統に直接ダメージを与えた影響か、シャドウの動きがぴたりと止まる。その隙をついて、仲間たちはシャドウを撃破していった。

 体が軋む。うまく息ができない。けれど、今しかチャンスはない。俺は持てる全力を使って駆け出した。背後で智明が怒り狂いながら体を起こす気配を感じ取る。背中に突き刺さって来る殺気を振り払うようにして走った。

 

 仲間たちがぱっと表情を輝かせるのが見えた。そうして、俺の背後に迫る異形の群れを迎え撃つ。ジョーカーも、俺の背後に迫るシャドウを退けるため、仮面に手をかけた。

 

 青白い光が舞うその一瞬、不敵に笑う足立の姿が浮かんだ気がした。

 刹那、それは禍々しい黒を纏ったペルソナへと変貌する。

 

 

「――マガツイザナギ!」

 

『――走れクソガキ! 足を止めんな!!』

 

 

 足立の声が頭に響いた。奴が八十稲羽で顕現したペルソナ、マガツイザナギが機関室に降り立つ。奴から溢れた膨大な呪詛が、シャドウたちを一気に飲み込んだ。

 

 マガツイザナギだけが使える呪怨属性攻撃、マガツマンダラ。足立の欲望や負の側面と、イザナミノミコトの持つ偽りの霧を顕現した技だと言っても過言ではない。シャドウの群れは断末魔の悲鳴を上げながら消滅した。

 俺の足が、仲間たちと俺を隔てていた隔離障壁(きょうかいせん)を飛び越える。ジョーカーが伸ばしてくれた手を掴むことができた。怪盗団の元へ戻ってこれたという安堵のせいか、俺の足がもつれ、そのままジョーカー共々倒れこむ。

 

 

「おのれ……!」

 

「――見苦しいな。()()()キミの負けなのだから、大人しくそれを認め給え」

 

 

 俺が振り返ったとき、智明はゴッド神取によって拘束されているところだった。後は消えるだけでしかない神取が、自分が消滅する時間を早めてまで力を貸してくれる。

 神取の下半身は既に黒々とした炭と化しており、足は闇に溶けて消えてしまっていた。それでも立っているのだから、彼の精神力は化身の中でも強い方だろう。

 その背中は力強く、御影町や珠閒瑠市で見たときと変わらず鮮烈だった。その背中に見惚れてしまうくらいには。彼の生き様を示すかのような姿に惹かれてしまうくらいには。

 

 

「少年。誇るがいい、キミは運命を乗り越えた。――さあ、『い』き給え」

 

 

 智明がゴッド神取の拘束から逃れたのと、神取が銃で隔離障壁を作動させるスイッチを撃ち抜いたのはほぼ同時。

 

 シャッターがせり上がる直前、神取は俺の方を見た。その口元は、ただ優しく笑っている。御影町で俺の答えを聞いたときと、何一つ変わらない笑みを湛えたまま。

 俺が何かを言うよりも、隔壁が完全に上がりきって遮断してしまう方が早かった。“明智吾郎”が旅路(じんせい)終焉(おわり)を迎えた機関室は、丁度この壁の向こう。

 

 

「……反応が、消えた……」

 

 

 震える声で、ナビが漏らす。幾ら神取本人が『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と語っていても、彼の喪失が突き刺さって来るのは当たり前のことだ。

 モナも、スカルも、パンサーも、フォックスも、クイーンも、ノワールも、ジョーカーも、ただ黙って隔壁を――否、隔壁の向こうに消えて行った神取鷹久の背中を見つめていた。

 

 道化となるために生まれ、死後も道化として使われるために生き返ったような、数奇な人生を歩んだ男だった。悪と滅びの美学を体現するような狂言回しを得意としていた。それをするには、彼の精神性はいささか真っ直ぐすぎたきらいがある。南条さんはそれに気づいていたから、珠閒瑠で彼に手を伸ばした。

 自分の役割を誰よりも熟知していたからこそ、どうすれば役割に殉じつつ自分の正義を成すことができるか、神取はずっと考えていたのだろう。そのために何もかもを賭けた結果が、セベク・スキャンダルと珠閒瑠市での一件だった。――そうしてそれは、今この瞬間にも繋がっている。

 

 

「神取……」

 

 

 忘れられない背中があった。たとえそいつが敵だったとしても、妙に惹かれた背中があった。憧れさえ覚えてしまう程に、格好良いと思ってしまう程に。

 第3者が彼の人生を見れば、不幸という単語で片付けてしまうだろう。けど、断片でもその人生に――その生々しさに触れてしまったからこそ、その人物評には「否」と言いたい。

 神取鷹久は不幸な人間ではなかった。哀れな人間でもなかった。全てをなげうって、世界を救うであろう正義の味方たちを見出し、自分を超えさせることで世界を救った。

 

 確かに神取は英雄ではない。けど、確かに彼は、間接的に世界を救った。悪役の美学という形で、彼は正義を貫いた。文字通り、命を賭けて。

 

 

「……最期まで、カッコいいヤツじゃねーか」

 

 

 「ニャルラトホテプの関係者のくせに」と、モナが悪態をつく。スカルも納得したように頷く。

 

 

「やっぱ、玲司さんの兄貴なんだよな。背中で語るところとか、本当にそっくりだ」

 

「これが、神取鷹久っていう人間が出した答えなんだよね……」

 

「文字通り、命を燃やして示したんだな」

 

 

 パンサーとフォックスも、真剣な面持ちでシャッターを見つめる。1人の男の命の輝きを見届けるように。

 

 

「彼の正義は100%正しいものとは言えない。でも、100%間違っていたと否定されていい謂れもないわ」

 

「……わたし、忘れない。コイツがいたこと、絶対忘れない」

 

「そうね。彼は『ここにいた』。そのことを知っているのは、私たちくらいなのよね」

 

 

 クイーンとナビの言葉に、ノワールも同意する。神取鷹久という男の生き様をしっかりと焼き付けるように。

 

 

「行こう。彼から託されたものを無駄にするわけにはいかない」

 

「……ああ。行こう、この先へ」

 

 

 ジョーカーの音頭に従い、俺は一歩踏み出す。

 

 ここから先は、“明智吾郎”が行けなかった未知なる領域。怪盗団の仲間たち――ジョーカーと一緒に歩いていく道だ。先とは違い、何もかもが手さぐりになるだろう。

 見苦しい醜態を曝すことになるのかもしれない。意地汚く執着するのかもしれない。けど、それでも生きていくと決めたのだ。託されたものを背負って生きると決意した。

 もう少し、俺自身の心に素直になろうか――なんて、そんなことを考える。俺は振り返ってシャッターを一瞥した後、すぐに仲間たちと一緒に歩き出した。

 

 

(今度、足立に手紙でも書いてみようかな)

 

 

 白い空間の中で背中を押してくれた男を思い返す。彼もまた、明智吾郎にとっては忘れられない大人の1人だった。良くも悪くも印象的で、だからこそ受け入れがたくて、常に反目してきた相手だった。

 素直に礼を書いたとて、結局は暴言だらけの手紙になりそうな気がする。勿論、その返事として暴言だらけの手紙が郵便受けに入っていることも予想できた。堂島さん曰く、『検閲担当者が生温かい顔をする』レベルらしい。

 感想を述べた検閲担当者もいたようだが、『小学生同士の喧嘩に見えて微笑ましいですね』とのことだ。……確かに、足立に手紙を書くと、必然的に語彙力が下がってしまうように思う。理由はいまだ不明だった。閑話休題。

 

 本会議場へ戻ってきた俺たちは、早速紹介状――カードキーを使って扉を開く。扉の先に広がっていた本会議場は、やたらと達磨を強調したデザインが押し出されていた。

 「これが本会議場」と納得するスカル、パンサー、ナビへ、クイーンが頭を抱えながら「完全再現できている。但し、達磨以外は」と念押ししていた。

 

 『オタカラ』はこのフロアの奥で、靄のカタチで漂っている。

 

 

「後は予告状を出すだけだね」

 

「でも、どうする? マスコミも警察も獅童の『駒』同然だ。下手したら握り潰される可能性があるぞ」

 

「予告状に関してはわたしに任せてくれ! タイミングはジョーカーに一任するからな」

 

 

 ジョーカーと僕の話を聞いていたナビが自信満々に親指を立てる。「凄いものを凄い方法で作るから」と笑う彼女は、とても頼もしい。引きこもっていた頃からは想像つかない程、逞しくなっていた。

 他の面々がナビに色々訊ねるが、ナビは意味深に笑い「予告状を出すときに教える。期待していろ」と語るだけで何も教えてくれない。何か大きなことを計画しているのは確かなようだ。上手くいけば愉快なことになりそうである。

 

 俺は本会議場を振り返った。壇上には達磨の幕が張られている。左目にはまだ、目が入っていない。

 

 選挙や受験の願掛けで使われる達磨には、“あらかじめ右目に目を入れておいて、願いが成就したときに左目を入れる”という風習がある。獅童正義の達磨も同じだ。

 だが、奴の達磨の左目に目が入るようなことは絶対にさせない。それが成就した暁には、足立の言った通りクソな世の中になってしまうだろう。この箱舟が証拠だ。

 ここですべてを終わらせる。獅童正義の罪と、その連鎖を絶つ。奴の毒牙に掛かって苦しむ人が増えないように、俺の大切な人の冤罪を証明して汚名を雪ぐために。

 

 

(長かった。……ここまで、来るまで)

 

 

 すべてが始まった日のことを思う。メメントスで獅童智明の殺人現場に居合わせ、獅童正義の名前を耳にしてから――黎が獅童に冤罪を着せられてから、本当に長かった。

 

 自慢の保護者や尊敬できる大人たちと同じペルソナ使いとして目覚め、黎と一緒に怪盗団を立ち上げ、出会った仲間たちと共に認知世界を駆け抜け、数多の悪党を『改心』させてきた。その悪党どもが獅童正義に集束していること、奴の後ろに『神』の存在があることに気づいたのはいつだったか。

 獅童正義と俺自身の関係について、ずっと悩んでいた。俺はあいつの息子で、あいつは黎に冤罪を着せた張本人だ。悍ましい血筋を知られて、拒絶されるのが怖かった。もう二度と一緒にいられないとさえ覚悟した。その覚悟は杞憂でしかなくて、仲間たちや黎は明智吾郎を迎え入れてくれた。救われた、と思った。

 新しい力を得たときも、拒絶されるのではないかと覚悟していた。どこかに転がっていたであろう可能性だったとしても、“明智吾郎”の犯した罪は許されていいものではない。それでも仲間たちは俺を信じてくれたし、黎も俺を受け入れてくれた。特に後者は――一線を越えたときの幸せな夜を、俺は今でも覚えている。

 

 決戦は目前。相手は超弩級の悪意と傲慢を抱く腐れ外道だ。俺や“明智吾郎”にとって一番因縁深い相手。俺と母を捨てた実の父親だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――“明智吾郎”が苦笑する。俺も“彼”へ笑い返した。

 

 

(お前の分まで殴って来る)

 

―― ふざけんな。俺も一緒だ ――

 

 

 いつの間にか、()()()もいいコンビになっていたらしい。なんだか嬉しくなった。

 頼れる仲間がいて、尊敬できる大人がいて、“明智吾郎”や“ジョーカー”も力を貸してくれる。

 いよいよ獅童正義――もとい、腐れ外道との決戦だ。自然と気合が入る。

 

 

(見てろよ腐れ外道。絶対『改心』させてやるからな!)

 

 

 決意も新たに、俺たちは獅童のパレスを後にした。

 

 




魔改造明智の獅童パレス攻略、VS神取⇒VS智明の召喚したシャドウの群れ⇒VS獅童智明の順番です。今回のお話ではP4Gの敵ペルソナ使いである足立に言及しました。拙作の魔改造明智と足立は「方向性の違う同族に嫌悪を拗らせた結果、小学生同士の喧嘩を繰り返すような間柄」となっています。
名前を出すのも話題に出すのも好きではなかった模様。足立の“格好悪くても人に目をかけられる”ところや、“どんな状況であっても自分自身に素直であれる”ところが気に喰わなかったことが原因です。「周りの望むようないい子でなければ必要とされない」人生を駆け抜けた“明智吾郎”の不平不満の影響もあったようです。
足立から諦めの悪さおよび意地汚さ――つまるところ、欲望/願い――を参考にして足掻いた結果、神取やジョーカー/黎が道を作ってくれたようです。間接的に足立も手を貸してくれました。DLCコンテンツネタを組み込むことができて満足しています。次は罪罰絡みのDLC、七姉妹学園制服ネタを組み込みたいですね。
獅童パレスで神取が“こうなる”ことは予め決まっていました。但し、どのような道筋で“こうなる”のかを考えるのが難しかったです。2罰のように(本人だけが)清々しく満足して去っていくような終わり方を演出するのは難儀で、でも、書いていてすごく熱が入りました。やっぱり神取鷹久は偉大ですね。
次回は獅童パレス決戦編。腐れ外道を地で行く因縁の相手・獅童正義との直接対決です。神取と共にフェードアウトした獅童智明についても、ここで色々と明かされることになる予定。魔改造明智と怪盗団の行く末を、生温かく見守って頂ければ幸いです。

おまけとして、魔改造明智コミュ9と、拙作のアルセーヌおよび智明のペルソナ(?)の情報を掲載しておきます。

魔改造明智コミュ【アルカナ:正義】
<コミュ9(獅童パレス攻略中・潜入ルート確保)>
マスカレイド・イーチアザー
エンディング分岐に関係。機関室でのボス戦後イベントで主人公の使用可能ペルソナにマガツイザナギが解禁。
以後、シナリオ進行で、主人公がDLCペルソナの一部を使えるようになる。
補足:今回のコミュランク上昇条件は【機関室でのボス戦後イベントで『吾郎を助けに行く』を選択する】こと。正解の選択肢を選べば自動で上がる。

<アルセーヌ(通常):最終スキル構成>
エイガオン、マハエイガオン、剣の舞、祝福吸収、呪怨ブースタ、呪怨ハイブースタ、アドバイス、リベリオン

<アルセーヌ(?)⇒■■■■■:最終スキル構成>
メギドラオン、コズミックフレア、至高の魔弾、ヒートライザ、不動心、勝利の雄叫び、精密射撃、急所撃ち

<智明のペルソナ(?)>
??????
アルカナ:運命
特筆事項:1ターンにつき2回行動。
耐性:火炎・疾風・電撃・氷結・核熱・念動 無効:呪怨・祝福・各種状態異常
コンセントレイト、コウガオン、エイガオン、漆黒の蛇、淀んだ空気、ブレインジャック
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。