Life Will Change   作:白鷺 葵

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【諸注意】
・各シリーズの圧倒的なネタバレ注意。最低でも5のネタバレを把握していないと意味不明になる。次鋒で2罪罰と初代。
・ペルソナオールスターズ。メインは5、設定上の贔屓は初代&2罪罰、書き手の好みはP3P。年代考察はふわっふわのざっくばらん。
・ざっくばらんなダイジェスト形式。
・オリキャラも登場する。設定上、メアリー・スーを連想させるような立ち位置にあるため注意。
 @空本(そらもと) (いたる)⇒ピアスの双子の兄で明智の保護者その1。武器はライフル、物理攻撃は銃身での殴打。詳しくは中で。
・歴代キャラクターの救済および魔改造あり。
・一部のキャラクターの扱いが可哀想なことになっている。特に、『普遍的無意識の権化』一同や『悪神』の扱いがどん底なので注意されたし。
・アンチやヘイトの趣旨はないものの、人によってはそれを彷彿とさせる表現になる可能性あり。他にも、胸糞悪い表現があるので注意してほしい。
・ハーメルンに掲載している『運命を切り開くだけの簡単なお仕事』および『ペルソナ3異聞録-.future-』、Pixivの『2周目明智吾郎の災難』および『【一発ネタ】有栖川黎の幼馴染』の設定を下地にし、別方向へ発展させた作品である。
・ジョーカーのみ先天性TS。
 ジョーカー(TS):有栖川(ありすがわ) (れい)⇒御影町にある旧家の跡取り娘。旧家制度は形骸化しているが、地元の名士として有名。身長163cm。
・歴代主人公の名前と設定は以下の通り。達哉以外全員が親戚関係。
 ピアス:空本(そらもと) (わたる)⇒明智の保護者2で、南条コンツェルンにあるペルソナ研究部門の主任。

・他版権ネタやオリジナル要素が大量に含まれているので注意してほしい。

・明智の誕生日に合わせてみた。最低でも『死線』読破を推奨。

・『彼』視点。
 ※大分スレている。

・【あの子】の台詞に使われている◆内には1人称、◆◆には他人称が入る。
・『彼』と会話している【あの子】の性別に関してはぼかしている。1人称と他人称が伏字になっているのはその影響。


星と僕らと
ずっとここにいた。きっとこれからも


『明智くん、誕生日おめでとう』

 

『サプライズだよ。みんなで企画したんだ』

 

 

 番組共演者とスタッフがケーキを持って来た。周囲の観客たちも、黄色い声で『おめでとう』と告げる。

 “いい子”である【僕】は、爽やかな笑みと感謝の言葉でそれに応えた。期待通りのリアクションだったようで、奴らはみんな満足げに頷く。

 

 【僕】を讃える有象無象の連中は、【俺】の過去なんて知らないのだ。

 

 未来の総理大臣候補と目される国会議員の隠し子で、“要らない子”として扱われてきた。母が死ぬ前なら、誕生日が楽しみだったこともあった。しかし、母が死んで親戚を盥回しにされて以来、誕生日というものが嫌いで仕方がない。

 母以外、誰も【俺】の誕生を祝ってくれなかった。疎まれ、蔑まれ、呪われ、否定され続けた。今は探偵王子という肩書と“いい子”を演じている【僕】だから祝ってもらえるだけに過ぎない。【俺】の誕生を祝う人間なんて、この世界のどこにいるというのか。

 もてはやされるのも今のうちだけ。いずれ流行り廃りで、探偵王子という肩書も、“いい子”である【僕】も、世間から忘れられる日が来るのだろう。誰からも必要とされず、打ち捨てられる日が来るのだろう。――それが怖いから、走り続けるしかない。

 

 

『みなさんに祝ってもらえるなんて、最高の誕生日です!』

 

 

 【僕】自身の言葉に、反吐が出そうだ。

 【俺】はこみ上げる吐き気を抑え込み、【僕】で覆い隠す。

 

 高級店のケーキも、ブランド物の背広や日用品類も、【僕】は何でも手に入る。顔がいいのも自覚しているし、有名人という肩書もあって、手頃な女だって手に入った。――だけど、【俺】が本当に欲しかったものは、何も手に入らなかった。

 “いい子”じゃない【俺】を見つけてほしかった。見つけたとしても、拒絶しないでほしかった。どうしようもない悪党である【俺】でも、特別だと言って、一番に選んでくれる人が欲しかった。……その対象の誰かさえも明確になっていないけれど。

 

 

*

 

 

 【俺】の誕生日の日付を聞き出した【あの子】は、心底がっかりしたように肩を落とした。

 

 

『明智の誕生日、祝いたかったなあ』

 

『そんな大袈裟な。僕はもう18歳だよ? 誕生日を喜ぶ歳じゃない』

 

『それでも、他ならぬ明智が生まれた日だろ? そんな奇跡を祝うのは当たり前じゃないか』

 

 

 【あの子】が田舎でどんな生活をしてきたか、想像がつく言葉だった。多くの人から誕生を望まれ、多くの人に愛され、この世への生誕を喜ばれてきたのだろう。前科さえなければ、【あの子】の誕生日は地元の家族や親戚演者、友人たちに囲まれ、盛大に祝って貰えたのかもしれない。

 厄介者として疎まれ、“要らない子”として蔑まれた【俺】とは全然違う。恵まれた人生の一端を覗き見た心地になって、反吐が出そうになった。こみ上げる苛立ちを押し殺し、笑みを張りつけながら【あの子】の表情を伺う。腹の中に何を隠しているのか、探るために。

 だけれど――それは【俺】や【僕】の願望が混じり込んでしまったせいか――、幾ら【あの子】の動きに注視しても、瞳から感情を読み取ろうとしても、下心なんて見当たらない。【あの子】は何の打算や勝負事の意図もなく、ただ素直に、“【俺】/【僕】の誕生日を祝えなかったことを残念がっている”ことしか分からなかった。

 

 終いには、『今からでも祝いたい』と言い出す始末だ。【あの子】の目は本気で、【僕】が是と示せば、今すぐ買い出しに走るだろう勢いがあった。

 愚かな子どもが期待を始める。もしかして、【あの子】は自分を特別に見てくれるのだろうか――なんて。

 

 

『今は大事な時期だろう? 【僕】なんかのことで、迷惑をかけるわけにはいかないよ』

 

『迷惑じゃない。……◆が、どうしても、個人的に、◆◆の誕生日を祝いたいんだ』

 

 

 【あの子】は真っ直ぐに【僕】/【俺】を見つめる。乞うように、祈るように、この世の光を集めたみたいに輝く灰銀の瞳が、只一点に向けられている。

 

 

『一緒に買い物に行こう。明智がいいなって思うもの、◆が明智に似合うなとか、使ってほしいなって思うもの、一緒に選ぼう。その帰りに食材を買って、ルブランに戻ったら、ささやかだけど一緒にパーティしよう』

 

 

 【あの子】が語る“4カ月遅れの誕生日パーティ”のスケジュールは、ざっくばらんでアバウト過ぎる。テレビ関係者がしてくれるような派手な演出やサプライズも無ければ、本人にプレゼントを選ばせるという、楽しみが半減するようなものばかりだ。手の内を明かしすぎではないだろうか。

 だけれど、【俺】にとって、それは非常に魅力的に思えた。キラキラ輝いているように思えた。不快感はなく、照れ臭さと充足感が溢れてくる。自分の誕生日でワクワクしたのは、母が死んで以後、一度もなかったことだった。

 

 だから、ついうっかり頷いた。咄嗟に『それじゃあ明日行こうよ』なんて口走った。家に帰ってすぐ、獅童の権力なども借りて、無理矢理明日をオフにした。

 

 繁華街をうろつきながら、色々な店を見て回った。【僕】は頑張って“いい子”の仮面を被っていたけれど、無意識に、馬鹿みたいにはしゃいでしまった。

 ちょっと意地悪く、あまり関心のない、高級ブランドメーカーの万年筆を要求してみた。【あの子】は二つ返事でそれを買ってくれた。とても嬉しそうな顔をして、だ。

 普通だったら怒ったり、安いものに取り換えてもいいのに、【あの子】はそれをしない。それどころか、料金を余分に払って、ラッピングとバースディカードまで付ける始末。

 

 

『明智。これとかどうかな?』

 

 

 【あの子】が『明智に似合うと思う』と言って差し出したのは、オーダーメイド品の懐中時計だった。

 

 本体の色は黒で、蓋の部分にはゴシック調の細工が施されている。追加料金を払うと蓋の部分に誕生石をはめ込めるらしい。オーダーメイド品と呼ばれるのはそれが所以なのだろう。

 文字盤に刻まれているのはアラビア数字。文字の色は、透き通った青色だ。店内の照明を受けて輝くその佇まいは、送り主である【あの子】と非常によく似ていた。

 

 

『――こんな立派な品物、【僕】には似合わないよ』

 

 

 それは、嘘偽りのない本心だった。こんな立派な懐中時計、綺麗な品物、受け取れない。【俺】が裏で何をやっているか自覚しているから、余計に。

 【僕】の言葉を聞いた【あの子】は、『そんなことないよ』と微笑んでくれる。――たったその一言だけで、赦されたような心地になるから、救えない話だ。

 結局【僕】は、【あの子】の見立てとお勧めに従うこととなった。それ以上に、“【あの子】が【僕】/【俺】のために選んでくれた”という事実が嬉しかった。

 

 一通り買い出しを済ませた後、ルブランへ戻った【僕】と【あの子】は、屋根裏部屋でささやかなパーティをした。

 【僕】が食べたいとリクエストした食べ物――ハンバーグやオムライスが食卓に並んでいるのを見たときは、不覚にも泣いてしまいそうになった。

 

 

『今年は祝えなかったけど、来年は絶対、明智の誕生日を祝うよ。今のうちに腕を磨いておかなくちゃ』

 

『じゃあ、【僕】も、キミの誕生日を祝うよ』

 

 

 そこまで言った後、【俺】は自分の馬鹿さ加減に呆れてしまった。【あの子】の愚かさも大概だけれど、本気で来年の話をして、その日を夢見ていた【俺】の方がもっと馬鹿だった。

 

 だって、【僕】と【あの子】が語るような“来年”は来ない。11月20日になれば、【俺】は【あの子】を殺すのだ。獅童に復讐するため、【あの子】の屍を踏み越える。哀れな犯罪者として、【あの子】のすべてを踏み躙る。廃人化の罪をすべて被せ、最低最悪の殺人者に仕立て上げる。

 今更踏み止まるには、何もかもが遅すぎた。【あの子】がくれた時間が幸せであればある程、余計に立ち止まれなかった。遅かれ早かれ、【あの子】は【俺】の本性に気づくだろう。それを目の当たりにしてしまえば、流石の【あの子】も、【俺】を見限るのだ。

 “いい子”じゃない【俺】を見つけてほしかった。見つけたとしても、拒絶しないでほしかった。どうしようもない悪党である【俺】でも、特別だと言って、一番に選んでくれる人が欲しかった。――そう思えるような相手が【あの子】だから、余計に、そんな願いなど叶うはずがない。

 

 叶わないなら、終わらせてしまえばいいのだ。

 だから、そうした。

 

 

*

 

 

 負けたのは、【俺】の方だった。

 

 もしかしたらそんな結末になるのでは――なんて思って、準備をしていて正解だった。

 日付指定は来年の○月○日、【あの子】の誕生日。どうせ叶わないと思っていた、いつかの本心。

 

 【あの子】から貰った懐中時計は、もう既に時を刻まない。先の戦いで破損してしまった。勿体ないことをしたと思う。でも、時計を置いていくことも、手放すこともできなかった。

 方向性はどうあれど、沢山頑張ったからか、酷く眠い。多分、意識を落としたらも、もう二度と目覚めることは無いのだろう。ようやく休むことができる、と、【俺】は苦笑した。

 視界の端で、光輝く蝶が飛ぶ。蝶は自由に空を舞っていた。どうしてか、柄にもなく、“もし赦されるなら、今度は【あの子】と一緒に笑い合えたらいいな”――なんてことを、考えた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「吾郎、誕生日おめでとう!」

 

 

 新しい保護者はそう言って、御馳走が並んだテーブルを指示した。ちょっと形は歪だけれど、美味しそうなハンバーグやオムライス、チョコクリームのケーキが並んでいる。室内は綺麗に飾り付けられていた。色とりどりの輪っかと、安物のパーティ帽子にハンドメイド装飾を加えた飾り帽が目を惹く。

 高校生の双子――空本至と空本航、吾郎よりも1つ年下である“未来のジョーカー”――有栖川黎という未成年者が中心になって飾り付けたことを考えれば、充分『豪華である』と言えよう。特に、黎の指にはたくさんの絆創膏が貼られている。……おそらく、料理類は彼女がメインになって作ったのだろう。

 

 【俺】の予想した通り、至は「この料理、全部お嬢が主体になって作ったんだぜ!」と紹介してくれた。

 それを聞いた吾郎は、目を大きく見開いて黎を見つめる。黎は照れ臭そうにはにかむ。

 「前から今日に向けて特訓してたんだけど、中々難しいね」と苦笑する彼女の姿に、胸が締め付けられる心地になった。

 

 

「美味しくなかったら、捨てていいからね」

 

「そんなこと絶対しない。黎が僕のために作ってくれたんだから」

 

 

 吾郎はぶんぶんと首を振り、躊躇うことなくハンバーグに狙いをつけ、ナイフとフォークを伸ばした。【俺】の意志も若干含まれていたが、9割がた吾郎の意志である。その姿に、【俺】は思わず苦笑した。

 

 黎の手作り料理たちはどれも美味しかったらしく、吾郎は狂ったように「おいしい」と連呼しながら食べ進める。【僕】なら賛辞用の語彙も豊富なのだが、吾郎は所詮6歳児。圧倒的に語彙が足りなすぎる。けれど、「おいしい」という直球の賛辞故に、5歳の黎にも分かりやすく伝わったらしい。

 嬉しそうに、美味しそうに料理を平らげる吾郎の姿を見て、黎は安堵したように表情を綻ばせた。恐らく、人のために料理をしたのは初めてなのだろう。ハンバーグやオムライス、チョコレートクリームのケーキを平らげていく吾郎を眺める眼差しは、いつか見た“4カ月遅れの誕生日パーティ”のものと同一だった。

 

 

「そんなにがっつかなくても大丈夫だぞ、吾郎。おかわりはまだ沢山あるからな」

 

「あるだけ僕が食べる」

 

「……それは困る。俺たちの夕食がなくなってしまうからな」

 

 

 真顔で独り占め宣言されるとは思わなかったのだろう。吾郎の食べっぷりを見ていた航が眉間にしわを寄せ、至は楽しそうに笑っていた。――吾郎にとっては、母が亡くなってから初めての誕生日だ。空本兄弟と黎と過ごす、初めての誕生日。……【俺】には、あまりにも眩しすぎる光景。

 【俺】たちの記憶を辿る限り、大なり小なり違いはあれど、最終的には“祝ってもらえなかった”経験の方が圧倒的である。表だって口に出さない大人もいたけれど、『引き取って家に置いてもらっているだけ感謝しろ』と伝えてきた奴らの方が多い。文句を言えば、暴力か暴言が飛んでくる。酷い場合は、施設や他の親戚へ押し付けに行く奴もいた。

 吾郎が必要以上に“いい子”でいようとしていたのは、【俺】の影響を受けたせいだ。折角保護者に恵まれて、【俺】の願い通りに【あの子】と出会って“1番の特別”になれたのに。何の憂いもなく幸せになれるはずなのに。【俺】が意識しようがしまいが、吾郎はどこかで【俺】の過去や怯えを受け取ってしまうのだろう。

 

 

「来年は、もっと美味しい料理を用意するからね」

 

「じゃあ僕も、黎の誕生日を祝うよ」

 

 

 いつかの【俺】と【あの子】の焼き直しみたいな約束。

 果たされなかったであろう約束を想って、胸が痛くなった。

 

 吾郎はあと何回、黎に誕生日を祝ってもらえるのだろう。あと何回、黎の誕生日を祝ってあげられるのだろう。

 

 【俺】が知っている未来の可能性だけれど、11年後の11月末――あるいは12月の半ばは、修羅場の連続だった。騙し合いの果てに、どちらかが命を散らす運命が待っている。

 無邪気に笑い合う吾郎と黎は、そんな可能性なんか知らない。【俺】と【あの子】とは違い、騙し合いや殺し合いを演じる必要性だって皆無だ。

 もしかしたら、すべての発端である冤罪事件が発生しない可能性だってある。……いや、発生してほしくない。大事な人に、そんな運命、背負ってほしくないのは当然である。

 

 

「じゃあ、吾郎も頑張らなきゃな」

 

「うん」

 

 

 みんなが笑っている。至も、吾郎も、航も、黎も。昔の【俺】だったら罵詈雑言をぶつけて八つ当たりしたかもしれないけれど、今はもう少しだけ、その光景を見ていたかった。

 自然と口元が緩んでしまう。幸せになる資格なんてどこにもないのに、想いを馳せる相手はこの世のどこにもいないのに、伝えたいことが溢れだしそうになる。

 

 ここで生きる明智吾郎は、【俺】の理想であり、願いだった。【俺】の祈り、【俺】の希望そのもの。汚い大人たちが跋扈する暗闇を転げ落ちていくことなく、尊敬できる大人たちや愛する人と共に、光に満ちた場所をゆく。挫折や悲しみを乗り越えて、痛みや苦しみも踏み越えて、己の信じる正義を貫く――そんな風に、自由に生きられる命。

 

 正しい道に導くなんて、大層なことを言うつもりはない。ただ、【俺】と同じ轍を踏まないでいてくれたら、それでいい。

 いつまでここに在れるかは分からないが、【俺】が選べなかった道を征くその背中を、少しでも見守っていられたら――【俺】は、それだけでいい。

 

 

*

 

 

 【俺】の理想、【俺】の祈り、【俺】の希望そのもの――そんな存在である明智吾郎が、【俺】を受け入れてくれた。

 

 それだけでも奇跡だと言うのに、更なる奇跡を目の当たりにした。【あの子】の権化が――ジョーカーが、【俺】の目の前にいる。

 会いたかった。でも会いたくなかった。自分(【俺】)が汚いことは、自分(【俺】)が一番よく分かってる。

 

 “いい子”じゃない【俺】を見つけてほしかった。見つけたとしても、拒絶しないでほしかった。どうしようもない悪党である【俺】でも、特別だと言って、1番に選んでほしかった。――他でもない、“ジョーカーの1番特別な存在”になりたかった。

 叶いもしない夢を見ていた。愚かな夢だった。でも、そんな【俺】の夢を叶えるために、【あの子】は女性の姿を取ってここにいるのだ。いや、ずっと、有栖川黎を通して【俺】の傍にいてくれた。【俺】が明智吾郎の中にいて、彼を導きながら、黎を見守っていたのと同じように。

 

 

―― やっと、届いた……! ――

 

 

 ジョーカーは心底嬉しそうに微笑んだ。

 

 もう我慢できなかった。もう、“いい子”なんてやってられなかった。諦めて手を放すなんて、できるはずがなかった。

 形振り構わず手を伸ばせば、ジョーカーは当たり前のように【俺】の腕の中に納まる。背中に手を回され、強く抱きしめられた。

 

 言いたいことがあった。伝えたいことがあった。溢れ出した感情は複雑に絡み合っていて、自分が何をしたいのか分からなくなる。処理能力を超えてしまえば最後、【俺】はジョーカーに縋りついて、馬鹿みたいに泣きじゃくることしかできなかった。

 泣いて、泣いて、泣きはらして――やっと、1つ、形になった感情(モノ)があった。仮面を外し、【俺】は彼女と向き直る。ジョーカーも仮面を外して【俺】に向かい合った。互いの瞳は逸らされることなく、お互いをしっかり見つめ合っている。

 “もし赦されるなら、今度は【あの子】と一緒に笑い合えたらいいな”――あの日諦めた願いは、この手の中にあるのだ。乗り越えるべき試練や修羅場はまだ沢山あるけれど、その可能性を掴むことができたのは奇跡に等しい。……ああ、だからこそ。

 

 

―― ……生まれてこれて、良かった ――

 

 

 【俺】は奇跡を噛みしめながら、そう言った。

 人生で初めて、心からそう思えた瞬間だった。

 

 




6/2は明智の誕生日なので、何かしようと思った結果出来上がった産物。
時間軸は「拙作開始前の原作P5/11月中~12月中旬」⇒「拙作のP5本編開始前」⇒「『死線』の『最後の祈りが紡いだ、奇跡みたいな世界で』」となっています。
P5Rにおける明智関連の追加要素が楽しみですが、同時にちょっと怖いですね。……少しでも、彼が納得できる結末がありますように願います。

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