proto妄想 作:水茄子松茸
––––––ついに私の死刑宣告リミットは、ゼロになった。
降りしきる雨はまるで私を世界から押し流そうとしているよう。それなら、身を委ねて世界から乖離出来るのに。
でも、そんな事、姉とは違って凡人の私には出来るはずもない。
––––––今日は、父と姉の命日だ。
そう思う心には、しかし大した感傷は浮かばなかった。
在るのは、多分。
そこまで考えて、すぐ後ろまで迫ってきていた誰かの足音に思わず身を竦める。
「……ッ」
「ご家族の事は、本当にお気の毒でした。」
「…………」
父や姉の知り合いだろうか、と。そう思った。
だが、次の言葉を聞いて、私は当然の事を思い出した。
「あぁ、真理まで、あと一歩だったと言うのに––––––」
「帰ってください」
魔術に連なる者だろう。
あの、父や姉と同じように。
嫌悪感が身に走り、思わず後ろの相手の言葉を遮って強い口調を使ってしまった。
事を荒げたくないのに。
「今夜0時で、ちょうど8年。漸く闘いを再開出来ると言うのに、なぜ貴女は準備をしていないのですか?」
しかし、そんな事はまるで気にしていないかのように相手は言葉を続けた。
その言葉の一つ一つが、私の全てを抉るようで。
「私は……聖杯になんて関わりたくない」
後ろを振り向き、相手の目を直視して私はそう言った。
「総ての事柄は、因果の内にあります––––––」
背の高い、白髪の外国人の男は、そう言って私の耳元に顔を近づけ。
「逃げ場はありませんよ」
粛々と、機械のように、神のように。そう断言した。
◆
あれから暫くして、家に帰ってきた。明日も学校だ。
早く、早く今日の事を忘れて眠りにつかないと。
時刻は11時。
全ての始まりまで、あと1時間。
◆
唐突になるが、私の自己評価は最悪だ。
根暗で、臆病で。視野が狭くて見栄っ張り。
そして何より、どうしようもなく平凡で……平凡だ。
今日も父の教えを守れず、魔術触媒を鳩の血ではなく己の血で代用する始末。
儀式は明日から始まると言うのに、私ができた事は精々召喚陣の作成程度。
触媒は当然のように用意出来てなく、覚悟もない。
私は……姉のようにはなれない。
◆
12時丁度に、それはやって来た。
家中に、しかし家の者以外には伝わらぬ警報が鳴り響く。
敵、だろう。
前回の儀式にて、私の家は最後まで残り、聖杯まであと一歩のところまでたどり着いたと言う。
私はそんな家系の最後の一人だから、警戒した他の魔術師が真っ先に潰しに来たのだろう。
ほら、そこに敵の使い魔と思われる魔犬が。
だが、話に聞くサーヴァントではない。これなら、まだ私でも対処出来る。
鳩の羽を血で黒く染めた簡易魔術礼装を飛ばし、殺傷する。
「私だって戦える……!」
そんな私の勘違いは、しかし即座に打ち砕かれた。
「黒魔術とは古風じゃねぇか。こりゃ少し勿体無いかねぇ?」
廊下の奥に、それは居た。
緑の槍を持つ、尋常でないまでの魔力と殺意を放つ存在。
ヒトガタの殺戮兵器。
サーヴァント。
「来ないで!!」
この時に私は錯乱してしまって居たが、まだ戦意を喪失してなくて良かった。
錯乱しながらでもそうでなければ、目の前の男は、つまらなげに私を即座に殺していただろうから。
男に襲いかかる無数の黒羽は、だが一切の効果を持たなかった。
男が槍を横に薙ぐだけで、全てが掻き消され、私自身も圧で吹き飛ばされた。
逃げて、罠を発動させて、無効化されて、それでも何とか逃げて。
最後に辿り着いたのは、母が私に残してくれたガーデンだった。
「これなら……!」
一応は、私の、魔術師の工房であるガーデンの結界。
これならば何とかなるはずだと言う期待も、しかし容易く打ち砕かれる。
「おいおい、逃げるだけか?最初はそれでも面白かったが、もう少し根性ある所を見せてくれよ」
男は、目に見えて不機嫌そうだった。
獲物が狩り甲斐のある敵ではないと分かったからだろう。
ゆっくりと、着実にこちらに向かってくる男に、私はもう全てを諦めてしまっていた。
震えてカラカラになっていく喉は全く動かなくて。
心臓に槍を突き刺そうとする男を見て、私の喉は漸く働いた。
お父さん、と。
映画にでもよく出て来そうな有り触れた言葉。
しかし、その言葉の効果は、意図せずして絶大なものとなった。
昨日、引いておいた陣が、私の強い生きたいという願いに反応したのだろう。
召喚陣が私を中心として起動し、凄まじい魔力の奔流が発生する。
男は予想だにせぬ反撃に、為すすべもなく壁際まで吹き飛ばされた。
そして、彼が顕現する。
理想の王子様。
栄光の騎士。
私の、サーヴァントが。
「チィッ……!やってくれたな、黒魔術師ィ!」
召喚されて即座に攻撃すれば、反応が遅れるだろうと言うランサーの一撃は、しかし背中に目が付いているのかという正確さで、私が召喚したと思われるサーヴァントが見事に迎撃した。
強烈な、不可視の一撃はランサーを後退させるほどの威力を持っていた。
「貴様ァ!……なに!?」
続けて第二撃を放とうとしたランサーの動きが止まった。
よくよく見てみると、なんと彼の武器である槍が真ん中でポッキリと折れてしまっているのだ。
さっきの反撃によるものだろう。
これでは、十全に己の武威を振えまい。
ランサーもそう思っているのか、こちらを睨むだけでそれ以上は何もしようとしない。
「フン。今日はここまでにしておいてやるが––––––一つだけ聞かせてもらう。貴様の武器、そりゃ何だ?」
その言葉に、私の視線は自然と、私が呼び出したサーヴァントの手へと向かう。
……何も、握ってないようだけれど?
「さぁ、斧かも知れないし、槍かも知れない。ひょっとすると、弓という事もあるかも知れないね、ランサー」
「ハ––––––抜かせよ剣使い」
私にはよく分からない両者の会話。
多分だけれど、宝具か魔術かによってセイバーは己の武器を隠しているのだろう。
腐っても魔術師だから、彼が空を握っていると見える虚空に莫大な魔力を感じ取れるし、まぁその程度は分かる。
「雇い主からの了承も得た。じゃあな、お前ら」
恐らくはマスターが戻って来いとランサーに命じたのだろう。
彼の体がドンドン透明になっていく。
「霊体化、か」
セイバーも無理に追おうとはしない。
完全にランサーの気配が消えきってから、彼はこちらに振り向き、微笑み、そしてこう語った。
「僕は、セイバー。君を守る、サーヴァントだ」
誠に遺憾だが、この時私は彼をかっこいいと思ってしまっていた。
聖杯戦争に巻き込まれたなど、いろいろな問題点はあるのに、それでも尚私は彼にどうしようもなく惚れてしまったのかもしれない。
「っ……?」
体が揺らめく。
よくよく考えたら、朝に召喚陣を敷く為に大量の血液を消費したんだった。
緊張の糸も解けて、体が休みを得ようとしているのだろう。
「綾香!?」
沈みゆく意識の中、あれ?名前教えたっけ、と思いながら、私の意識は暗転した。