「どした、佐倉先輩?」
「前髪、うっとおしくないか?」
「慣れたよ」
「慣れる前に、切れよっ!?」
SIDE 群雲琢磨
朝。そう、朝です。特訓予定の朝が来たのです。
……結局、ナマモノとの会話で夜が明けるとか、何してんだろうね、自分。
リビングで、無音のテレビから情報を取得。魔女が関係していそうな事件は見当たらず。
朝食は、軽めの物を用意。本来なら食事すら必要ないんだけどね、
作った事のある食事なら、おかしな色にはならない。うん、わけがわからないよ。
「おはよう、琢磨君」
準備を終えて、ベランダで一服中に巴先輩が起きてきた。
「おはよう、巴先輩。
朝食は出来てるよ」
「相変わらず、早起きね」
寝てませんもの。そんな事言ったら説教コースなんで言わないけど。
「おはよう、琢磨」
「おはよう、佐倉先輩」
続いて、佐倉先輩もやってきた。当然のように、ゆまもそこにいる。
僅かに俯き、目を合わせないようにしながら、ゆまも挨拶した。
「お、おはよう、たくちゃん」
SIDE 佐倉杏子
ゆまの挨拶直後、琢磨の動きが止まった。
まあ、いきなり呼ばれ方が変われば驚きもするか。そう思った次の瞬間。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「何語!?」
顔を真っ赤にして、両手を上下に振り回しながら、琢磨が奇声を発した。思わずツッコんだあたしは、悪くない。
「ちょ、お、う、あ、えぇ!?」
ここまで狼狽する琢磨を見るのって、初めてだな。それほど、想定外だったのか。
くすくすと笑いながら、マミが琢磨に告げる。
「琢磨君とゆまちゃんの仲を修復する為。
と、言ってもゆまちゃんが一方的に嫌っているのが現状よね?」
「う、お、おぅ」
「だからまず、呼び方から変えてみようと思ったのよ。
だから、たくちゃん」
「いや、その理屈はおかし……くないのか?
いや、まあ、うん、好きに呼べばいいんじゃないかな。
いや、でも、もうちょっと、何とかならないのか。
いや、割り切ればいいのかも。
いや、しかし」
「いやが多すぎるだろ、おい」
顔を真っ赤にしたままの琢磨の呟きに、ツッコミを入れるあたしは悪くない。はず。
「いや?」
「とりあえずゆまは、その上目使いは反則だから、自重しような。
呼び方と合わせて、オレの神経が羞恥でマッハ」
「お前はまず、理解出来る日本語を使え」
閑話休題。
朝食を終えたあたし達は、リビングで今日の予定を話す。琢磨だけはベランダにいるけど。
「特訓はいいが……場所はどうするんだよ?」
「いつもの高架下か、郊外に出るか……。
特訓の内容にもよるんじゃね?」
「特訓内容は決めてあるわ。
その為には……やっぱり郊外が最適かしらね?」
「お弁当だな、まかされたぜ!」
「ピクニックじゃねぇんだぞ、おい」
場所は……ある。でも……。
「さて、この群雲琢磨君が特訓場所の候補を、絞り込んでおいたぜ」
「準備いいわね」
「オレの候補は108まである」
「多すぎだろ、おい」
「いやぁ」
「それで、どこにするつもりなの?」
「……おのれ、適度にオレをあしらえる様になってやがる……」
「当然でしょ?
どれだけ、一緒にいると思ってるのよ」
見滝原に戻ってきて。あたしは何度も思い知る。
マミと琢磨の繋がりの強さ。
隣町に住んでいたあたしは以前、押し掛ける形でマミの弟子になった。
だが、琢磨は違う。
琢磨は、最初から“マミと対等の立場”で接触した。
男の子の癖に。年下の癖に。少女ですら無い癖に。
自分の事しか、考えてない癖に。
違う。
自分の事しか考えてないからこそ。
琢磨にとって、他人はすべて“平等”なんだ。
他人の評価なんて、知ったこっちゃ無い。
これまでの経歴なんて、知ったこっちゃ無い。
今、自分にとって。それだけが判断材料。
マミをマミとしてのみ。ゆまをゆまとしてのみ。あたしを佐倉杏子としてのみ。
そして、自分を群雲琢磨としてのみ。
だからかな? そんな琢磨の笑顔が、泣いてる様に見えるのは。
だからかな? そんな琢磨の生き方が、悲しすぎるような気がするのは。
だからかな? 自分の為と言っている琢磨が――――
「どした?」
考えに耽っていたあたしを、琢磨の声が現実に引き戻す。
「考えてたんだよ。
特訓場所をな」
ベランダで、電子タバコを咥えて。
前髪が長く、右目に眼帯をして。
僅かに見える左目が、あたしを真っ直ぐに見据えている。
「見滝原の郊外」
だから、あたしも。
「風見野との境に近い位置」
対等になる為には。
「佐倉さん……あなた、まさか」
もう一度、あの時のように。いや、あの時以上に。
「寂れた教会があるはずさ」
みんなと、一緒にいる為に。
「そこなら、人目につく事はないはずだ」
乗り越えないと、な。
SIDE 巴マミ
佐倉さんの言葉に、私は言葉を失った。
郊外にある教会。
それが、佐倉さんにとってどういう場所なのかを知っていたから。
まさか、その場所を佐倉さん自身が推すなんて、考えても見なかったから。
「佐倉さん……いいの?」
私の問いかけに、彼女は微笑みながら言った。
「あの場所だからこそ、あたしにとって、新たな一歩を踏み出す為に。
素直になるのに、相応しい気がするからさ」
その微笑み方はどこか。琢磨君に似ていた。
次回予告
どれだけ強大な力を持っていても
心一つで、無力になる
どれだけ強大な力を持っていても
心一つで、暴力になる
善悪を決めるのはいつだって心
ならば心は、どうやって鍛える?
百五章 拠り所