ひょっとして、石で殴り殺す事も可能なんじゃね?」
「さすがにそれは、どうかと思うわよ……?」
SIDE out
僅かに離れた距離で、お互いを観察する、群雲と三人の魔法少女。
沈黙を破り、行動を起こしたのは群雲が先だった。
手にしていた
「え……っと!」
突然の行動に一瞬遅れるも、山なりの軌道で飛来したそれを、巴マミがキャッチする。
「……魔力を」
そう呟き、群雲は変身を解除する。
電気操作の影響で、僅かに持ち上がっていた白髪は、重力に従い、下ろされる。
長い前髪が、黒と緑のオッドアイを覆い隠す。
さらに群雲は、身に着けた黒のトレンチコートから、眼鏡を取り出す。
縁の無い、右のレンズが曇りガラスになっているそれは、自分がオッドアイである事を少しでも隠す為に、自作した伊達眼鏡だ。
元々、魔法関係以外の視力がガタ落ちしている為、通常時に右目を意識する事はほとんど無い。
曇りガラスでも、何の問題も無いのである。
そんな、歪な自作品を装着し、右の中指で押し上げる。
「キミは……これが目的だったんじゃないの?」
鹿目まどかの質問に、群雲は僅かに思考した後。
「倒したのは、そちらだ。」
そう言って、そっぽを向いた。
一瞬ためらうも、
三人は、受け取った
(……
そっぽを向いたまま、左目だけでその様子を観察する群雲。
「まだ、使えそうね」
「どうぞ」
――思考が、硬直する。
反射的に、群雲は正面に向き直る。
群雲自身、小柄である事は認識している為、自然と見上げる形になる。
長い前髪と眼鏡の僅かな隙間。
そこから覗く、黒い瞳は驚愕に見開かれていた。
「どうしたの?」
「……ん」
彼女の言葉に反応し、
――いるんだな、こういう人も。
今日という日は色々と、想定外な事が起こる日だ。
そんな事を考えながら、左手で眼鏡を下にずらし、右手に持つ
「
それを見た暁美ほむらが、思わず声を上げる。
鹿目まどかも、巴マミも、同様の驚愕を受ける。
想定外な事が起きる日である事は、三人の魔法少女にも言えた。
……後一回使ったら、魔女になりそうだな。
それは、純粋な経験則からくるもの。
それ故に、その判断には自信がある。
そして。
「君も、この街に来ていたんだね」
唐突に掛けられた声に、四人は一斉に向き直る。
そこにいたのは、ナマモノ(群雲命名)だった。
「いるか?」
「もちろんだよ」
短い会話の後、孵化直前の
「ぎゅっぷい!」
で、それを回収(背中で食べる)キュゥべえ。
相変わらず、体に悪そうだなぁ。
そんな思考をしつつ、群雲はその場を立ち去
「待って」
ろうとしたら、巴マミに呼び止められた。
「色々と、お話がしたいのだけれども、良いかしら?」
巴マミの暮らすマンションの一室。
夕日の差し込むその場所に、四人と一匹?は集まっていた。
あまり、居心地の良い雰囲気とは言えない。
巴マミに先導されて、付いて来た群雲は終始無言。
背が低く、若干俯いている上に、長い前髪と眼鏡がその表情を覆い隠していたからだ。
何か、話そうとは思うのだが、街中で魔法少女や魔女の事を話す訳にも行かず、かといってそれ以外の共通の話題などは無く。
部屋に着いてからも、それは変わらずにいた。
違っているのは、群雲がコートを脱いでいる事(上下共に、黒で統一された質素な服装だった)と、巴マミが客人をもてなす為に紅茶を入れている事ぐらいか。
もっとも、鹿目まどかは群雲に対して興味津々であり、暁美ほむらは群雲の存在が、自身の時間遡行によるイレギュラーなのではないかと言う危惧がある。
自分達を助け、魔女戦では進んで前衛に立ち、真っ先に手にした筈の
キュゥべえは、まだ生きてたんだ、程度の認識しかなく、群雲は無言を貫いている。
「まずは、自己紹介をしましょうか」
紅茶を全員に行き渡らせた所で、巴マミが切り出していく。
「私は巴マミ。
見滝原中学の三年生よ」
「私は鹿目まどか。
マミさんと同じ学校の二年生だよ」
「暁美ほむら。
鹿目さんのクラスメイト……です」
三者三様の自己紹介を受け、ムラクモは紅茶を一口飲み
「…………群雲琢磨」
簡素に、自分の名前だけを告げた。
「群雲君、ね」
名前を聞いて、笑顔を見せる巴マミ。
眼鏡を中指で押し上げた後、群雲はキュゥべえへ視線を向ける。
「僕はキュゥべえ。
と言うか、僕達は互いの名前すら知らなかったんだね」
「……まあ……必要なかったしな」
契約した日以降、穢れの溜まった
「というか琢磨は「いきなり呼び捨てか」いいじゃないか。
今日は随分と無口だけれど、何かあったのかい?」
キュゥべえの言葉に、群雲は言葉を詰まらせる。
「普段は違うの?」
「接触時間は、それほど長くはないけど、今の琢磨は極端だね」
鹿目まどかの質問に、簡潔に答えるキュゥべえ。
それを聞き、巴マミは極力、警戒させないような声色で問いかける。
「何か、あったの?」
「それは……」
俯きながら、群雲は応えかけて…再び口を閉ざす。
答えを待つ巴マミと、首を傾げる鹿目まどかに、不安げな暁美ほむら。
三者三様の視線を受けて、群雲はそっぽを向きながら小さく呟いた。
「……慣れてない……だけだ…………」
その横顔を見て、三人の思考が一致する。
(もしかして、この子……)
(クールとか無口とかじゃなくて……)
(ただ、単純に……)
群雲の顔が僅かに赤いのは、夕日のせいではなかった。
(((照れてるだけ?)))
「わけがわからないよ」
「……うっさいわ」
事は、非常に単純だった。
群雲琢磨は、元いじめられっこである。
入学式当日の、両親の死。それに伴う、入学式早退。
そんな“普通とは違う”状況は、感情の抑制力が低い子供にとって、当人をからかうのにあまりにも最適で。
対して、両親の死により落ち込んでいた群雲は、さして相手にせず。
それが逆に、周りの子供達から、反感を買う要因に繋がり。
――――最終的に、いじめへと発展した。
今、重要なのは。
いじめられっこだった群雲は純粋に。
異性と会話した経験がない、と言う事だ。
「わけがわからないよ」
「ほっとけ」
俯き、眼鏡を押し上げながら、群雲は続ける。
「ただでさえ、女子と会話した記憶がないのに、年上の……その……か、かわいい人達…………と…………」
徐々に萎んでいく群雲の言葉に、一言。
「わけがわからないよ」
プツン
冷静に、淡々と、いつもの言葉を話すキュゥべえに、群雲の中で何かが切れた。
素早く立ち上がり、キュゥべえの頭を掴んだ群雲は
「そぉい!」
「ぎゅっぷい!」
思いっきり天井に放り投げ、叩きつけられたキュゥべえは不可思議な呻き声と共に重力に従い落下した。
突然の行動に唖然とする三人をよそに、再びキュゥべえを鷲掴みにし。
それを前後に勢い良く揺らしながら、群雲は叫んだ。
「いきなりこんな、ハイレベル三人相手とか、難易度高すぎじゃあぁぁぁ!!」
「失礼、取り乱しました」
数分後。
落ち着きを取り戻した群雲は、静かに紅茶を飲んでいた。
が、相変わらず顔は赤く、三人と目を合わせようとはしない。
(戦闘中とは、別人ねぇ……)
(かわいいだって。
てへへ、てれちゃうな~)
(私も含まれてる……んだよね……?)
相も変わらず、三者三様の感想を浮かべる魔法少女達。
ちなみにキュゥべえは傍らでぐったりとしている。
そして、群雲の脳内は
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け大丈夫大丈夫絶対やれるだから大丈夫だってダメだダメだあきらめちゃダメだできるできる絶対に出来るんだから諦めんなよ! 諦めんなよ、オレ!! どうしてそこでやめるんだ、そこで!! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメ! 諦めたら!
……実に、落ち着いていなかったりする。
なんか、最終的に「Never Give Up!」とかいって締めくくりそうな勢いで。
だが。
「じゃあそろそろ、詳しい話をしましょうか」
巴マミのその言葉に、群雲の脳内は一気に冷えていく。
え、さっきのはなんだったのん? とか言われそうだが、それも群雲の性格に起因する。
元々、思考癖がある上に、微妙にずれていきやすいが、それは逆に、容易に切り替えて、元に戻せると言う事でもある。
ある程度の所で、すっぱり割り切れるのだ。
「話……ね」
眼鏡を押し上げて、群雲は切り替える。
初めての、魔法少女との邂逅。
数少ない、魔法少女(男)であるオレは。
……どう動くのが、一番笑えるのだろう……?
次回予告
出会いを切っ掛けに、変わる流れと変わらない流れ
出会いを切っ掛けに、動く感情と不動の目的
人とは、変わる生き物である
良い方にも、悪い方にも
十一章 鋭く、冷たく