無法魔人たくま☆マギカ   作:三剣

170 / 173
「【では】【はじめようか】【人ならざるモノの】【闘劇を】」


第四幕  人形と泡沫のfourth night
百六十二章 探し物


 立花宗一郎は困っていた。

 

 復讐の為、手に入れたはずの爆弾。

 しかし、出てきたのは全裸の女の子。

 記憶を失い“かずみ”という名前しか解らない少女。

 自分の作ったストロガノフを米粒ひとつ、残さないように食べる彼女を見ながら。

 

 立花宗一郎は困っていた。

 

 残念な事に、状況は止まる事無く動いていく。

 そう、立花を嘲笑うかのように。

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 鳴り響くチャイム。来客を告げる印。しかし立花は動かない。

 

「? 出ないの?」

「出られる訳ないだろ。

 俺の知り合いに、お前の事をなんて説明するんだよ……」

 

 馬鹿正直に話すわけにも行かない。

 ショッピングセンターを爆破する為に手に入れた、爆弾入りトランクの中に、記憶の無い全裸の少女が居た。

 犯罪レベルというよりも、犯罪そのものである。

 しかし、立花はありえない音を聞く。

 

 鍵を開ける音と、扉が開く音。

 

(鍵を掛け忘れた? いや、そんなはずはない!!)

 

 思わず椅子から立ち上がる立花に、ハテナ顔のかずみ。

 

 そして現れたのは、小さな軍人。

 

 総白髪に右目の眼帯。緑の軍服に両手足を染める黒。

 なによりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、少年の異常さを際立たせている。

 少年は一通り室内を見渡す。立花とも目が合い、かずみとも目が合う。

 しかし、何を言うでもなく、部屋全体を見渡し終えて。

 

「【邪魔した】」

 

 回れ右。

 

「待って!!」

 

 それを呼び止めたのはかずみ。少年は再び振り返り、かずみと視線がぶつかる。

 

「わたしの事、知らない?」

「【は?】」

 

 一切感情の篭らない【】付いた声。驚いているのかどうかも解らない、鉄仮面。

 

「【初対面だが】」

「そっか~……」

 

 変わらず返答する少年に、落胆するかずみ。

 

「【状況が見えないが】」

「こっちの台詞だ」

 

 無表情のまま、首を傾げる少年の前に立つ立花。

 

「どうやって入ってきた?

 鍵は掛かっていたはずだぞ?」

「【オレはただ】【探し物をしているだけだ】」

 

 質問に答えず、目的を話して少年ははぐらかす。もちろん、それで納得する立花ではないが。

 

 

 鳴り響く携帯に遮られる。

 

「ったく、なんなんだ今日は!」

「【どんな日だ?】」

「なんて日だ!!」

「仲いいな、お子様共!?」

 

 翻弄されっぱなしの立花だが、携帯に出た瞬間、表情が凍りつく。

 気になったかずみは携帯に耳を傾け、少年は自身の聴覚を強化して、音を拾う。

 

「オマエノ爆弾ヲ預カッテイル。30分後、BUY-LOTノベンチデ交換ダ。コナケレバ警察ニ渡ス」

 

 明らかにボイスチェンジャーを使用している機械的な声は、一方的に告げて、通話を終わらせた。

 

「【機械で声を変えてはいるが】【おそらく女だな】」

「え? わかるの? すごい!」

「……思い出した」

 

 少年の非凡な能力に驚くかずみを余所に、立花は思い出す。

 

 爆弾入りトランクを手に入れた後、同じデザインのトランクを持つ女とぶつかった事。

 その時に入れ替わったとしか思えなかった。

 

「【状況がわからないんだが】」

「わたしも!!」

 

 淡々とする少年に、興味津々のかずみ。立花は溜め息をついた。

 この件に関し、立花は言い逃れが出来る状況じゃない。

 トランクの中にいたかずみはもちろん、どうやってか不明だが部屋に入ってきた少年にも、事情を話さなければならない状況。

 “口封じ”という選択をしないあたり、立花は“悪人”にはなれなかったのである。

 

「BUY-LOTの経営者に騙されて、店も土地も奪われた。

 復讐の為に俺は、爆弾入りのトランクを手に入れた」

「でも、中には記憶を失ってるわたしがいたんだよね?」

「おそらく、さっきの電話の奴が誘拐犯だろう。

 ぶつかったときに入れ替わったんだ」

 

 訪れる沈黙。しかし、それは僅かだった。

 

「取引しよう!」

「は?」

 

 かずみの提案に立花は面食らう。

 

「だって、わたしを知る手掛かりは、誘拐犯だけだもん!」

「【待て待て】」

 

 さらに、そこに少年が待ったをかける。

 

「【少し考えろ】【どう転んだって】【損しかないぞ】」

「どういう事?」

「【確認するが】【アンタは誘拐犯を知っているか?】」

「知るわけ無いだろ」

 

 得た情報を分析、選定、検証し、少年の【戯言】が始まる。

 

「【じゃあなんで誘拐犯は】【アンタの携帯番号を知っている?】」

「「!?」」

「【誘拐犯にとっても】【この状況は想定外のはずだ】【にもかかわらず誘拐犯は】【爆弾魔がアンタだと辿り着いている】【かなりの情報網を持っている事になる】」

 

 感情無く【戯言】を話すその姿は、まさに人形。或いは機械とでも言えるかも知れない。

 

「【自分が誘拐犯だった場合を考えてみろ】【トランクの中にはなぜか爆弾】【トランク自体が入れ替わったと気付く】」

「うんうん」

「【電話してきたって事は】【誘拐犯は爆弾魔の事を調べられる情報網を持っている】」

「おまえ、本人目の前にして爆弾魔って」

「【そうだろう?】【爆弾魔】」

「そう言えば、わたしもお兄さんの名前知らない」

 

 当然である。ろくに自己紹介が出来る状況でもない。

 

「立花宗一郎だ」

「記憶喪失のかずみ!!」

「【ウィキッドデリート】【今の所】【名乗る名前はそれだけだ】」

 

 互いの名前を簡潔に告げ、少年――――ウィキッドの【戯言】が続く。

 

「【誘拐犯にとって】【誘拐がばれる時点でアウトだ】【仮にこの取引で爆弾とかずみを交換しても】【かずみが素直に誘拐されるはずがない】」

「あったりまえじゃん!!」

 

 胸を張るかずみ。

 

「【誘拐犯が】【トランクの中が爆弾だと確認した以上】【立花さんが】【トランクの中のかずみを起こしている可能性は極めて高いと考えるだろう】【記憶に関してはなんとも言えないが】」

「誘拐犯が、わたしの記憶を奪ったの?」

 

 首を傾げるかずみ。感情と行動が素直に表現される少女である。

 対し、ウィキッドは行動に感情が見受けられない。

 軽く視線を動かして、ウィキッドが聞く。

 

「【いちたすいちは?】」

「に!!」

「【テーブルの上にお皿があるが】【なにか食べてたか?】」

「お兄さんの作ってくれたストロガノフ!!」

「【以前読んだ医学書にあったが】【かずみに起きているのは“エピソード記憶の喪失”だろう?】」

「???」

 

 記憶喪失。それには色々な種類がある。

 一定期間だけの喪失。一定の出来事だけの喪失。その在り方は一つではない。

 人としての“基本的な事や知識を失う事無く、自分や他人に関する事を失っている状態”が、今のかずみだ。

 これを“解離性健忘”に分類するのであれば。

 

 自分の生まれ育ちに関わる事を忘れる“全生活史健忘”か。

 特定の人や物事に関わる事を忘れる“系統的健忘”か。

 

 最も、ウィキッドも読んだ書物による知識を“思い出せる”のであって、その事を深く研究している訳ではない。

 だからこそ、どちらにも当てはまるだろう“エピソード記憶の喪失”と位置付けた。

 

「【現代社会で】【意図的に“特定の記憶を奪う技術”なんて】【確立されてない】」

「??????」

「【その点で言えば】【誘拐と記憶喪失は】【別に考えた方がいいのは】【わかるか?】」

「ぜんぜんわかんない!!」

「【ぇー】」

 

 見事に噛み合ってなかった。

 

「あぁ~、つまり?」

「【かずみの記憶喪失と】【かずみの誘拐は】【別々に切り離して考えるべき】」

 

 立花の言葉に、ウィキッドが淡々と答える。どう見ても一番年下の少年が、誰よりも理論的に状況を整理していく。

 

「【そして今】【オレ達が考えるべきは】【かずみの誘拐についてだ】」

「わたしの記憶は!?」

「【頑張って思い出せ】【いじょ】」

「冷たいよ! ウェヒッチョトニーニョ!!」

「【言えてないし】【むしろ誰だそれ】」

「言い難いもん!!」

「【ぇー】」

 

 どうにも、緊迫とは程遠い子供達である。

 片方は記憶を失いながらも明るく。

 片方は薀蓄垂れ流す機械のようで。

 

 噛み合う筈も無かった。

 

 

 

 そして、立花宗一郎は困っていた。




次回予告

復讐の為、爆弾を手に入れるはずだった男

誘拐され、記憶を失った少女

探し物の最中、二人と関わった少年


そして、少女を誘拐した者



遂にはじまったのだ

記憶を無くした少女と 感情を失った少年が


この、あすなろ市で出逢った事で



初戦の相手は、誘拐犯


百六十三章 真実だとしても

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。