「久しぶりだからって、テンション高いね、ハジヶえ」
「TIPSを捻じ込みようがないからね!!」
「ウィキッドの解説はしないのかい?
無表情になった理由とか」
「もうしばらくは後だね!!
それよりも!!」
「それよりも?」
「ジュゥべえとの会話が楽しみだよ!!」
「本編で?」
「いや? その内前書きにくるじゃん?
同胞だし」
「わけがわからないよ」
あすなろ市にあるショッピングセンター。立花宗一郎はトランクを持って、そこに来ていた。
トランクの中にはかずみ。少し離れた場所から
(【さてさて】【オレの“仮定した過程”の通りにいくかどうか】)
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~・~・~
誘拐犯からの交換条件。
青年と少女と少年は、素直に従うはずもなく。
「【かずみが起きた以上】【誘拐は失敗】【だとすれば】【誘拐犯はどう動く?】」
愛用する電気タバコを咥え、煙を吐きながら。感情無き人形の如く、ウィキッドが言葉を紡ぐ。
「いや、その前にお前それ……」
「【スルー推奨】【それ所じゃないだろ】」
「キッドが不良になった!?」
「【最初からだ】【てかキッドって】」
「言い難いんだもん!!」
電気タバコを咥えるウィキッドに、立花が指摘するも意に介さず。そして、かずみの呼び方は“キッド”になったようだ。
何も無かったかのように、ウィキッドは言葉を続ける。
「【誘拐犯は考える】【トランクが入れ替わった時点で】【誘拐は失敗した】」
当然である。誘拐を成功させる必須条件は“誘拐を他者に悟られない事”にある。
誘拐の成功率は低い。何故なら“誘拐が判明しているから”に他ならない。
だからこそ“判明した誘拐の成功率は低い”のだ。
それは逆に“判明しない誘拐の成功率は高い”と言える。
当然だ。妨害する存在は“誘拐される当事者”以外にはありえないからだ。
「【誘拐されたとなれば】【かずみも警戒するし】【かずみの周りの人間も警戒するだろう】」
「いるのかな? わたしにも、心配してくれる人って」
かずみの呟き。記憶が無いという事は、確かな
「【だとすれば】【誘拐犯は考える】」
その呟きを聞きながらも、無視して、ウィキッドは言葉を続ける。続けたいのに色々と茶々が入るのはどうにかならないものか。
「【爆弾魔に】【誘拐犯になってもらえばいい】」
「はぁ!?」
驚愕する立花。無論、ウィキッドはそれをも無視する。
「【誘拐犯が捕まれば】【警戒は薄まるだろう】【
事件が解決した直後の、一瞬の緩み。ウィキッドなら確実にそこを突くだろう。
誘拐犯が、そこまで考えているかは解らない。だが、ウィキッドが“誘拐犯”なら、そう動く。
「【ならば
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~・~・~
鳴り響く、立花の携帯。
「もしもし」
「ぶつハ、ベンチノ裏ダ」
簡潔に用件だけ伝え、通話が切られる。立花は言われたまま、ベンチの裏に回る。
白い布に包まれた何か。布を取れば、出てくるのは自身の持つトランクと同デザインのもの。
(【さあ】【こいっ!】)
<
すべては、自分の為に。
「ちょっといいですか?」
トランクを摩り替えた立花。それを呼び止めたのは、二人の中学生。
(【……】)
「なんだ?」
「あなたさっき、トランクを摩り替えてましたよね?」
「犯罪のニオイがするんだよなぁ~」
(【ったく】【余計な事を】)
ウィキッドが落胆する事など知る由も無く。
立花は警戒を解かないままに、言葉を紡ぐ。
「なんだ、お前達は?」
立花と対峙した二人の中学生は。
「通りすがりの女子中学生」
「海香とカオルでっす! よろしく!」
暢気に自己紹介をする。しかし、立花の警戒は崩れない。トランクを自身の後ろに回し、取られないようにする。
(こいつらが“誘拐犯”か?)
(???)
(【この“想定外”は】【もうひとつの“仮定した過程”を後押しするな】)
取引自体が罠。そう話し合っていた為、立花は
かずみはトランクの中。状況がわかるはずもなく。
ウィキッドは、状況から“次”へ思考を巡らせる。
「摩り替えた? 何の話だ?」
立花は白を切る。現状、立花にとって留まる事こそが避けるべき事なのだ。
「動くな」
「「「!?」」」
しかし、状況は動く。銃口を向けながら近づく女刑事を先頭に、武装した警察組織がその姿を現す。
(【いや】【おかしいだろ】)
ただ独り、状況を確認するウィキッドは違和感を覚え、それを抽出していく。
「立花宗一郎ね。
あなたがこのショッピングモールを爆破しようとしている事は、すでに把握済み。
抵抗しても無駄よ」
女子中学生二人を立花から離し、女刑事は立花を睨みつける。
立花が、ゆっくりとトランクから手を離した瞬間。
「撃っちゃダメだよ!!」
もう一つのトランクから、かずみが飛び出してきた。
(【あぁ】【もう】【めちゃくちゃ】)
無表情のまま、ウィキッドはため息を一つ。もはやこれ以上“状況を見守る”のは不可能に近い。
トランクからかずみが出て来た事で、状況は混乱の一途へ。
「立花は、誘拐までしていたの!?」
「違う!! 立花さんはわたしを助けてくれた!! 悪い人じゃない!!」
「っ!?
でも、それと爆弾は別よ!!」
「【よう】【立花さん】【探し物は見つかったかい?】」
平然と、混乱の場に姿を見せるウィキッド。
「キッド!?」
「【かずみは少し黙ってな】」
「ひどくない!?」
「【ちゃんと】【場を収めてやるから】」
「ほんと?」
「【まあ】【オレは嘘吐きだけどな】」
「わかった、信じる」
かみ合ってるんだか、かみ合ってないんだか。
笑顔のかずみに、無表情のウィキッド。
「【ようは】【立花さんが】【爆弾で爆破しようと
「そうではないわ。
爆弾を所持している時点で、立派な犯罪よ」
「【なら】【話は簡単だ】」
女刑事とのやりとりの後、ウィキッドは立花のトランクを手にとって、躊躇う事無く開いた。
「なっ!?」
「おい!!」
女刑事と立花が驚く中、ウィキッドは感情の篭らない声色のまま、言ってのけた。
「【で】【どこに爆弾があるって?】」
トランクの中。そこに入っているのは男物の着替え一式。これから旅行にでも行くかのような内容だった。
「ばかなっ!?」
女刑事が、思わず中身を引っ掻き回す。しかし、当然のように爆弾なんて出てこない。
「どういうことだ?」
立花の質問に、ウィキッドは平然と言う。
「【どういう事もなにも】【爆弾なんて持ってないだろ?】」
「でもキッド……」
「【かずみだって】【
「!! うん!!」
「【つまり】【女刑事さんが間違ってたってだけの話さ】」
たった一手で、ウィキッドは立花宗一郎の“無罪”を証明する。
さらにかずみに“立花に誘拐されていない”と証言させる事で、誘拐の容疑すら晴らす。
「でも、さっきその人はトランクを摩り替えていたわ」
「【おいおい】【立花さんがトランクを摩り替えたなんて“証拠”がどこにあるんだよ?】」
海香の疑惑を、ウィキッドは一蹴する。
「【まったく同じデザインだからな】【見間違えたんじゃないか?】」
「……」
無表情、無感情な左目が海香を捉える。言外に言っているのだ。
「ばかな……そんなはずは…………」
呆然と、開いたトランクの前に座り込む女刑事。それを見たかずみは、一つの答えに辿り着く。
「ひょっとして、爆弾でお兄さんをハメようとしたのって、刑事さん?」
その言葉に、女刑事は鋭い目線をかずみに向けるが。
「【こら】」
「あいたっ!?」
その視界に映ったのは、かずみをチョップするウィキッドだった。
「【これ以上】【ややこしくすなや】」
「キッド、ひどい!?」
「【立花さんの】【ありえない嫌疑が晴れたんだ】【そこで納得しとけ】」
言いながら、ウィキッドの左目が女刑事を見据え。
「【たとえ真実だとしてもな】」
そう。ウィキッドもまた、かずみと同じ答えに辿り着いている。
しかし、それを追求する必要は無い。
「【ほら】【行こうぜ】」
トランクを閉じて、ウィキッドはそのまま歩き出す。
「待ってよ、キッド!!」
それをかずみが追い、立花がそれに続いた。その後ろ、睨みつける女刑事の視線は、憎悪に満ちていた。
ショッピングモールから出てすぐ、三人に声が掛かる。
「待って」
その声に三人が振り返った先には、先ほどの女子中学生が二人。
「【何か用かな?】】
「用があるのは、かずみよ」
「わたし?」
首を傾げるかずみに、海香は一枚の写真を見せる。そこに映るのは三人の少女。
海香、カオル、そして、かずみ。
「あれ? わたしだ」
「【なるほど】【知り合いか】」
「そういうこと!!」
笑顔のカオルに、かずみも笑顔になる。
聞けば、かずみが行方不明になったのは、つい昨日の話だったらしい。
家出なのか、誘拐なのか。
ひとまず、二人で探してみようと出かけた矢先の、先ほどの騒動だった。
「なら、そっちと一緒の方がいいな」
立花の言葉に、全員が納得する。
「あ」
そしてかずみは、着ている服に手をかけ。
「帰るから返さなきゃ」
「かずみ!?」
「ちょ、こんなとこで脱がないの!?」
「いいよ、もってけ!!」
「【なんだかなぁ】」
また一騒動である。なにかしらバタバタしないと、気か済まないのだろうか。
そして、三人と二人は、二人と三人に分かれる。
「お兄さん、キッド。
ありがとう!!」
満面の笑みで手を振るかずみ。それを背中に受け、立花とウィキッドは歩いていく。
二人の姿が見えなくなった頃、かずみ達もまた帰路に着いた。
「【それで】【どうする?】」
並んで歩く立花とウィキッド。その視線を前に向けたまま、ウィキッドは電気タバコを咥えながら問いかける。
「なにをだ?」
「【爆弾による復讐さ】」
その言葉に、立花の足が止まる。
そう、立花自身の問題は、何も解決していない。
かずみの記憶が戻っていないのと同じように。
かずみを誘拐したのが誰なのか、不明のままなように。
起きた騒動が収まっただけなのである。
「【一つ言わさせてもらうなら】」
立花と同じように、立ち止まったウィキッドは。
「【記憶喪失のかずみに食事を作ったり】【突然現れたオレの言葉に従ったり】【あんた】【犯罪者に向いてねぇよ】」
褒めてるんだか、貶してるんだが、解らないような事を、感情を込めずに言う。
「【あんたにはきっと】【爆弾よりも包丁の方が】【お似合いさ】」
「キッド、お前……」
いつしか、立花からの呼ばれ方もキッドになっていた。
その事を、特に気にする訳でもなく。
「【オレは】【オレの探し物を】【あんたは】【あんたの探し物を】」
「……ああ。
そうだな」
結局、ガキの言葉に従うんだから、本当に犯罪者に向いてないんだろうな。
そんな事を思いながら、立花は苦笑する。
「今度、お前にも食わせてやるよ、キッド」
「【ああ】【楽しみにしてるよ】」
そして、二人はそこで別れた。
後に、本当に再会する事になるのだから、運命とは不思議なモノである。
立花宗一郎とも。
かずみとも。
次回予告
早すぎた再会
そこから、動きだす歯車
その先にあるものがなんなのか
百六十四章 都合が良かった