「いきなりテンション高いね」
「ボクだからね!!
きっと、ボクのハジケっぷりを待ちわびている人は多いだろう!!
さあ、見滝原でボクとケーヤク!!
今ならソウルジェムに、近くの黒いGを強制巨大化させる機能を付けてあげるよ!!」
「嫌がらせというレベルを越えてないかい?」
「ボクだからね」
「でも不快感及び嫌悪感から、穢れが増幅される可能性はある。
検討してみるのもいいかもしれないね」
「ゴメン、マジヤメテ」
「でも、ひとついいかい?」
「なんだい同胞?」
「今の舞台はあすなろ市だよ」
「あ゛」
「ふにゅぅ……?」
自分の部屋(多分)のベッドの上。まどろみから覚醒するかずみ。
予想以上の大きな家に“御崎海香”と“牧カオル”の三人暮らし。
海香がベストセラー作家である事。カオルがサッカーをしている事。
なにも、覚えてはいなかった。
今のかずみにあるのは、トランクの中で目覚めてから“今までの事”だけ。
美味しい食事を作ってくれた“立花宗一郎”と、呼びにくいからと“キッド”と呼ぶ事にした、白髪眼帯の少年。
まるで、感情を失っているかのような無表情と、淡々とした口調。
「記憶の無いわたしと、感情の無い
目覚めて、ひと悶着あって。
今、はっきりと解っている事は。
海香とカオルが置手紙を残し、家を出ている事と。
ぐゅるるるるぅぅぅぅ~~……。
「わたしって、くいしんぼ?」
しかし、そこからのかずみの行動は、実にスムースだった。
自身の行動に疑問を挟む余地すらないほどに。
作るのは、立花にご馳走になった『ビーフストロガノフ』だ。
何故、
そこには確かに、失った筈の記憶への糸口がある。
「うん、わたしってば天才かも!!」
の、だが。
出来上がった料理に満足するかずみは、そのことに気付かないでいた。
自分の分、海香の分、カオルの分。
「ありゃりゃ。
作りすぎちゃったかな?」
しかし、出来上がった料理は明らかに多い。そう、まるで……
ピンポーン
かずみに記憶は無い。しかし《無意識》には《なにか》がある。
その事に気付く前に、鳴り響いたチャイムに、かずみの《意識》が向けられる。
来客者は、昼間の女刑事だった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~・~・~
あすなろ市。あすなろタワーと呼ばれる、一番高い場所に“それ”はいた。
「この場所は、言ってしまえば“箱庭”だ。
いや、《常識が異なる》のだから【異世界】と呼んでも間違いではない」
誰にも見られることのない、その紅い瞳が街を見下ろす。
「さあ、キミはこの【異世界】で、ちゃんと“探しモノ”を見つける事が出来るかい?」
決して聞かれる事の無い声は、確かに街に響いている筈だった。
「魔女も、魔法少女も、等しく殲滅する魔人、
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~・~・~
「いいの?」
「いいよ!
なんでか作り過ぎちゃって」
可愛らしくベロを出し、女刑事の分を用意するかずみ。
そして、自分の分を準備して。
「いだたきま「ピンポーン」ええぇぇぇぇ……」
ようやく食べられると思いきや、まさかの来訪者。
応対する為に立ち上がるかずみの後ろ、用意されたナイフをしっかりと握り締めた女刑事は。
「あれ? キッドだ!!」
予期せぬ来訪者に、内心ほくそ笑んでいた。
そんな後方の悪意に気付かずに、かずみは玄関へ一直線。
「いらっしゃい、キッド!!」
満面の笑みをうかべるかずみに、対照的に変わらぬ無表情のキッド。
しばし、目をパチパチさせて。
「【かずみ?】」
「え?」
「【え?】」
まったくの偶然だった。
立花の時と同じだ。キッドは【探し物】をしているだけ。
その最中に立ち寄ったのが、かずみ達が暮らす家だっただけの事。
「【驚いたな】」
「だったら、もう少しリアクションがほしいな~」
「【悪いね】」
変わらぬ笑顔のかずみと、変わらぬ表情のキッド。
「ご飯作ったけど、食べる?」
「【自分で?】」
「うん! わたしってば料理の天才かもしれない!!」
「【へぇ】」
当然のように招くかずみと、当然のように招かれるキッド。
二人の
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~~・~・~・~・~・~・~・~・~
ひとつのテーブルで食事をする三人。
「美味しいわね」
「ほんと? よかった!!」
「【ごちそうさま】」
「はやっ!?」
「【美味かったよ】」
「よかった!! でももう少しリアクションが欲しいかなぁ?」
「【悪いね】」
まあ、その内の一人は速攻で食べ終わったのだが。
食事を続ける二人と、それを無表情に眺める一人に、状況が変わる。
「海香ちゃん達と入れ違いで、ラッキーだったかもしれないわね」
「そうだよね、でなきゃ食事をする事も
そして、その状況もかずみの一言で一変する。
「【まあ】【かずみだけじゃなく】【オレがここに来たのも】【刑事さんにとっては都合が良かっただろうな】」
キッドの来訪は完全に偶然だった。女刑事がキッドを自力で見つけるのは難しいだろう。キッドはあすなろ市のモノではない。
しかし、女刑事がここにいる事実は、キッドが【過程を仮定】するには充分だった。
なぜならここにいる子供達は、女刑事が【黒】だと確信していたからだ。
「海香とカオルの置手紙があったの。
女刑事さんからのラブコールだってね。
呼び出した本人が家に来るなんて、おかしいよね?」
「【そりゃ悪手以外のなにものでもないわな】」
かずみの言葉に、キッドが賛同する。
「きっと爆弾を作ったのも刑事さんだよね?
自分が手柄を立てる為に、立花さんを利用しようとした」
「【あ】【オレはそれを仮定してなかったな】」
「そうなの?」
「【爆弾があるかもしれないにもかかわらず】【
黙る女刑事を余所に、かずみとキッドは互いの
「そっか。
普通、爆弾があるなんて解ってたら、一般人を避難させるもんね」
「【それがないにもかかわらず】【狙い済ましたかのように警察が来れば二択】」
「二択?」
「【一般人を守るつもりがないか】【爆弾を使用させる気がないか】」
「ん~?」
「【前者なら】【一般人よりも手柄】【後者なら】【最初から犯人を撃ち殺すつもりだった】」
「そっか!!
爆弾を調べられたら、女刑事さんが作った物だって、ばれちゃうもんね!!」
「【そもそも】【爆弾があるのに】【ろくな装備もせずに最前列に立つ時点で】【違和感しかなかったがね】」
実の所、子供達の言う事は、状況証拠からの推察であり、物的証拠はなにもない。
シラを切り通す事は、不可能ではない。
「黙りなさい!!」
しかし、女刑事にその余裕は無かった。テーブルの上にあった食事を激しく払い落とし、二人を黙らせようとする。
その反応に、冷たい眼差しを向けるかずみ。
だが、キッドはその反応を想定していたのか、変わらぬ無表情で会話を続け、かずみもそれにあわせる。
「【おそらく“誘拐犯”は】【何らかの形で女刑事の思惑に気付いて】【コンタクトを取ったんだろう】」
「女刑事さんが誘拐犯じゃないの?」
「【違うだろ】【もしそうならかずみを殺そうとはしない】【誘拐と殺人は別だからな】」
「違うのか~」
二人は止まらない。【
かずみにその自覚はないだろう。キッドにその自覚はないだろう。
しかし【無自覚で無邪気な】その行動は、女刑事に【邪気を自覚】させてしまう。
「【仮定として】【立花さんに爆弾送って唆したのが女刑事さんだとしても】【かずみの誘拐とは繋がらないだろ?】」
「そっか~。
そもそも“トランクの取り違い”がなかったら、わたしはキッドや立花さんに会う事もなかったんだよね~」
「【トランクの取り違いから】【誘拐犯は女刑事さんを割り出して】【接触してきたって方が】【筋は通るだろ?】」
「誘拐犯は、どうやって女刑事さんに辿り着いたんだろう?」
「【そこまでは知らん】【オレ】【誘拐犯じゃねぇし】」
「無責任っ!?」
「【ただ“最初から立花さんを嵌めるつもりだった”と仮定するなら】【女刑事さんが立花さんの携帯番号を知っていても不思議じゃない】【誘拐犯が“かずみ入りトランク”の所在を求めていたのは間違いないだろうから】【入れ違いになった“爆弾入りとランク”を必要とする女刑事さんと接触しても不思議はない】」
「結局、わたしの誘拐と爆弾騒ぎは別物って事?」
「【だろうな】【繋がりがあると仮定するなら】【同じデザインのトランクを使用するのは】【愚の骨頂だ】」
「間違いの元だもんね~」
限界だったのだろう。女刑事がナイフを手にかずみに飛び掛る。しかし、かずみはナイフとフォークでそれを防ぎ、同時に動いたキッドがテーブルに手をついて自身の身体を支え、そのまま女刑事を蹴り飛ばす。
後方に吹き飛ばされた女刑事が、置いてあった電話を巻き込んで倒れこむ。
テーブルの上から降りたキッドは、そのままかずみの横に立ち、二人で女刑事を見下ろす。
「もし、わたし達を始末出来ても、海香達が刑事さんに呼び出されている以上、怪しまれるのは当然の事だよ?」
「【まあ】【素直に始末されるつもりは無いけどな】」
二対一。特にキッドには【これまでの経験】がある為、人間に後れを取る要素はない。
……女刑事が、本当に“人間”であったのなら。
「あなた達は、間違えているわ……」
俯きながら、ゆっくりと立ち上がった女刑事は。
「立花の情報をくれた人がいてね。
私はそれに乗っかっただけよ」
(【誘拐犯?】【もしそうなら立花さんは本気で爆弾を使うつもりだったのか】)
淡々と情報を整理するキッドをよそに。
「それに、貰ったのは情報だけじゃない」
嫌な音をたてながら変化していく。人ならざるモノへと。
「決して証拠を残さずに、人を殺せるチカラをッ!!」
「うそーーーーーーっ!?」
「【流石にこれは】【想定外だな】」
化け物へと変質した刑事に、かずみは声を上げ。
キッドは、初めて見る事態に首を傾げた。
次回予告
回りだした歯車を止めるのは難しい
記憶の無い子供は、突然の異常事態を知らず
表情の無い子供は、突然の異常事態を知らず
迫る脅威は、決して待ってくれたりはしない
回りだした歯車を止めるのは難しい
そして、止めようとするモノが、現れるとも限らない
百六十五章 初体験